第105話 変わり始めた領地
ロデリクが城へ戻った翌日、村を担当する役人たちが呼ばれた。
ロデリク・アズレインが治める領地は、王都の東に広がっていた。海に面した土地では漁業が盛んで、川沿いには船着き場や荷を保管する倉が並ぶ。魚や各地の物資が集まり、船で運ばれていく土地だった。
領内で暮らす者はおよそ六十万人。そのうち五十万人ほどが竜の民で、約二千五百の村があった。川で荷を運ぶ者も海へ漁に出る者も、その多くが竜の民だった。
「仕事ができなかったというだけで村人を殴るな。家族までまとめて罰することもやめろ」
一人の役人が顔を上げた。
「命令に従わなくても罰しないのですか」
「まず理由を聞け。病気や怪我で働けない者まで罰するな」
「嘘をつく者もおります」
「ならば確かめろ。聞きもせず嘘と決めつけるな」
役人が黙るとロデリクは一枚の報告を取り上げた。
川沿いの村で船の荷を運ぶ男が足を傷めた。歩くのも難しいのに仕事へ出るよう命じられ、家から引きずり出されそうになった。止めに入った息子まで、命令に逆らったとして罰を命じられていた。
「息子は父親が歩けないと説明したのだな」
「はい」
「怪我を確かめたのか」
「そこまでは……。罰を決めたのは村の係です」
「その係は交代させる。二人への罰も取り消せ」
ロデリクは役人たちを見渡した。
「村人が役人の仕打ちを訴えたら私に報告しろ。訴えた者を罰することも許さない」
役人たちは頭を下げた。納得していない者もいたが、領主の前で反対する者はいなかった。
*
川には荷を積んだ船が行き交っていた。船着き場では村人たちが荷を下ろし、倉へ運んでいる。
罰の取り消しを伝えられても男の息子は喜べなかった。
「係に逆らったことは、もう責められないんですか」
「責められない。領主様が罰を取り消した。あの係も交代する」
役人が去ると息子は家を出ようとした。
「船着き場へ行ってくる」
戸口に座っていた父親が声をかけた。
「少し休んでからでもいいだろう」
「仕事まで遅れたら、また何か言われる」
父親はそれ以上止めなかった。
道へ出ると交代を命じられた係の声が聞こえた。
「罰も受けずに済むとなれば、誰も命令を聞かなくなるぞ」
息子はそちらを見ずに川へ向かった。船着き場には次の船が着き、仲間たちが荷を受け取るために集まっていた。
領主の命令が変わっても役人への恐れは消えなかった。明日も罰されずに暮らせると信じられるまでには、まだ時間がかかる。
*
ロデリクが村人の罰を取り消した話は他領にも伝わった。
ユリウスは家臣の報告を聞いて顔をしかめた。
「竜の民が役人を訴えれば、ロデリクが話を聞くのか」
「はい。村人を殴るなとも命じたそうです」
「そんなことをすれば、竜の民は役人を恐れなくなる」
会合で自分に反対したロデリクの顔が浮かんだ。三家の味方ではないと言っていたが、今は三家と同じように竜の民の扱いを変えようとしている。
「王にお伝えしよう」
ユリウスは家臣に命じた。
「ロデリクが三家と何を話していたか調べろ。会合が終わったあとのこともだ」
*
森の館でレオノーラから知らせを聞き、ポルフィラはほっとした。
「罰を取り消してもらえたんですね」
「ええ。村の係も交代するそうよ」
「これで、その家の人たちが安心できるといいんですけど」
「ただ、反対している役人もいるわ。村人を罰しなければ仕事をさせられないと思っているのね」
「領主様の命令があっても、ひどい扱いが続くかもしれないんですね」
「そうならないように確かめる必要があるわ。他の領主からも反対が出るかもしれない」
罰を受けずに済んだ家族がいる。それは嬉しかった。けれど命令を出しただけで暮らしが変わるとは限らない。
「村の人たちがその後どうしているか、分かったら教えてください」
「ええ。ロデリクにも確かめてもらいましょう」
*
その夜、ポルフィラはオブシディオンに知らせを伝えた。
〈ロデリク様が村人への罰を取り消したんだって。怪我をした父親を庇って、息子まで罰されそうになっていた家だよ〉
〈約束を守ったのだな〉
〈うん。でも反対している役人もいる。殴ったり罰したりしないと働かせられないと思っているんだって〉
〈人を力で従わせてきた者は、それをやめようとはしないだろう〉
〈他の領主にも反対されるかもしれないって〉
〈領主や王がおまえたちを止めるために兵を出すこともある〉
ポルフィラは言葉を失った。
〈今すぐそうなるとは言っていない。だが世の中を変えようとすれば、戦いになるかもしれない〉
役人の反対と戦いでは、起こることがあまりにも違う。
オブシディオンは静かに尋ねた。
〈そのとき、おまえはどうする〉




