第八話 精霊神殿の影
精霊の森を進み始めて半日。
周囲の空気は少しずつ変わっていた。
本来なら美しい緑の光で満たされているはずの森が、奥へ進むほど暗くなっていく。
「嫌な感じね」
エリシアが眉をひそめた。
肩に止まっていた小鳥の精霊が不安そうに鳴いている。
「精霊たちが怯えてる」
リアンも同じ気配を感じていた。
胸の奥にある第一の星核が重く脈打っている。
まるで近くに危険な何かが存在すると警告しているようだった。
アルトが前方を指差す。
「見えたぞ」
木々の向こうに巨大な建造物が現れた。
石造りの神殿。
何百年も放置されていたらしく、壁には蔦が絡みついている。
だがその中心部だけは異様だった。
黒い霧が漂っている。
「間違いない」
エリシアが顔を曇らせる。
「あれが原因よ」
三人は神殿へ近づいた。
その時だった。
突然、地面から黒い手が現れた。
「!?」
リアンは咄嗟に飛び退く。
次の瞬間、無数の黒い影が地面から這い出してきた。
人型の魔物だった。
目だけが赤く光っている。
「歓迎してくれてるみたいだな」
アルトが剣を抜いた。
「全然嬉しくない歓迎ね!」
エリシアが杖を掲げる。
「風よ!」
突風が吹き荒れる。
魔物たちが吹き飛ぶ。
だが数が多い。
次々と現れる。
リアンは前へ出た。
「みんな下がって!」
左手の紋章が輝く。
蒼い光が広がった。
「星彩槍!」
無数の光槍が降り注ぐ。
闇の魔物たちは悲鳴を上げながら消滅していく。
しかし。
神殿の奥から拍手が聞こえた。
「素晴らしい」
三人が振り向く。
そこには黒衣の青年が立っていた。
年齢は二十代後半ほど。
銀色の髪。
痩せた身体。
細い笑みを浮かべている。
「なかなかの力だ」
「あなたが闇を広げていたの?」
リアンが問いかける。
男は優雅に礼をした。
「レオス」
「ネメシス帝国魔導研究局所属」
その名前にエリシアが息を呑む。
「帝国の人間……!」
レオスは微笑む。
「ご名答」
そして神殿の奥を振り返った。
そこには巨大な蒼い結晶があった。
第二の星核。
間違いない。
「残念だが」
レオスが指を鳴らす。
「これは帝国が頂く」
直後。
巨大な魔法陣が神殿全体に広がった。
大地が揺れる。
天井が軋む。
結晶の周囲から黒い霧が噴き出した。
「まずい!」
エリシアが叫ぶ。
「封印が壊される!」
蒼い結晶が激しく光る。
次の瞬間。
轟音と共に何かが飛び出した。
神殿を揺るがす咆哮。
全長十メートルを超える巨大な獣。
漆黒の身体。
六本の角。
燃えるような赤い瞳。
「何あれ……」
リアンの声が震える。
レオスは満足そうに笑った。
「神殿を守る守護獣だ」
「本来なら星核を守る存在だったのだが」
彼は肩をすくめる。
「少し闇を注いだら暴走してくれてね」
守護獣が咆哮する。
神殿の柱が砕け散る。
「では失礼する」
レオスの身体を転移魔法陣が包む。
「せいぜい楽しませてくれ」
「待ちなさい!」
しかしレオスは消えた。
残されたのは暴走した守護獣だけ。
獣は真っ先にリアンを睨んだ。
第一の星核に反応したのだろう。
「来る!」
アルトが叫んだ。
守護獣が突進する。
凄まじい速度だった。
リアンは結界を展開する。
だが。
バキィッ!
結界が一撃で砕かれた。
「そんな!?」
吹き飛ばされそうになる。
その瞬間。
エリシアが飛び込んだ。
「森の精霊たち!」
緑の光が溢れる。
無数の光が守護獣へ絡みつく。
一瞬だけ動きが止まった。
「今よ!」
リアンは頷く。
第一の星核へ意識を集中させる。
蒼い光。
星々の輝き。
空から力が降り注ぐ感覚。
だが。
それだけでは足りない。
守護獣は強すぎる。
その時だった。
守護獣の胸が淡く光った。
黒い闇の奥。
そこに蒼い光が見える。
リアンは気付く。
「まだ残ってる……」
「え?」
アルトが振り返る。
「あの子、完全に闇に堕ちてない!」
守護獣は苦しんでいた。
闇に支配されているだけなのだ。
ならば。
倒すのではなく。
救えるかもしれない。
リアンは両手を前へ伸ばした。
「星よ」
胸の奥が熱くなる。
「その光を届けて!」
蒼い輝きが神殿を満たした。
守護獣が苦しそうに叫ぶ。
黒い霧が次々と剥がれていく。
やがて。
赤かった瞳が青く変わった。
巨体がゆっくりと膝をつく。
そして。
守護獣の胸から一つの蒼い結晶が浮かび上がった。
第二の星核だった。
リアンたちは息を呑む。
ついに。
第二の星核が姿を現したのだった。
第八話了




