第六話 黒剣の将軍
ヴァルドが剣を振り下ろした。
それだけだった。
だが宿屋の床が砕けた。
轟音と共に衝撃波が食堂を吹き飛ばす。
「伏せろ!」
アルトが叫ぶ。
宿泊客たちは悲鳴を上げながら逃げ出した。
リアンは咄嗟に結界を展開する。
蒼い光が広がり、人々を守った。
しかし結界の表面には無数の亀裂が走る。
「強い……!」
闇獣グラウドとは違う。
生き物としての格が違った。
ヴァルドは結界を見て薄く笑う。
「なるほど」
黒い瞳が細められる。
「確かに星の力だ」
再び剣が動く。
リアンは魔法を発動した。
「星彩槍!」
蒼い光の槍が飛ぶ。
だが。
ヴァルドは片手で剣を振った。
黒い斬撃が光槍を真っ二つに切り裂く。
リアンの顔から血の気が引いた。
「そんな……」
「力はある」
ヴァルドは冷静だった。
「だが未熟だ」
瞬間。
姿が消えた。
「リアン!」
アルトが叫ぶ。
次の瞬間にはヴァルドが目の前にいた。
速すぎた。
反応できない。
黒剣が振り下ろされる。
だが。
ガァン!
火花が散る。
アルトの剣が受け止めていた。
「ほう」
ヴァルドの眉がわずかに動く。
「悪くない」
「黙れ!」
アルトが剣を押し返す。
二人の剣が激しくぶつかり合った。
連撃。
斬撃。
衝撃。
宿屋の壁が吹き飛ぶ。
周囲の建物まで震え始めた。
リアンは初めて知った。
アルトがこれほど強かったことを。
だが。
十合。
二十合。
三十合。
時間が経つほど差は明らかになった。
ヴァルドは息一つ乱れていない。
対してアルトの肩は上下している。
「くっ……!」
ついに黒剣が防御を突破した。
アルトが吹き飛ぶ。
壁へ激突し地面へ転がった。
「アルト!」
リアンは駆け寄ろうとする。
しかしヴァルドが立ち塞がる。
「見込み違いだった」
「え?」
「それでは皇帝陛下の敵にもならん」
ヴァルドは剣を構えた。
禍々しい魔力が渦を巻く。
「ここで終わりだ」
リアンの足が震えた。
怖かった。
死ぬかもしれない。
村へ帰れないかもしれない。
だが。
その時。
星導板が光り始めた。
眩い蒼光が周囲へ広がる。
ヴァルドが目を細める。
「星導板か」
光は宙へ地図を映し出した。
そこに浮かぶ一点。
精霊の森。
第二の星核の場所だった。
ヴァルドの表情が変わる。
「なるほど」
何かを理解したらしい。
そして意外なことに剣を下ろした。
「今日はここまでだ」
「……え?」
リアンは耳を疑った。
ヴァルドは背を向ける。
「成長しろ、継承者」
「待って!」
リアンが叫ぶ。
「どうして襲うの!?」
ヴァルドは足を止めた。
しばらく沈黙する。
やがて振り返らずに答えた。
「お前は何も知らない」
低い声だった。
「世界の真実も」
「皇帝陛下の願いも」
黒い霧が彼を包む。
「次に会う時までに知ることだ」
そう言い残し。
ヴァルドは霧の中へ消えた。
静寂。
戦いは終わった。
リアンは力が抜けるように膝をつく。
「アルト!」
慌てて駆け寄る。
アルトは顔をしかめながら起き上がった。
「痛ぇ……」
「大丈夫?」
「たぶんな」
大きな怪我ではない。
リアンはほっと息を吐いた。
だが心は重かった。
勝負にならなかった。
あれが帝国四将軍。
皇帝に仕える者の力。
もしそれ以上の敵がいるなら。
今の自分では到底勝てない。
夜。
宿の屋上に座り、リアンは星空を見上げていた。
街の灯りの向こうで星々が輝いている。
「強くならなきゃ」
小さく呟く。
すると隣にアルトが座った。
「落ち込んでるな」
「当たり前だよ」
リアンは苦笑する。
「全然勝てなかった」
「俺もだ」
アルトは空を見る。
「でもさ」
「うん?」
「最初から勝てると思ってたか?」
リアンは首を横に振る。
「思ってない」
「だろ?」
アルトは笑った。
「だったらこれからだ」
その言葉にリアンも少しだけ笑顔になる。
確かにそうだ。
旅は始まったばかり。
まだ第一の星核を得ただけなのだから。
星導板を取り出す。
地図の光は東を指していた。
精霊の森。
第二の星核。
そして新たな出会い。
まだ知らない運命が待っている。
リアンは静かに立ち上がった。
「行こう」
「ああ」
二人は夜空を見上げる。
流星が一筋。
東の空へ流れていった。
第六話了
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