第四話 試練の迷宮
光が収まった時、リアンは石造りの回廊に立っていた。
「アルト?」
振り返る。
だがそこに幼なじみの姿はなかった。
「アルト!」
呼んでも返事はない。
静寂だけが続く。
壁には青白い光を放つ結晶が埋め込まれ、長い通路を照らしていた。
ここが試練の迷宮。
アストリアが言っていた場所なのだろう。
リアンは深呼吸した。
「落ち着こう」
慌てても仕方がない。
まずは進むしかない。
そう考えて歩き始めた。
しかし数分後。
異変が起きた。
目の前に見慣れた景色が現れたのだ。
「え……?」
そこは村だった。
アストル村。
自分が生まれ育った故郷。
普段通りの家々。
畑。
井戸。
そして。
「リアン」
聞き慣れた声。
振り向くと母が立っていた。
優しく笑っている。
「母さん……」
「どこにも行かなくていいのよ」
母が近づいてくる。
「ここで暮らせばいいの」
リアンの胸が痛んだ。
帰りたい。
正直、その気持ちはある。
危険な旅もしたくない。
世界の命運なんて背負いたくない。
普通の人生で良かった。
友達と笑って。
家族と暮らして。
穏やかな毎日を送りたかった。
そんな願いが胸の奥から溢れてくる。
母が手を差し伸べた。
「帰っておいで」
その時だった。
左手の紋章が熱を帯びた。
リアンははっとする。
「違う……」
目の前を見つめる。
確かに母の姿。
だが何かがおかしい。
瞳に光がない。
まるで作り物だった。
「あなたは母さんじゃない」
言葉を発した瞬間。
景色がひび割れた。
村が砕ける。
家々も空も霧となって消えていく。
最後に母の顔が悲しそうに歪んだ。
『なぜ選んだ』
どこからともなく声が響く。
リアンは震える声で答えた。
「本物の母さんなら」
一度息を吸う。
「私の背中を押してくれるから」
世界が再び白く染まった。
次に現れたのは玉座の間だった。
豪華な王宮。
赤い絨毯。
黄金の柱。
人々が跪いている。
その中心にはリアン自身が座っていた。
「これは……」
『望むものを与えよう』
声が響く。
『富』
『名声』
『権力』
『平穏』
玉座の上のリアンが微笑んだ。
何不自由ない人生。
誰からも尊敬される存在。
夢のような未来。
『継承者になる必要はない』
『誰かが犠牲になる必要もない』
『ここにいれば全てが手に入る』
リアンは静かに目を閉じた。
魅力的だった。
心が揺れないと言えば嘘になる。
だが。
「違う」
目を開く。
「それは私が欲しいものじゃない」
『なぜだ』
「誰かが苦しんでいるのに、自分だけ幸せになれないから」
玉座が崩れる。
王宮が崩壊する。
光に包まれながらリアンは前を向いた。
「私は私の答えを探したい」
その瞬間。
世界が砕け散った。
気が付くと巨大な円形広間に立っていた。
中央には青い水晶。
その前にアストリアがいた。
正確には幻影だった。
『試練を突破したか』
リアンは思わず息を吐いた。
「終わったの?」
『第一の試練はな』
「第一?」
嫌な予感しかしなかった。
だがアストリアはどこか満足そうだった。
『心は十分に強い』
『だが継承者には力も必要だ』
直後。
広間全体が揺れた。
床から黒い霧が噴き出す。
凝縮された闇が形を成していく。
巨大な狼。
いや、それ以上だった。
漆黒の鎧のような身体。
赤い瞳。
村で見た魔物の何倍もの威圧感。
「これは……」
『闇獣グラウド』
アストリアが告げる。
『数千年前、終焉戦争で生まれた魔物だ』
グラウドが雄叫びを上げた。
凄まじい衝撃波が広間を揺らす。
リアンは一歩後退した。
勝てる気がしない。
だが逃げ場もない。
『継承者よ』
アストリアの声が響く。
『力を示せ』
闇獣が飛び出した。
巨大な爪が迫る。
リアンは咄嗟に結界を展開した。
轟音。
結界に亀裂が走る。
「うそ!」
圧倒的な力だった。
次の一撃で破壊される。
その時。
胸の奥から温かな光が溢れた。
第一の星核。
青い光が全身を包む。
『恐れるな』
聞き覚えのない声。
しかし不思議と安心できた。
『星はお前と共にある』
リアンはゆっくり立ち上がった。
震えは消えていた。
目の前の闇獣を見据える。
そして右手を前へ突き出した。
「星よ」
紋章が輝く。
「私に力を貸して」
無数の光粒が現れる。
夜空のように美しい光だった。
闇獣が突進する。
リアンは叫んだ。
「星彩槍!」
光が一本の巨大な槍へ変わった。
蒼い流星。
それは一直線に闇獣を貫いた。
轟音。
閃光。
そして。
闇獣は咆哮を上げながら崩れ落ちた。
黒い霧となって消滅していく。
静寂。
リアンは膝をついた。
魔力を使い果たしたのだ。
だが勝った。
本当に勝った。
アストリアの幻影が近づいてくる。
『資格を認めよう』
巨大な星竜が静かに頭を下げた。
『リアン・セレスティア』
『お前は正式に蒼き星の継承者となった』
その言葉と共に、水晶が輝き始める。
眩い光の中で、さらなる力がリアンの中へ流れ込んだ。
しかしその瞬間。
遠く離れたネメシス帝国でも異変が起きていた。
皇帝ゼルファードの前で、一枚の地図が青く光る。
「星竜が継承者を認めたか」
皇帝は静かに立ち上がった。
黄金の瞳が冷たく細められる。
「ならば将軍ヴァルドを向かわせろ」
部下が頭を下げる。
「はっ」
ゼルファードは窓の外を見上げた。
「面白くなってきた」
その笑みは不吉だった。
継承者の誕生。
それは同時に、闇帝国との戦いの始まりを意味していた。
第四話了




