第十話 帰る場所
忘れられた聖域から旅立つ日が来た。
終焉の門は消えた。
七つの星核も役目を終えた。
世界を覆っていた黒い亀裂は閉じ始め、人々の暮らしも少しずつ平穏を取り戻している。
だがリアンには不思議な実感がなかった。
あまりにも長い旅だったからだ。
出発の朝。
聖域の丘に立ち、リアンは朝焼けを見つめていた。
「こんな日が来るなんてね」
静かな声。
振り返るとアルトがいた。
いつものように剣を背負っている。
「そうだね」
リアンは微笑んだ。
「最初は村を出るだけでも大事件だったのに」
「今じゃ世界を救った英雄だ」
「やめて」
「事実だろ」
リアンは苦笑した。
だがアルトの顔は真面目だった。
「よく頑張ったな」
その一言に胸が熱くなる。
旅を始めた日からずっと隣にいた。
何度も助けられた。
何度も支えられた。
「ありがとう」
リアンは素直にそう言った。
その頃。
エリシアはアイリスと話していた。
「本当に行くの?」
アイリスは頷く。
「うん」
第七の星核の管理者だった少女。
だが星核が消えた今。
彼女も自由になった。
「世界を見たいの」
少し照れくさそうに笑う。
「今まで聖域から出たことがなかったから」
エリシアは吹き出した。
「じゃあ私が案内してあげる」
「本当?」
「もちろん」
二人は楽しそうに笑った。
一方。
サラはヴァルドと向かい合っていた。
実に奇妙な組み合わせだった。
「で?」
サラが腕を組む。
「これからどうするの?」
ヴァルドは少し考えた。
「分からん」
「正直ね」
「戦うことしか知らない」
サラは思わず笑った。
あの無愛想な将軍が真面目に悩んでいる。
それが少し可笑しかった。
「なら仕事を見つけなさい」
「仕事?」
「遺跡探索とか」
「断る」
「即答!?」
珍しく周囲から笑いが起きた。
ノアはというと、聖域の遺跡調査に夢中だった。
「これは歴史的大発見ですよ!」
誰も聞いていないのに熱弁している。
「六千年前の文明資料がそのまま残っているんです!」
「帰らないの?」
リアンが尋ねた。
するとノアは迷わず答える。
「帰ります」
「でもその前に三年くらい調査したいですね」
「三年!?」
全員が突っ込んだ。
そして。
最後にゼルファードが現れた。
黒い外套を纏ったまま。
しかし以前のような威圧感はなかった。
どこか穏やかだった。
リアンは少し緊張しながら近付く。
「これからどうするの?」
皇帝は空を見上げた。
「償う」
短い言葉。
「帝国も変えねばならん」
闇帝国。
長きに渡り世界を脅かした巨大国家。
その未来もまた変わろうとしていた。
「そう」
リアンは頷いた。
「頑張って」
ゼルファードは一瞬だけ笑った。
本当に一瞬だけ。
「お前もな」
数日後。
一行は聖域を離れた。
白銀の守護竜シルヴァに乗り、大陸へ戻る。
空は青かった。
平和な空だった。
そして。
旅立ちから一年後。
アストル村。
リアンの故郷。
今日も星空が美しい。
村の子供たちが広場で騒いでいた。
「リアンお姉ちゃん!」
「また旅の話して!」
「竜の話!」
「皇帝の話!」
リアンは苦笑する。
「どこから話そうかな」
子供たちが歓声を上げた。
広場の端ではアルトが剣の稽古を教えている。
エリシアは村の精霊たちと遊んでいる。
ノアは相変わらず本を書いていた。
サラは各地を旅しているが、たまに村へ現れる。
アイリスも今ではすっかり村の人気者だった。
夜。
リアンは丘へ登った。
旅立つ前によく星を見ていた場所だ。
懐かしい。
変わらない景色。
そして。
空には無数の星が輝いていた。
七つの星核はもうない。
だが星々は変わらずそこにある。
「見てる?」
リアンは夜空へ問い掛けた。
アストラル。
守護者たち。
旅の中で出会った全ての人々。
優しい風が吹いた。
まるで返事のようだった。
リアンは微笑む。
もう迷いはない。
戦いは終わった。
だが未来は続いていく。
誰かが生きる限り。
誰かが夢を見る限り。
世界は進み続ける。
満天の星空の下。
蒼き星の継承者は静かに空を見上げた。
その瞳には、新しい時代の光が映っていた。
第十話了
第三部 完
(第四部 新たなる時代 へ続く)
いつも読んでいただきありがとうございます。
次で最終章になりますが、ここから更に長くなります。




