第1話 功績を奪われた査定室
回復薬の一本は、命の残り時間に近い。
私は都営東環ダンジョン救護局査定室で、負傷記録と薬剤請求を毎日照合してきた。派手な戦闘も、救助の最前線も私の仕事じゃない。でも、どの傷へどの薬が何本使われたかを間違えれば、次に必要な誰かへ届かなくなる。
「森崎さん、説明してもらえますか」
課長の三上啓介が、分厚い請求書束を閉じた。四十五歳。都合の悪い数字ほど部下へ押し戻す男だ。その隣には後輩査定官の片瀬ゆいなが、整えた笑顔でタブレットを抱えている。二十五歳。私が弾いた請求を、自分の手柄みたいに通すのが得意な子だ。
「《白狼ストリーム》の救護請求は水増しです。軽傷七名なのに、A級回復薬が十二本も計上されている」
「スポンサー案件だぞ」
三上は迷いなく言った。
「見栄えのいい成功事例として局内で扱う。森崎は細かすぎる」
「細かいんじゃありません。記録が合っていません」
私は負傷写真とトリアージ票を並べた。打撲、切創、軽い魔力酔い。高価なA級回復薬を大量消費する傷ではない。
だが、ゆいなが困ったように口を開く。
「私、現場が混乱していたので緊急承認したんです。請求を止めたら、次の救護体制に支障が出るかなと思って」
その口ぶりでは、私が現場を知らない融通の利かない人間みたいだ。
「森崎」
三上が資料を押し戻した。
「今回の件は片瀬の判断を採用する。お前は深夜救護室へ異動だ。在庫照合でもしていろ」
功績も査定権も、まとめて取り上げるつもりらしい。私は机へ残された請求書へ視線を落とした。最下段の薬剤ロット番号だけ、妙に新しい。
軽傷の見学案件で、高級回復薬が消えすぎている。
この請求はただの水増しじゃない。誰かが、薬そのものをどこかへ流している。




