5-12
それから私は自主謹慎を解いて、嘆願書に名前をくれた人たちにお礼の手紙を書いた。
侍女・使用人たちに総出で手分けしてもらって文章を書いてもらって、署名だけは自分で書いたんだけど、それでも丸二日くらいかかった。
腕がつるかと思ったわ。
それから仕事に復帰して、子ども茶会の警備をやり遂げる。
私が謹慎していた期間はシャイアが完璧に代理をこなしてくれていた。
「ロゼアの引き継ぎ書のおかげだよ」と私を立てることも忘れない。
流石、頼りになる夫ね。
無事に子ども茶会が終わると、お母様が仕分けてくれた順番にお茶会に出席していく。
一番最初は、旅行を中断して辺境から戻ってきてくれたロクサーヌ様とアキエル様をお招きした。
二人は次期皇太子が内定したからもう旅行の必要もないと笑ってくれたけど、せっかく調べたのだし行ってきて、と後押しした。
お土産を楽しみにしているから、と告げると二人は笑って、また旅立っていった。
そうしてすべてのお茶会を終える頃には、もう社交シーズンも終わりに近づいていた。
私は最後の手紙を手に取ると、皇城へ向かった。
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
「いえ、丁度準備が整ったところです」
夕暮れの皇城。
中庭を歩いているのは私とファイラ様。
こうしてゆっくり話すのは、私の爆弾発言以来だ。
『以前輸入された楽器をようやく弾きこなせるようになりました。宮廷祭で披露する予定ですが、試楽においでくださいませんか?』
そうお誘いを受けたのだが、その割には人の気配がない。
まあ、こちらも建前だと分かって来ているんだけど。
貴族ってこういうもの、なのよね。
今日の服装は薔薇色の簡易なドレス。
サウス家の色は青なので、実はこの色はほとんど着たことがない。
去年の流行が薔薇だったから、念のために用意しておいたもの。
ファイラ様の瞳と似た、あかい色。
ファイラ様は、髪色と同じアッシュグレーのスーツ姿。
長めの前髪は後ろにながして、首元で一つにまとめている、奉納祭の時のスタイル。
「こちらです」
案内されたのは、中庭の中でも丈の低い花が咲き誇るエリア。
今は青色の花が満開だ。
簡単に設置されたステージに、大きな楽器が置かれている。
前世でも見たことがある、ハープだ。
ステージが良く見える東屋に座る。
ファイラ様はハープの横に置かれた椅子に座ると、まずは音を確かめるように、それから歌うように奏で始めた。
ご自身で作曲された、『神曲』を。
沈み行く赤い夕日、青色が咲く花畑、甘い香り。
穏やかな音楽、涼しい風、優しい世界。幸せ。
私はこの光景を一生忘れないだろうと、にじむ涙を堪えながら思う。
「とっても素敵でしたわ。歴史に残る宮廷祭になりますわね」
第四皇子廃嫡の衝撃を吹き飛ばすくらい、素敵な宮廷祭になるだろう。
「ありがとうございます。でも、宮廷祭で同じようにできるかは自信ないですね。私にとっては、今日が本番ですから」
ファイラ様が立ち上がり、私の前に立つ。
アッシュグレーの髪が風になびいて、ガーネットの瞳が光る。
その口が開く前に、私は言葉を発した。
「ファイラ様、私の話、聞いていただけますか?」
ファイラ様は一度動きを止めて、私の隣に座る。
紳士らしく、人ひとり分の距離を開けて。
「先日はありがとうございました。私の為に屋敷まで来てくださったんですよね」
「シャイア兄様が手筈を整えてくださったので、私はお願いと演奏をしただけです」
「嬉しかったです、とても。あの時だけじゃなくて、絵画を描いてくれた時も、シャイアのことで悩んでいた時に声をかけてくださったことも、ララを妻に迎えた時、お茶会で味方になってくれたことも。嬉しかったんです、とても。公爵令嬢としてではなく、一人のロゼアとして、私はずっと、ファイラ様に癒されていました」
シャイアは、サウス公爵にとって最高の夫だと思う。
家柄、容姿、実務能力、社交力、どれをとっても申し分ない。
他所に子どもを作るかもしれないという点が心配だが、当主は私だ。
次期当主になれるのは私が産んだ子供なのだから、シャイアがいくら他所に子どもを作ったとしても、サウス公爵家を乗っ取られることはない。
それでも、そんなシャイアでも、私の、ロゼア・サウスの夫としては、最低の夫なのだ。
私だけを、愛してはくれないのだから。
「私、欲張りなんです。公爵家の跡取りとしての立場も手放したくないし、自分だけを見てくれる配偶者も欲しいなって思ってるんです」
なんと言おうか迷って、目を伏せる。
隣に座っていたファイラ様が立ち上がって跪く。
「その先は私から言わせてもらえませんか?」
目線を上げる。
日がほとんど沈み暗くなった花畑に、ひらりと光るものが見えた。
夜になると淡く光る蝶。
蝶たちが花の蜜を求めて、花畑を飛び回っている。
そして蝶の光に淡く照らされ、ファイラ様の顔が良く見える。
「ロゼア様、ずっと貴女をお慕いしていました。第二夫君で構いません。私を、貴女の元に、置いてはくださいませんか?」
その顔はちょっと赤くて、ああファイラ様は照れ屋だなあと、笑みがこぼれた。
「ええ、喜んで」
こうして私は、ファイラ様の手を取った。
「良かったね、無事結ばれて」
時は少し流れて。
約一年ぶりに帰国したモニカに、ファイラ様を第二夫君として迎えることを報告すると、モニカはしみじみとそういった。
「え? それだけ?」
もっとびっくりしてくれると思ってたんだけどな。
「一年位前からそうなるかなーって思ってたし」
「え?」
「シャイア様とかも気づいてたんじゃない?」
そういえばシャイアもロクサーヌ様もお父様とお母様も随分すんなり受け入れてくれたなと思っていたけど、え?
「私がファイラ様を、ってことを? それともファイラ様が?」
「さあねぇ」
「……わかんなくなってきた」
「そういうところがロゼアの可愛いところだしいいんじゃない」
モニカはゆっくりお茶を飲む。
ホイップした生クリームを飾った紅茶は、柔らかで優しい口当たりだ。
え、待って本当にわからない。
ちょっと思い返してみるべき?
「結婚式はするの?」
話題を振られて気持ちが切り替わる。
結婚式とは社交の場。
次期当主として公爵令嬢、頑張らなくちゃいけないからね。
「あ、うん、そのつもり。お互い二回目の結婚式だけど、次期公爵と一代公爵だしした方がいいって。来年になるかなって思ってたけど、ハチルズ様の結婚が破談になったから、そこを使わせてもらうことになりそう」
「サウス公爵家久しぶりの女当主ともあって、諸外国からも注目されてるよー。」
ぐっとお菓子が喉に詰まりかけるが気合で飲み込む。
そうなの、一回目の結婚式の時よりも外国からのお客様が多いのよね……。
国内の貴族は大体把握しているけど国外の貴族はまだまだ勉強中なわけで。
仕事もしつつ、当主としての勉強もしつつ、流行を押さえつつ、シャイアやララの様子も見つつ、新しく諸外国の要人の名前と顔を覚えつつ、ああそうだ諸外国の文化やマナーのおさらいもしておかないといけないかも。
「うう、気が重い……」
「ダイジョブ手伝う手伝う」
隣国にコネがあるモニカがにっこり笑う。心強い。
私もお茶を一口飲むと、にっこり笑い返した。
努力で何とかなるのなら、なんとかしてやろうじゃないの。
今までそうしてきたんだから、きっとなんとかなるわよね。
壁に飾られた薔薇園の絵画が目に入る。
そこに描かれた幸せそうな子どもたちは、私とファイラ様に似ている気がした。
葵上生存エンドはお好みですか?これにて一端終了となります。明日は登場人物紹介ありますが。
長編連載にお付き合いくださりありがとうございました。
途中リアクションボタンを押してくれた皆様、ページを見に来てくださった皆様に支えられ、完結まで走りぬくことができました。ありがとうございました。
続きの物語も私の頭の中にはあるのですが、多分書くのに一年位かかりそうなので、「完結作品」とさせていただこうと思います。続きは新作品として書こうかな?また考えます。
その場合にも番外編など更新してお知らせしようと思っていますので、よければこちらの作品をブックマークに入れてお待ちいただけると泣いて喜びます。
ネタバレ含む感想は明日に回したいと思います。
本当に、読んでくださって、ありがとうございました。




