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5-11

「見てごらんよ」


渡された束を受け取る。


ロゼア・サウス公爵令嬢に寛大な処置を。


簡単に書かれた文章の下に、いくつもの文字が並んでいる。

一番上に書かれている文字は、トーノス・サウス、マリーチェロ・サウス。


「この嘆願書に寄せられた名前を見て、君がハチルズより優れている事を皆が認めた。公爵令嬢を守るために、皇子が切り捨てられることに決まった」


前代未聞かもね、とシャイアが笑う。


「トーノス様達が中心になって集め始めたんだけど、あまりにもいろんな人の名前があるからね、ちょっと笑ってしまったよ」


交流のあった貴族たちの名前が続く。


あ、イレーグル侯爵一家の名前がある。

「ララの妻としてきちんと役目を果たしなさい」というエリザベス様の澄ました声が聞こえてきた気がする。


それからモニカのお父様、シューラ一代公爵の名前も。

モニカは隣国に居て不在だから無視することもできただろうに、わざわざ書いてくれたのか。


めくっていくと、出てきたのは見慣れぬ名前。


「これは?」

「ララがね。北の礼拝堂まで行って集めてきたんだよ。ほら、以前君が奏上したおかげで礼拝堂周りの警備が強化されただろう。その立役者が危険にさらされているって訴えたら、東西南北すべての礼拝堂の神子が名前を連ねてくれたそうだよ」


ララが何度も誘拐されかけたことを受けて、礼拝堂周りの治安を調べてお父様に報告をしたことがある。

たったそれだけしかできなかったのに、顔も知らない私の為に、皇族に提出する嘆願書に名前を書いてくれたのか。


「ララにね、お姉様を助けられなかったら許さないって怒られたよ。だからまあ、私も頑張ったつもりだよ」


次のページは交流した記憶のない貴族の名前が続いている。

シャイアが集めてくれたのだろう。


その次は、部下たち。


「前の上司に戻ったら嫌だからって半泣きだったよ」


ああ、彼は子爵家出身で、貴族名鑑頭に入ってない感じだったもんね。

娘さんが中庭で演舞をする人に正門の警備を割り振ったりしてたっけ。私その辺は気を遣うからね。


「続きは皇都外から送られてきた分だ」


めくる。

書かれている名前はユーリナ・サウス。

そしてサウス公爵家から新たな侯爵領へと派遣された人々の名前が続いている。


「こっちは早馬で届いたんだよ」


めくる。

セミリア・バグスカイ。イヨルド・バグスカイ。

そしてロクサーヌ・フォールにアキエル・フォール。


「どうしてセミリア様とロクサーヌ様が一緒に?」

「セミリア様は実家のフォトサマー辺境伯領の様子を見に、夫婦で訪れていたらしくてね。そこで出国手続きをしていたロクサーヌ様をもてなしていたところ、君が謹慎しているとの知らせが届いたそうだ。ロクサーヌ様とアキエル様も出国を取りやめて、こちらに向かっているそうだよ。」


「ロゼア様の為ならいつでも戻る」と言っていた二人の笑顔が浮かぶ。

本当に、そうしてくれたのだ。


「ロゼア。君はとても愛されているんだね」


シャイアが歌うように言う。


まだ続く名前をめくっていく。

淑女教育の先生。

レイジェーン第五皇子が行方不明だと知らせに来てくれた近衛兵。

サウス公爵家の皆。

最後のページに書かれていたのは二つの名前だった。


シャイア・サウスと、ファイラ・ジューン。


「公爵令嬢として、皆の上に立ち、驕らず、真面目に、頑張ってきた。皇太子妃候補として、誰よりも高貴で厳しい教育に耐えた。当主としての勉強も、皇城での仕事も、社交も、手を抜かず、常に努力を怠らない。そんな君が認められていることを。そんな君の夫でいられることを、誇りに思うよ」


アメシストの瞳は、優しい瞳だと思う。


「結婚相手として初めて会った時を覚えてる? 私は君にとても失礼な態度をとったよね。今更だけど謝罪する。あの時はごめんね」


全身一瞥の末鼻で笑われたあの日のことか。やっぱり鼻で笑われていたんだ。


「あの頃私は、結婚相手が決まったことで初めて自分の恋心に気が付いた。どうしようもない相手に恋焦がれているのだと自覚した。その直後に結婚しなければいけない相手である君に会わされた。貴族として相応しい態度ではなかったと思うよ。そんな私にも、君は表面上礼儀正しく接してくれたね。自らの愚かさを思い知らされた気持ちだった。皇子として教育を受けたにもかかわらず、公爵令嬢に負けたのだから」


そうだったわね。

シャイアに鼻で笑われても私は貴族の微笑みを絶やさず、内なる怒りを抑え込んで表面上は穏やかに会話を続けた。

シャイアの態度も徐々に軟化したとは思っていたけど、あれはきちんと自分を恥じてのことだったのか。


「そんな一生懸命な君だから、夫として支えたいと思った。でもなかなか一歩を踏み出せなかった。……今日までは」


優しい声で、シャイアは続ける。


「私達は、夫婦になれるかな?」


法律上のではなく、と言われなくてもわかった。


私は答えず、サンドイッチを食べる。

このチーズは、ロクサーヌ様とのお茶会の時、先生の家で食べたものと同じだ。

私が絶賛したから、先生が送ってくれたのだろう。


薔薇のジャムはイレーグル侯爵家のお茶会で気に入ったもの。

エリザベス様からの贈り物だろうか。


スコーンにつけるハチミツは、サウス侯爵領で取れるものだ。

贈り主はきっとユーリナ様。


そしてこのクッキーは、ララが作ったもの。

素朴な味で、ほんのり甘い。でもなぜか、今日はいつもよりしょっぱい気がする。


「シャイア。貴方は私にとって素敵な夫だわ」


しょっぱいクッキーを飲み込んで、前を見る。


「でもごめんなさい。貴方が目の前の、たくさんの女性を愛することを、私は許容できないの。だからと言って貴方が私に縛られるのも、嫌」


ロクサーヌ様を訪ねず、セミリア様の恋愛相談に乗らず、ララを助けないシャイアなんて、そんなのシャイアじゃない。


「だから私達夫婦だけど、このままでいましょう?」


シャイアはちょっとだけ寂しそうに笑うと、新しい紅茶をカップに注ぐ。


「皇后陛下からの贈り物だよ。レイジェーンを守ってくれてありがとう、と」


白い磁器に鮮やかな青の紅茶が綺麗だ。


「私を愛さない君が、世界で一番素敵な私の妻だと思っているよ」


シャイアが紅茶にレモンを絞る、と鮮やかな青が一瞬でピンク色に変わった。


「だから君には、もっと幸せになってほしいんだ。……こう言うことも、これからはもっと、たくさん話をしよう」


それくらいは許されるかな? とシャイアが首をかしげる。相変わらずとても顔がいい。


「ええ。ララの将来について、議論できるくらいにはね」


そういうと私は紅茶を飲む。

初めて飲んだその味は、爽やかな夜明けの味がした。


次回、最終回です。


読んでいただいてありがとうございます。


★★★★★やいいねをポチってもらえるとモチベーションが上がります。


どうぞよろしくお願い致します。

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