怒りの理由
鳳教会に向けて歩いていたヒカルは、ビヤーキーから発見されないよう、わざと遠回りして森林地帯を歩いていたが、その木々の間から奇妙なものを見つけた。
ヒカルがいる場所から2〜3kmほど離れた場所だろうか。煙が立ち上っているのが見えたのである。
それを見たヒカルは、はっとした。
誰だ?焚き木なんかしてるのは。
こんなところで焚き木なんかしたら、すぐにビヤーキーに見つかってしまうだろ。
最初はどこかのバカな生き残りが焚き木でもしているのかと思ったが、その内ヒカルの心に、ある不安が生まれた。
まさか、シオリちゃんたちじゃないよな・・・。
急に心配になったヒカルは、すぐに煙の立つ方へ駆け出した。
★
「焚き火なんて、初めてだな。」
付近からかき集めた落ち葉や枝を集めて焚き火を始めた2人。
すっかり歩き疲れた詩織と真夢は、その傍らに腰かけ、しばらくぐったりとお互いに寄りかかっていた。
「疲れたね〜、シオリちゃん・・・」
「クタクタグッタリなのだ〜・・・」
時間的には夕方に差しかかってきてはいるが、それでもまだ辺りは明るい。
しかし、すっかり体力を使い切った詩織たちは、焚き火の暖かさも手伝ってか、ついウトウトとし始めていた。
急に今まで無風だったのが、まるで木々をざわめかせるように風が吹き始め、辺りに奇妙な生き物の鳴き声が響く。
付近の雰囲気が変わり始めたことに気付いた詩織は、眠りかけた真夢の肩を揺すり、彼女に声をかけた。
「マム。何か様子がおかしいよ。」
ふいに強い風が吹き、焚き火の火が消えた。
その強風に、思わず2人は髪の毛を押さえる。
詩織たちが風の吹いてきた森の方を見ると、その木々の間から、何者かがゆっくりとこちらに歩いてくるのが見えた。
「誰だろう?こっち来るよ。」
「ヒカルさんかな?」
しかし、それが2人の10メートルほどの近さまで近づいてきた時、彼女たちはそれが何なのか、痛いほどに思い知らされることになったのである。
それは、あの凶悪な獣ビヤーキーだったのである。
翼があるからといって、ビヤーキーが常に空を飛んでいるとは限らない。
他に比べると比較的小型のこのビヤーキーは、焚き火の煙につられ、ひっそりと詩織たちのもとに歩いて近づいてきたのである。
ビヤーキーが不快な咆哮を上げた。獲物を狩る時に上げる、あの鳴き声だ。
するとその鳴き声に導かれるように、さらに数匹のビヤーキーが木の陰から現れた。
驚いた詩織は急いでティムをリュックに放り込むと、恐さで固まってしまった真夢の手を引き、その場から逃げ出すために走り出した。
ビヤーキーの歩みはぎこちない。あれぐらいの歩く早さなら、容易に逃げ切れると詩織たちは思ったのだ。
しかし、事はそう簡単には済まなかった。
ビヤーキーたちは翼を開くと、そのまま羽ばたき、器用に木の間を潜り抜けながら詩織たちに迫ってきたのだ。
「うわわ!追いつかれる!!」
その時だった。森の中に一発の銃声が響いた。
2人を追いかけていたビヤーキーの1匹が、緑色の体液をまき散らしながら地面に落ちる。
続いて2発、3発、4発・・・・・。
銃声が轟くたび、その弾は正確にビヤーキーを貫き、魔物はその場に無残な屍をさらした。
詩織たちが気が付くと、彼女たちが走っていたその先に、銃を構えた見覚えのある少年が立っていた。
もちろんそれはヒカルである。
「やっと見つけたのだ!」
「ありがとう!ヒカルさん!」
しかしその時だった。渇いた頬を叩く音が森の中に響いた。
ヒカルが、詩織と真夢のほっぺを強く平手打ちしたのだ。
驚いた詩織と真夢は、黙ってヒカルの顔を見た。
ヒカルの表情は怒りに満ちていて、厳しい目で2人をにらみつけている・・・。
「バカ!!なんでこんなところまで来たんだ!?」
ヒカルが叫んだ。
あまりの出来事に、詩織も真夢も言葉が出ない。
2人の目に、ジワッと涙が浮かんでいる。
「なぜボクが君たちに言わないでここまで来たかわかるだろ!?あんな化け物がまだまだいるんだ。君たちのお姉さんを見つける前に、君たちが先に死んでしまったらどうするんだ!?」
優しい表情が印象としてあるヒカル。そんな彼がこれだけ怒っているのだから、詩織と真夢のショックは大きい。
2人はただ呆然として、今はヒカルの言葉の一つ一つを黙って聞いていることしかできなかった。
「あたし・・・、あたし・・・・。」
詩織は言葉に詰まり、真夢はその横で小さく泣き出してしまった。
そんな様子を見たヒカルは、はっとして膝を落とし、2人に目線を合わせた。
「ゴ、ゴメン!叩いたりして・・・・」
ヒカルの言葉を聞いて、詩織は顔を横に振り、そして、真夢が泣きながら応えた。
「ううん・・・、マムたちが悪いんです・・。マムたちが勝手なことしたから・・・」
「ホントにゴメン!怒りすぎた!」
すると今度はヒカルが、こぶしで自分の頭を殴った。
ヒカルの奇妙な行動に、詩織と真夢は唖然とする。
「ボクには本当の家族がいないから・・・せめて君たちには、そんな風にはなってほしくなかったんだけど・・・。でもやっぱりやりすぎだ!ヒカルのアホ!」
ヒカルは再び自分の頭を叩いた。自分の頭を続けてボコボコと殴るヒカルを見て、さっきまで涙を流していた詩織と真夢に、笑顔が戻ってきた。
3人の間に流れる優しい時間。
不思議な縁のもとに出会った詩織と真夢とヒカル。
荒廃した地球の片隅で小さな希望を追い求める彼らの間に、大きな信頼関係が生まれていた。
しかし、その優しい時間は長くは続かなかった。
詩織たちの頭上で、あのビヤーキーの獲物を追い求める奇声が聞こえたのだ。
それも1匹ではない。無数に湧き上がる鳴き声。
「行こう。どうやらこっちに気付かれたみたいだ。あいつらはしつっこいんだよ。人間だったら真っ先に嫌われるタイプさ。




