シェルターの中で
七海を見つけ出した瞬は、その後にたどり着いた鳳教会の変わり果てた姿に一度絶句したが、それでもその地下に防災用のシェルターがあることを思い出し、ビヤーキーの襲撃を逃れ、なんとかそこに避難をしていた。
元々のこの教会の主のロバート神父はアメリカ人である。
向こうの人たちは防災などに対する意識が高いようで、この地下シェルターを建築する時、瞬や神酒も面白がってその様子を観察していたことを彼は思い出していた。
瞬は七海を備え付けのベッドに寝かせると、折れた彼女の右腕に添え木をし、厚めの毛布を上からかけた。
七海は苦悶の表情を浮かべ、痛みで気を失っている。
しかし体は小刻みに震えていて、彼女が寒がっていることには気付いていた。
今気温はそう高くないとはいえ、震えるほどではない。
瞬は七海が打撲やキズのために体に変調を起こしていると思い、地下室の中に適した薬がないかを探した。
「なんだっけな、確か『抗生物質』とか要るんだよな・・・」
幸いここは防災用のシェルターのため、瞬は非常用の食料と共に、いくつかの薬品を見つけ出していた。
効果は日本語と英語の両方で書かれていて、瞬はその中からCephalosporinという抗生物質を選び出すと、ミネラルウォーターでムリにでも七海に飲ませた。
そしてしばらくして七海の呼吸がスースーと楽になり、彼女の顔に赤みが戻ってきたのを確認した瞬は、やっと一息つけたような気がして、やれやれといった具合で七海の傍にある椅子の上に腰を下ろした。
依然として予断を許さない七海の状況ではあるが、それでもまずは一安心だ。
瞬は安らかな七海の寝顔を見ながら、今自分が置かれた状況について考えていた。
今までのことから考えると、多分ここはまともな世界じゃないな。
鳳教会がこんな状態だし、あのビヤーキーが実際にいるなんてさ。
なんとか回りの様子を調べたいけど・・・・。
瞬はもう一度七海の寝顔を見た。
「ナナミちゃんにムリはさせられないよな」
するとその時、七海がゆっくりと目を開いた。
「・・・シュン君・・・?」
瞬は、ニッコリと微笑んで七海の顔を見た。
「いるよ、ここに」
「ありがとう・・・。シュン君って、本当はあんなに強かったんだね」
「え?そんなことないよ」
七海は小さく笑って瞬を見つめた。
「うそ。ずっと見てたもん。あんな大きな怪物相手にして・・・・。あっという間にやっつけてたの、あたし見てたんだから」
「アハハ・・・、そうだった?」
すると七海は毛布の間からゆっくりと手を出すと、その手で瞬の手を握った。
瞬は少しドキッとして、顔を赤くする。
「シュン君・・・・。あたしを置いてここから逃げても・・・いいよ・・・」
「何言ってるんだよ!そんなことできるはずないじゃないか!」
「でも、あたし多分動けないと思うし・・・」
「大丈夫だよ」
瞬は七海の手を強く握り返した。
「いざとなったら、ナナミちゃんをおんぶしてでも一緒に行くよ。ほら、ボク強いからさ」
「優しいんだね・・・」
しばらく沈黙が流れた。
「あのね・・・・」
七海は一度目をつむると、少し何かを決心したように息を吐いてから、もう一度目を開いて瞬を見た。
「あたし、今までシュン君に言いたいけど・・・言えなかったことがあるんだ。
・・・ここで言っていい?」
「なに?」
「あたしね・・・・・」
七海は少し顔を赤らめた。
「あたしね・・、ホントはシュン君のこと、ずっと前から好きだったんだ・・・」
「え・・・?」
思わず固まる瞬。
彼はもちろん、まさか七海からこんな告白があるとは思ってもいなかったのである。
「シュン君て、いつもミキと仲良くしているでしょ?あたしね、本当はいつも、ミキのこと『うらやましい』って思っていたんだよ・・・」
瞬はすっかり固まってしまって、言葉が出ない。
「シュン君は、あたしとミキのこと、どっちが好き?」
「あ・やややや・・・、どっちがと言われても・・・」
おそらく瞬は、100匹のビヤーキーを相手にするよりも緊張していただろう。
そんな様子を見て、七海がまた小さく笑い出した。
「そんな正直なところや、ちょっとトボけたところ。それから優しいところも・・・。あたしずっと、そんなシュン君のこと見てたんだよ・・・。」
「・・・ナナミちゃん・・・」
「シュン君がミキのこと、好きなら好きでそれでもいいんだ。でも・・・」
その時だった。急に七海が咳き込みだした。
瞬ははっとした。七海がせきと一緒に、少しだが血の塊を吐き出したのだ。
おそらく体内になんらかの損傷があるのだろう。
もしかしたら一刻も早く専門の病院に運ばなければ、七海の命にもかかわりかねないのかも知れない。
「ナナミちゃん!」
「シュン君・・・。ミキのことが好きでもいい。でも、今はあたしと一緒にいて・・・」
七海が涙を流した。
彼女は何かを覚悟しているようで、そんな七海の想いが、強く瞬に伝わっていった。
「あたし・・・・、なんとなくだけど、もう長くないような気がするんだ・・・」
「そんなことないよ!きっと助けるからさ!」
「うん・・・。でも、シュン君・・。お願いだから、最期まで一緒にいて・・・。最期まで、あたしの手を握っていて。お願い・・・」
少し興奮気味に話す七海の口を、瞬が優しく制止した。
「大丈夫だよ、ナナミちゃん。ナナミちゃんは絶対に死なないし、ボクはずっと傍にいるよ・・・。だからさ、今はゆっくり眠って・・・」
瞬の優しい笑顔に、七海は心が少し落ち着いたのだろう。
安心した笑顔を見せると、ゆっくりと目を閉じた。
「・・・うん・・・」
しばらくすると、七海が安らかな寝息を立て始めた。
瞬はそんな七海の寝顔を見ながら、ずっと彼女の手を握っていた。
彼の気持ちの中に起こった突然の動揺。
それを落ち着けるためには、瞬には少し長い時間が必要な様子だった。




