8.口説くのは禁止だ!
気を感じ取れるようになると、目の前の元姉貴の少女も俺もこの神殿の空気すら違うように感じる。フウカの周りは暖かいクリーム色の気が鼓動のように揺れながら取り囲んでいる。
さらに神殿については様々な色の気が入り混じっている。なるほど、この神気とやらがあるからエネルギー補給がいらないってわけか。
「じゃあ、私はいまから用事があるから行くね。あ、その代わりに1人ハヤトにいろいろ教えてくれる人が来る予定になっているからね」
フウカはそう言うと早々とその場から姿を消した。元人間だったはずのフウカまで当たり前のように瞬間テレポートを使っているのだ。
「俺、姉・・・じゃあなかったフウカみたいにここに馴染めんのかよ・・・」
気が付いたらそんなつぶやきが俺の口から出ていた。いつも一緒に居たフウカを離れてつい後ろ向きな考えが、俺の頭によぎる。
「あー!やめやめ。んなこと考えても仕方ねえしな。弱音はここでしゅうりょ~!」
短くなった髪をぐしゃぐしゃと掻き上げながら、俺はわざと大きな声でそう叫んだ。おかげで僅かにだが気持ちがすっきりする。
トントン!
叫んですぐに自分しかいないはずなのにいきなり音が立ったので、反射的に身を縮めてしまう。
あ、ノックか。
その音は扉の向こうから叩く音であった。フウカが来るっていってた人かな?
「は~い。どうぞ」
俺が返事するとすぐに扉が開いて来客者の姿を見せる。
「はじめまして。守護の女神さん」
そう言って俺に近寄ってきたのは派手な色をした18歳ぐらいの青年であった。やはりそれなりに整った顔立ちに身体付きだ。神だからみんな見た目がいいのだろうか?
透明がかった水色の長いウエーブのかかった髪を一くくりにしばっている。すこしたれ眼がちな眼は青色をしている。こんな色の人は初めて見た。まあフウカも大概派手な色してるが・・・。
彼を取り巻く気は髪の色と同じく水色だ。フウカと同じぐらいの大きさがあるが、フウカと違って鼓動のようなものがない。
「僕の名前はエダ。水を司っているよ。今日はフウカにお願いして君に会う時間を作ってもらったんだ。彼女から話は聞いている?」
こちらを楽しそうに見ながらエダと名乗る青年は聞いてくるが、俺としてはまったく話を聞いていない。さっきも教えてくれる人が来るとしか言ってないし。
「いや。全然聞いていません。今日教えてくれる人ですか?」
正直に答えると彼は楽しそうに口元に笑みを浮かべながら頷いてくる。それならば俺も名乗らなければと口を開く。
「ハヤトと言います。エダさんは俺の事情を知っているのですか?」
「知っているよ。さっきフウカに散々釘を刺されたから。ハヤト。僕にさん付けも敬語もいらないよ」
あのフウカが彼に何を釘を刺したのか?のんびりとした彼女があえて彼に忠告する内容がよくわからない。だが次の瞬間、彼から爆弾発言が飛び出す。
「僕がフウカに子供が女神だったら一番に口説くって宣言してたからね~」
・・・・。
一瞬思考回路がショートしてしまう。つまりはこの人当たりがよさそうな兄ちゃんが、俺を口説くとか言っているのか?外見は少女かもしれないけれど、俺の気持ちはまだまだ社会を経験した立派なおっさんである。
「まあ、フウカから事情聞いたから今すぐは遠慮するよ」
そう言われてあからさまにほっと胸をなでおろした。こんな体になってしまったところの俺にはハードルが高すぎる。
しかし、安堵し身体の力を抜いたとたんに、再び爆弾を投下される。時間差攻撃とは卑怯だ。
「あ、でも。ハヤトがだれか他の人に口説かれているのを知ったら、僕も容赦しないつもりだからね」
彼の顔を思わずじっと見るが、瞳が獲物を狙う獣のように爛々と輝いていてそれが本気であることを物語っていた。
なんで、初めて顔を合わせたばかりでこんな宣言をされるんだ?
「なんでって顔しているね。僕ね~。好きな人がついこの前までいたんだ。でも、彼女が恋愛まで頭がまわない状態だったから遠慮してたわけ。そしたら気が付いたら他の男に取られちゃったんだ。だから今度はそんなへましたくないんだよね」
そう言われて俺はその相手が誰だかすぐにわかった。フウカのことだ。他の男とはオリセントのことだろう。でもだからってその娘にってのはどうなんだ!そこまで女が不足しているのか、ここは。
「かと言ってもすぐに口説くつもりは今はないよ。僕もハヤトのことまったくわからないし、ハヤトも僕のこと知らないもんね。だからとりあえずは一番近くでいろんな話ができるポジションに立てたらそれで満足だから」
自分の気持ちを正直に話す軽そうな青年に対して、俺も本音をそのまま伝えることにした。ついでに敬語も取り外す。
「えーと・・・、エダ。事情知っているなら俺が男だったって知っているわけだよな?色々教えてくれるってのは嬉しいけど、フウカ以上に恋愛・・・ましてや男となんぞ到底ありえねえってもんだよ」
俺はここで、一呼吸おいて彼を真っ直ぐ見ながら問いかける。
「だから悪いけど、エダの思い通りにはいかないぞ?それでも一緒にいたいと思うわけ?」
「わかっているよ。そんなの。でも、男女関係なく仲良くはなれると思うけど?」
平然とそう答えられて俺は大きなため息をつく。フウカ以外と接さないわけにもいかないだろうし、分からないこの世界についていろいろ教えてくれる存在は必要である。口説くとか言ってくるのは迷惑だが・・・。俺が相手にしなければ済む話だろう。そう言うところを除けば目の前の青年に悪い印象もない。
「俺を女扱いしないか?」
これだけは確認しておかねばと、彼を凝視しながら聞くことにした。それに対して彼はずいぶん楽しそうに笑いかけながら答えてくる。
「だからそれはハヤト次第だね。君が隙を見せずに男として振る舞っているうちは、僕はそのように接する事にするよ」
なんとも曖昧な返事だ。だが、とりあえずは普通に接してくれると言っているのだからそれを信じるしかない。
「俺としてもフウカがいないと右にも左にも動けない状態だから、誰かがいてくれるのはありがたいけどな。で?これからどうすればいいんだ?」
ここは男として振る舞ったほうがいいみたいだし、言葉づかいも素のままで目の前の少年に聞く。
「さっきフウカから気は分かるようになったって聞いたからな~。ハヤトは実技と話とどちらがいい?」
「実技!テレポートがしてみたい!」
俺は即答する。話はフウカがいるときにあれこれ聞けばいいんだし、やはりテレポートやらテレパシーをやってみたいという好奇心が抑えきれない。テレポートと言う言葉がないのかエダに聞き返されて瞬間移動と言うとエダが思い出したかのように噴きだす。
「そういえば、フウカにも瞬間移動を僕が教えたっけ。最近でこそマシになったらしいけど彼女、方向音痴でなかなか思うところに跳べなくてこっちがひやひやしたんだよ。君ももしかして方向音痴?」
そう聞かれて思わず俺も爆笑してしまう。フウカは昔っからありえないほど方向音痴だった。子供のころはよく迷子になったもんだ。まだ治ってないのか。しかしテレポートに方向感覚が必要とは思いもしなかったぜ。
「いや。小さい頃は手をつないで俺がフウカを道案内する役だったから」
「それを聞いて安心したよ。瞬間移動自体はフウカも簡単にできていたし、それほど難しくないからすぐできるようになるよ」
こうしてエダにさっそくテレポートを教えてもらうことになった。
次回の更新は『女神の憂鬱』になる予定です。