予告状 5枚目 二人目の怪盗
ー某日、ヴァリタス城にて―
「レイヴン、これを見てくれ」
レイヴンは幼馴染で自分より優れた男、リチャード王太子が側近に持ってこさせたものを見た。
机に置かれたのはクリスタルでできた美しい女性用の靴だった。
「これは…」
「十年以上前に行方不明なった我が国のプリンセスの婚姻衣装の一つだ。偶然俺の影が見つけ、所有者の商人がある女性から買い取って売らずに持っていたそうだ。」
「プリンセスは生きていると?」
「わからない。が、追跡できれば居場所は絞り出せるかもしれない。父の話によるとプリンセスは花嫁衣裳一式持ち出して消えてしまったらしい。売ったのが誘拐犯か、本人か…。それでお前に頼みがある」
リチャード王子は真剣な顔でレイヴンに言った。
「妖精王から送られた花嫁衣裳を探し出し、プリンセスの情報と花嫁衣裳を手に入れろ」
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「ルーシー店長、お暇を頂きたく…」
有能な助手のレイヴンから突然の言葉に、ルーシーは食べていたドーナツを落としてしまった。
「あわわわ働かさせすぎた!?いやそうだよね、料理掃除受付店の宣伝して、私が学校行っているときは一人でやってもらってたらキャパオーバーだ!!ごめんなさい!!!完全週休二日制…いや三日制にする!!お給料も上げるから、だからやめないで!!!」
「落ち着いてください店長。やめたりしませんよ。こちらから弟子入りした身なんですから。」
レイヴンは混乱するルーシーを落ち着かせながら理由を話した。
「私よりずっと上の身分の方からあるものを探し出してほしいという任務が下りまして、断れず私も捜索に参加することになりました」
「貴族の命令かぁ…そっかわかった。どれくらいかかるかわかる?」
「とりあえず一ヶ月はと言われています。手がかりがその間に掴めなければ辞退していいと」
一ヶ月レイヴンのティータイムが無くなることはルーシーにとってかなり痛手であったが、彼を過労死させたくはないし、我慢を決意した。
「あ、もしよかったら何探しているか教えてくれない?仕事柄いろんな家に行くし、この街だけなら探すの手伝うよ?」
「極秘事項なのでちょっと…」
本当に言えないらしく、レイヴンは困ったように首を振った。
「そっか、体調には気をつけてね!その任務終わっても数日休んでいいから!」
「ありがとうございます、ルーシー店長」
レイヴンはルーシーが困らないように一ヶ月の仕事のスケジュールを丁寧にまとめて説明して、店の整理をしてから帰っていった。
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レイヴンがお休みして1週間、レイヴンがいない生活にルーシーはそわそわして集中できなかった。
学校にいる間は特に変わりがなかったが、店に帰るといつも温かく優しい低い声で『おかえりなさい』と言ってくれた人がいないと、とても寂しい気持ちになった。
工房も広くなったような錯覚をしてしまう。
「何しょげてんだルーシー。カラスの坊主がいないだけでだらしないぞ」
「親父!やっと工場から出てきた!今レイヴンがいないんだから親父と仕事の相談しなきゃならないのに!」
「お前さんが面白いものをポンポン考えるのが悪いんだ!ちくしょう、楽しくて俺の睡眠時間がたりん!!」
「人の所為にしないで!!」
奥の部屋から煤だらけの姿で出てきたのはルーシーの養父であり、ドワーフ族の男バルバ・ロック。
ドワーフ族はヒューマン族より平均身長が低く、彼の身長はルーシーと同じ身長くらいだ。
ガハハと笑う養父は人の扱いが雑だが、ルーシーが作った設計図の部品を作る腕はピカイチだ。
養父がいなければルーシーはこの店を開くことはもっと先の人生だったであろう。
「今日は『かれーらいす』か!」
「レイヴンほど料理が上手くないのはごめんね」
「ルーシーの料理は食べたことがねぇ味ばっかで楽しいぞ!食事が楽しいって思うようになったのはおめぇのおかげさ!」
「酒はほどほどにしてよ」
「仕事終わりに酒をやるのが人生の最高の瞬間だろうが!」
工房の収入はいいが、養父が大酒飲みなので家庭の財布から金が勢いよく飛んでいくのだ。
今まで育ててくれた恩があるから、自由にさせてあげたい気持ちはあるが、ルーシーは身体のためも思って養父を叱っていた。
この世界ではルーシーの唯一で大事な家族だったから。
「そういやぁお前、今日の夜八時に依頼の貴族の家に行くんじゃなかったか?こんな遅くに呼び出すとかお貴族様ってよぉ」
「そうだった!やばい遅刻する!!」
予約が入っていたことを指摘され、ルーシーは急いでご飯をかきこみ、貴族対応の少し高いワンピースに着替えた。
「行ってきます!」
「夜道は絶対に馬車に乗って帰れよ!!」
仕事のトランクを持ち上げ、勢いよく玄関から飛び出した。
下町は入り組んでいて馬車を呼んでも逆に時間がかかるため、ルーシーは身のこなしを利用して屋根伝いに目的地へ向かった。
「えーと、レイヴンのメモ、メモ…」
ポケットからレイヴンが事前に顧客について書いたメモを取り出す。
顧客情報を頭に入れて商売するのは基本だと分かっているが、それをレイヴンが担ってくれていたので、ルーシーは情報を自らでは集めていなかった。
学校の授業とレイヴンから貴族相手のマナー指導を受けてはいるが、仕事と学業と怪盗業の忙しさで、貴族の流行やら国政やらそういうことはまだ手が届いていないので、トークスキルが貴族相手に対してレベルが足りていなかった。
今までは全部レイヴンが担ってくれていたため、一人で貴族相手にセールスをするのは口から心臓が出そうなほど緊張した。
「(レイヴンに甘えすぎちゃだめだ…。大じいちゃんは何でも一人でできてたんだから、私も)」
下町から目的地へは四十分掛け、予約を受けた貴族の屋敷にたどり着いた。
「お待ちしておりました。中へどうぞ」
執事に促され、ルーシーの家の何十倍の広さの豪華な屋敷に入った。
ルーシーは震える手でスカートを摘み、挨拶をした。
「この度はラッキースミスにご注文いただき誠にありがとうございます。」
「こんな子供が従業員だと…?確か…ノックス家が後見人だったか。まあいい、今回はこれを入れる厳重で美しいな箱を作ってくれ」
いつもレイヴンが選ぶ商人や貴族は優しい方ばかりだったので、久しぶりの平民を下に見た態度の貴族に胃が痛くなった。
執事が持ってきたのは長い棒に巻かれたレースの布。
流石貴族の所有物か、透明度が高いレースに編まれている刺繍の柄が精密で豪勢だった。
「この布なのだがもともとはヴェールで、私の母が大事に持っていのだ。しかし我が家は管理する土地の不作が続き、税が取れず家のものをある程度金にしようと整理していてな、これも売りに出そうと思っている。母が大事にしていたのもあって状態がよく高値で売れるだろう」
「たしかに。箔をつけるために装飾品が付いた箱の方がいいですね。箱自体はすぐ作れますが、装飾を施すとなると少々時間がかかります。」
「箱の大きさとデザインを頂ければ、我が家のお抱えの銀職人に頼もう。それで納期を早められぬか?」
「それだったらかなり早くお渡しできるかと」
「…貴方、本当に大丈夫かしら?」
当主の横に座っていた夫人が心配そうにこぼした。
「?どうなされましたか。何か不安点がありましたら…」
「いや、本当は母から『これは絶対に売ってはいけない。あのお方に返さないといけない。さもなければ一族は呪われる』と言われていたのだが、誰に返したらいいのか遺言を残さず逝ってしまったのだ。」
「お母様に私たちの結婚式にこれを使いたいとお願いしたら、尋常じゃないほど叱られましたのよ?それほどのものを売ってしまうなど本当に呪いが…」
「そんな子供だましなこと、ありえるものか。」
夫人の心配を当主は気にも留めず話を続ける。
「…本当によろしいでしょうか?」
「一応母の知り合いを通じてこの持ち主を捜索したが、何もわからずじまいだった。仕方がないので市場に出てその方に見つけてもらうしかない」
「わかりました。箱のサイズの検討をしますので測定させていただきます。」
ルーシーは何かを言える立場ではないため依頼を受けることにして、メジャーを広げ布の長さを図っていく。
「この布ってすごいんだよ!誤って蠟燭を倒しちゃったとき全然燃えなかったし、お母様がカーテンに使おうかと思って鋏を入れようとしたんだけど、全然切れないの!すごいんだよ!」
ひょっこりといつの間に部屋に入ってきた子供がルーシーにしゃべりかけた。
「ぼっちゃま!」
坊ちゃまと呼ばれた男の子はメイドによって慌てて部屋から引きずりだされた。
いやダメでしょと呆れながら箱の中のクッション材をどうするかと検討するため、布に触れてみるとルーシーはこの布に魔力が帯びていることに気が付いた。
「(なるほど…魔力を練りこむことで強度を上げているのか。でもこんな長期間保てる…?)」
魔法学校で習ったことだが、魔法を使う時には2種類のエネルギーのどちらかを使うと言われていた。
神や妖精に宿るマナ・自然や人に宿るオドとそれぞれの魔力に分けられる。
人が魔法を使用するとき身体の中のオドを使用する。
「編み込まれている魔力…人のものじゃない?」
鑑定されれば庶民が人生を数回やり直しても支払えない価値のあるものだろう。
世の中にはすごいものがあるものだと感心した。
亡くなった夫人が売ってはならないと強く言い含めようとしたのも頷ける。
このヴェール一枚で家の傾きなんぞ一瞬で解決してくれる価値を、あの夫婦がわかっていないのが笑い話だった。
「それではデザイン画が完成しましたら、すぐお持ちします。」
「ああ、早めに頼む」
ルーシーは採寸を終え、当主に挨拶をして帰ろうとした時、ガシャーンとどこかの窓ガラスが突然割れる音がした。
「きゃああああ!!」
「何があった!!」
ルーシーもことが気になり叫び声が聞こえた部屋について行った。
部屋の窓が一つ割られて床にガラスが散乱していた。
一人メイドが腰が抜けて部屋の中で座り込んでいる。
「どっ泥棒です!全身黒い人間が!!ヴェールを盗んでいきました!」
「何だと!?」
ルーシーはとっさに窓の外を見たが、そこには夜空が広がっているだけで何もいなかった。
「これは…どうしましょう?」
「貴様は馬鹿か、ヴェールが盗まれたんだぞ!!」
「えっと、箱は…」
「それどころではない!!」
当主はルーシーを部屋から追い出し、警察を呼べと執事に指示した。
「(布がなくなったから依頼キャンセルってこと…?)」
高値の依頼が一瞬で消え去ったことにルーシーは頭が真っ白になった。
暫くして警察が屋敷に到着し、聴取を受けた後、邪魔だと屋敷から追い出され、門の前で呆然と立ち尽くしていた。
ルーシーは次第に沸々と泥棒に怒りがわいてきた。
「(怪盗の目の前で盗みをやるとはいい度胸だ!!どこのどいつか暴いてやる!!)チクショー!!」
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少女の怒りの叫びも届かぬ城壁に黒い影が降り立った。
黒い羽のようなマントを風になびかせ、仮面の男は盗んだヴェールを巻いていた棒を抜き去り、広げて月明かりにさらした。
ヴェールに織りなされたマナが虹色に淡く光り輝いている。
「一つ目…」
男はヴェールを懐に入れ、再び闇に溶けていった。




