魔王様は名前がない
吾輩は魔王である。名前はまだない。
召喚されてからの3日間で、私はこの世界について色々な事がわかった。
まず、今の私は猫獣人という種族であること。
人の体に猫耳やしっぽが生えてるような感じ。
そして、ここは魔王城、私が召喚された時に居た怪物さんたちは魔王軍と言うらしい。
要約すると、ここは私のおうち、彼らは私の家族ということらしい。
あと、魔王だからなのか。
それともそういう種族なのか。
私は生まれたばかりだというのに大人のような体つきで、喋るのにも全く問題がなかった。
……あからさまに儀式っぽかったし魔王補正な気はする。
そして、最後にわかったことは、目の前にいるメイドさんがめちゃくちゃキレているということだ。
「ま・お・う・さまぁ〜?
先程の会議で居眠りをしていたとお聞きしましたが〜?」
生まれたばかりの私はあれよあれよという間に魔王様と担ぎ上げられた。
そして、この3日間色々と質問攻めされた気がする。
気がするというのは、私が全く何も覚えていないからである。
なんかすごそうなテーブルを囲んで、人類が〜とか、戦争が〜とか言ってた気がしなくもない。
そして、この可愛いメイドさんは誰なんだ…。
「だ、だって…心地よかったから…」
「だっても何もありません!!!
魔王様が居眠りをなさっていたせいで、最後まで残ってくださっていた牛頭鬼一族の皆様がお帰りになってしまいました!!!」
そんなこと言われても事情を飲み込めていないのは私の方であって。
生まれたばかりの赤子を引っ張り出して意見を求める方がおかしいんじゃないかな?
あと、君は誰なんだい?
「ご、ごめんなさい…?」
「心にもない謝罪は結構です!!!
それで?いい加減魔王様のご尊名をお伺いしたいのですが!?」
「いい加減もなにも聞かれてないし…」
「魔王様が寝てるか食べてるかしか、してなかったからでしょう!?」
怒り心頭といった様子のメイドさんが高級そうな机を叩くと、痛々しい音を立ててヒビが入った。
…これ以上怒らせるのはやめておこう…。
「…お、怒らないで聞いて欲しいんだけど、私、名前覚えてないんだよね…」
「………はい?」
「なんというか、転生前の私は随分老人だったみたいでね…?
ボケてるというかなんというか…」
それを聞いたメイドさんは頭を抱えたあとその場にパタリと倒れてしまった。
「あぁ…。お父さんお母さん。
もう魔族は終わりです…。人類に滅ぼされてしまいますぅ…!!!」
「あの、魔族だとか人類だとか。
よく分からないことだらけなんだけど…。
良ければ教えてくれない?ついでにメイドさんのお名前も」
メイドさんの耳がピクリと震えると、先程までの情けない姿はどこへ行ったのやら。
背を伸ばし立ち上がって名乗った。
「これは申し訳ございません。
少々取り乱しており、申し遅れました。
わたくし、ナツと申します。
魔王様の侍女を拝命しております」
「なっちゃんね!
りょーかい!!!」
「なっ…!?」
ナツはまるで今にも抗議したそうな顔をした。
しかし、魔王様に対する礼儀と、目の前の魔王様に礼儀が通じるのかという疑問の間で揺れた結果、何も言わなかった。
「それで、魔族だとか人類だとか。
もう少し詳しく教えてくれる?」
「あっ…。失礼いたしました。
それではご説明いたします」
ナツ。もといなっちゃんから聞いた話によると、人間と魔族は長い間戦争状態らしい。
魔族というのは人以外の種族の通称で、悪魔や霊、獣人のような亜人種なども含まれる。
コミュニケーションさえ取れれば、みんな魔族と言われているそうだ。
個々の力を比べると人間よりも魔族の方が強いが、数は人間の方が多く。
並外れた力の存在というのはどちらにも存在するため、相対的には魔族の方が不利な状態が続いているそうだ。
さらに先代の魔王。
つまり、私の先輩に当たる人が50年前に隠居されて、その後空席だったことも相まって現在では魔族の領土はかなり少なくなっているのだという。
「でも、なんで50年も魔王を作らなかったの?」
「…魔王様は誰でもなれるものではありません。
魔王因子に選ばれる必要があるのです」
「魔王因子?」
「はい。
魔王因子は願望の力。
その力は絶対的であり、おひとりで戦況を覆すほどの力だと聞き及んでおります。
一応、魔王様にも宿っているかと…」
そんなこと言われたところで当の本人にはあまり自覚がないんだよねぇ…。
いきなり生まれたと思ったら魔王様〜って祭り上げられて。
勝手に期待されて勝手に裏切られたみたいな反応されて。
私だって怒る時は怒るんだぞ!
――ってそういえば…。
「ねぇ、さっき牛頭鬼一族が最後とかなんとか言ってなかった?」
「…はい。
先代様に取り立てていただいた御恩を、と仰って最後まで魔王軍に残られていたのですが、つい先程帰ってしまわれました」
「なるほどねぇ…
そしたら、今は魔王軍は何人なの?」
「………」
「なっちゃん?」
「…4人…です」
あちゃー。
それは確かに軍とは言えない規模だねぇ…。
「そしたら、家族って事にならない?」
「なりません。
私や他の者も、既に家族がおりますので。
それに、同性婚はあまり一般的ではありません」
「や、そうじゃなくてさ。
なんというか…同じ酒を酌み交わした仲。みたいな?」
「……はい?」
ドヤ顔をキメたはいいものの、何も伝わらなかったようだ。
まぁ、いっか!
「なら、とりあえずは魔王軍を再興しないとだね〜」
「…一応、その気はあるんですね」
「やだなぁ〜
そんな人をダメな子みたいな目で見ないでおくれよなっちゃん」
「…魔王様が居眠りをしていた為、軍の再編が必要となったのですが…」
「………老いてくると記憶力がねぇ…」
「まだゼロ歳児でしょうがっ!!!!」
あぁ、ついには高級そうな机にトドメが刺された。
なっちゃんは反応がコロコロ変わって面白いが、そろそろ揶揄うのはやめておこう。
「そしたら、他のふたりにも会ってみるよ
どこか会うのに適してる部屋はある?」
「あっ…えっと…それでしたら、魔王城の最奥部にある玉座の間がよろしいかと思います」
「おーけーおーけー!
じゃあ悪いけど2人を呼んできて貰って良い?」
「…かしこまりました。魔王様」
魔王様…。
そうか、私の名前がわからないからそう呼ぶしかないのか。
「…あと、私は今日からタマだ。
気軽にタマちゃんって呼んでね!」
「……はい?」
猫獣人だからタマ。
我ながら安直だが、すんなり出てくるものがこれくらいしかなかったのだ。
まぁ、名前なんてなんでもいいしね!
魔王様の威厳が、とか、せめてもう少し格式あるお名前を、とか騒いでるなっちゃんを置いて、私はその場を後にした。
さてと。
――玉座の間はどこだったかな…?




