魔王様は家臣と出会う
吾輩はタマである。名前は…タマだから、このくだりはもうやめておこう。
結局迷子になった私は、何時間かさまよった後なっちゃんに救出されて無事に玉座の間にたどり着いた。
私の背の10倍以上はありそうな大きな扉を開くと、そこには大きな角を持つ執事風の男性と、赤い体の半裸マッチョが跪いていた。
…残ってたの、赤マッチョかい。
私はなっちゃんに促されるまま玉座に座ると、部屋に入る前になっちゃんに言われていた事を思い出しながら口を開いた。
「お、おもてを上げよ」
私の言葉に呼応するように執事風の男性と赤マッチョが頭を上げた。
私がなっちゃんから言われていたのは最低限の魔王の所作である。
尊大な物言いなんて言い慣れている訳もなく、緊張で少し噛んでしまったが幸い誰も触れなかった。
「わ、我が名はタマ。
貴様らの主人である魔王タマである」
「恐れながら陛下。
貴様というのは元来敬意を含む呼称ではありますが、現代では侮蔑的な意味合いが強く、この場では不適切かと。
我々をお呼びになる際は汝らが適切です」
「な、汝らの主人である魔王タマである!」
「また、主人という表現も、やや私的な所有関係を想起させます。
この場合は統べる者がよろしいかと」
「注文が多いなぁ!?」
いきなり執事風の男性にダメ出しを食らってしまった。
というか、そこまで気にすること!?
別に挨拶くらいなんでも良くない!?
「ガッハッハッ!
無理に魔王らしくせずとも、その方が陛下らしいではないか!
さすがはワシの主君だ!」
「なにがさすがなのかはよく分からないけど、フォローしてくれてるのは伝わるよ。
ありがとう赤マッチョさん」
「ワシは赤マッチョではなく、リンドウという名前があるのだ陛下!」
「じゃあ私のことはタマちゃんでいいよ〜!」
「気の抜けるような響きが逆に強者の風格を匂わせる!
さすがだ!タマちゃん!ガッハッハッ!」
短いやりとりでわかった。
見た目通り、脳筋だこの人。
きっと頭の中は筋肉で詰まってるから何も考えてないんだ。
「陛下。部下に対してそのように接される事は…!」
「良いではないか!シェフレラ殿!!!
そんなことよりお主の自己紹介をすべきではないのか!?」
赤マッチョさんがバシバシと執事風の男性の肩を叩きながら自己紹介を促していた。
肩のところ赤くなってなきゃいいけど…
「…申し遅れました。
ワタクシは契約の悪魔、シェフレラと申します。
陛下の忠実な下僕として、この命、魔王軍に捧げます」
「下僕って、ちょっと嫌だなぁ〜」
「……では、臣下と」
「うーん、家族じゃだめ?」
「ワタクシには妻子がおりますので」
「そういうことじゃ…ないんだけどなぁ〜?」
なっちゃんの時もそうだったが、なかなか伝わらない。
異文化交流というのはこんなにも大変なものだったのか。
「というか、奥さんとお子さんが居るなら命を捧げたりしちゃダメだよ?
ちゃんと家族のために使いなさい!」
「いえ、既に別れは済ませております。
それに、ワタクシが戦わなければ妻子や同族の命が危ういのです。
陛下にはそれを自覚していただきたい」
「人間も悪い人たちばっかりじゃないけどなぁ〜?」
「……まるで、人間のことをよくご存知のような口振りでございますね」
「うん。だって私、転生前は人間だったもの…」
殺気。
すぐ横にいるなっちゃんから発せられたそれに名前を付けるなら、間違いなくそうとしか言えない物だった。
「魔王様の前世が、人間ですって?」
「おい、ナツ殿止めろ。
前世がどうであれ、今は我々の魔王様だ。
敬意を払え」
「……失礼いたしました」
「……今日のところはお開きとしましょう。
ナツ嬢。しばらく自室でお休みになられてください。
陛下には、ワタクシとリンドウ殿で城内を案内いたします。
それでよろしいですか?陛下」
「う、うん。いいよぉ〜」
びっくりした。
何度かなっちゃんを怒らせたことはあるけど、あの怒りはそんな程度のものじゃなかった。
もっともっと深い闇を、ほんの少しだけ垣間見たような気がした。
何はともあれシェフレラさんには助けられたね。
その後、なっちゃんはそそくさと玉座の間を後にしてしまい、私は城内を案内してもらうこととなった。
「…陛下。
先程はナツ嬢が申し訳ございません」
「別に良いけど…何かあったの?」
「ナツ殿に限らず魔族だったら多かれ少なかれ人間と因縁くらいはあるわなぁ!
ワシの親父も人間に殺されておるしな!」
「あっ…。ごめん。悪いこと聞いちゃった?」
「いいや、ワシの親父よりも人間が強かった。
それだけの事よ。
ただ、ワシのような鬼人族は強者を敬う風習があるが、ほかの種族ではそうでもないらしいからな」
「ワタクシの兄も先の戦争で殺されておりますので、少々思うところはあります。
まぁ、陛下の前世が人間だからといって取り乱したりなどはしませんが。
ナツ嬢は相当強い恨みを持っているのでしょうね」
そっか。
長い間戦争中って言ってたもんね。
これは私が少し軽率だったかもしれない…反省反省。
「じゃあ、私がみんなのことを守ってあげるよ!
不本意だけど、魔王様らしいしね」
「それでこそタマちゃん!我らが魔王様だ!
早速で申し訳ないが、ワシと手合わせして貰えんだろうか?」
「おい、陛下に対して不敬だぞ」
「さっきから強者を前にウズウズしておったのだ!
このままだとワシは城の壁を壊してしまうかもしれん!!!」
「手合わせって言っても、私戦いとかさっぱり分からないよ!?」
「何を言う!
昨日、会議中に寝ているタマちゃんを起こそうとしたワシを、片手で吹き飛ばしていたではないか!」
え、ごめん。全く覚えてないかも…。
私、寝相で赤マッチョさん吹き飛ばしたの?
「あれには正直驚きましたねぇ…
絡め手を使わない正面からの戦闘で、リンドウ殿に勝てる者など魔族にはおりませんから。
そんなリンドウ殿を不意打ちとはいえ、片手で吹き飛ばしてしまう陛下のお力には感服いたしました」
「あはははは、ま、まぁねぇ〜?」
「あれだけの力があれば、人類を滅ぼすことも容易い事だろうな!」
「え?別に滅ぼさないよ?」
「す、少しお待ちください。
…滅ぼさないよ。とは?」
「そのままの意味だよ。
私の大切な人を傷つける人に容赦するつもりはないけど、別に無関係の人まで巻き込むつもりは無いよ」
見るからにわかる2人の落胆。
なんでよ。さっきまで思うところはあるけど別に良いみたいな話してたじゃん!
「なるほど、陛下にとってみれば同種のようなもの。
無闇な殺生を嫌うお気持ちはある程度理解が及びます。
しかし、魔族と人間はどちらかが滅びるまで争い続ける運命にあるのです」
「いや、運命とか信じてないし、種族とか関係なく悪い人は悪い人だし良い人は良い人でしょ?」
「陛下。もはやそのような事を言っていられないほどに、切迫しているのです。
人と魔族が共存できない事は歴史が証明しております」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか。
俺は強者の意見に従う。
だから、タマちゃんが滅ぼさねぇって言うならそれに従うまでだ。
それに、降りかかる火の粉は払うんだろ?」
「そりゃもちろん。
見ず知らずの人よりもみんなの方が大事だし!」
「んならいいじゃねぇか」
「ワタクシとしても陛下に忠誠を誓っている以上、進言はしても文句は言いません。
…しかし、彼女は納得しないでしょうね」
シェフレラさんの言葉を受けて、あの時のなっちゃんの顔を思い出す。
怒りの中に苦しみと悲しみが混ざったような、酷い顔。
だからといって意見を曲げるつもりはない。
私の前世の家族。
――あの人達のような善良な人まで、殺したくはないのだ。
「まずは、なっちゃんを説得しなきゃ…だね」
「それはそうと、そろそろ見えてくるぜ
先代陛下が作ったと言われる闘技訓練場だ」
次の瞬間、私の目の前に広がったのはとても広い運動場のような空間。
そして、その中央でひたすらに剣を振るうなっちゃんの姿があった。
細い腕は震えていて、構えは素人そのものだった。
それでも彼女は、歯を食いしばって剣を振っていた。
まるで、誰かを憎まなければ立っていられないみたいに。




