魔王様は生まれる世界を間違えた
吾輩は魂である。名前はまだない。
いや、正確には名前くらいはあったはずだ。
ただ、どうしても思い出せない。
頭に浮かぶ記憶といえば、私の手を取って笑いかける少年と、その後ろで優しく見守る大人の男女。
きっと、私にとって大切だった人たちの記憶。
――そうか。
私、死んだんだ。
何も存在しない。
ただ虹色の光だけの空間に私は浮いていた。
眼前には白髪の知的な美青年。
「というわけで!
本当に申し訳ないんですが、あなたには異世界に転生していただきたい!」
「いえ、そんなのいいんですよ。
どなたにも間違いはありますから…」
「良くないのです!
地球に住む生命。
例えば、人間たちにとって、間違いは日常の一部かもしれません。
ですが、私たちのような高次元体にとって、寿命より早く魂を回収してしまうなど…
たとえ老いた個体であったとしても、あってはならない失態なのです!」
私は本来であれば輪廻と呼ばれる流れに沿ってそのまま別の命に転生するはずだったんだけど、神様を自称するこの美青年に呼ばれて事の経緯を聞いていた。
曰く、生前の私は老体でいつ死んでもおかしくない状態だったこと。
曰く、そんな私を間違えて1年早く殺してしまったこと。
曰く、その罪の埋め合わせとして記憶を持ったまま新たな人生を送ってほしいということだった。
「とは言っても、生前の記憶もほとんどありませんし…」
「でも、大切なご家族の思い出は残っているんでしょう?
あなたの両親と兄の少年。
記憶の中の姿ですから、今よりも随分と若いようですが…。
それでもあなたの魂にまで刻まれた大切な家族です。
それをこちらのミスで全て忘れて転生しろなどと…酷な事は言えませんよ」
「神様…なんだか人間みたいですね」
神様は苦笑した。
褒め言葉のつもりだったのだけれど、どうやらすこし違ったらしい。
「あなたの魂の性質的には人に近い姿へ転生させてあげたいのですが、生憎あなたの魂の器となる強度の肉体が人外にしかありません…
申し訳ないのですが、人間への転生は諦めてください」
「全然大丈夫ですよ。
むしろ、もう一度生きられるだけで大満足です!
さすがに元の姿と違いすぎるのは嫌ですけど…」
過去にお兄ちゃんが見せてくれたゲーム?にスライムだとかドラゴンだとか色んな生き物が出てきていた。
さすがに、あれになるのは少し困る。
せっかく転生しても、生きていける自信がない。
「ふむ…。元の姿に極力近く…。
それでは、獣人なんていかがでしょうか?
元の姿に近く、肉体強度は人間をはるかに凌ぎます」
獣人…というのがあまりイメージ出来なかったが、人と付いている以上かなり人間に近い種族なのだろう。
異世界には色々な生き物がいるんだなぁ…。
「分かりました!
それで大丈夫ですよ」
「それなら良かった。
では、最後になりますが、何か願いはありますか?
転生、転移者には希望の力を与えるのがお約束なので」
お約束。というのはよく分からなかったが、それはさておき私は願いを考えた。
願い。願いか…。
強い力も、綺麗な姿も、豊かな暮らしも。
あまり思い浮かばなかった。
ただ、あの暖かい場所の記憶だけが脳裏をよぎる。
誰かが帰ってきて、誰かが名前を呼んで、そこにいるだけで安心できる場所。
そうだ。
私の願いはもう決まってるんだ。
「私、もう一度やり直す力が欲しいです。
――大切な家族を、作れる力が」
「そうですか。
とてもあなたらしい。良い願いですね」
視界が歪むと、目の前が真っ白な光へと染まった。
しかし、その光はなぜだか眩しいものではなく、暖かな日差しのように心地よかった。
「あなたの願いを叶えるために、少しだけサービスしましょうか」
遠のく意識の中で神様が何かを言っていた気がする。
しかし、その言葉まではよく聞き取れなかった。
ただ漠然と。
あぁ――私は、転生するのか。
お兄ちゃんは元気にやっているだろうか。
そう思いながら、私は意識を手放した。
次の瞬間。
私が目を覚ますのよりも早く、聴覚が騒がしいと告げている。
一体なんだというんだ。人がせっかく気持ちよく寝ているというのに…。
重いまぶたをゆっくりと開き、周囲を見て驚いた。
頭から犬や猫のような耳が生えている者。
ヤギの角のような大きな角を持つ者。
魚のような鱗に覆われた者。
真っ赤な体の半裸マッチョ…は、ただの変態だけど。
普通の人間は一人もおらず、魑魅魍魎としか言えない者たちが私を囲むように跪いていた。
私は豪華絢爛な部屋の奥にいて、私の足元には大きな魔法陣が淡く光っている。
それだけでなにかの儀式の跡なのだろうと察することができた。
しかし、そんなことはどうでもいい。
何よりも異質だったのは、皆が口々にこう言っているのだ。
「新たなる魔王様!御誕生おめでとうございます!!!」
――どうやら。
私は、生まれる世界を間違えてしまったらしい。




