第81話 エルクラップ・マーレ物語る
「成程……遅かれ早かれギルドの連中が出てくるってのは予想してたけど、まさかあんたが直々に出てくるとはね。銀竜卿どの」
アラムは毒々しいほどの皮肉を込めてゼンタールの顔を見やった。ディンゴは、見知った相手が突如別人に代わってしまったかのような当惑を覚えつつその顔を見つめた。眼鏡の奥でゆがめられた瞳に映るのは、ついぞ見たこともないような強い怒り、悪意、そして――哀しみだった。
対してゼンタールの顔に浮かぶのは、まったくの無表情だった。キャラバとのやりとりの間に見られた苛立ちの色さえ今は消え、陶器の仮面でもかぶったかのように口をつぐんでいる。しばらくの間、気まずい沈黙が流れた。
「……私は今、医療ギルド理事長としてここにいる。別段お前に会いに来たわけではない」
仮面の唇がわずかに開き、低く抑えた声を吐き出した。アラムは口の端だけを吊り上げて笑む。
「なァんだ、そうかね。私はまた、今更おウチに『連れ戻される』のかと思っちゃったよ」
「『連れ戻す』必要などない」
ゼンタールの眉間に皺が一本刻まれた。その瞳が応接室の中をぐるりと見回す。
「どうせそう遠くない未来、お前たちはここに居られなくなる……この際はっきり言っておくが、紅蓮獅子団をこのままにしておくつもりはない。私が医療ギルドの理事長である限り、ギルドはドクター・デリヴァリーの存続を許容しない。
それだけは覚えておけ、リオンナード。ギルド正会員以外の者がこの第10大隧道で医療行為を行うなど、あってはならぬ」
「ほォ。流石に、デカいギルドの力が後ろにあると喋り方もおっかねえなァ」
キャラバは吐き捨てるように言い、ソファを立ち上がった。大股にゼンタールの方へ歩き、押し出そうとするかのごとくその眼前に立ちはだかる。
「ゼンティ、もう一度だけ言っとくぞ。俺も、アラムも、お前の思い通りに動かされやしねえ。俺たちだって俺たちなりに、今の仕事に誇りと覚悟を持ってやってンだ。
お前の造ったギルド制度は不完全だ――ママローニの件を見ても分かるだろう。ギルドは力をつけすぎた。冒険者さえ逆らえねえほどに。それでいて、自浄能力は不十分だ。雇い主の言い分にも耳を貸さず、てめえのやり方が一番正しいと信じ込んでやがる――水色のローブを着た、幼い暴君だよ」
「……お前と今更理想論を戦わせるつもりはない。それにしてはお互い、歳をとりすぎた」
ゼンタールは言うと、白の魔導士用ローブを翻して歩き出し、ドアへと手を伸ばした。
「今日のところは、これで帰るとしよう――だが、私ももう一度だけ言っておく。お前たちが医療ギルドの下につかず今までのやり方を続けるつもりなら、我々も容赦はしない。こちらが折れるとは期待せぬことだ。遅かれ早かれ折れるのはお前たちということになる……では、また。近いうちに」
凍りついたように冷たい顔でそう言い放つと、ゼンタールは音も立てずにドアをあけ放ち、振り向きもせずに出て行った。再び閉ざされたドアが、昼間の陽光に照らされて虚ろな白色を晒している。全員が、何ということはなしに無言でそちらを見つめていた――やがて、マーレの喉から漏れた深いため息が長い沈黙を破る。
「まったく……何だって君らはそういう具合にしか話せないんだろうね」
「他人に余計な世話を焼くより、お前さん自身のことを心配しろよ。大将どのをお見送りしなくっていいのか?」
キャラバは両手を上げ、ぶすっとした口調で答えた。マーレもソファの上で、真似でもするかのように両手を広げる。
「何も子供じゃあるまいし、お守りしなくたって一人で帰れるさ。第一、君らがケンカ別れした今となっちゃあ、どのツラ下げてご同道すりゃいいんだい。僕がキャラバ旦那の患者を引き受けてるってことは、向こうも薄々感づいてるしね」
「板挟みか……申し訳ないね、マーレ先生には損な役回りばっかりさせちゃって」
アラムが言い、ぐったりとした様子でソファにもたれかかる。先ほどまでゼンタールが座っていた席だ。マーレは笑って手を振った。
「別にどうってことはないさ。表向き、怪我人は彼ら自身の自由意思でウチの診療所に来てるんだ。キャラバ先生の伝じゃないが、そこに違法性は見つけられない。ギルドがいくら腹立てたところで、せいぜいキツい目で睨むくらいのもんだよ。
それに、僕らの仲も昨日今日のもんじゃない。理事長に睨まれることなくキャラバ先生に手を貸すなんて、ハナから出来っこないと思ってたよ。覚悟の上さ」
「……えーっと、盛り上がってるとこ、ちょっと悪いんだけど」
ここでディンゴがおずおずと手を挙げ、口を挟んできた。
「なんか色んなことをいっぺんに聞かされすぎて、何が何だかワケわかんねえんだよな……何? アラムの兄貴がキャラバのおっさんの昔馴染みで、医療ギルドの理事長で、そんで何だか仲が悪くて……?」
マーレは肩をすくめ、アラムとキャラバを交互に見やった。同意を求めているような顔だ。2人は顔を見合わせ、仕方ないといった顔で肩をすくめ返した。
「ゼンティの奴とは、どうしたってやり合うことになるだろう。そん時に何だってこんなイザコザに巻き込まれちまったのか全く分からねえんじゃ、たまったもんじゃないだろうな。しゃあねえ、ちょいとばかり恥を忍んで、昔話としゃれこむか。
アラム、悪いけどコーヒー淹れてくれるか?」
キャラバが頼むと、アラムは無言でうなずき、台所の方へ立っていった。キャラバはひと息つくと、指と指を組んで両手を合わせ、膝の間に置いた。ディンゴは腕を組み、待ちきれぬと言った様子で口を開く。
「ちょっといいかな。話を始める前に俺の方から、これだけは聞いときたいってことがあるんだけどさ。
ひょっとして、オモテに掲げてあるあのセンス皆無の看板って、要するにおっさんの昔のアダ名にちなんだ図柄なわけ?」
「なんだ、随分な言い方しやがるな!」
キャラバは途端に苦い顔をし、横で聞いていたマーレは反対に笑いを押し殺すのに苦労しているような表情になった。
「……いや、今の若い子にはウケが悪いかもしれないけどね。当時の冒険業界ってのは荒っぽかったから。他人より押し出しの強い、ハッタリの利いた二つ名が流行ったんだよ。その中でもキャラバの『赤獅子』とゼンタールの『銀竜卿』は、使う魔術から言っても名前負けしない一級の名として知れ渡ってたんだけどね」
「いやァ、別に名前に文句はねえんだけどさ。ただ看板にするのはちょっとね……なんか昔の武勇伝ひけらかしてるみたいで。なんかこれから尚更イヤになりそうだな、あれ見るの」
さもうんざりしたと言いたげな顔で首を振るディンゴを、キャラバは軽く拳を振り上げて黙らせた。
「何度も言わすない。昔の事ァ昔の事だ。それより、俺とゼンティとの話が聞きてえのか聞きたくねえのか、どっちだ?」
「ああ、そうだった。ゼンタール理事長とキャラバのおっさん、どういう関係なんだよ? 同門だとか同じ冒険医だとか色々言ってたけど、どう見てもそれだけの間柄にゃあ見えなかったぞ?」
ディンゴの問いに、キャラバは先ほどまでとは打って変わって考え込む様子で、ソファに身を深く沈めた。
「ゼンティ……もとい、ゼンタール・マグナ=ヴィランダンだな。やつはもと冒険医にして治癒魔導士でな。今は第10大隧道医療ギルド理事会の理事長で、空中市場の崩落以降に医療ギルドをここまでの規模へ育て上げた切れ者だ」
「で、アラム――アルラマール・マグナ=ヴィランダンの兄貴、と」
ディンゴは渦のようにぼさぼさの前髪をくしゃっと掻き、呟いた。
「『マグナ』って部分を落として名乗ってンだな、アラムは。俺もよくは知らねえけど、苗字の上にくっついてるのは貴族の証とかなんだろ?」
「いいとこに気づくじゃねえか。まあ、そういう感じのモンだ」
キャラバは頷き、ちらりと台所の方へ目をやってから語りだす。
「ヴィランダン家は元々、外王国に仕える軍人一族だった。大昔、大竪穴の開発計画が始まった時に、そのうちの一人が開拓団の第一陣として名乗りを上げたんだ。そいつは黎明期の第1大隧道設営に大いに尽力し、その功績を称えられて王国から『マグナ』の尊称を名乗ることを許された。それがマグナ=ヴィランダン一族の始まりってわけだ。
別に特権とか領地とかが伴うわけじゃねえが、この大竪穴にあっても王国貴族の称号は結構な権威だからな。奴が『銀竜卿』なんてスカした名で呼ばれてるのもそのためだ」
「で、私はその家から、ほとんど家出同然に飛び出してこちらの御大のところに身を寄せたのさ。そういういきさつ上、名誉ある家名をそのまま名乗るのは気が引けてね……はい、鉱石珈琲」
話の途中からアラムが割って入り、コーヒーカップを乗せた盆を差し出す。4つのカップが、それぞれに鉱石珈琲を湛えて並んでいた。少し薄めに淹れてあるのはディンゴの分、金気が出る寸前まで濃く淹れてあるのがキャラバの分だ。
一番薄い色のカップを取りながら、ディンゴは首をかしげる。
「その、家出同然ってとこに、あの白髪頭とあんたらとの因縁が潜んでそうな気がするな。実際のとこ、何があったんだよ?」
「いや、まあ、それが原因と言えばそうなんだけど……」
煮え切らぬ様子で口を濁し、アラムはキャラバの方を見た。キャラバも鉱石珈琲をひと口すすり、決めかねるような口調でぼそりと言う。
「……そうじゃねえと言えば、そうじゃねえとも言える。何しろ昔のことだ、複雑なんだよ、色々と」
「何だよ、そりゃあ!?」
カップを取り落としそうになるディンゴに、キャラバは太い眉を片方上げてみせ、しばし天井を睨んで考え込んでいたが、やがておもむろにマーレの方を向いた。
「悪いんだが、お前から話してやってくれねえか、エル。アラムがゼンタールと別れたいきさつから……そうさな、第10大隧道医療ギルドが出来るまでの話だな。俺たちじゃ、客観的かつ公平に話を進められる自信がねえ。何しろ当事者だからな」
「右に同じ。頼むよ、マーレ先生。容赦は要らないから」
キャラバもアラムも、すがるような目でマーレを見つめた。マーレは少し笑って肩をすくめ、鉱石珈琲でちょっと唇を湿らせた。
「そうだね、仕方ない……それじゃ、楽しいお話のはじまりと行こうか。
むかし、むかし……と言ったって大して昔じゃない。空中市場がまだ在って、僕が少なくともこんなに太ってはいなかった頃のお話だ。
僕は空中市場の中心街で診療所を営む開業医、キャラバとゼンタールは冒険者ギルドの仕事を請け負う冒険医――まあ要は、パーティの中で医者の役割をする冒険者って感じだった。僕ら3人は仕事柄顔を会わせることも多かったもんで、仕事のない日なんかはよく連れ立って呑みに行ったもんだったが……」




