第80話 別に大した縁じゃない
「医療ギルド理事長!? それって、もしかして……めちゃくちゃ大物じゃねえの?」
ディンゴは声を上げ、思わず知らずのうちに背筋を伸ばした。マーレは力なく微笑む。
「めちゃくちゃ、の更にもう一層上くらい大物だよ。空中市場と一緒に『バザール』が崩壊してから、第10大隧道の医療ギルドを独立させてここまで育てたのは、ほぼ彼の功績だからね……と言っても、最近外界から降りたばかりの君には、今一つピンとこないかね?
まあいいや。何にしても、アラムがこの場にいないことだけは幸いだった……とにかく座ろう」
マーレはそのまま、どうも納得しきれぬ様子のディンゴを連れて客用ソファのひとつに座った。テーブルを挟んでキャラバとゼンタールが向き合い、その横で立会人のようにディンゴとマーレが席を取る形となった。
ゼンタールは鋭い目をちらりとディンゴの方へ向け、独り言のように呟く。
「また、見慣れぬ子供が増えたな……巨猪人に、年端も行かぬ小娘ときて、今度はまたどこから見つけてきた?」
「俺がどっからどんな人材を見つけてこようが、お前さんにゃ関係ない話だ。俺の仲間は全員がプロフェッショナルで、己の得意とする道にかけちゃ誰にも引けを取らねえって奴ばかりよ。子供扱いしてもらいたかァねえな」
ディンゴがむっとするより先に、キャラバが怒りのにじんだ声で言い放った。声量は大きくないが、それだけに押さえつけた憤りがありありと感じ取れる声音だ。それに応じてゼンタールの表情も険しくなってゆく。マーレは慌てて間に割って入った。
「おいおい、キャラバ先生よ……そうカッカすることはないじゃないか。久々のご対面だってのにさァ。ゼンタール理事長も、ちょっと言い方がマズすぎるでしょう。同じ師に学んだ者同士、久しぶりに会ったらもう少し喋りようがあるんじゃないですか?」
「同じ師……?」
ディンゴが驚いた顔でゼンタールとキャラバを見比べ、ついでマーレに視線を向ける。
「何度も言うようだけどよ、あんたらだけで色々共有すンの止めてくんねえかな? 今この場で何にも分かってないの俺だけみたいだし、話についていけねえんだけど」
「ああ、悪かった、先走りすぎたね……こういう事って、改まって話すのは何となく照れくさいもんだから」
マーレは額を掻き、同意を得ようとするかのようにキャラバとゼンタールの顔を交互に見比べた後、居ずまいを正して語り始めた。
「理事長とキャラバは、医者としては「同門」なんだよ。冒険者だったキャラバに医術の手ほどきをした医者は、徒弟時代のゼンタール理事長が師匠と仰いでいた人なんだ」
「医者として……冒険者として……って、どうもよく分からねえんだよなあ」
困惑するディンゴに、マーレはちょっと考えながら説明してやった。
「医療ギルドの公認医師制度が始まる前の話だけどね。冒険者パーティの中で医者の役割を果たす奴には、大きく分けて2通りのパターンがあったんだよ。専業冒険者だったのが必要に駆られて医学を学んだタイプと、逆に元々医者だった奴が冒険の現場にまでついてくるようになったタイプ。キャラバの御大は前者で、ゼンタール理事長は後者だ。
銀竜卿ゼンタールに赤獅子リオンナードと言ったら、空中市場じゃ相当に名を売った冒険医だったがねえ……古き良き時代さ」
「止せよ、昔の話は」
押し殺したような声でキャラバは言い、不機嫌そうに横を向いた。ゼンタールもあまり楽しげとは言えぬ顔でマーレを見据えている。マーレは小さくため息をつくと、懐からハンカチを取り出して汗ばんだ額を拭った。
「だから、そういう顔をするなって。どこでどう間違ったかね、お前さんらも……」
「今更になって、上っつらだけ取りつくっても始まらねえや。もったいつけるのは止せってンだ。世間話の次は昔話で、その次ゃ家具でもホメようってか? 回り道は止して、とっとと要件を言ったらどうなんだよ」
キャラバの言葉に、ゼンタールはふっと息をつくと、にわかに表情を引き締めて居ずまいを正した。
「良かろう。そちらがそういうつもりならば、こちらも持って回った挨拶など抜きにして、本題から語ろう。
先日、ママローニが我がギルドを抜けた」
「ええッ!?」
横で見守っていたディンゴが、思わず声を漏らす。すかさず、キャラバの目がぎらりと光った。慌てて口をつぐんだディンゴに向けて、目顔で『黙っていろ』と睨みつけてくる。ディンゴは身をすくませ、椅子を引いて顔をうつむけた。ゼンタールはディンゴの方をちらりと見た後、何事もなかったかのように話をつづけた。
「事務所を訪れた当人の言い分によれば、『もう一度己の医術を見つめなおしてみたくなった』とのことでね。上の階層へ行って医者の口を探し、修行をしなおすそうだ。あの歳で、そう楽な道ではないと思うがな」
「……」
ディンゴは黙り込み、うつむいて考え込んだ。
そこまでのことになろうとは、考えていなかった――確かにママローニの考え方は受け入れがたいものだったし、彼が大手を振って冒険医としてまかり通っているというのは腹立たしいことだったが、だからといってギルドを足抜けまでさせてしまうとは……。
ディンゴの葛藤を知ってか知らずか、ゼンタールは事務的な口調でさらに話を続けた。
「ママローニは優秀な医者だった……無論、考え方が少々古いのは私も知っていた。銅治派への傾倒も、昨今では流行らぬものとなっているしな。しかし、冒険の場数を踏んだ得難い治癒魔導士であったのもまた事実だ。
何にせよベテランの冒険医が欠けるということは、医療ギルドにとっても少なからぬ損失だ」
「そうかよ、そりゃまたお気の毒様だな。で、そんな話を俺らにして、どうしようってンだ?」
キャラバはソファの背に両腕をかけ、ふてぶてしく問い返した。あくまでしらばっくれるつもりのようだ。ゼンタールは一瞬だけその目を冷たくきらめかせ、こめかみをピクリと震わせたのち、膝の上で手を組んで話を再開する。
「当然、我々はその理由を聞いた――本人は供述を渋ったが、冒険に同行した金鹿商会の者たちから証言が取れてな。何でも、紅蓮獅子団と名乗る連中がママローニから患者を取り上げ、勝手に治したのが原因だということだった。そいつらはドクター・デリヴァリーを名乗り、医療ギルドの関知せぬところで患者を治療し報酬を巻き上げているという話だ」
「うッ……!」
ディンゴは危うく上げそうになった声を喉の奥で呑み込んだ。やはり医療ギルドは、ドクター・デリヴァリーの件を問題視しているのだ。それも当然であろう。彼らの法によれば、冒険者が連れて行ける医者は医療ギルドに所属するギルド正会員のみ。紅蓮獅子団はその法をすり抜ける商売敵なのだ。
ゼンタールは射すくめるような視線を横合いのディンゴに送ったのち、再び前に向き直って続けた。
「今までも、迷宮内にモグリの医者が出没しているという噂は耳にしていた。が、静観していたのだ。治療を受けているのは大半が医療ギルドからの医師派遣も受けていない零細パーティだったし、件数も金額もわざわざ我々が対処せねばならない規模ではなかったからだ。
だが、ギルド医師の業務を妨げるようにまでなってきたとあっては、話は別だ」
「ほう、話は別、と来やがったな」
キャラバは足を組み、皮肉っぽい調子で言い返す。
「だったら、どうするってンだ? 医療ギルドの名をもって俺らを裁こうとでも? 何の罪で?」
開き直ったかのようなキャラバの態度に、ゼンタールはふと眉をひそめた。
「ギルドに許可も得ず治療行為をしたことを認めないと言うのか? 言っておくが、お前たちのやったことについては既に何件もの証言を揃えているのだぞ」
「だろうな。お前さんが来るとしたら、前もってそれくらい揃えてるに決まってら。それこそ、ズボンを履き忘れてくるはずがねえってくらい確実だと思ってたよ」
刺すようなゼンタールの視線を真っ向から受けつつ、キャラバは挑みかかるかのごとくに上体を前へ倒して首を突き出した。
「だがなあ、こっちからも一言言わせてもらうなら……お前さん、いつから冒険者の仕事にまで手を出すようになったんだ?」
「……なに?」
「遺跡での仕事は冒険者のもの。医療ギルドはあくまでそこに医者を『派遣』してるに過ぎない。冒険活動を取り締まる権限なんてないはずだ。
お分かりかね。俺たちは単に遺跡の中を歩いてるだけ。するとちょうど、ケガして困ってる冒険者に出っくわす。心優しい俺たちは何とかかんとか自分にできる精いっぱいの治療をしてやり、感謝した冒険者は俺たちに礼金をくれる……これが、実際に起こってることだ。
さて、今までの流れのどこに違法性がある? それとも、冒険者は医療ギルドのお許しがない限り自分で自分の傷にバンソーコー貼ることも出来ないってのか?」
キャラバは言い放って太い眉を上げ、ぐっと胸を反らした。ゼンタールよりも頭半分ほど大きい背丈から、相手を見下ろすように視線を注ぐ。ゼンタールは怖じ気る様子もなく、ゆったりとソファに背を預けながら返した。
「お前が自分を『冒険者』と呼ぶなら、我々の法でお前を裁く必要はない……冒険者の法で裁く。
知っているはずだぞ、冒険者ギルド協同組合が認めたルート以外で遺跡に入り、冒険を行うことは禁じられている。ところがお前たちはギルドの記録にも残らぬルートから遺跡に侵入している」
「俺たちが盗掘でもしてるっての? ヘッ、それこそ根も葉もない疑いだぜ」
キャラバは鼻で笑って肩をすくめた。
「調べてみりゃいいじゃねえか、俺たちが遺跡を暴いて宝を持ち帰ったかどうか。俺たちが侵入して盗みを働いた遺跡がどこかにあったのか? 俺たちが金目の物をヤミで売りさばいて大儲けしたって証拠でも?
頭のよろしいお前さんなら、この理屈は分かるよな――遺跡に入っても、何も持ち出さずに出てくるンならそれは盗掘じゃない。ただの散歩なら、冒険者の法にも触れない」
「……呆れた屁理屈だな。医者かと言えば冒険者と答え、冒険者かと問えば違うと言う……あくまでも、ギルドの法の下に置かれることを拒むつもりか?」
表情は変えぬままながら、語調の速さに苛立ちを滲ませてゼンタールは問うた。キャラバは四角い顎に手を当て、ドスの利いた声で応じる。
「なあ、理事長サマよ。ここであン時の再演をやらかすつもりかよ。俺だってヒマじゃねえが、お前さんはもっとだろ。つまらねえ駆け引きは止そうや、お互い、そんな浅い仲じゃねえんだから。
第10大隧道医療ギルドが出来た時、俺ァお前さんにハッキリ断ったはずだ。俺はそんな枠に組み込まれるつもりはねえ。お前さんらが上の方で何を決めようが、俺たちまでそれに従わそうってのは無理な話だぜ」
キャラバの言葉に、ゼンタールも椅子に預けていた背をゆっくりと起こした。緊張感が高まり、2人の間で空気が凝集していくような錯覚さえ起こさせるほどだ。耐えきれずマーレが仲裁に入ろうとした、その時だった。
がちゃり、と音を立てて、玄関のドアが開いた。
軽い足取りでつかつかと、細い人影が入ってくる――アラムだ。
「マズい……!」
マーレの顔色が変わる。キャラバも眉を上げ、何か苦いものを呑み下さなければならない時のような顔をした。ゼンタールはドアに背を向けているため、まだ誰が入って来たか気づいていない。アラムにも、キャラバが迎え入れた客の顔までは見えていなかった。何気ない様子でドアを閉め、ハンカチを額に当てながら応接室内へ入ってゆく。
「やれやれ、すっかりいい汗かいちゃったよ……やあリオ、何だか客人が来てるって……!?」
「……!!」
と、明るい調子で喋っていたアラムの手から、ハンカチがぽろりと落ちた。同時にゼンタールが突然ソファから勢いよく立ち上がり、アラムの方を振り向く。どちらの顔も、わずかな驚きと、それを塗りつぶすほどに激しい緊張に張り詰めていた。
ディンゴの横で、マーレが頭を抱えた。
「ああ、出っくわさなきゃいいなと思ってたんだが……やっぱりこうなるのか」
「……なんだ、お前も居たのか、アルラマール。てっきりモグリ医者の仕事にでも出ているものと思っていたが」
そっけない言葉がゼンタールの口から発せられた。アラムは一瞬の間唖然とした表情で聞いていたが、やがてその顔がみるみる強張っていき、唇は悪意ある笑みに引きゆがめられた。
「これはこれは、誰かと思ったら銀竜卿。お久しぶりで」
「えっ……えっ? アルラマール? 知り合い?」
もはや何が何やら分からぬディンゴは、睨みあうゼンタールとアラムを交互に指さし、助けを求めるように隣のマーレへ視線を向けた。マーレは薄くなった頭を掻きむしると、疲れた声で説明してやる。
「ああ、分かるよ。どういうことか知りたいだろうね。
そうだな、こう言ったら分かるかな。ゼンタール理事長のフルネームは……ゼンタール・マグナ=ヴィランダン」
「……ん? ヴィランダン?」
ディンゴの目がすっと細くなり、ついで大きく見開かれる。
「なあ、アラムの姓って、確か……」
口をぱくぱくやりながらアラムの方を見やると、アラムは苦笑しながら眼鏡を直し、後を引き取った。
「そう、縁者だよ。
と言ったって別に、そう大した縁じゃない。ただおんなじ腹から出てきたことがあるってだけのことでね……もっと簡単に言えば、こいつは私の、いわゆる、兄貴だ」
「あ、兄貴ィ!?」
ソファに座ったままのキャラバが、むっつりとしかめた顔を重々しく縦に振った。
「アルラマール・マグナ=ヴィランダン――通称アラム。奴が尋ねてた『アルラマール』ってのは、ここにいるアラム姉さんのことなのさ」




