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第79話 訪れた大物

 アラムは長い長い息を静かにつき、目を薄く開いて前方を見るともなく見た。右腕の義手は剣の形を取っているが、構えてはいない。両脚は肩幅に開き、肩はややすぼまり気味の自然体で、腕はそのままだらりと下に垂らしている。


「……さて、いつでもどうぞ」


 わずかに開いた唇から、静かな言葉がこぼれ出る――と、その余韻も消えぬうちに、棒切れのようなものがくるくると回りながら風を切って飛んできた。続いてもう1本、2本――立て続けに3本の棒切れが、唸りを上げてアラムの顔目掛け襲いかかる。

 ぶつかる、と思った瞬間、アラムは足をわずかに開いて右手の剣を上げた。刀身が空中を撫でるように動き、黒曜石色の螺旋を描いていく。飛んできた棒切れはその軌道にからめとられるようにして弾かれ、跳ね返るでもなくアラムの足元へポトリと落ちた。


「さ、どんどんいらっしゃいな」


 アラムは目を開けて顔を上げ、棒切れの飛んできた方へ向かって催促した。

 少し離れた場所でディンゴが、何やら投石機のような木製機械の傍らに佇んでいる。投石機の発射台には、雑に割られた薪が数本乗せられている。よく見るとディンゴの背後には、似たような薪が腰ほどの高さまで積み上げられていた。

 ここは紅蓮獅子団事務所裏手の空き地である。元々は鉱山から運び出された鉱石をえり分ける場として使われていたようで、まだあちこちに小さな捨石の山が残っている。その狭間にアラムは投石機や木人を置き、自分の剣術の訓練場としていた。


「随分また、自信ありげに言ってくれるけどさ。こっちゃ結構怖いンだよね。何しろあんだけの速さで薪をぶっ飛ばすんだから、当たってケガでもされたらと思うと……」


 セットした薪を気の進まぬ様子で見下ろしながら、ディンゴは懐から干しアンズの紙袋を取り出し、中身をひとつ口へ放り込んだ。アラムは少し苛立った様子で、右腕を突き出して脅しつけるような身振りをする。


「いいから、いいから。当たったら痛い思いするくらいでないと、練習になんないんだって……当たったって恨みゃしないよ」


「分かったよ。じゃ、どうなったって知らねえからな」


ディンゴは仕方なしといった顔で頷くと、一度に5本の薪をセットして投石機を作動させた。ばしッという鋭い音と共に、5本の薪がそれぞれの放物線を描いてアラム目掛け飛んで行く。アラムはわずかに片足を引き、右腕を斜めに下ろして半身に構えた。

 と見るや、ほぼ直線の軌道を描いて剣が唸り、稲妻のごとく飛んで薪の一本を貫き徹す。そのままアラムは腕を翻し、剣に刺さった薪の両端を槌のように使って、残り4本の薪を地面の上に叩き落した。最後に剣をクルリと回すと、刺さっていた薪も足元へ落っこちて転がる。


 と、息をつく間もなく、ディンゴは既に次の薪をセットして撃ち出していた。剣を下ろしてがら空きになった上体に、それぞれ微妙に異なる回転と軌道で数本の薪が迫る。

 アラムは歯の隙間から鋭い息を吐きだし、片足を滑らすようにして身を沈めた。胴ごと回転して仰向けになりながら、その勢いで剣を廻し上空に弧を描く。宙を薙ぐ剣は飛んできた薪を捉え、まるで魔術のようにその勢いを殺してからめ落とした。体を横に一回転させたアラムが片膝立ちになって体を起こした時、飛んできた薪は全て刃にせき止められ、差し伸べられた剣の上に行儀よく揃って乗っかっていた。


「お、流石ァ!」


 ディンゴは思わず声を上げた。なんだかんだ言いながらも、だんだん気分が乗って来た様子だ。薪をセットし撃ち放つペースも、自然に速くなってゆく。アラムの足元には、みるみるうちに打ち落とされた薪の山が積み上がっていった。


「……うん?」


 と、薪を運ぶディンゴの手がふと止まった。顔に薄く汗をにじませたアラムは、剣を下ろして不審げに目をすがめる。


「何だ、せっかく調子が出てきたところだったのに。今度は何だい? 不意打ちでもかけようっての?」


「いや、そうじゃなく……客が来たらしいんだよ。ほら、そこ」


 ディンゴは腕を上げ、事務所へと通じる一本道を指さした。背の低い影と高い影が、2人で連れ立ってこちらへやって来る。道は紅蓮獅子団事務所にしか繋がっていないのだから、迷い込んできたのでもなければ事務所への客に違いないということになる。ディンゴは目をこらし、顎に手を当てた。


「……あれ、あの小さい方の人、マーレ先生じゃないかな?」


「何だって?」


 アラムも振り向き、道の方を見やる。が、その時には既に、2人の姿はちょうど石の山と建物の陰に入って見えなくなっていた。アラムは左手を腰に当て、低く唸った。


「マーレ先生がわざわざうちの事務所へ来るなんて、妙な話だね……業務提携をしてるとはいえ、一応ギルドにはうちとの繋がりを隠してるハズだし。しかも客を連れてだなんて」


 エルクラップ・マーレは、第10大隧道の表通りで診療所を営む医師である。医療ギルドに認められた正式の開業医だが、キャラバやアラムとは冒険者時代からの昔馴染みで、その縁から何かと協力してくれる。緊急通報で救い出した患者は必ずマーレの診療所へ回すという業務提携も結んでいた。


「俺、ちょっと行ってくるわ。客だったら茶のひとつも出さなきゃいけないし……ザインとユノーは呼び出しで出ちまってるから、事務所にはキャラバのおっさん一人だもんな」


「ああ、そりゃ行ってやんなきゃならんわ」


 アラムは右手を剣の形にしたまま肩をすくめた。


「マーレ先生だけならまだしも、外から来たお客様をもてなすような気配りとか気遣いとかをウチの御大将に求めるのは酷だ。悪いけど、相手を頼めるかね……私はもうしばらく、ここで剣を振っときたいんだよね。キリのいいとこまで」


「そうかい、ごゆっくり」


 ディンゴは応え、干しアンズの袋を懐に放り込んで軽く笑った。


「あんまり剣を振りすぎると、医者なんだか冒険者なんだか分からなくなるぜ。ケガ人を治したいんだか、作りたいんだか」


「大竪穴の冒険医ってのはそんなもんさ。誰よりもまず自分が強くなきゃ生き残れない。生き残ってなきゃ、他人を治すことも出来ない。

 キミも気が向いたらおいでよ、稽古つけてあげるから。医者だって冒険やるなら、剣術やっといて損することはないからね」


「ま、そのうちね」


 ディンゴははぐらかすように手を振ると、アラムを練習場に残して事務所の玄関へと走って行った。

 見ると、マーレ先生と客人はちょうど事務所の玄関口に上がり、呼び鈴の紐を引こうとしているところだった。紅蓮獅子団の看板、髑髏を踏みつける巨大な深紅の獅子が、扉の上から客人を胡乱げに見下ろしている。


「マーレ先生! どうしたんだい、今日はまた?」


 ディンゴが声をかけると、マーレは丸っこい顔をそちらへ向けた――いつも愛想よく柔和な顔が、今日は妙に引きつり強張っている。


「ああ、ディンゴか……その、キャラバは居るのかい?」


「えっ? ああ、そりゃ、中に居るけど」


 ディンゴが何気なしに答えると、マーレはさも気が重そうにため息をついた。


「そうか、居るのか……うん、そりゃ良かった」


 言葉とは裏腹に、まるで「居なければ良かったのに」とでも言いたげな調子だ。

 ディンゴは首を傾げながら、ふと隣に佇む「客人」の方に目をやった。今のやり取りの間にもその男は、表情をこゆるぎもさせずその場にまっすぐ立っていた。ちょうど頭上にある異様な赤獅子の大看板にも、まったく興味はない様子だ。

 見事な銀髪をきっちりと後ろへ撫でつけた、すらりと背の高い男だった。年のころは壮年から中年に差し掛かりつつあるといったところ。面立ちはナイフでそぎ落としたかのように細く鋭く、鼻筋は真っ直ぐ徹ってきつい印象を振りまいている。厳しい眼も相まって、近づきがたい雰囲気をその顔に与えていた。

 身にまとっているのは、染みひとつない白の外魔導士用ローブだ。遠目にも仕立ての良さ、生地のなめらかさがありありと分かる。襟のあたりに水色の帯が二本縫い付けられ、その上に金のバッジがきらめいている――2枚の三角羽根、第10大隧道医療ギルドの紋章だ。


 医療ギルド――ディンゴの目がわずかに険しくなった。医療ギルド所属の冒険医・ママローニの手から患者を奪って治療したのがついこの間である。それでなくとも紅蓮獅子団の仕事は、医療ギルドからも冒険者ギルドからも公には認められていないのだ。今このタイミングで医療ギルドの人間が来るとなったら、まず間違いなくいい話ではない。


「……ところで、こちらさん、どなた?」


 ためらいながらも、ディンゴは単刀直入に尋ねてみた。マーレはううむと唸り、後退した額を掻く。白髪の男は鋭い目をちらりとディンゴの顔へ投げた後、おもむろに腕を伸ばしてドアノブを掴んだ。


「こんなところで立ち話をしていても仕方ない。リオンナードは居るのだろう? さっさと話をつけるだけのことだ」


「ちょ、ちょいと!」


 慌てるマーレにも構わず、白髪の男はドアノブを捻り、まるで自分の家であるかのような無遠慮さで大股に中へと入っていった。マーレがそのローブに取りすがるようにして後を追い、一瞬遅れてディンゴも駆け込む。

 ドアをくぐって応接室に入ると、まず目に飛び込んできたのは客用ソファに寝ころぶキャラバの姿だった。上着を乱暴にソファの背へ引っ掛け、脚までクッションの上へ乗せてながながと体を横たえている。


「ん、アラムか? 美容体操は済んだのかよ?」


 呑気に言いながらキャラバは身を起こし、大欠伸ののちに玄関へ目をやって、そこでぴたりと凍り付いた。


「ゼンティ……!」


 腰を浮かしたキャラバの口から、低い声が漏れる。後から部屋へ入ったディンゴはわけも分からず、入ってきた男とキャラバとを見比べながら首をかしげるほかなかった。


「な、何だよ。知り合いなのか、おっさん?」


 おずおずと尋ねたものの、キャラバは答える気もないようだった。ただ火花を吹きそうな視線を、じっと銀髪の男に向けている。男はたじろぐ様子もなく、深い色の瞳をまともにキャラバへ向け返していた。


「久しいな、リオンナード。こうして面と向かって話すのは、一体いつぶりだろう」


「なァにが『久しいな』だ。本気でそう思ってやがンなら、もっとちょくちょく来りゃいいだけの話だろ」


 キャラバは噛みつくように言い、再びソファにどっかと腰を下ろした。「ゼンティ」と呼ばれた銀髪の男は唇を片側だけわずかに上げ、相変わらず遠慮のない足取りでずかずかと歩を進めると、キャラバの向かいのソファへ勝手に腰を下ろした。


「そう喧嘩腰になることはないだろう、リオンナード。久々に会ったというのに……アルラマールはどうしている?」


「知らねえな、そんな奴は。知りたきゃお前さんが自分で探しに行きゃいいんだ」


 目線を切り、斜め上あたりを見つめながらキャラバはそっけなく応える。玄関口に立ったままのディンゴは、まったく話について行けずに首を振るしかなかった。


「おい、おい、おい……さっぱり分からねえぞ。どういう事なんだよ! ちゃんと説明してくれよ、おっさん2人でなんか勝手に分かりあってないでさあ!」


「ディンゴ、君も来て、一緒に座りなさい」


 後ろからマーレが言い、ディンゴの背を叩いた。温厚そうな顔に、異様な緊張がにじみ出ている。ディンゴがこれまでに見たこともない表情だった。


「僕も、こういう形で君たちを訪れるのは気が進まなかったんだが……医療ギルドの医師としては仕方ないことでね。彼をここへ連れてこないわけには行かなかったんだ。

 紹介しよう、こちらは第10大隧道医療ギルド理事会・理事長のゼンタール氏だ。君たち紅蓮獅子団の活動について、医療ギルドの立場からお話があるそうだ」

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