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第71話 「ごろつき」と「デタラメ」

「ベラッティ、このわしの治療にまだ何か文句があるのか? 何度も言って聞かせたろう、わしの処方に間違いはないと……」


 ひとくさりザインを睨みつけた後、ママローニはベラッティの方に矛先を変え、食って掛かった。あまりの剣幕にたじたじとなりながら、ベラッティはどもりながら言い訳する。


「そ、そんなに怒ることないでしょ、先生。何も先生の処方に文句つけようってんじゃないスよ。こっち素人ですし……ただ、大事の上にも大事を取ってですね……」


「それが余計と言うのだ、この若造!」


 喉をちぎらんばかりの大声でママローニは叫び返す。ベラッティが言い返そうとする言葉の出ばなを叩き潰すようにして、しわがれた叫びが広間じゅうを揺るがした。


「黙れ、黙れ、黙れ! このわしを愚弄する気か、ギルド正会員治癒魔導士たるこのわしを……」


「いや……でも……先生……」


「ああもう、こんなところでしゃべくりあってたってラチが明かねえ!」


 とうとうディンゴは痺れを切らしたらしく、言い争う2人の間に割って入った。


「主治医がもういるってんなら、何も患者を横からかっさらおうなんて気はねえけどよ。こっちも遠路はるばる呼び出されて、患者に会わせてももらえずにのこのこ帰ってきました、じゃあ話にならねえんだよな。医者としてさァ」


「ふん、何か『医者として』か……おのれら、ギルド章も持っておらぬではないか。医療ギルドの認可も受けぬ、モグリのごろつきであろうが」


 あからさまに嫌悪と不信をぶつけてくるような、いかにも嫌ったらしい口ぶりである。思わず言い返そうとしたディンゴを、ザインが大きな手で押しとどめた。


「まあまあ……お見立てのとおり、第10大隧道医療ギルドに所属していることが『医者』の定義なら、私どもは医者ではありません。ただ多少医学の心得のある素人でして、遺跡内で怪我人病人に偶然行き会いましたら、見捨てるのも忍びないと応急処置くらいは施してやっているだけのことで」


「と、それが建前と言うわけか。白々しいことを」


 ママローニは吐き捨てるように言ったのみだったが、ザインは辛抱強く続けた。


「そこで、後学のためにもせめてひと目、治療中の患者を見せていただくわけには行きませんでしょうか? 何、そんなにお時間を取らせるつもりはありませんし、見るだけでしたら料金の方も頂かないことにしますから……」


「カネがかからん? そりゃ得だ。見せよう」


 ここでまたしても唐突に口を挟んだのは、横で聞いていた隊長のウィンゲルだった。ママローニは困惑と苛立ちのないまぜになった表情で振り返る。


「隊長! 医療ギルドを代表し派遣された者としてですな、このような連中は医学界の秩序そのものを揺るがしかねぬと忠告……」


「私には、そんな大袈裟な話とも思えんがねえ、先生」


 ウィンゲル隊長は辟易したように顎髭を撫でた。


「見せてやるだけだし、何より向こうからタダと申し出ておるのだ。乗らないのは損だろう。何も私がカネを払うわけではないが、やはりタダというのはいいものだからな」


 しれっとした顔で独り頷くウィンゲルに、ママローニは歯ぎしりをして肩を震わせた。皺だらけの顔は紅潮し、怒鳴り声が今にもその口から吐き出されそうだ――しかし、口が開く前にザインが素早く前へ回り、老医師の眼前でふかぶかと頭を下げた。


「どうやら、隊長のお許しは頂けたようで……感謝いたします。なにとぞご教授のほど、よろしくお願いいたします」


 丁重の上にも丁重ににへりくだられて、ママローニは怒りを爆発させる先を見失い、ぱくぱくと口を開け閉めしながら真っ赤な顔で2,3度周囲を見回した後、隊長ウィンゲルの方へ再び鋭い視線を向けた。ウィンゲルはやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。


「当然、妙な真似をするようなら容赦せんさ。まだ長銃を片付けたわけでもない。余計な手出しをして金をせびろうなどとしようものなら、無論のこと、ずどんと行く」


「……やっぱりあんた、どうも引き金が軽すぎるんじゃねえかなァ」


 ディンゴは小声で呟いたが、ザインは気にする風もなく覆面の顔をゆっくりと頷かせた。


「結構です。さて、ママローニ先生、ご案内よろしくおねがいいたしますよ」


 ザインが今一度頭を下げると、ママローニは立場と虚栄心と憤りの間で行ったり来たりしているかのような表情をしばらく見せていたが、やがてようやく諦めた風にローブを翻した。


「ええい、ついて来い! 負傷者は奥に寝かせておる!」


 ひねこびた体をひょこひょこと進めながら、ママローニは振り向きもせずに怒鳴った。ザインとディンゴは頷き交わし、その後を急ぎ足で追う。さらに後からは依頼者のベラッティも続いた。


「お前、ホントに落ち着いてるよな……俺じゃああは出来ねえ。頭に血が昇っちまって」


 感心したようにディンゴが言うと、ザインは何でもない風で肩をすくめた。


「鈍いんですよ。ちょっと刺されたり突かれたりしたくらいでは感じないんです。巨猪人オークですから」


「そうかい……けど、あの約束だけはちょっとマズかったな。見るだけだ、なんて言っちまってよ。どうする? あのジジイの手前、大っぴらに治療までするわけにも行かねえし……」


 前を行くママローニに聞こえぬよう、ひそめた声でディンゴが囁くと、ザインはいかにも驚いたという風に覆面の奥の目を見開いた。


「おや、私、そんなこと言いましたか?

 『患者を診るのにそんなに時間はかからない』とは言いましたし、『見るだけだった時はお金を頂かない』とも約束しましたが、診察した後に何をどうするとかしないとかは申し上げていない筈ですがね。

 診察した結果、もしも私どもに出来る治療があるのなら、それは医者の良心にかけても実行して差し上げるべきだと思いますが」


 ディンゴは口をあんぐりと開け、覆面の奥で朗らかに笑うザインの顔を見つめた。と、次の瞬間には唇の端を吊り上げ、共犯者のような笑みを浮かべる。


「よく言うぜ、まったく。後ろから撃たれたいのか?」


「まあ、そうならないように気をつけて立ち回るとしましょう」


 しゃあしゃあとした調子で、ザインは応えた。


 ママローニは野営を突っ切ってずんずん歩き、しまいには広場の壁近くまで進んでいった。野営のテントや焚火の跡もまばらになり、どうもうら寂しい雰囲気になってきた。ディンゴは何とはなしに周囲を見回し、あちこちに積み上がった黒い小山にふと目を留めた。両手ほどの大きさの何かが、掃き集められたかのように漏斗型の山を成している。


「何だ、ありゃあ……」


「ああ、実はアレが『負傷』の元凶さ」


 追いついてきたベラッティが、少し息を切らせながら説明する。今一つピンとこない顔をしているディンゴに、ベラッティは小山のてっぺんから黒い「何か」を一つ取り上げて持ってきた。


「ほれ、こいつだ」


「げッ……!」


 鼻先に突き付けられた「何か」をまじまじと見て、ディンゴは思わず喉の奥から声を漏らした。皿のように薄く丸い、角質の黒い甲羅。その裏には細長い脚が折りたたまれ、縮こまっている。どうやら、甲虫のような魔物の死骸らしい。甲羅の外周部には見るも恐ろしい棘が無数に生え、口と思しき一角には鋏のような大顎が見える。


「あの山が全部コイツの死骸なのかよ! うへぇ、気色悪いな……何だ、コイツは?」


 のけぞって気味悪がるディンゴの後ろで、ザインが感に堪えたような声を上げた。


「カニバチの食肉種ですね。これは大物だ」


 カニバチはその名の通り、カニのように硬い甲羅を持った虫の魔物だ。背中には羽根状の魔力器官を持っており、それを広げて風の魔術を噴き出すことによりハチのような音を立てて空を飛ぶ。女王を中心として巣を営み、群れを成して暮らすところもハチに似ている。

 大きく分けて、花の蜜などを集めて暮らす草食性のものと、人間を含めたあらゆる動物を集団で襲って喰らう食肉種のものがいるが、今回パーティを襲ったのはその食肉種の中でもひときわ大きく狂暴な種類らしかった。


「マルノコガザミ、と冒険者の間で呼ばれている種がありますが、それでしょうかね。この刃のような甲羅と、大顎ときたら……退治するのも大変だったでしょう」


 ザインが水を向けると、ベラッティはいかにも疲れたと言った表情で頷く。


「魔術を射かけて動きを止めて、剣やら大槌やらで叩き落としてったんだけどね。何しろ数が数だから、この人数でかかっても止めきれなくってさ。ご覧の通り、何人か刃にやられて怪我をしたって具合さ。そん中でも、あんたらに診てもらいたい患者ってのは特にひどくてね……俺のダチなんだが」


「これ、何をしておるかァ!」


 と、先行していたママローニの怒鳴り声が、会話をぶった切った。随分離れたところで老魔導士はこちらを振り向き、さかんに両腕を頭の上で振り回している。


「まったく、とっとと診て帰れというに、何をグズグズと……」


「おっといけねえ、先生がお怒りだ。逆らうとまた面倒なことになるぜ」


 ディンゴは少々おどけて片目をつぶり、ママローニに追いつくべく駆け出した。ザインとベラッティも、慌ててその後を追う。

 再び進み始めた一行は、壁際の一角に問題の患者を見出した。胸から腹にかけて包帯を巻かれた背の高い男が、石の壁に背を預けるようにして寝ころんでいる。奇妙なことに、他の患者と違いこの男の身体の下には布の一枚も敷かれていなかった。むき出しの石畳の上に転がされている姿は、いかにも寒々しく寝心地も悪そうだ。


「何だよ、随分な扱いだなァ……こんな硬いとこに怪我人を寝かしといたら、そりゃ治るものも治らねえだろ?」


 ディンゴが思わず呟くと、ママローニは振り返って侮蔑的な笑みを顔に浮かべた。


「これだから、ものを知らぬ輩というのは困る……よいか、この男を切り裂いたのは、風の魔術を操る魔物たるカニバチの甲羅よ。こやつの傷は特に深く、傷の中にも風の魔力の残滓がこびりついておる。なかなか塞がらぬのもそのためでな。

 よって、まずは大地の精気をじかに吸わせ、魔物に注ぎ込まれた悪しき風の魔力の影響を打ち払わねば、全快はせぬ。魔力の四大元素の対立も知らぬか、おのれは?」


「あッ……!」


 思わず声を上げたのはザインだ。慌ててディンゴの方に目をやる。

 ママローニが得々として語る自説を無言で聞いていたディンゴだったが、その手は拳の形に固く握りしめられ、その肩は傍目にもはっきり分かるほどに震えていた。顔は伏せていたが、そこに浮かぶ表情はわざわざ覗き込まなくとも分かる――怒りだ。


「……てめェ、今、なんか言ってたなァ」


 かすかに震える声でディンゴは言い、患者の傍に佇むママローニの方へ数歩踏み出した。明らかに殺気立った雰囲気にも、自分の話に夢中になっている老医師は気づかない。


「何だ、ものを知らぬと言われたのが堪えたか? だが事実であろう。わしはかつて外界の医者について10年の修行を積み、この大竪穴へ……」


「そうじゃねえッ! 四大元素説だの何だのいうデタラメを、その口でほざいたのかッて聞いてンだよ!」


 ディンゴは叫び、ザインとベラッティの制止も振り切ってママローニの胸倉に掴みかかった。

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