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第70話 医療ギルド正会員治癒魔導士

「いやはや、鹿の魔物が駆けてきたと思ったら、まさか人間が乗っとるとは思わんかったぞ。てっきり人喰い魔物が攻めてきたものとばかり」


 リーダーらしき男は首を振りながら、招き入れるかのように両腕を広げてディンゴたちを迎えた。ディンゴは黙ったまま、室内を見回した。リーダーの後ろには、成り行きを見守る冒険者たちで人垣が出来ていた。

 中には、ザインの巨体を指さして何やら囁き交わしている者もいる。別段巨猪人オークだから珍しがっているわけではない。このくらいの階層では街中にも『うちびと』の姿が普通に見られるし、冒険者を生業とする者も少なくない。とはいえ、そのように人類に混じって暮らす『うちびと』は、服装の方も人類の風俗に合わせるのが一般的だ。ザインのように伝統的な民族衣装を着こんだ『うちびと』は、昔ながらの暮らしを続けているお口の村にでも行かなければ見られないものになっていた。

 人垣の連中は既に銃を下ろし、半分面白がるかのような顔でこちらを眺めている。ディンゴは少々不快そうに眉をひそめた。


「だからって、いきなり鉛玉でご挨拶とは、やることがちょいと極端なんじゃねえの?」


「いやいや、そんなことはないぞ、小僧」


 飄々とした顔でリーダーらしき男は応え、黒々と蓄えた長い顎髭を撫でると、『小僧』と呼ばれてむっとするディンゴにも構わずに語りだした。


「大人数のパーティだとて、大型魔物を侮ってはならぬ……どのような危険な魔術を持っておるか分からんからな。先制攻撃で足を止めてしまうに限る。こちらから魔術を撃ったのでは魔力で打ち消される恐れがあるゆえ、物理弾が何より確実なのだ」


 眉間に皺を寄せて聞いていたディンゴだったが、相手の並べる理屈に一応納得した様子で、やがて表情を緩めて深々と頷いた。


「ウチのブレードホーンは、ちゃんと慣らしてあるんだ。人は襲わねえ……けどまあ、あんだけデカい魔物が急に駆けてきたら、そう思うのも仕方ねえか。悪かったよ。

 ところで、ずかずか入ってきてこんなこと聞くのもなんだけどさ……あんたら、何者だ?」


「この紋章を見て分からんか?」


 男はコートの襟につけられた徽章を2人の方へぐっと突き出してみせた。丸いバッジに、枝分かれした稲妻のようなラインが入っている。ディンゴはとっくりと眺めた後、ぽかんとした表情で首をひねった。


「……いや、分からねえな。悪いけど」


「そうか……それは残念だ。そんなもんか、ウチの知名度は」


 顎髭の男はいかにも無念そうにひと息つくと、徽章を元に戻して再び手を後ろで組んだ。ディンゴは少しの間待った――が、男は再び喋りだそうともせず、2人の方を真顔で眺めている。


「……って、それで終わりかよ!?」


 業を煮やしたディンゴが叫ぶ。と、横で何やら考えていたザインが、ひょいと大きな手を挙げて割り込んできた。


「ああ、思い出しました。冒険者ギルドの紋章ですよ、名前は、そう……確か、金鹿(きんろく)商会とか」


 ザインの言葉に、顎髭の男の顔が輝いた。得たり、とばかりに、両ひとさし指を突き出して叫ぶ。


「そう、金鹿商会! いやはや、捨てたものではないな、我がギルドも」


「……おい、それってどんなトコなんだ、ザイン?」


 横目で男を不審そうに眺めながら、ディンゴがひそひそ声で尋ねる。ザインは顎をひねり、これまた小声で答えた。


「あまたある冒険者ギルドの中では、まずまず堅実な方といったところでしょうか。大して大きな成果を上げたという話も聞きませんが悪評もありませんし、規模もなかなか大きめのはずですよ」


「いかにも、我々は金鹿商会の深層探索団である」


 やや芝居がかった調子で、リーダーらしき男は得々と語った。


「そして私はこのパーティの隊長をしておる、金鹿(きんろく)商会理事冒険者のウィンゲルという者だ。まあ、よろしく」


 男は言い、黒い剣士用革手袋を嵌めたままの右手を差し出してきた。ディンゴは曖昧に頷いて、その手を握ろうとする。

 と、その瞬間、ウィンゲルはサッと手を引っ込めた。


「……おい!」


 伸ばした手が空振りしつんのめりかけたディンゴは、思わず抗議の声を上げる。ウィンゲルは特に表情を変えることもなく、なだめるように手を振った。


「いや、失敬。握手するのに戦闘用の手袋を嵌めたままとは無礼であった。外すによってしばし待たれよ」


 さほど悪びれる風もなくウィンゲルは悠々と右手の黒手袋を外し、鎧のベルトに挟んで吊るすと、改めて素手の右手をディンゴに差し出してきた。ディンゴは疑わしげな目で相手の手のひらを睨み、おずおずと自分の右手を差し出していく――と、またしても相手の手が引っ込められた。


「おっと、ちょっと待った」


「てめぇ、からかってンのか!?」


 流石に頭にきたディンゴが、胸倉を掴まんばかりの勢いで食って掛かる。しかしウィンゲルは動ずる風もなく、かえって威圧するような格好で裸の右ひとさし指を突き出してきた。


「よく考えたら、君たちの名前を聞いていないではないか。人に名乗らせておいて自分の身分も名前も明かさぬとは、そっちの方が無礼ではないのかね?」


 決めつけるような言葉に、思わずディンゴは反論に窮した。確かに、言ってる事にはある程度道理がある。しかし……どうも調子が狂う。


「そ、そりゃまあ、そうだった。けど、元はと言ったらあんたらが、こっちが名乗る間もなく撃ってくるのが悪いんだからな。

 ともかく……俺はディンゴで、そっちのデカいのがザイン。紅蓮獅子団の医者だ。『ダンジョン・ドクター・デリヴァリー』って聞いたことないか?」


「デリヴァリー? ほう、運送業か」


 ウィンゲルは大まじめな顔で独り合点して、顎髭を撫でながら頷く。ディンゴはまたも足をすくわれたようにガクリと肩を落とした。


「何でそうなる! 医者だーッて言ってんだろがよ、この野郎! 話聞いてねえのか?」


「なに、医者? 医者だったらこちらも連れておる。御用聞きに来て早々で悪いが、うちでは医者に用はないぞ」


「だから、デリヴァリーであって「御用聞き」ってのとはまた違うんだけど……ああ、もういいや」


 ディンゴはくしゃくしゃと髪をかき上げると、諦めたようにため息をついた。この男を相手に細かいディテールの話までしだしたら、明日の朝までかかってしまう。それより、もっと気になる点が今の話にはあった。


「やっぱ、あんたンとこは医者を連れてんだな。医療ギルドからの派遣かい?」


「そりゃ、無論だ。今もちょうど開けた場所に来たので、負傷者の手当てをしておる所であった」


 ウィンゲルが示す方を見ると、なるほどあちらこちらに布が引かれて、傷ついた冒険者たちが横たわっている。傷にはきちんと包帯も巻かれているし、そう思って気をつけてみると軟膏のツンとくるような匂いも漂っている。医学の心得のある者がちゃんとした処置をしている証拠だ。


「してみると、怪我人はいるけど医者の必要はない、と……何か妙なところに来ちゃったなあ。隊長さん、せめて誰が俺たちを呼んだのかくらい分からねえのかよ? このまま帰るってワケにも行かねえしさ」


 ディンゴが尋ねても、ウィンゲルは今一つ腑に落ちぬ顔をするばかりだった。


「いや、だから、私は呼んでおらぬと言っている」


「いや、だから、あんたかどうかはこの際どうでもよくってだな……ああもう、なんか疲れてきた」


 ディンゴはぐったりと首を垂れ、広げた両手をぶらぶらと振った。


「他人の話を聞くってことを知らねえんだから、もう……この感じ、キャラバのおっさんとちょっと似てンな。苦手なタイプなんだよ、俺」


「ディンゴ、こういう所で大っぴらにそんなこと言うものでは……」


 苦い顔をするディンゴをザインがたしなめた時、ウィンゲル隊長はにわかにぽんと手を打ち、素っ頓狂な声で叫んだ。


「キャラバと言うと、リオンナード・キャラバか!」


「何だ、知ってんのか、隊長さん?」


 片耳を指で塞ぎながらディンゴが聞き返すと、ウィンゲルはかくかくと首を縦に振って顎髭を捻った。


「そりゃ、冒険者界隈で奴の名はちょいとしたものだからな。腕のいい冒険者だったが、わざわざ医者になんぞなった変わり種……お前たち、キャラバの所の者であったか。冒険稼業から足を洗って、また何か新しい商売を始めたと聞いとったが」


 ウィンゲルは左眼をぎょろりと動かし、広間の入り口を見やった。


「魔物を使った運送業とは、また妙なことを始めたもんだ」


「だからァ、運び屋じゃねえっての! 医者だ医者! ドクター・デリヴァリーって言ってんのに何で『ドクター』の部分だけ聞き落とすかね!」


 ディンゴは苛立って地団太を踏む。と、その大声を聞きつけて、後ろの人垣から一人の男が顔を出した。


「あ、あんたらが例の紅蓮獅子団?」


 見ると、腰に魔導杖を提げた小太りの男だ。ちゃんと鹿角模様の金バッジをつけているところを見ると、彼も金鹿商会の正規構成員らしい。ディンゴがもの問いたげに眉を上げると、出てきた男はちょっとたじろいだように額を掻いた。


「ああ、あんたらを呼んだのは俺なんだよ。名はベラッティってんだが……しかしあんたら、もう少し静かに来てくれると期待してたんだがな」


「そりゃ俺たちだってそうしたかったけどよ、撃ちかけてきたのはてめェらじゃねえかよ」


 吐き捨てるようにディンゴは言い、少し間を置いてふと顔を上げ、まともに相手の顔を見た。


「……うん? するってえとやっぱり、通報自体はホンモノなわけか? 俺たちに治療してほしい患者がいると?」


「いや、居らんだろう」


 横合いからあっさりと断じたのは、突っ立って話を聞いていたウィンゲルだ。ディンゴはまたしても調子を崩され、苛々した様子で拳を握る。


「だから、あんたには聞いてねえっての!」


「治療ならばママローニ先生がしてくれる。わざわざ外から医者など呼ぶ必要はあるまい……そうだな、ベラッティ?」


 いきり立つディンゴをまるっきり無視して、ウィンゲルはベラッティの方へ顔を向けた。 太った魔導士ベラッティは、ためらいながらも両手を揉み合わせながら反論する。


「いやァ、ですがね、団長。ちょいとばかりヨソの医者の話を聞くのも、別に毒にゃならないと思ったんスよ。あいつの傷は重いし、ちょっとでも早く治す助けになりゃ、それだけパーティの戦力も早く整いますから。カネのことなら、俺個人で持ちますから……」


「ならん、ならん! 余計なことをするでないわ!」


 と、しわがれた大声がベラッティの言葉を遮り、広間じゅうに鳴り響いた。後ろで見守っている冒険者たちも顔をしかめて耳を押さえる。ディンゴはうんざりした顔で首を振った。


「まァた、横槍かよ……今度は何だ? 誰だよ?」


「おお、これはママローニ先生! 負傷者の治療は済んだかね?」


 ウィンゲルがいち早く声の発生源を見つけ、黒手袋を嵌めた手を振る。つられてディンゴたちがそちらを向くと――何か小さな生き物がコツコツと足音を鳴らしながら物凄い速さで接近し、あっと言う間にディンゴの足元へぐっと頭を突き出した。


「ふん、貴様らか、『医者』などと名乗っているのは?」


 嫌悪感をにじませるささくれたしゃがれ声が、ディンゴの胸元辺りから響いてくる。ディンゴは応えるのも忘れ、眼下に迫った相手を見つめた。近寄って来たのは、黒いスカルキャップを被ったひどく小柄な老人だ。歳は60あまりだろうか。クルミのような顔には、皺に混じって無数の古傷が刻まれている。歴戦の冒険者の証だ。

 着ているのは、縮んだ肩をふわりと包む水色のローブ――水の魔力を表す、治癒魔導士のアイコンである。その襟元には金バッジが燦然と輝いていた。と言っても、金鹿商会の鹿角模様ではない。込み入った模様で構成された三角形が左右対称に並べられた、蝶のような形の印だ。


「その金バッジ……第10大隧道医療ギルドの紋章ですね」


 ディンゴと同じくバッジに目を留めたザインが、ふと気づいたように口を挟む。

 第10大隧道の医療ギルドは、『蝙蝠の羽根』と呼ばれる三角形のマーク――すなわち、老人のバッジに刻まれた紋章――をシンボルとしている。その形は呼び名のとおり、モルフォコウモリの羽根を図案化したものだ。採取・保存が容易で副作用も少ないモルフォコウモリの麻痺毒は、大竪穴の医療を飛躍的に進歩させた薬物として象徴的に扱われている。


「すると、あなたが?」


 老人はフンとひと息つくと、尊大に顎を上げてザインの巨体を睨み返した。


「いかにも、わしがこのパーティづきの治癒魔導士にして、医療ギルド正会員治癒魔導士、ママローニである」


「……もう、何でこうめんどくさそうなのばっかり、次から次へと出てくるんだろね」


 ディンゴはくしゃっと前髪を掴むと、天井を仰いで弱々しく嘆息した。

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