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ダンジョン・ドクター・デリヴァリー ~紅蓮獅子団のカルテ~  作者: 曲瀬 湧泥
Karte:04 バッキー・ファミリーに乾杯を
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第65話 貫く絶望

 キャラバとコヴは、排水溝へ流れ込む水のごとくにみるみる引いてゆくグロブスターの奔流を追いかけて走った。途中でコヴは、懐から新しい酒瓶を取り出して巻布に含ます。燃料を補給されたたいまつは、一層あかあかと燃えだした。

 が、それがかえってグロブスターを追い立ててしまうようだった。炎の熱が逃げるグロブスターを追うほど、グロブスターの本体は加速してテントの方へ迫る。そのうちに、バーティも自分を追ってくる肉壁の波に気づいた。


「何だァ……畜生、先生は何をやってンだよッ!」


 毒づきながらバーティは後ろへ向き直り、手にした魔導杖を振った。鎖が魔力の光で中空に円を描き、そこを中心として空気が硬化してゆく。図らずも、先ほどユノーが作り出したのと似通った空気の盾だ。ただしこちらの方が魔力の密度は高く、サイズも大きい。

 そのままバーティは魔導杖を押し出すように軽く振る。空気の壁はその動きに撃ちだされるようにして前へ突き進み、肉の壁と真っ正面から衝突した。たちまち魔力同士の反発作用が起こり、火花が壁面をジグザグに走ってそこらじゅうに弾け飛ぶ。反発力の煽りを食らって、バーティの体は後ろへ吹き飛ばされた。


「ぐッ……効くな、流石に」


 低く呻きながらも、その反発力を利用してバーティは床を蹴り、勢いに逆らわず後ろへ跳んだ。グロブスターを押し返すと同時に自身はテントの方へ向かって加速したのだ。追ってくるグロブスターとの距離が一時に広がる。


 一方、テントの方ではユノーたちが、降りかかってくるグロブスターと必死の格闘を続けていた。テントの裂け目はいよいよ大きくなり、侵入してくるグロブスターはせき止めようにも止められぬ量になりつつあった。


「こんなに破れたんじゃもう、テントの意味もないわね……脱出しましょう!」


 空気の塊でグロブスターを押し戻しながら、ユノーが叫ぶ。


「脱出ったって、どこへだよ!」


 ディンゴがテントの隅で叫び返した。折しも裂けた天井から、房状になったグロブスターが頭上に降りかかってきたところだ。ディンゴは唸り、壁を思い切り蹴飛ばした。テントの布が骨組みから外れ、貼りついたグロブスターごと天井が滑り落ちる。テントは既に皮を半分剥かれ、すっかり見晴らしが良くなっていた。

 まだまともに立てぬシャイクスを支えてやりながら、アンジーは顔を上げて布の破れ目から外を見、声を上げた。


「あ……兄貴ィ!」


 剥がれた布の向こうに、こちらへ走ってくるバーティの姿が認められる。ユノーもそちらに目をやり、額の汗をぬぐった。


「とりあえずあいつと合流するしかないわね……このままじゃ、グロブスターを浴びるのを待ってるようなもんだわ」


「それしかなさそうだな……おい、爺さん、立てるか?」


 ディンゴも駆け戻ってきて、アンジーの反対側からシャイクスの体を持ち上げた。2人並んで担ぎあげるようにして、ぐったりと顔を伏せたままのシャイクスを部屋の隅から運び出す。風の魔力で『空気の盾』を展開するユノーを先頭に、一同はテントを抜け出してバーティの方へ歩き出した。

 魔術を使い続けているユノーの表情は険しい。顔は汗にまみれ、剥き出しの腕はうっすらと血の赤らみを帯びて小刻みに震えている。グロブスターが空気の塊に触腕を伸ばす旅、魔力が反発しあって小さなスパークが上がり、同時に反動がユノーを襲う。大した魔力を持っているわけではないグロブスターだが、こうも周囲を取り囲まれて間断なく手を出されたのではダメージも馬鹿にならない。


「ダメだ、追ってくるぞ!」


 アンジーが後ろを振り向き、絶望的な声を上げる。降り注いだグロブスターは悪臭を上げながら革のテントを溶かしつくし、さらなる獲物を求めてのろのろとユノーたちに追いすがりはじめていた。動きは鈍いが着実だ。加えて、ユノーは外に待ち構えていたグロブスターをはじき返すのに力を使っており、歩みは鈍い。


「畜生……この、このッ!」


 ディンゴがシャイクスを担ぎながら足を一杯に伸ばし、這ってきた触腕を踏みつぶす。が、焼け石に水だ。グロブスターはみるみるうちに小山を成し、空気の盾のない背後から一向に雪崩かかろうとしていた。

 と――ひょう、と鋭く風を斬る音がして、迫ってきていたグロブスターの山が縦に寸断される。魔力を打ち消された肉塊は、身体を支えきれなくなってその場に崩れ落ちた。


「兄貴ッ!」


 ぱッと顔を輝かせてアンジーが叫ぶ。前方から風の刃を放ちグロブスターを切り裂いたのは、バーティの鎖付き魔導杖だった。帽子をかぶり直しながら、バーティはユノーのもとに駆け寄ってその肩に手を置く。


「しんどい役割を背負わせちまったな、嬢ちゃん……考えてみりゃ、あんたらには迷惑のかけ通しだ」


「今さら善人ぶってどうするつもり? 天国にでも行きたいわけ?」


 ユノーは手を払いのけ、肩で息をしながらも言葉だけは辛辣に応じる。


「それとその『嬢ちゃん』ってのもやめて。ハラ立つのよね」


「おーやおや、グロブスターの溶解液よりもピリッとしてるぜ、この嬢ちゃんはよ」


 バーティは皮肉な笑みをちらりと見せると、きッと顔を引き締めてグロブスターの山の向こうに呼びかける。


「キャラバ先生よォ! 杖はどうした!? 早えとここいつを焼き払ってくれねェと、そう長くは持たせられねえぞ!」


 叫ぶその形相は必死だ。キャラバたちの姿は、コヴが持っているたいまつの光のお陰で肉壁を透かしてうっすらと見えていた。


「ああ、悪い……ちょいとマズいことになった! 杖が、奴の体内に吸い上げられちまったんだよ!」


 キャラバは両手を口の横に添え、壁の向こう側から呼ばわった。バーティをはじめ、一同の表情が曇る。


「頼みにしてた魔導杖もねえ、新手も上から降ってくる……クソッ、八方ふさがりかよッ!」


 毒づきながらバーティは、半ば自棄ぎみに魔導杖を振るった。空気の刃が飛び、ゼリーの中でまたたく魔導器官を千々に切り裂く。壁の一角がぐずぐずと頼りなく崩れ、溶けてゆく――が、すぐさま両脇の壁がせり出し、穴を塞いでしまう。この巨体では、多少傷つけたところで蟻の齧った跡と同じだ。

 と、ふとユノーの表情が変わった。何かに気づいたような顔になり、訝しげに目を細める――次の瞬間、その眼は大きく見開かれた。


「あれ! あそこにあるのが、もしかして、魔導杖じゃない!?」


 一同は雁首揃えてその指さす先を見た。なるほど、向こう側から照らしつけているたいまつの光の中に、黒い異物が2本ぷかぷかと浮いている。

 真っ先に反応を示したのはディンゴだった。


「あの金具の形、間違いねえ! 俺の杖だ!」


 思わず、といった具合にディンゴは跳びあがり、シャイクスの身体をアンジーに預けて駆け出した。目指すは透き通った肉塊の中に見える魔導杖だ。ディンゴは蠢く肉の山へ向かって手を伸ばし――たちまちのうちに山の方から無数の触腕を伸ばされて、取り込まれそうになるのをすんでのところで回避した。


「くそッ、グロブスターにまともに呑み込まれてやがる……腕を突っ込んで取り出そうにも、こっちが逆に引き込まれちまう!」


「それくらい、わざわざ触れに行かなくたって見て分かるでしょう! 死にたいわけ!?」


 ディンゴの襟首を掴んで引き戻しながら、ユノーが叱りつける。先ほどのバーティの斬撃に警戒心を強めたのか、グロブスターの進行はいくらか鈍くなり、ユノーたちを遠巻きに囲むようになっていた。空気の盾を作る必要も今のところはなくなったわけだが……それがいつまでも続くとは思えなかった。肉壁の包囲の輪は、じりじりと狭まってきている。


「しゃあねえ……届けてやるしかねえか、壁の向こう側によ」


 バーティは帽子のひさしを上げ、担いでいた魔導杖を下ろして構えなおした。キャラバの魔導杖が呑まれた方を鋭い目で一瞥すると、顔を向けずに背後のユノーたちへ命ずる。


「これからしばらくの間、自分らの身は自分らで守れ。俺は助けに行けねえ。今から、あのゼリー野郎をぶち破って魔導杖を取り返しに行く」


「本気かよ、兄貴!? 兄貴の魔術は……」


 言い返しかけるアンジーに、やはり顔も向けずバーティは手のひらを突き出した。


「なんてこたァねえ。全部をぶッちぎらなくたっていいんだ。杖が埋まってる一点だけぶち抜けばいい……分かってるな、アンジー。親父を頼んだぜ」


 小声で言うと、バーティは一直線に駆けだした。足音が石の床を高く鳴らし、その振動を肉の塊が捉えてぶるぶると震えだす。と、次の瞬間には、グロブスターどもは壁の輪郭を崩し、土砂崩れのごとくにバーティの頭上へと降りかかってきた。


「けッ、臭ぇ雨だぜ!」


 バーティは魔導杖の鎖を激しく回し、鋼鉄の硬さに練り上げた空気を傘のように頭上へ張り巡らした。波打って覆いかぶさる肉塊が、しぶきを上げて辺りに飛散してゆく。しぶきの一滴一滴が魔力の反発作用で火花を散らし、屋根裏部屋の暗闇に星空を描き出す。

 グロブスターは、強い魔力の接近におののいて巨体を震わせた。神経も痛覚もない肉体にも、自分の体が削り取られていく喪失感は分かるらしい。近づいてくる異物を押しとどめようと、分厚い肉の壁をバーティの眼前に張り巡らした。


「そう来ると思ってたンだよ……と!」


 バーティはすかさず、頭上に掲げていた魔導杖を前方に向かって振り下ろした。鞭のように飛んだ鎖は空中で螺旋を描き、漏斗状の空気の塊を作って肉壁へと突き込む。メリメリと肉が押し分けられ、グロブスターの体に穴が開いてゆく。


 ユノーの張り巡らした風の魔力の塊に隠れ、後ろでじっと状況を見守っていたアンジーたちの顔にも、ここでようやく希望の色が見え始めた。


「お、おい、こりゃあ、行けるんじゃねえか!?」


「ッたりまえだろ、兄貴なんだぜ!」


 口々に声を上げるディンゴとアンジーに、乱れた息の下からユノーが釘を刺す。


「はしゃいでるんじゃないの! こっちはヘトヘトなんだから……どうせ何もできないんだから、何かしろとは言わないけど、せめて遠慮して黙ってるくらい出来ないの!?」


「あッ……わ、悪い……」


 あまりの剣幕に、どもりながらディンゴが謝ろうとした、その時だった。


 バーティの突き込んだ空気の錐が、一層ふかぶかと肉壁をえぐった。と見るや、押し縮められたバネが跳ね返るかのごとくに、肉の壁が粘液の水柱を高々と吹き上げたのである。


「しまった……ッ!」


 バーティが歯噛みし、思わず後ろを振り返る。噴き出したのは、液状になったグロブスターの肉体だ。当然に水の魔力も濃く残っている。それが広く降り注ぎ、ユノーの造る空気の盾にまで降りかかってゆく。


「く……ぐうッ!」


 今までとは比べ物にならぬほどの魔力の反発負荷に、ユノーは食いしばった歯の間から濁った声を上げた。次の瞬間、強い炸裂音とともに魔力の爆発が起こり、風の盾は跡形もなく吹き飛んだ。


「きゃああッ!」


「うッ、うわあああッ!」


 ユノーは反動をまともに受け、悲鳴を上げて床に叩きつけられた。ディンゴとアンジーも余勢を受けて体勢を崩し、シャイクスの体を投げ出す。半ば意識を失っていたシャイクスは、床に投げ出された勢いのままに転がっていった――その先には、テントから追ってきたグロブスターの塊が待ち受けている。


「くそッ……親父ィッ!」


 バーティが絶叫した。魔導杖から魔力がひときわ強くほとばしり、部屋全体を照らし出すほどに強く輝く。そのままバーティは渾身の魔力を込めて、鎖つきの杖を剣のように振り下ろした。

 空気の塊か硬化して飛ぶ。今度は、刃の形でも錐の形でもない。飛んでゆく軌道がそのまま、空気の塊として棒状に硬化してゆくのだ。弾丸の速さで飛んだ魔力は、一息のうちにグロブスターのどてっ腹へ着弾すると、そのまま壁まで相手を押し戻しながら猛進しつづけた。


 グロブスターは床に粘りついて止まろうと必死に抵抗する。が、魔力の方が強い。糊の剥がれるような粘つく音を上げながらグロブスターの塊は床を滑り、とうとう壁に衝突すると、ぴしゃッと軽い音を立てて潰れた。

 シャイクスはと見ると、目の前で起こったことに度肝を抜かれ、床にひっくり返ったまま未だ焦点の合わぬ目で周りを見回している。


「……!」


 バーティは思わずほッと息をついた……しかし、その時だった。


 グロブスターが再び反発しはじめた。ねじ込まれた空気の錐が激しく震え、押し戻されてゆく。ゲル状の体の弾力と魔力の反発を利用し、錐を体から跳ね飛ばす気だ。バーティは慌てて振り返り、体勢を整えて再び魔導杖を振ろうとした。

 だが、遅すぎた。

 ぼうッ、という鈍い音と共に、錐はゼリーの体から吹き飛ばされた。と同時に、錐の開けた穴からグロブスターの肉体が間欠泉のように噴き出す。バーティは魔力の反動と共に「湧き水」の勢いをまともに受けた。


「くそッ……ナメるな!」


 振り下ろしかけていた魔導杖を振りぬくことで前方に魔力の壁を作り、やっとのことで粘液の直撃を防ぐ。が、魔力の衝突が生み出したスパークまでは相殺しきれない。激しい振動と炸裂に、バーティの体は後ろへ高々と吹き飛ばされた。


 強い衝撃があった。


 ディンゴもユノーも、そしてアンジーもその瞬間を見てはいなかった。彼らはまだ先ほどの衝撃で床に倒れたまま、立ち直れずにいた。半透明の覆いを透かしてそれを見ることが出来たのは、たいまつの下で成すすべもなく肉壁の向こうを透かし見ていたキャラバとコヴだけだった。


「あ……兄貴……」


 コヴがかすれた声を上げる。倒れ込んだバーティは、その声でつぶっていた目を開き、自分の体を見下ろして、瞠目した。

 黒く鋭い切っ先が、腹から突き出している――吹き飛ばされたバーティの体を後ろから深々と刺し貫いたのは、彼らが外して積み上げておいた罠の巨大な黒槍だった。

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