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ダンジョン・ドクター・デリヴァリー ~紅蓮獅子団のカルテ~  作者: 曲瀬 湧泥
Karte:04 バッキー・ファミリーに乾杯を
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第63話 肉の壁を抜けろ

「さっきも言った通り、あんたが先頭だ。俺たちは後ろにぴったり付く。とにかく杖を拾うことだけ考えて、拾ったらすぐさまゼリー野郎にぶっ放すんだ」


 バーティの指示に、キャラバは不興げながら頷いた。


「指図されるまでもねえ。そっちこそ、間違って俺の背中を焼いたりすんじゃねえぞ」


「ま、気を付けるさ……それと、テントからはなるべく静かに出るんだ。テントの方へ注意を惹きたくねえ」


 キャラバの背中へ、バーティが声をかける。


「こっちがテントの中へ入ったせいで気配を感じ取れなくなって、グロブスターは今戸惑っている。だが、一歩でも外へ出りゃ話は別だ。石の床は足音の振動をゼリーに直接伝えちまうし、革の覆いがなくなりゃあ奴らの『眼』にも俺たちの姿がハッキリ見えるようになる」


「確かに、最悪はテントの方へグロブスターを引き寄せちまうことだな」


 キャラバが顔だけで振り返り、頷いて応じる。


「グロブスターは元々死肉喰いだ。接触しさえすればどんな死骸だって溶かして食っちまう。なめし革だって消化できねえことはねえ。奴らがまともに覆いかぶさってきたら、こんなテントはひとたまりもねえぞ。ただでさえ病人がいるんだ」


「だから、気配を感じさせねえように外へ出て、一歩踏み出したらすぐに駆けださなきゃならねえ。俺たちの方に注意を惹きつけることで、テントから目を逸らすんだ。

 と言ったって、俺たちが捕まっちゃ元も子もねえ……『たいまつ』は用意できたか、コヴ?」


「あ、ああ、持ったぜ」


 コヴが答え、毛布を撒いて固くねじった棒を頭上へ突き上げて見せた。先端には酒が含ませてあり、質の悪いアルコールの臭いをぷんぷんさせている。バーティは帽子の下で顔をしかめた。


「そう、やたらに振り回すんじゃねえ。それと、あんまり体に近づけねえように気をつけろよ。体に酒がかかっちまったら、おめえまで火だるまになりかねねえ」


「ああ、そうか……分かったよ、兄貴」


 慌てて棒の先を前に突き出すコヴに、バーティはぐったりとした表情で肩をすくめたものの、気を取り直して再び魔導杖を構えなおした。


「さて、そうと決まったら、いよいよ冒険と行こう……アンジーが倒れた場所は覚えてるよな、先生?」


 バーティが声をかけた時には、キャラバは既に入り口の布にぴったりと体をつけ、腕で押し開けようとしていた。


「余計な心配してねえで、たいまつを燃やし続けることだけ考えてろよ、兄貴どのよォ。

 じゃ……出るぜ! ついて来いッ!」


 言うが早いか、布を押し分けてキャラバは外へ体を滑り出させた。魔導灯の明かりも消え、テントの外は塗りつぶしたような闇に包まれている。地面に屈んで目を凝らすと、その闇の中に揺れ動く巨大な影と、ほのかに灯りちらちら瞬く光の点が見えた。グロブスターだ――外界で言う「星」のように輝いているのは、グロブスターの魔力器官だろう。液状の肉体を持つ魔物は、水の魔力で肉体をまとめてゼリー状に固めることで存在を保っているのだ。


「けッ、居やがるな、でけェツラしてよ……胸が悪くなるぜ」


 追って出てきたバーティが、潜めた声で吐き捨てるように言う。キャラバが振り向き、こちらもほとんど喉を鳴らさぬ声で応える。


「でけェはでけェが、ツラがでけェかどうかは分からねえな。何しろどこがツラでどこがケツやら……お前さん、見分けつくかね?」


「おきゃァがれ」


 バーティは小さく舌打ちすると、懐からマッチを取り出した。靴の底で火を点け、まずは葉巻に点火する。しゅッと鋭い音がした途端に、闇の奥に潜むぶよぶよの輪郭が激しく震えた。


「おや、早速感づきやがったぜ。震え上がってやがら……こっちも、こうしちゃいられねえ!」


 バーティがキャラバの背中を叩く。キャラバは大柄な体をすっくと伸ばし、ちらとグロブスターの方向へ目をやった後――おもむろに、床を蹴って飛び出した。


「そら、追っかけるぞ、コヴ!」


 バーティが言い、葉巻の炎をコヴの持つ『たいまつ』へ近づける。指一本分ほどのところまで近づけただけで、気化したアルコールに着火し、たちまち先端が明るい炎に包まれる。温かいオレンジ色の光が、室内を丸く照らし出した。


 そのまま2人はキャラバを追い、石の床に足音を響かせて駆け出した。バーティは葉巻をくわえ直すと、吐き気を催したような顔つきで舌打ちを漏らす。グロブスターの巨大な体はテントを囲むようにして伸びあがり、天井裏の出口へ向かって立ちはだかる壁のようになっていた。ぶるぶると間断なく蠢く肉壁が、手を伸ばせば触れられそうな距離にある。腐臭のようなおぞましい臭いが、ゼリーの脈動に合わせて強く漂ってくる。


「こ、この野郎……おらッ! 炎だ、怖えだろう!」


 コヴがめちゃくちゃな大声で叫び、火のついた『たいまつ』の先を肉壁に突き付ける。グロブスターの脈動はその部分でだけ激しくなり、体全体が後じさって奥へ避けようとするように動く。そのたびに体の奥で、何かを啜り上げるような汚らしい音が立った。


「コヴ! あんまり無暗に振り回すな!」


 後ろから、バーティが叱りつけた。


「たいまつが肉壁に呑み込まれたら最後だぞ。そりゃ、多少の肉は焼けるだろうが……敵の体がデカすぎる。直にぶつけたら炎の方がたちまち消えちまう。

 熱を浴びせて、焙るだけにしろ」


 コヴは頷き、たいまつの先を少しだけ引いて前方に向けなおした。キャラバの進行方向に狙いを絞り、アシストする狙いだ。

 そのキャラバは、迷いなく一直線に石の床を蹴り走っていた。目指す一点は、アンジーがグロブスターに襲われた場所だ。ずるずると音を立てて迫ってくる肉壁が幾度か足を捕らえそうになったが、そのたびに高く跳んで際どくかわす。すかさず後ろから伸びてきたたいまつが、グロブスターの体を焙って縮み上がらせる。


「見えた、あそこだ……!」


 やがてキャラバが声を上げ――すぐに顔をしかめた。

 コヴの掲げるたいまつが、キャラバの「見つけた」ものを明るく照らし出す。確かに魔導杖はそこに転がっていた。キャラバの巨大な魔導杖と、ディンゴの『光のメス』が、添い寝でもするかのようにきちんと並んで。が、その2本の形は妙にぼやけ、赤黒い覆いがかかったようになっていた。

 魔導杖2本は、グロブスターの半透明の体に下敷きにされていたのだ。


「畜生ッ! 面倒なことになってやがる……」


 肉壁の前で急ブレーキし、キャラバは地団太を踏んだ。ほどなくしてコヴが追いつき、勇ましくたいまつの先を振り立てる。


「どうってこたねえや! どうせこいつを突き付けてやりゃあ、道を開けてくれるさ!」


 風を受けて一段と強く燃え上がったたいまつをぐっと前に出し、槍を突き出して挑みかかる騎士のようにコヴが一歩踏み出した、その時だった。


「おい、嘘だろ……!」


 かすれた声が後ろから響いた。あまりに切迫した声音に、キャラバとコヴは思わず後ろを振り向く。声の主はバーティだった。蒼白になり、口を大きく開けている。開いた唇から葉巻がぽとりと落ちた。


 その視線は背後を――テントの方を見つめていた。



 ~ 時間は少し遡り、テントに残されたディンゴたちは…… ~



「ただ待ってるだけというのも手持ち無沙汰だし……それじゃ、少しだけ応急処置でもしましょうか?」


 ぐったりとしてテントの隅に横たわっているシャイクスに目をやって、ユノーが不意に言い出した。右手にしっかり持った銃を突きつけているアンジーと、突きつけられているディンゴは、等しく驚きに目を見張った。


「へェ、お前がそんなお優しいこと言い出すとはな。さんざん治したくねえってゴネてたじゃんかよ」


「治したくない、なんて一度も言ってないでしょうよ。頼み方ってものがあるでしょ、と言ってるだけで」


 ディンゴの軽口に、ユノーは冷たいひと睨みで応じた。


「くだらないこと言ってるヒマがあったら、水でも汲んできたらどう? どうせ大したことは出来ないでしょ。魔導泉だったらそこの隅に転がってるし……構わないわよね?」


 ユノーはアンジーの方へ顔を向け、半ば命令のような口調で確認した。アンジーは反射的に銃を上げかけ、少し迷ったのち、しずしずと下ろす。


「そりゃ、治してくれるッてんなら断る理由はねえよ。けど、ホントに治せるのか?」


「そりゃ、大したことは出来ないわよ。ここじゃ道具も限られてるし」


 ユノーは肩をすくめると、マントの奥から道具袋を取り出した。応急治療のキットだ。


「ちょっとした薬程度だったら、肌身離さず持ち歩いてるのよ。専門外の事態にも対応できるように。さて、今回だったら、この辺りが適当かしらね」


 ユノーは袋の中から小さな紙包みを取り出した。白い紙を折りたたんで四角い包みにしてある。内容物を飛散させないように注意深く開くと、中からは一掴みほどの黒い粉が現れた。


「ディンゴ、水はどうしたの? 薬を飲むには水が要るでしょうに」


 薬包みを捧げ持ったまま、ユノーが苛々とした声を飛ばす。テントの奥でディンゴは、壊れかけた魔導泉と格闘していた。


「ちょっと待てって! こいつ、反応悪いんだよ……くそッ、どうせこれも盗品なんだろ!」


 魔導泉は、『うちびと』由来の魔道具のひとつだ。自然の中に存在する魔力を抽出し、空気中から水を湧き出させる。生み出せる量には限度があるものの、飲料水を豊富に生み出せる持ち運び可能な魔道具は、冒険者の生活を飛躍的に向上させた。……とはいえ、今のディンゴはその恩恵を十分に享受しているとはいいがたい様子であるが。

 魔導泉を呪ったりあやしたりしているディンゴをユノーが呆れ顔で眺めていると、アンジーが拳銃を手に近づいてきた。


「それ……なんか、飲ませても大丈夫なのかよ? 炭みてえに真っ黒だけど……」


 薬包みを覗き込み心配そうな顔をするアンジーに、ユノーはけろりとした調子で応える。


「あら、それはそうよ。炭だもの」


「はァ!?」


「チャコール……活性炭ってやつだな」


 ようやく魔導泉から水をひねり出し、汲み取って来たディンゴが、水をいっぱいに詰めた水筒を下ろしながら口を挟む。


「ま、炭の粉末だよな、平たく言っちまえば。毒物を吸着する効果があるから、手っ取り早く効く毒消しとして使われるんだ」


「あら、よくお勉強してるんじゃない。マルあげるわよ」


 水筒を受け取って、ユノーはからかうように笑った。対照的にディンゴはぶすっとした顔になる。


「ほんッと、いちいち腹立つな、お前の物言いって」


「痛いところを突かれてるって、自覚があるからでしょ」


 気にも留めずに言い返すと、ユノーはシャイクスに歩み寄り、その白髪頭を持ち上げた。涎の漏れる唇を機械的に開くと、薬包みをすっと持ち上げ、次の瞬間には一気に流し込んでいた。

 シャイクスとしてはたまったものではない。途端に喉の奥でぐえッという声を上げ、両腕を振り回す。が、ユノーは落ち着き払って老人の鼻をつまむと、水筒尾口を唇の間につけて水を注ぎこんだ。


「ぐッ……うぐッ……ぐへッ!」


 喉を2,3度鳴らして、強引に注ぎ込まれる水を何とかかんとか飲み下した後、とうとう耐えきれなくなってシャイクスは激しく咳き込んだ。体をふたつに折ってむせるシャイクスを、ユノーは特に興味もなさそうに眺めている。見かねてディンゴが駆け寄った。


「まったく、お前ってやつはどうしてそうガサツなんだよ! 流石に可哀想とは思わねえのか!?」


 老人の背中をさすってやりながらディンゴが叫ぶ。ユノーは悪びれる風もなく肩をすくめた。


「あたしたちが銃を突き付けられたり、魔導杖を突きつけられたりした時には、誰も可哀想がってなんかくれなかったようだけど」


「ああもう、またそういうガキみてえなことを……いや、まあ、ガキではあるか」


 ぶつくさ言いながらシャイクスの体を拭いてやっているディンゴと、しらばっくれるように横を向いているユノーを、アンジーはじっと見比べていた。と、世間話のような口調でぽつりと呟く。


「そう言えば、ちょっと気になってたんだけど……あんたたちってさ、どっちが先に生まれたわけ?」


「はァ?」


 きょとんとするディンゴに、アンジーはかえって意外そうに目をぱちくりさせた。


「いや、だから、あんたが兄貴でいいのか、それともそっちの小さいのが実は姉貴なのかって……」


「兄貴!?」


「姉……!?」


 あんぐりと口を開けた2人に、アンジーはいよいよ混乱した様子で額を掻いた。


「えッ、えッ……待って、違うのか? あたしはてっきり、あんたたちもウチと同じような兄妹なんだとばかり……」


「ふざけンな!」


「誰がッ!」


 競い合うかのように叫んだ2人をもう一度とっくりと見比べ、フーンと喉の奥で唸ってから、アンジーは首を傾げつつ呟く。


「……いやァ、そういうとこもやっぱ、兄妹っぽいよ、あんたら」


 その言葉に、2人はさらにムキになって反論しようとした――その時だった。

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