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ダンジョン・ドクター・デリヴァリー ~紅蓮獅子団のカルテ~  作者: 曲瀬 湧泥
Karte:04 バッキー・ファミリーに乾杯を
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第61話 黄金の毒杯

「勝手なことばかり言いやがって……お前らの自業自得じゃねえか!」


 ディンゴが耐えかねた様子で大声を上げる。と、隣に座るユノーが間髪入れずに肘打ちをくれる。


「うるさいわね……こんな狭いとこなんだから、もうちょっと静かに出来ないの?」


 冷や水をかけるような言葉をぶつけられて、ディンゴは唸りながらも黙るしかなかった。確かに、この状況で責任を誰かに押し付けてもどうにもならない。


「ま、そう慌てなさんな、ディンゴ。確かに状況は頂けねえが、完全にどん詰まりってワケでもねえ」


 身体の下敷きにしていたシャイクスを助け起こしつつ、キャラバがのんびりと口を挟んだ。シャイクスはぜいぜいと咳き込んだ後、未だぼやけた瞳で辺りを見回し――息子バーティの顔を見つけると、途端にぶるッと背筋を震わせて、テントの一番奥へ引っ込んで貝のように身を縮こまらせてしまった。

 キャラバはその様子を横目で見て肩をすくめると、一同の方へ顔を向ける。期せずして、シャイクス以外の6人はちょうど車座になって狭いテントの中に座っていた。


「見かけはおっかねえが、本来はそんなにビビり上がるような相手じゃねえんだ、グロブスターってやつは。

 動きはノロいし、攻撃手段だって大したことはねえ。消化液を出して肉を溶かすんだが、何も水鉄砲みたいに勢いよく出すわけじゃねえ。体から滲み出させるのが関の山なうえに、作用も遅い。元は死肉を食らうためのもんだからな。たちどころに肉をスープに変えちまうってんじゃなく、じわじわ溶かしてく感じだ。

 とはいえ、大きさがあれくらいになるとちょっと厄介になる――動いてる獣でも、割と平気で襲うようになるんだ。狩りの仕方は単純で、相手の体に覆いかぶさるだけ。粘りつく水の塊に取り込まれた生き物は、肉の海の中で溺れ死んじまう。そうして獲物を死骸に変えてから、ゆっくり消化するって寸法だ」


「学術的な講義も非常に興味深いんだがな、先生」


 葉巻のない口元を所在なげに掻きつつ、バーティが苦り切った顔で口を挟んだ。


「今はこの状況をどう切り抜けるかの方が重要だろう。マズいことになりやがった……あいつの体に俺の魔術は、相性が悪いんだ」


「そこはそれ、お前さんも対処法は分かってるんだろう?」


 キャラバは何てことないとでも言いたげに肩をすくめて見せた。


「さっきのでも分かる通り、グロブスターは炎に――高熱に弱い。大きなかがり火でも焚いてやりゃ、近寄っちゃ来ねえんだ」


「水の塊なのに、炎に弱いのかよ?」


 不思議そうな顔をするディンゴに、ユノーが横合いから説明してやる。


「熱が加わると、体液の成分が変質して流動性を失うのよ。ゆで卵のことを考えたらいいわ。固体になって水の魔術が効かなくなったら、その部分は死んだも同じよ」


「道理で、火から逃げ回ってたわけだ」


 ディンゴが感心して頷く。その後ろでコヴも、真似するように感嘆の表情を浮かべていた。


「熱……炎……そうか! だったら、おあつらえ向きじゃねえか」


 ちょっと考えた後に、ディンゴは手のひらをぽんと打ち合わせてキャラバの方を見やった。


「おっさんの『噴火』魔術なら、一発であのブヨブヨを茹で上げられンだろ?」


「そう、撃たしてもらえれば、な」


 ディンゴとは裏腹に、キャラバの表情は暗かった。ゆっくりと身体ごと振り向き、横合いで未練がましく葉巻を指で弄んでいるバーティを見据える。


「そういうことだぜ、聞いてたよな、バーティの旦那? 俺の魔術は炎だ。魔導杖を返してくれさえすれば、この状況はキレイに片づけてみせる」


「……さて、どうかね」


 バーティは帽子の陰から、暗く淀んだ視線を返してよこした。


「お前さんに杖を返すとなると、状況がえらく変わってくる。俺はお前さんらから武器を取り上げ、抵抗できなくして言うことを聞かせようとした。お前さんらは、他にどうしようもないから今まで俺たちに従ってきた。

 だが、周りをグロブスターに取り囲まれた状況で、お前に杖が戻ったら――この場で一番強えのはお前ってことになる。腕っぷしだけの話じゃなく、唯一この状況を打開できる武器を持ってるって点でもな。

 例えば、お前がその杖でグロブスターの中に道を切り開いた後自分らだけトンズラして、俺たちは病人と一緒にゼリーの海へ取り残される……そういうことが無いと、どうして言い切れる?」


「こンの野郎、まだそんなこと言ってやがンのか!」


 怒りと呆れが半々に混ざり合ったような顔でキャラバは叫び、ぐっと身を乗り出した。近くにあった酒瓶が倒れ、敷きっぱなしの布団の上に中身がこぼれる。


「いい加減にしやがれ……俺たちゃ紅蓮獅子団、冒険する医師団だ! 治せる患者を置いて、どこへも行きゃしねえよ!」


「状況次第で、ヒトの考えってのァ変わるからな。人を信じないと言ってるンじゃない。人間はそうそう裏切らねえ……人を裏切らせるのは、状況だ」


 火のついていない葉巻の端を噛みながら、バーティはキャラバを見返した。一回りほども大きな体躯を前にして、一歩も退く様子はない。手にした魔導杖の鎖が、かすかに鳴った。


「兄貴ィ……もう、止そう」


 小声で口を挟んだのは、アンジーだった。拳銃を握った腕はだらりと垂れ、瞳には涙すら滲んでいる。すっかり心折れたといった顔つきだ。流石のバーティも毒気を抜かれ、眉をひそめて口をつぐんだ。


「このままここで議論してたってラチが開かねえし、こうしてる間にも親父の病気が……早く、治してもらわなきゃあ」


「お前は口を挟むなよ、アンジー。まだお前にゃ分からねえさ、駆け引きってのは……」


 いつものように黙らせにかかるバーティの言葉を聞き、アンジーはがばりと顔を上げた。涙に潤んだ瞳が、ぎらぎらと奇妙な輝きを帯びている。


「やっぱり……兄貴は、親父が死んでもいいと思ってるんじゃねえのか!? 親父が、兄貴に内緒で宝を隠してるから!」


「宝ァ? おいおい、お前、何を言って……」


 バーティが首を傾げるより早く、テントの奥でぎゅッと潰れたような声が上がった。シャイクスががたがた震えながら、一同の方を怯えた目で睨みつけている。


「し、知らねえ……俺はなんにも隠しちゃいねえ! 知らねえぞ!」


「ああ? 親父、何のことだよ……こりゃ一体何の騒ぎなんだ?」


 わけも分からず、誰の顔にも答えが書いていないことを確認するかのように周囲を見回すと、バーティは途方に暮れて両腕を上げた。と、キャラバが深く息をつきながら、おもむろに立ち上がった。頭のてっぺんがほとんどテントの天井に擦りそうだ。巨大な体躯を前にして震え上がるシャイクスに向かい、キャラバはずかずかと歩み寄っていった。


「多分何もかも説明できると思うぜ、今。親父さんの病気の原因も含めてな」


「おい! 親父をどうするつもりだ!?」


 バーティが叫び、思わず右手の魔導杖を掲げる。が、彼が立ち上がるより先にキャラバの腕は伸びていた。すくみ上がったシャイクスの肩を掴んで床へ仰向けに引き倒し、上着の裾をぐいと引き上げる。たるんだ身体が露わになると同時に、床の上へ何か硬い物が転がり出し、金属音を立てる。


「これは……!」


「……畜生ッ!」


 一同が息を呑むのと同時に、シャイクスは落ちた『何か』へ飛びかかって体で覆いかぶさろうとした。が、その前にキャラバの脚が飛び出し、飛び込んできたシャイクスの体を容易く蹴転がす。


「ほれ、こいつがシャイクス爺さんの『遺産』だ。これだけってことはないだろうが、こいつが一番の元凶だろうからな」


 キャラバは言いながら『何か』を拾い上げ、一同の輪の中にそれを投げ入れた。ガラガラと音を立てて転がったのは、大人の顔ほどもある青銅製のさかずきだった。表面には精緻な彫刻が施してあり、さらに黄金が注ぎ込まれて象嵌細工が施されていた。


「こりゃ、大したもんだ……古代の美術品かな? 外で捌いたら相当の額になるんじゃねえか?」


 すっかり感服して顎を捻っているディンゴを、ユノーは一度軽蔑的に見た後、キャラバの方に向かって顔を上げた。


「シャイクスはこれを隠してたから、テントに誰も入れたがらなかったのね……ひと月前の仕事で持って帰ったのかしら?」


「多分、そうだろうな。家族にも黙って隠し財産を作ろうとしてたんだろうさ」


 事もなげに頷くキャラバに、再び拳銃を握りなおしたアンジーが食って掛かる。


「で、でも……! これが親父の病気の原因だって、どういうことだよ!? 親父は何の病気なんだ?」


 アンジーの質問を受け、キャラバはひと呼吸置いて周囲を見回した。全員が――蹴り飛ばされて呻いているシャイクスと,、呆然として杯を見つめているバーティを除いて全員が、答えを待ってキャラバの顔を見上げている。キャラバはひとつ頷いてから、語りだした。


「大体の見当はついていたんだ……吐き気と頭痛、錯乱、それから唾液の過剰分泌。戻ってきてから急に症状が現れたってことも鑑みて、なんかの中毒だろうと見当はついていた。

 あとは、何の中毒かだけが問題だったが……宝を隠してるかもって話でピンと来たんだ。こういう古狸が宝を隠すとなったら、肌身離さず持ってるに決まってる」


「ってえと、その杯を服の下に……肌にくっつけて持ってたことが、爺さんの病気の原因だと?」


 口を挟んだディンゴに、キャラバは深く頷くと、金の象嵌模様を指でなぞった。


「この細かい細工を見てみろ……こりゃあ、金アマルガムで作られたもんだ。

 金ってえのはほとんどの薬品に溶けねえが、唯一水銀には溶ける。その性質を利用して、水銀の中に金を溶かし込んで液状の合金――アマルガムを作る。それを、あらかじめ彫っておいた溝に流し込んで固め、熱を加えてやると、沸点の低い水銀だけが蒸発して溝の中には金だけが残る。この金模様は、そうして作られたんだ。

 だが、こうも複雑な紋様となると、水銀は完全に蒸発しきらねえ。ところどころに残ったり、或いは蒸発したのが模様の隙間に閉じ込められて結露して溜まったりする」


「つまり、爺さんの病気は……水銀中毒ってことか?」


 ディンゴが声を上げる。キャラバはゆっくりと頷き、ようやく呼吸を落ち着けて静かにうずくまっているシャイクス老を哀れむような目で見やった。


「爺さんは、この杯を肌身離さず持ち続けていた……水銀ってのは、皮膚からも浸透して体を蝕む。しかしこの衰弱のしようは、それだけじゃねえな。純粋な水銀、しかも微量が皮膚についただけなら、ここまで急激に弱ったりはしねえ。

 多分このバカは、毎晩この杯で酒を呑んでたんだろうぜ。息子らにも内緒で隠した財宝を肴に酒を呑む――因業じじいのやりそうなこった。酒の成分が残留した水銀を溶かしこんで変質し、身体を痛めつけていくのも知らねえでな」


「……どうしてだ、親父!」


 時ならぬ叫び越えに、誰もがびくりと身を震わせた。叫んだのはバーティだった。その肩は震え、帽子の下からのぞく瞳は今まで見たこともないような色を帯びている。怒りと、驚きと――ほんのわずかの哀しみだ。


「こりゃあ、裏切りだぜ、親父。俺たちバッキー一家は、今までひとつになってやって来たんじゃねえか。そりゃあまっとうな仕事じゃねえことは分かってるがよ、それでも何でも分け合って、いつも協力して、何とかここまでつつがなくやって来られたんだ。

 それを……どうして宝を隠すようなマネをした!?」


 裏返りかけるほどに声を振り絞り、バーティは父親に詰め寄った。アンジーもコヴも、目を丸くして兄の形相を見守った。こんなに取り乱す兄の姿は初めて見たのだろう。バーティ自身も、自分がそこまで動揺していることに驚いているようだった。握り拳を作った左手が小刻みに震えていた。


「な、何も悪気があったわけじゃあねえんだよ、バーティ」


 悪さを見とがめられた子供のように、哀れっぽい声でシャイクスは言った。未だ膝を曲げてうずくまった姿勢のため、まるで自分の息子に向かいひれ伏しているかのように見える。


「俺ぁ、ただ、怖かったンだよォ……お前が。いや、お前に見捨てられるのが、か。

 お前は賢いガキだ、バーティ。頭が回るし、家族の中じゃあ唯一魔術の才能もある。腕っぷしも強い。俺の息子とは思えねえくらいだ。多分、お前のお袋の血が強えんだろう。

 お前はいつか、俺なんかゴミに見えるくらいに偉くなれる器なんだ。出来が違うんだ、俺やお前の弟たちとはよォ。いつか俺が老いぼれて何の役にも立たなくなったら、お前はきっと俺を捨てるだろう……お前が育ってくうちに、そういう考えが俺の頭の奥に取りついちまった。お前に魔術が使えると分かった時、お前が初めて人を殺した時、お前が腕を上げてくにつれて、そういう考えがどんどん強く根を張ってったんだ」


「それでこうして、俺に知られねえように宝を溜めてたってわけか……俺に裏切られても、生きていけるように!」


 吐き捨てるように叫ぶと、バーティは魔導杖をやけっぱちのように振った。巻き起こった風の刃が薄い布団を切り裂く――と、その中から金銀のこまごまとした宝飾品がこぼれ出し、飛び散って、一同の頭の上に降りかかった。


「……で、アンジーは、俺がそれを知って親父から財産を取り上げようと狙ってると思い込んでた。そういうわけだな」


 バーティは問いかけというより、独り言のような調子で呟いた。きらきらと輝く雨に打たれながら、誰も何も言わなかった。黄金の照り返しを顔に受けて、バーティは歯を食いしばり帽子のひさしを下げた。


「……どいつもこいつも、みんな俺を買いかぶりすぎなんだ。俺はそんなに賢くも、強くも、無慈悲にもなれやしねえってのによォ」

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