第57話 シャイクスの『遺産』
「助けに来た医者を患者が撃ってくるなんて話、聞いたことねェよ。これじゃ、近づいて診察することも出来やしねえ。どういうことなんだ?」
傍らに立っていたディンゴが腕を組み口を挟む。バーティはその言葉で思い出したように顔を上げ、言葉をかけて来たディンゴの方ではなく、その後ろで拳銃を構えているアンジーに声をかけた。
「そうだ、アンジー……親父に銃を渡したのか?」
静かだが、有無を言わせぬ迫力を秘めた声だった。アンジーは目に見えてうろたえ、小動物のようにきょろきょろと周りを見回しながら答える。
「あっ、ええと……いつ追っ手がかかるかも分からねえし、不安だって言うからよ……。でも、弾丸は渡してねえよ? 弾倉が空っぽの拳銃でも、お守りにはなるからって言ってさ」
早口に釈明するアンジーに、バーティは深いため息をつくと、背後でぼんやりと成り行きを眺めているコヴの方へくるりと向き直った。
「コヴ、てめえ、この間自警団から奪った弾薬の包みがあったろ! あれをどうした? ちゃんと、親父に見つからねえところに隠したんだろうな!?」
「俺は……その、分からねえよ。どっかその辺りに食い物なんかとまとめて置いてあると思うけど。そんな大事なもんと思ってなかったし、いざって時に見つからなくなったらコトだと思ったから」
途方に暮れたような顔で頭を掻くコヴを目の当たりにして、バーティはがっくりと肩を落とし、帽子がふっ飛びそうな勢いで首を横に振った。
「ええい……お前ら、揃いも揃って、なんで俺の言った通りにしねえ!?」
思わず上げた大声に、アンジーとコヴは背筋をびくりと震わせてすっかり縮こまってしまった。視線を左右に泳がせながらアンジーが弁解する。
「あ、あたしは……だって、コヴの馬鹿が弾丸を放り出したままにしてるなんて、知らなかったから!」
「なっ、俺のせいだって言うのかよ、アンジー!」
コヴはたちまち顔色を変え、肩をそびやかしてアンジーに詰め寄る。
「銃を渡したのはてめェだろ!?」
「親父の言いつけだし、仕方なかったんだよッ! それだって、お前が兄貴の指示をちゃんと守ってりゃ……」
「なんだァ、兄貴兄貴って……俺だっておめェにとっちゃ兄貴だろうが!」
「けッ、お前なんか。頭空っぽの風船人形だよ! あたしが兄貴と呼ぶのは、バーティの兄貴一人だけさ」
「止さねえか、アンジー、コヴも」
黒帽子に手をやり、諦めたような顔でバーティは首を振る。
「もういい。大声出して済まなかったな。ちゃんと親父のことを見てなかった俺が悪いんだ。今はそれより、何とかして親父を医者に診せる方法を考え出さねえとな」
「そういうこたァ、俺らが来る前に考えといてほしいもんだな」
渋い顔でキャラバが呟く。息はようやく落ち着いたものの、額にはまだ汗がにじんでいた。
「医者と殺し屋との区別くらい、つけられそうなもんだぜ。まったくよォ」
「……いやまあ、8割くらいは向こうの言い分が正しいんじゃねえかな。こんなガタイした医者はいねえよ、フツー」
ディンゴが冷静に突っ込む。バーティはキャラバの体躯を改めてつくづくと眺めまわし、魔導杖の柄で首筋を掻いた。
「うん、まあ、そりゃそうかもしれねえな。こいつは俺の考えが足りなかった」
「どいつもこいつも、ヒトの心を傷つけることを平気で言いやがる」
キャラバは鼻白んだ顔で肩をすくめ、テントから大股で2,3歩離れた。威嚇するように脇に立つコヴをうるさげに押しのけながら、バーティの方を向く。
「ずっと、あんな具合なのか? いつからだ?」
「もう、ひと月になるかね」
バーティは憂鬱そうに言い、記憶を呼び起こそうとするかのように宙を睨んだ。
「ひと月ほど前に、デカい仕事をやった。遺跡の出口で待ち伏せてな。冒険を終えて戻ってくるパーティを襲ってやったのよ。鳥力車を2台も連れた大規模な冒険団だった。よく太った、デカい獲物ってとこだ。
しかし、ちっとばかしデカすぎたのは否めねえな。1台目の鳥力車は奪えたんだが、仕留め損ねた連中が徒党を組んで2台目の陰に隠れちまってよ。即席の砦みたいにして、その後ろから魔術やら物理弾やらをつるべ撃ちに撃ちかけてきやがった。そうなったら不意打ちの強みもなにもあったもんじゃねえ。数でこっちの不利だ。仕方ねえから、持てるだけの得物を持ってトンズラこいたのさ」
バーティは顎をしゃくり、辺りに転がっている宝物をキャラバたちに示した。
「で、この隠れ家に戻って来たわけだが……パーティを皆殺しに出来なかったのはマズかった。生き残りどもが、ギルド協同組合にタレ込みやがったんだ。幸い俺たちがお尋ね者のバッキー一家だってことまではバレなかったようだが、それでも捜索隊が何度か出されてな。危うく鉢合わせしそうになって冷や汗をかいたことも、2度や3度じゃねえ。
それで、仕方ねえからほとぼりが冷めるまでこの穴の中に籠もったきりでいようってことになったんだけどよ。その頃から、親父の具合がおかしくなりだした。
穴倉に引っ籠って数日、どうも頭が痛むしめまいがするってンで、親父はテントの中で伏せることが多くなった。そん時ゃまだ、悪酔いでもしてるんだろうと思ってたんだがな。カンヅメでやることもねえんで、酒ばっかり呑んでたからよ。
だが、いつまで経っても親父の『病気』は治らねえ、どころかひどくなる一方だった……こっから先はアンジーの方が詳しいな。実際に親父の世話をしてたのはあいつだから。
アンジー、先生がたに話してやれ。親父が倒れた後のことをな」
バーティに命じられ、アンジーはしばしキャラバたちの顔を胡散臭げに睨んでいたが、やがてぽつりぽつりと言葉を選びながら語りだした。
「いつまで経っても、親父が寝床から起きてこなくってさ。どうせ酔っぱらって寝こけてるんだろうと思って起こしに行ったら眠ってなくて、真っ赤な顔で涎垂らしながら唸ってて。頭痛と吐き気で、起き上がることもできないってんだよ。
そいで、その日からずっとそんな具合さ。たまにちょっと調子のいい日は起き上がって食い物なんかを取りに来るけど、そういう時だって足取りは怪しいし。なのに、寝床の掃除とかのためにテントへ入ろうとすると、さっきみたいにメチャクチャに怒ってさあ」
アンジーは処置無しといった顔で肩をすくめた。バーティは確認を取るかのように軽く頷く。
「起きられなくなってから、身の回りの面倒はアンジーが診てるんだ。あいつにだけは親父もある程度気を許してる。具合のいい時ゃテントの中を掃除させてやることもあるくらいだ」
バーティは言い、肩をすくめて見せた。
「女だから、ってことなのかね。正直なとこ、今の親父じゃアンジーにも腕っぷしじゃ敵うまいが……年寄ってえのァそういう所にこだわるからな」
キャラバは低く唸り、角ばった顎に手を当てる。
「逃げる時、弾を食らったか何かしたんじゃねえのか?」
「いやァ、それはねえ。帰ってきた当座はピンピンしてたんだ。おかしくなりだしたのは、ここへ隠れて2,3日してからだ」
キャラバはまたも唸った。荒事があったとなれば、外傷からくる化膿症などを考えるのが一番手っ取り早い。その一番の手がかりが空振りとなると、考えうる病気を片っ端から当たってみなければならない。
「ここじゃ、薬も道具も資料も足らねえな……例え、あの因業爺いを引っ張り出して診察出来たとしてもだ。
外へ連れてって普通の医者に診せようとは思わなかったのか、バーティ?」
「冗談抜かすなよ、先生」
バーティは厳しく眉を寄せ、葉巻の端を噛む。
「さっきの話は聞いてたろう? ギルドの自警団がうろついてて、ちょいとマズいことになってんだよ。病人を連れ出せる状況じゃねえやな。それで知恵を絞ったあげく、いつだったか追いはぎをやった時に見つけたあんたらのピックを思い出したわけよ。ダメでもともとと思ってたが、こうしてお出でいただけて感激の至りってなモンだな」
「ちぇッ、胸が悪くなってくるぜ。人殺しがのうのうとしやがって」
嫌悪感をあらわにするディンゴに対し、キャラバは何か考え込むような顔つきで顎を捻っていたが、やがて何気ない調子で口を開いた。
「……シャイクス爺さん、『遺産』がどうとか言ってたな。アレはどういうことだ?」
キャラバの言葉に、バーティの瞳が初めてためらいの色を見せた。ほんの一瞬だったが、確かに帽子の下の瞳が揺れ動いたのだ。
「いや……知らねえな。うわ言みてえなもんだろう」
帽子のひさしを下ろしながら、バーティは答えた。キャラバはわずかに目を細めたが、何も言わなかった。後ろで話を聞いているコヴとアンジーが、妙にそわそわしだしたのに気づいたからだ。何かある――ここは相手に喋らせた方がよさそうだ。
「俺たちゃ所詮、明日をも知れねえ根無し草よ。遺産なんて呼べるほどの蓄えなんざ持ってねえし、持ってたこともねえ。そりゃ、宝を奪うことはあるがよ」
バーティは魔導杖を軽く振り、周囲に転がった略奪品を示してみせた。
「これだって家族の共有財産だ。家族と言えど常に山分け、それがバッキー・ファミリーの掟よ。親父だけが持ってるもんなんざ……そう、ただ、あのテントだけは別だな。あれで寝るのは、いつだって親父の特権だ。それくらいだぜ」
「するってぇと、シャイクスのわめき散らしてたことはどうなる?」
キャラバがもう一押しすると、バーティは鋭く舌打ちし、茶色い唾を横に吐いた。
「病気のせいだよ。体が弱ってくると、何もかも疑わしく見えるのさ。実の息子さえもな。でなきゃあんな具合に銃を振り回したりゃしねえ。明らかに、頭にまで病気が回っちまってるのさ」
キャラバは相手の声を聴きながら片眉を心もち上げた。バーティの言葉は、キャラバたちというよりもむしろ後ろの弟妹に言い聞かせるような調子だった。
まだ、何かある。言葉以上の何かが――しかし、その何かを今どのように活かすべきかは、流石のキャラバにも分からなかった。




