第50話 噛まれた片腕
ディンゴは頷くと、今度は注意深く出力を抑えた『メス』を穴の底へ下ろし、切断を始めた。杖の先端からほとばしる光の熱が、導線の魔導合金を溶かしていく。
「さっきは油断したが、最初っからそのつもりでやりゃこのくらいはワケねえんだ。血管の吻合なんかよりゃ、よっぽどラクな仕事だぜ。
そら、切り離せた。あとはこいつを結びなおすだけだ」
ディンゴが第一の導線を切断したその瞬間、どこか壁の奥の方でずしんと音がした。何か重いものが落ちたような音だ。と同時に、壁の動きが完全に止まった。
「どうやら、手術は成功のようだね。何とか命は拾えたってわけだ」
アラムは奥の壁にもたれ、額の汗を拭いながら呟いた。ディンゴも笑顔になりかけるが、まだ仕事が残っていたことを思い出してふと顔を引き締める。
「そうだ、今度は繋ぎ換えだったな。また動きだしゃしねえだろうな?」
半信半疑のまま、ディンゴは魔力を消した杖の先で導線を並べ直し、線を交差させる形で切れ端を揃えた。が、それを熱し繋ぎ合わせようというところで、はたと手を止める。
「……待った。これ、届かねえぞ。溶断したせいで端が短くなってるし、そもそも導線同士が離れてるから、長さが足りねえ」
「ああ、分かってる。ちょっと待っててくれ」
ペペルは左腕だけで苦心しながら懐を探り、ようやくのことで一本の魔導杖を取り出した。杖と言っても手のひらに握り込めるほどの大きさで、太さも小指ほどしかない。普通のものに比べてもだいぶ小さなタイプだ。
「利き手じゃねえからどれだけやれるか分からねえが……先生、何かこれっくらいの、小さな金属製品持ってねえか?」
ペペルは薬指と小指の間に杖を挟み、残った指先で豆粒ほどのものをつまむような手ぶりをして見せた。ディンゴは目をぱちくりさせながらも、マントの内側を探る。
「そうだな、手術用の針なんかでよかったらあるけど」
「ああ、それっくらいが適当だ。2本ほど分けてくんな」
ペペルは頷いて手のひらに手術針を取ると、ミニサイズの魔導杖を近づけた。チカチカとまたたく魔力の光が弓型の針に触れ、光のヴェールが広がってゆく――と、銀色の針の輪郭がゆらゆらと溶けはじめた。
ディンゴが驚いて見守る前で、ペペルは息を詰め魔導杖をゆっくりと持ち上げる。2本の針は杖の先端にひっついてぶら下がったまま、豆のツルか何かのようにうねうねと柔らかく蠢いた。
「俺の魔術……鍵師の魔術だ」
魔力の集中に息を乱しつつ、ペペルは声を絞り出した。口の中の傷口が開いたのか、唇の端からは一筋の血が流れだしている。
「大地の魔力で金属の形を変えて、合鍵を作る。時には即興の魔力回路を作って錠前に干渉し、こじ開けることもある。こっちの腕じゃそこまでデリケートなことァ出来ねえだろうが……」
苦しい息をつきながらペペルは魔導杖を降ろし、切れた配線のもとへと近づけていった。線の切れ端に近づくと、針の変化したツルが動きを速め、細く伸びて線を絡め取るように巻き付いてゆく。見る間に、4本の導線は銀色のブリッジを経て互い違いに結び直された。
「これで、用は足りるはずだ。魔導合金じゃねえから伝導率は落ちるだろうが、魔力が通らねえことはねェ」
そこまで言うとペペルはぐったりと首を垂れ、左腕を穴の中に落としたままその場に突っ伏した。ディンゴが慌てて助け起こしにかかったその時、導線を伝って魔力がひときわ強い輝きを放った。
「あッ……!」
壁を見上げていたアラムも思わず声を上げる。またも壁の奥の方で何やら音が響いたかと思うと、かすかに土をこする音を立てながら壁が再び動き始めた。ただし今度は、逆方向に向かってだ。
「お、おおお……っ!」
ペペルの体を助け起こしながら、ディンゴもまた目を見張る。一人ペペルだけが、仰向けられた顔にほっとしたような笑みを浮かべていた。
「魔力の流れを逆にしてやったんだ。壁を進めるのに使われてた魔力が、壁を戻す方の機械へ注がれるようになったんだ。
考えてみりゃ、俺たちが入った時罠は作動前の状態に戻っていた。犠牲者がそこにいるってことは、この仕掛けは一度既に作動してるハズなのに、だ。つまり、いったん作動してからまた元の位置に戻る機構がチャンとあるってことなんだ。
今しがた、もう一本も繋ぎ直した。多分それで、壁は上へ戻ってくだろう。さっき誤作動したのは、壁を上げるための機械だったんだ。それで壁が天井にぶつかって、あんな揺れ方をしたんだろう」
「……期待以上だよ。以外とやるじゃないか、ケチな盗っ人にしちゃあね」
アラムは唇を捻じ曲げるようにしてニヤリと笑った。ディンゴは埃を払って立ち上がりながらその表情を見、ふと思いついてアラムに近寄った。ペペルに声が届かぬよう手をかざし、耳打ちするようにして囁く。
「なあ、今思ったんだが、わざわざ仕掛けを逆に動かさなくたって、全部の導線を切っちまえば魔力の供給は断たれてたわけだよな。どうせキャラバのおっさんも来ることになってんだし、壁が止まりさえすれば別に慌てる必要はないわけだ。
ひょっとしてあんた、これをペペルにやらせたかったのか? 自分の手で何か成し遂げさせるために……」
「子供が、妙な気ばっかり回すンじゃないよ」
アラムは笑みを崩さず、梃子になったままの右腕でディンゴの脇腹を軽くつついた。
「私はカウンセラーじゃないし、そんなに気を使ってやる義理もない……さ、あいつの言った通り壁は戻ってくらしい。早いとこここから出よう。長居をしたくなる空間じゃないしねえ、特にキミたちと一緒には」
「……どういう意味だよ、そら」
不満げな顔をするディンゴに、アラムはもう一度脇腹をこつんとやってから、手袋へ腕を収めて歩き出した。穴の横に倒れたままのペペルを担ぎ上げ、部屋から抜け出すために。
* * *
アラムとディンゴは、ペペルの体を担ぎ上げて壁に開いた穴をくぐり、遺跡のメイン通路へと戻った。手術直後の体で魔力を使ったためか、ペペルは倒れたまま意識を失い眠り込んでいた。揺すぶっても起きる様子はなかったが呼吸は落ち着き、寝顔も穏やかだった。容態はひとまず安定しているようだ。
「これからどうなるかは分からねえが、ひとまず手術は成功か。あんな場所でやったにしちゃ上出来だ」
ディンゴが呟くと、アラムは咎めだてるように片目をすがめた。
「何を自画自賛しちゃって。元はと言えば、考えもなしにあんなところへ跳び込むのが悪いんじゃないか。言っとくが、この始末は帰ってから必ずつけるって言ったこと、忘れてないからね」
「あァ……忘れてくれてりゃよかったのによ」
思わず呟いたディンゴの頭を右手で小突きつつ、アラムはペペルの体を通路の床に横たえた。と、そこへ歩み寄ってくる大きな影がひとつ。
「おお、ガラダ……!」
アラムは手を伸ばし、近寄ってきたブレードホーンの首を撫でてやる。壁の向こう側に置き去りとなったガラダは、モルフォコウモリを追い散らした後もじっとその場を離れずに飼い主を待っていたのだ。
「すまないね、急にいなくなっちまって。悪いがもうひと働きしてもらわなくちゃならないんだ。頼むよ」
応えるように低いいななきを漏らしたガラダの首筋をもう一度軽く叩くと、アラムはガラダの背から積み荷を降ろした。木枠にキャンバス地を張り巡らせて作った、折り畳み式の担架だ。地面に広げて裏面の金属板を展開すると、即席の橇になる。
アラムとディンゴは協力してペペルの体を橇に固定し、橇の曳き綱をガラダの鞍に繋いだ。ブレードホーンの力ならば、2人を背に乗せたうえで人1人の乗った橇を曳くくらいは訳もない。
「じゃあ、帰るとすっかね。コール・ピックを刺しちゃったから、途中でリオに出っくわすかもしれないな。どういう説明をしたらいいやら」
ぼやきながらアラムは手綱を握り、ガラダを歩き出させた。しばらくの間は橇が引きずられる音と、ガラダの蹄の音だけがあたりに響いていた。ディンゴは鞍の後ろに腰かけたまま、何か考え込んでいるような顔つきで黙っていた。
気まずい時が流れた。アラムは時々こっそりと後ろを振り返り、ディンゴの表情を窺いながらそわそわとしていたが、やがて耐えかねたように口を開いた。
「キミの考えてることは分かる。目の前に助けられる命があったら助けたいってのァ、医者の本能みたいなもんだ。ルールだとかしきたりだとかが何を言おうと、本能的に体を突き動かす『救いたい』って意志を押しとどめることは出来ない。
そしてまた、私の言い分も理解できる――と、キミが思ってるのも分かる。罪は罪、罰は罰だ。罰を与えず許す権利が自分にあるのか、と思い始めてるんだろうな、キミは」
「人の心を見透かしたようなコト言ってくれるよなあ」
ディンゴはむっつりと言い返し、軽く唇を噛んだ。
「……じゃあ、どうすればよかったッてんだよ?」
その問いにアラムは口をつぐみ、一旦前を向いて手綱を揺らした。ガラダの歩みがわずかに速まる。そのまましばし前方の道を見つめた後、不意に思いついた、とでもいうような調子でアラムは答えた。
「ま、最後の最後はリオに任せるさ。あいつが団長なんだ。
大竪穴の法は『殺せ』と言った。医者の原則は『生かせ』と言った。それじゃあ紅蓮獅子団という組織は何と言うのか? それを最後に決めるのはあいつだ。
あいつが言ったことに、私は従うよ」
ディンゴは目を細め、聞こえないほどの唸り声を喉の奥から漏らすと、巻き毛を額から払いのけ、聞き取りにくい小声でぼそぼそと言葉を吐き出した。
「ちょっと思い出したんだけどよ。
そういや前に言ってたよな、キャラバのおっさんに着いてくと、それだけで自分まで熱気に当てられて、何かやってるような気になるって。
違ってたら悪いんだけど……もしかしてあれ、あんた自身のことなんじゃねえのか?」
「……本当につくづく、気づかなくていい時気づかなくていいことに気づく子だ」
アラムは無理に軽い調子を装って肩をすくめ、首を振った。
「さあ、どうだかね、と答えておこうか。キミがそう見たんなら、多分それが正しいんだろうさ。
この際だから言っちまうが、私は何も最初っから医者だったわけじゃない。医者になりたかったってンでもない――ただ、医者くらいしかなるもんがなかったから、なっただけの話でね」
ディンゴは怪訝そうな顔で視線を上げ、アラムの虚ろな瞳を見た。その口が疑問を吐き出す前に、アラムは手綱を握った右腕を挙げて見せた。黒い手袋。その下にあるのは、生身の腕ではなく土くれの義手だ。
「腕がないってのァ厄介なもんだ。どうしたって体力は落ちるし、義手を作るのに力を持ってかれて魔力の保ちも悪い。一線級の冒険者でい続けることは出来なくなる。かと言って、今更初心者じみた低階層あさりに戻るのはプライドが許さない。
何とか冒険の最前線に残り続ける方法を探して、その手段ってのが、リオにくっついて医者やることだったってだけなのさ」
ディンゴがものも言わずに見守る前で、アラムは何かの熱に浮かされたかのように語り続けた。
「バカな冒険者見習いがいてね、昔……実力もないくせに鼻っ柱だけは強い小娘さ。世の中の人間がみんなウスノロに思えるって年頃。キミにも覚えがあるんじゃないかね。
で、そういう世の中をナメてる手合いってのは、誰にも止められないでいると、しまいにゃ世の中に噛みつかれる。そいつは噛みつかれた――右腕を、したたかに」
アラムは黒い手袋に包まれた右腕を自嘲するように振った。
「恥になることだから逐一説明してやる気はないけどね。私の腕を切ったのは、リオなんだ。冒険者と医者を兼業してたころの、ね」




