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第51話 選ばない選択

 ディンゴはいぶかるような顔でアラムの後ろ姿を見た。


「気になる言い方だよな。医者「くらい」ってのァよ」


 その眉間に深い皺が刻まれているのに気づき、アラムは弱々しい苦笑を浮かべた。


「外界にはキッチリした法があるんだろうがね、大竪穴じゃ医者の資格ったって決まった学校があるわけでもなし、実力のある医者の下について徒弟修業をすりゃ医者を名乗れるって具合なのさ。免状をもらうまでの教育も医者によってまちまち。

 ま、今は医療ギルドがでっかくなって方々へ目を光らしてるから、それなりにキチンとしてるんだけど。私が医者を始めたころはまだその辺が曖昧だったから、要するに私はドサクサ紛れで医者になったって寸法。そして私の「師匠」っていうのが、リオンナード・キャラバ大先生……そういう理由もあってのことなのさ、私があいつになら従うっていうのは」


「アラム、あんた……」


 ディンゴが何か尋ねようとした、その時だった。アラムはふと顔を上げ、前方に目をこらすような身振りをした。


「おや、あれは……」


「おォい! 何だよ、お前らの方から来てくれるたァなあ!」


 暗い通路によく徹る胴間声が響く。前方で仁王立ちし、こちらへ向かって両手を振り回している人影がひとつ。暗がりで顔こそ見えないが、その大きさと挙動は見間違いようもない。キャラバだ。


「噂をすれば、だ。御大将が自らお出迎えに来てくださったよ」


 笑いながら手綱を振るうアラムに、ディンゴはそれ以上言葉を続けることが出来なかった。ガラダの歩む音だけが、キャラバの大声にも負けずに鋭く響き渡っていた。



   *   *   *



 アラムとディンゴ、そして合流したキャラバの3人は、洞窟を抜けると紅蓮獅子団の事務所には帰らず、そのまま裏道を通ってマーレの診療所へと向かった。ペペルの容体は、今は落ち着いているとはいえ油断のならぬものだった。ちゃんとした検査と入院治療が必要だ。


 裏口から訪れた紅蓮獅子団の面々を、マーレは嫌な顔もせず――ただし、こっそりと出迎えた。キャラバとの同盟関係は、今のところ医療ギルドにも秘密なのだ。ドクター・デリヴァリーは完全にシロとは言い難い商売である。


「しかし、こじれた患者を持ってきてくれたもんだよ……いずれこんなことがあるだろうとは思ってたけどさ」


 ベッドに横たわり上体だけを起こしてじっとしているペペルの頭にぐるぐると包帯を巻きながら、マーレは呟いた。今やペペルの頭は、上半分をすっぽりと包帯で覆われていた。何も頭に怪我があったわけではない。顔を隠すためだ。生き延びたことを元のパーティの連中に知られたら、何かと厄介だから――と、発案したのはキャラバだった。

 事情を聞いたマーレは、診療所の奥の個室を特別に確保してくれた。窓にブラインドを降ろし、ドアには面会謝絶の札。診療所勤務の医者にも立ち入りを禁じてある。


「まあ、まともな患者だけを相手に出来るとは思っちゃいねえさ。デリヴァリーと謳ったからにゃ、呼び出す側の吟味をいちいちしちゃいられねえ」


 キャラバはドクイバラのコートを脱がぬまま、椅子の背もたれに腕をかけて座っていた。その横にはでアラムは壁に寄り掛かり、キャラバの言葉を腹に一物ありげに聞いている。ディンゴはと言えば、部屋の一番隅で所在なげに佇んでいた。


「どうも、ありがとうございやす、先生」


 ペペルがもごもごと言った。包帯は唇の上くらいまでぎっちりと巻かれている。喋りにくいはずである。後ろ頭のところで大輪の花の形に包帯を飾り結びしながら、マーレは軽い調子で応えた。


「礼を言われても、僕は別に大したことしてないしねえ。ただ開いてるベッドを貸すだけのこと。大手術は、そちらの先生がたがもう済ましちゃってるし、こっちに面白いとこは残してくれてないよ」


「そう言や、傷の具合はどうだった、マーレ先生? 万全な状態の施術とはお世辞にも言えなかったから、ひょっとしてミスがあったかもと心配だったんだけど」


 アラムに声をかけられると、マーレはまくり上げた袖を元に戻しながら肩をすくめた。


「麻酔もなし、鋸もギプスも即席と来ちゃ、流石に骨の切断面はビロードの手触りとはいかなかったがね。ちょっとした細かい傷以外は何てことない、無事なもんさ。初期治療が良かったんだろう、血管もきちんと塞がれてて、塞栓なんかもない。

 心配しなくとも、そりゃ、ディンゴ君の処置なら安心だろうさ。僕がやるよりよっぽどいい」


 相変わらず落ち着いた笑みをたたえて事もなげにマーレは言う。持ち上げられ慣れていないディンゴは、どことなく居心地の悪そうな顔で頭を掻いた。


「つったって、骨の切断と切断面の保護は結局全部アラムにやってもらったわけだしよ。俺一人じゃあとても、ここまでは出来なかった」


「それが分かるようになったってのは進歩だぜ、実際」


 キャラバはディンゴの頭に分厚い手のひらを置き、癖の強い赤毛をさらにくしゃくしゃと撫ぜた。


「それで、今後のことを確認しておきたいんだがね、リオ」


 ついにアラムが口を開いた。ディンゴは思わず半歩ほど後じさりをし、おずおずと目を上げて話の行く先を見守った。


「私たちは今日、冒険者の掟を破って追放された人間をわざわざ救い、追放の刑罰を無にした。こういうことが度重なったら、冒険の規律を守る松のしくみそのものが立ち行かなくなる――と、私は思っている」


「……それで?」


 キャラバは眉を上げずにアラムを見やり、珍しく静かな声で続きを促した。アラムは少し戸惑いながらも、軽く腕を広げて後を続ける。


「あんたにハッキリと決めてもらいたいんだよ、リオ。私たちは、呼ばれたら誰でも彼でも助けてやっていいのか? 例えば呼んだ奴が極悪非道の人殺しでも? 治してやったらまた何人も手にかけるであろう、死んじまったほうが世の中のためってくらい救いようのない手合いだったとしてもかね?

 こりゃあ気安く決められる話じゃない。それは承知だが……答えてくれ。あんたがこれと決めたンなら、私らはその通りにするだけだ」


「俺は、そいつを救ってやったことを後悔しちゃいねえ」


 ディンゴは小声ながらはっきりと言い切った。アラムはそちらを振り向くこともなく、ただ軽く眉をひそめただけだった。


「あんたが目の前にいて止めたとしても、多分俺はそうしてたと思う。降りて来たばっかりのよそ者が、冒険のルールに口出しするなと言われそうだけど、それでも……」


 ディンゴはたどたどしい口調で迷いながらさらに続けようとしたが、キャラバは手を挙げてその言葉を遮った。


「何もくだくだしく言い訳しろなんて言ってねえじゃねえか、男らしくもねえ。

 俺は何と言った? 紅蓮獅子団のルールは何だ? 『生きるが勝ち』だ。お前さんは生き延びたし、こっちのコソ泥の旦那も生き延びた。いろいろあったが、そんな「いろいろ」の部分なんざ生きてりゃ後でどうにだってなるンだ」


「リオ……!」


 思わず壁から身を離すアラムに、キャラバは人差し指をたしなめるように立てて見せた。


「大体俺ァ、人任せってのが嫌いでな。根性が気に食わねえ。許せねえ奴がいるって時に、自分の手で始末をつけず『大竪穴に任せる』なんて言う奴も、自分の生き方仕事の仕方を他人に決めてもらおうとする奴もだ」


 キャラバの視線が鋭くアラムの顔を射た。アラムは一瞬だけ瞳を揺らしたが、やがて眉を寄せながら厳しく応じる。


「……私はただ、紅蓮獅子団としてのこれからの方針を聞いているんだ。誰彼構わず救ってやるってことで、本当にいいのかね?」


 アラムの言葉に、キャラバは太い眉をわずかに傾げ、考え考えといった調子で答えた。


「……ちょっと違うな。「誰でも救う」んじゃねえ。「救う人間を選べねえ」んだ。分かるか、このニュアンスの違い。

 俺たちは医者だ。裁判官じゃねえし、まして人の生き死にを云々できる神さまみてえなお方じゃねえ。俺たちには、目に付いた人間をとりあえず生かしてみようとすることしか出来ねえ。ただしそれに関しては命がけだ。目の前で死にかけている奴がいたら、その命の軽重を問わずにとりあえず生かす。俺たちには、それしかねえ」


「そんなこと、いつまでも続けられるもんじゃないぞ……」


 アラムは言い返した。が、その声の調子は先ほどより鈍っていた。キャラバは数呼吸ほどの間相手を睨み返していた、と思うと突然に豪快な笑いを爆発させた。


「結構! 無茶は承知よ。時代やら世間やらにわざわざ逆らうってのはどだい無茶な話。だが、だからと言って流されて行くのを良しと誰もが思ってるなら、わざわざ大竪穴なんかに降りてくる奴ァ一人もいるめえ。

 ここは大竪穴、夢と謎の国だぜ、アラム。俺ァここで、医術を変えるって夢を見た。今更覚めようったって手遅れよ」


「答えになってないよ、もう……」


 アラムはうんざりとした顔で首を振り――しまいに、やれやれと言いたげな顔で笑いだした。キャラバの哄笑につり込まれるように。


「しかし、そうだね、思い出したよ。私はそういうあんたに着いてきたんだった。いいさ、もうしばらくは、そういうことにしといてやるかね」


「何だ、結局キャラバのおっさんには甘い顔すンだよな、アラムは。差別待遇だ」


 顔を横に向け、不満げな顔でディンゴが呟いた。アラムは聞き逃さず、ひょいと右手を伸ばしてディンゴの耳を引っ張る。


「聞こえてるンだよ、少年。まァそういうことだ。団長サマのお墨付きがついたのはいいけど、今度から無茶する時はせめて予告してからにしたまえ。キミがなんかするたびに必死でリカバリーするのは、いい加減しんどくてかなわん」


「わ、分かったよ、悪かったって……」


 首をすくめるディンゴに、キャラバはひときわ大きな笑い声を上げた。


「何だ、『追いはぎ』先生もアラムにあっちゃあ形無しだなァ!」


「……今の言葉、半分はあんたに向けても言ったつもりなんだけどね、リオ」


 三白眼になりながらアラムがキャラバの顔を睨む。キャラバの笑いが、喉を半分ほど出かかったところで凍り付いた。


「いや、この際俺は関係ないんじゃ……」


「関係、大ありだ! あんたがそうやって無茶ばかりして悪びれないから、若いもんが真似をするんだよ。ギルドも何も怖くないみたいな空威張りをしてさ、世間様ってもんを恐れないんじゃ、若者をどう教育してったらいいって言うんだい。


 そもそも……」


「ヤベえ。アラムのスイッチが入っちまった」


 キャラバは慌てて椅子を立ち、まだガミガミとまくしたてているアラムの脇をぐるっと回り込むと、マーレの横に並んでペペルのベッドの傍に立った。


「そんじゃま、仕事の話をさせてもらおうかい、ペペルの旦那よ。俺たちの仕事は慈善事業じゃねえ。サーヴィスの後にゃ、料金がつきもんなんだぜ。

 頼むから嫌だと言ってくれるなよ……別の用事がないと、あの説教からは逃れられそうもねえんだ」

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