第49話 命を握る感覚
「え……ええッ!? ウソだろ、おいッ!」
ディンゴも慌てて立ち上がり、奥の壁と迫り来る剣の壁をかわるがわるに見比べる。たちまちその顔が曇っていく。確かに、正方形だったはずの部屋が随分と潰れた長方形になっている。奥行きはほとんど半分ほどになり、今もじわじわと縮んていっていた。
「キャラバのおっさん呼んだのはついさっきだよな。間に合うか!? 俺たち、どんくらいでここに着いたっけ?」
「特に打開策もないなら、大人しくしててくれないかね。せわしない」
オタオタと首を振り回しながら右往左往するディンゴに対し、アラムは床を見下ろしながらぴしりときめつけた。
「信号を見つけてすぐに出発したって、ガラダは私たちが乗ってきちまったわけだから、そう素早く駆けつけることは出来ない。大体、リオとザインは外出しちまってるわけだから、信号が見つかるのさえいつになるやら……。
ここは私らだけで、何とかする他ない」
言うなりアラムは、身振りでディンゴを脇にどかせると、腰の石膏袋を取り出した。中身を注意深く右手のひらに乗せ、ゆっくりと傾ける。魔導灯の薄明りの下で、白く輝く粉が薄く薄く床を覆ってゆく。
「2人とも、あんまり激しく息をしないでくれよ。粉が散らばっちゃうからね」
右手の指輪を光らせ、石膏を薄い膜状に固めてゆきながら、アラムは潜めた声で呼びかけた。ディンゴとペペルは、わけも分からぬままただ頷くしかなかった。
見ているうちにアラムは床のほぼ全域を石膏の膜で覆ってゆき――やがて、その顔に会心の笑みが浮かんだ。
「あったぞ、ここだ!」
右手が示したその一角に、ディンゴは目を凝らした。レース布のように薄い石膏の膜が意志の床へぴったりと貼りついている。が、アラムの指した一点だけは、石膏の膜がわずかに浮き上がって膨らんでいた。
「石膏は魔力で固められて石畳に貼りつけられている。それがくっつかず、反発して浮き上がってるってことは、この部分にだけ魔力を跳ね返すもの――別の魔力が漏れ出してるってことだ。
こういう仕掛け部屋には必ず、仕掛けを動かしてる魔導機械が存在する。ここの石膏を浮かせてるのは、その魔導機械から漏れてくる魔力なんだ」
「つまり、そいつを止めれば仕掛けも止まるってことか!」
ディンゴはアラムの元へ駆け寄った。アラムは右腕の手袋を外し、形を変化させる。剣よりも直線的で肉厚な刃へ――鑿だ。
「床石を剥がす。手を貸してくれ。『メス』で石をどれくらい斬れる?」
「水気のねえものはあんまり……思いっきりやっても、切れ目を入れるくらいだな」
自信なさげに『光のメス』を取り出すディンゴに、アラムは石膏の浮いた場所を靴のつま先で四角く区切って見せた。
「この辺りに切り込みを入れてくれ。石そのものじゃなく、石を繋いでる漆喰の部分を狙って焼いてやれば、まだしも刃が通りやすいだろう。私はそこへ鑿を入れる」
「よし、分かった!」
ディンゴはしゃがみ込み、魔導杖を逆手に握って振り下ろしはじめる。いつもの手術とは違った、力任せの動きだ。先端に灯る光の穂が強く輝き、汗ばむ顔を白く照らし出した。
アラムはその間、床に倒れ込んだまま左腕だけで這いずろうと悪戦苦闘していたペペルの元へ向かった。左腕で相手の体を持ち上げ、引きずって奥の壁際へと運んで行く。
「こうなった以上、一応お前も私らの患者だ。私たちは患者を死なせやしない……それを許さない、おっかないボスがいるんだよ」
「……すまねえ。出られたら、必ず礼はするから」
畏まるペペルに対し、アラムはちょっと侮蔑的に肩をすくめただけだった。
「何言ってんだい、食い詰め冒険者のなりそこないがさ。それに、『出られたら』なんて悠長な話じゃない。お前さんには今ここで、多少なりと働いて恩を返してもらわなきゃならないんだから」
「働く……?」
ペペルが怪訝そうな顔でアラムの顔を見上げた時、ディンゴの声が後ろから響いた。
「溝くらいは掘れた! こんなもんでどうだ、アラム?」
アラムが近寄ってみると、床石を四角く切り抜く形で指の第一関節ほどの溝が出来ていた。馴れない方法で魔力を使ったためか、ディンゴは額に汗を浮かべ少し息を切らしていた。
「俺の魔導杖じゃこのくらいが限界だ。魔力がもたねえのもあるけど、何より『刃渡り』が深くまで届かねえ。これ以上は切り進めねえよ」
「上出来だ。お疲れさん。お疲れついでにもうちょっと手伝ってもらうけどね」
アラムはにッと微笑み、鑿に変えた右腕を四角い溝の一辺に突き入れた。体重を乗せて2度、3度と突くうちに、鑿は深々と入っていき、やがて突然抵抗がすッと無くなった。鑿の全体がほとんど石の中に呑み込まれている。
「よし、下まで届いた……石が鑿より厚かったら、どうしようかと思ってたんだけどね。
さて、ディンゴ、手を貸してくれ。こっからは力仕事だからね」
言いながらアラムは右腕に手を添え、魔力を込めた。大地の魔力を受け、鑿が再びその形を変えていく。薄い代わりに幅広く長く、幾分かカーブのかかった形へ。
「この、柄の部分に足をかけて、思いっきり踏んでくれ。梃子の要領だ」
「お、おう! 行くぞ……せーのォ!」
ディンゴは勢い込んで、床から出ているアラムの義手を踏み込んだ。同時にアラム自身も、魔力で義手を補強しながら腕に体重をかける。2人分の力が梃子を伝わって石に加わり、石の周囲の漆喰が音を立てて崩れ始めた。石は2人の動きに合わせてグラグラと揺れ、そして、ごぼッと重たい音を立てながらすっぽりと引っこ抜けた。
「うおッ、危ねッ! ……けど、うまく行ったな!」
転がりだした石をすんでの所で避けつつ、ディンゴは床の穴へ駆け寄った。早速『光のメス』で内部の機械を壊そうとするディンゴの肩に、素早くアラムの手がかかる。
「先走るなって! 迂闊にいじくり回したら、どうなるか分からないだろう! 魔力でヘタに刺激を与えたら、壁のスピードがかえって上がっちまうかもしれないし、壁そのものが支えを失って倒れてくるかもしれない」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ? 俺もあんたも、魔導機械のことなんて……」
途方に暮れるディンゴをその場に残し、アラムはつかつかと部屋の隅へ向かった。その視線の先には、運を天に任せたと言わんばかりに目をつぶって震えているペペルがいる。
「こいつを使う……おい、大将! 震えあがってる場合じゃないんだよ。お前の力が要るんだから」
「お、俺が?」
「そうだ。あんたも魔導錠を扱う鍵師なら、多少は魔導回路の仕組みも分かるだろう。何のことはない、掛かってる魔力を切って開錠するのは錠前だっておんなじことだ」
さらりと言い放ち、首根っこを掴まえて引きずって行こうとするアラムに、ペペルは衰弱したからだが許す限りの力で抗おうとした。
「ちょ、待ってくれよ、そんな簡単に! 俺の扱う魔術仕掛けは、錠前やらオモチャやらがいいとこだってさっき説明したろ!? こんな大掛かりな仕掛けになんて、太刀打ちできやしねえよ。腕だって失くしちまったし……」
くどくどと言い立てるペペルへ、アラムは無造作に右腕の先端を突き付けた。
「やってもみないで無理だ無理だと決めつけるんじゃないよ……そりゃまあ、私らでメチャメチャに回路を掻きまわしてラッキーに期待するって方法もあるけどね。それよりは助かる確率の高い方がいいじゃない。
どうせこのままだったら確実にくたばるんだ。こうなったらもう、ありもしない夢に飛びつくわけにも、逃げ出すわけにもいかない。たまには思い出したらどうだ? 自分の命を握ってるのが、自分だっていう感覚をさ」
「……」
口をつぐんだペペルを、アラムは穴の縁へ運び下ろした。うつぶせに倒れ込んだペペルは、穴の底を覗き込んだような体勢になる。
「ディンゴ、魔導灯で照らしてやってくれ。さあペペルの旦那よ、自分の命がかかってるんだ、ひとつ頑張ってみな」
「わ、分かったよ……!」
アラムの無慈悲な声に促されて、ペペルは左腕を突っ張ってぐっと体を起こし、穴の底深くを覗き込んだ。ディンゴも魔導灯を手に、反対側から中を覗き込む。穴の下には魔導合金製の束のようなものが格納されていた。魔力を伝える伝導線だろう。
「魔力吸収の回路だったら見たことあるが、これは違うらしいな。随分シンプルだな……」
呟くディンゴに、ペペルは視線を下へ集中させながら頷いた。
「魔力の源はどこか離れたところにあるんだろう。ここにあるのはその魔力を運び、裏にある動力源へ魔力を供給するための伝導線だ。
問題は、どの線が何をつかさどってるのか分からねえってことだが……」
「それなら、これで分かるかね?」
突如アラムは口を挟み、接近する剣の壁へくるりと向き直った。何をするのかとディンゴが顔を上げる間もあらばこそ、アラムは右腕を丸く変形させ、錘の形にして壁を殴りつけた。
どォん!
重い音がして、壁の進行がほんの一瞬だけ止まる――だが、それだけだった。穴が開くことも割れることもなく、壁はそこにうっそりと立ち続け、そして確かに直進し続けていた。
「何やってんだよ、アラム?」
「わ、分かったッ!」
首をかしげるディンゴの後ろで、ペペルが頓狂な声を上げた。ディンゴは驚いてペペルの方を振り返る。
「な、何が分かったって?」
「今ので分かったんだよ! 壁が殴られて止まった一瞬だけ、魔力導線の一本だけが強く光った。抵抗を受けて、魔力をより多く供給しなきゃならなくなったんだ……光った導線が、壁を動かす機械に繋がってるんだ!」
「お……おおッ! どれだ!?」
ペペルの言葉に、ディンゴは色めき立って穴を覗き込んだ。ペペルは左腕を伸ばし隅の導線を指さす。
「それだ! そこの……いや、もうひとつ右だ。そう、それが今さっき光ったやつだ」
「じゃ、これを切ればいいんだな?」
ディンゴは待ってましたと言わんばかりに『光のメス』を取り出した。光の刃を展開し、ゆっくりと穴の底へ下ろしていく――と、その穂の端が別の導線にかすった。
途端に壁が激しい音を立てて震えはじめた。刃の突き出した壁面が上下にがくがくと揺れ、まるで全自動のおろし金だ。アラムは慌てて壁際を飛びのく。
「ちょっと、真面目にやってくれよ!」
「わ、悪い! こんなデリケートなもんとは思わなかったから、うっかり……」
頭を掻くディンゴに、ペペルは鋭い目で考え込むような目つきをした。
「いや……今のは案外、大手柄になるかもしれねえ。
段々分かってきた……仕掛けオモチャもデカい魔導機械も、根本の仕組みは変わらねえ。何とかできるハズだ。
先生、切断するのはさっき見せてもらったが、つなぎ直すことは出来るか? 金属の線を、結んでやるだけでいいんだが」
先ほどまでの弱気な表情からはうって変わって真剣な面持ちを見せるペペルにディンゴは少々戸惑いながらも頷いた。
「そりゃ、俺は外科医だからな。結んで繋いではお手のもんだ……けど、何させるつもりなんだ?」
「あの導線……そら、さっき切ろうとした線と、その左にあるやつな。あの2つを一旦切り離して、それぞれの端を別の方に結び換えてほしいんだ」
「結び換え……? 一体、それでどうなるってんだ?」
首をひねるディンゴに、アラムの必死な声が飛ぶ。
「何モタモタしてんだよ! やるなら早くやってくれ! もう、壁がそこまで来てるぞ!」
その言葉通り、壁は既に部屋の半分を超え、もはや部屋の奥行きは人ひとりがやっと寝ころべる程度にまで狭まっていた。逃げ場を失った3人の体に刃が突き刺さるのも、そう遠い未来のことではない。ディンゴは唇を引き締め、深く頷いた。
「わ、分かった。あんたを信じて、やるだけやってみらァ」




