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第48話 あとは野となれ

「つくづくバカなことをしたもんだ……正規の手続きをして入ったんなら、遺跡を出る時に検問と査定があるだろう? 調べられたら一発でバレるぞ、宝を抜き取った奴がいたって」


 アラムは呆れ顔で首を振った。ペペル本人も、苦い笑みを浮かべるばかりで否定はしなかった。


「繰り返しになるけど、今となっちゃ『出来心』としか言えねえよ。どうかしてたんだ。

 それでも、俺なりに勝算はあった。どうせ魔導錠のかかった箱は、俺以外のメンバーには開けられねえ。組合の事務所に辿りつくまでに盗みがバレることはねえんだ。出口に着くまでに雲隠れして抜け道から外に出りゃ、そのまま逃げられると思ったんだよ。

 雇われ冒険者の一人くらいならそんなに真剣に探さねえだろうし、例え盗みがバレたとしても奴らにはまだ剥いできた金があるんだ。大収穫をほったらかして小物を追いかけには来ねえだろう。そういう計算があった。

 宝石入りの短剣だけでも、上層に行ってヤミで売り飛ばせば相当のカネになるのは確実だった。まとまったカネが入ったら足を洗って、大手を振って外界へ帰れるんだ。あとは野となれってもんだ」


「あんたも、外界出だったのか?」


 ディンゴが口を挟む。ペペルはそちらへちらりと目をやり、小さく頷いた。


「出稼ぎだよ、家族を外に残してさ……最初はもっと浅い階層をうろついてたんだが、俺みたいに戦闘の役に立たない奴は浅い階層じゃ需要が少ないんだ。危険な罠や難しい魔導錠が少なくなってるからな。古代の堅牢な魔導錠が残ってて、錠前開けのプロまで養えるだけのカネが余ってる冒険市場を求めたら、もう深層へ深層へと潜ってく他無いんだよ。

 それで、ひと財産作ってからじゃないと帰れねえと深みへ深みへ潜ってくうちに、こんなところに嵌まり込んじまったワケでさ」


「……なんか、身につまされる話だな。他人とは思えねえ」


 ディンゴは額を掻いた。職業こそ違うが、危険を冒してでもカネを掴もうと深みへ嵌まっていった経緯は『追いはぎ医者』だったディンゴも変わりない。その様子に気づいたのか、ペペルは頭をぐっと持ち上げて、ディンゴの顔をまじまじと見た。


「訛りの具合で気になってたんだが……あんたも外界出か、先生?」


「あ? ああ、まあな」


 曖昧に頷くと、ペペルの腫れあがった顔がみしみしと動き、どうにかこうにか笑みらしいものを作った。


「やっぱり、そうか! だったら分かるだろ、外の世界を離れてこの地の底に潜るってことが、どんな気分のするものか……これっきり外の空を拝めねえんじゃねえかと、岩の天井を見るたびクヨクヨ考えてよ。考えないで済むのは遺跡に潜ってる時だけ。皮肉なもんだ」


「……家族でも外に残して来てんのか?」


 ディンゴが水を向けると、ペペルは水を得た魚のようにとうとうとまくしたてはじめた。


「外にゃ女房と、娘がひとり居てな……もうとおになったか。可愛い盛りのはずなんだ。長屋住まいの外じゃあ俺はしがない鍵屋でよ、扱う品ったらつまらねえ家庭用魔導錠や、いいとこ魔力仕掛けのおもちゃか家庭用魔導泉か、ってとこさ。

 そんな折、冒険の出稼ぎ話が持ち込まれてよ。大竪穴じゃあこの鍵開けの技で、宝が手に入るというじゃねえか。ついクラクラっとなった……ひと山当てて帰りゃあ、子供にだってちっとはいい目を見せてやれるってもんだ。今にして思や、これもお決まりの『出来心』ってやつだったんだろうがな」


「死ぬわけにはいかねえ、ってのは、そういうことか」


 ディンゴが乾いた声で呟く。ペペルは怪訝そうな顔でディンゴを見上げた。


「よく覚えてねえんだが……俺、そんなこと言ったかな?」


「ああ、俺たちがあんたを捨てていこうかどうか迷ってた時にな。くたばるわけにはいかねえって、必死で頼んでた。

 あん時ゃ正直、そんなにまでして生き延びたいもんだろうかと思っちまったんだよ、俺は。腕をなくして、どこの馬の骨とも知れねえ「医者」の善意にすがってまで、生き延びようとする意志に、ちょっとたじろいじまった」


 アラムはちょっと眉をひそめながら、ディンゴの横顔をさりげなく窺っていた。


「生憎だけど、俺にはそういうの、よく分からねえ。あんたの言う、外界へ飛び出て帰りてえ、みたいな気持ちはな。

 親も兄弟もいねえし、外の世界に名残惜しいもんも残してきちゃいねえし。カネを掴んで外に出たら少しはやりたいこともあるけどよ」


「だからキミは私らと共に来て、この男はこうして捨てられて取り残されるんだ」


 アラムは皮肉な笑みを浮かべながら、辛辣な調子で口を挟む。


「冒険者は、だから『そとびと』を信用しない――この言葉は単に「外界出身の人間」や「『うちびと』でない純粋人類」を指すんじゃない。常に自分の根っこを外の世界に残してる人間のことを言うのさ。

 自分が「外の人間」だって意識を片時も捨てられない人間は、いつだって外に帰りたがってる。機会さえあれば財宝を掴んで外へ逃げ出すことしか考えてないし、大竪穴での生活なんてかりそめのものだと考えているから、それを捨てたり裏切ったりということが平気で出来る。

 お前が『出来心』と呼ぶそれは、実のところ必然なんだ、ペペル。自分から歩み寄ろうともしない者に、大竪穴がいい顔をするわけはない」


「お、おい、アラム……何もそこまで……」


 あまりの剣幕にたじたじとなりながら、ディンゴはおずおずとアラムを制止した。斬りつけるような調子で言い放ったアラムは、口を閉じた時には幾らか息を乱していたほどだ。ペペルは何を言い返すことも出来ず、といって視線を外すことも出来ずに、ひび割れた唇を引き結んで目を伏せ黙っていた。

 やがてアラムは落ち着き、重い息をゆっくりと吐きだすと、眼鏡を直しつつペペルに向かって話の続きを促した。


「それで? お前は短剣を盗んで逃げようとしたが、結局逃げおおせなかった――何があった?」


「へッ、お笑い草さ」


 ペペルは、殴られてぐらつく歯の間からかすれた笑い声を漏らした。


「荷車で外へ向かう途中、積みつけてあった手箱が偶然地面に落ちた。魔導錠の魔力はしっかり掛けなおしてあったから、錠は開かなかった――ところが、蓋は開いちまった。

 イカレてたのは錠前じゃなく、蝶番の方さ。魔導合金で出来た錠は永い年月を経ても機能を失わなかったが、蓋を留めとく蝶番が腐食してたんだ。落ちたショックで粉々に砕けて、蓋はあっけなく外れちまった。開錠する必要だって、本当はなかったんだ。

 それで箱ン中に何もないのがバレる。さっきも言った通り箱を開けられるのはパーティん中で俺だけだから、犯人は一発で分かる……そっから先は、あんたらが診た通りの有様さ」


 ペペルの捨てばちな笑い声は、しばらくするうちにぜいぜいと気管を鳴らす音に代わり、やがて激しい咳に変わった。ディンゴはマントの下から薬酒の入った革袋を取り出し、無言でいくらかを口に含ませてやった。アラムは腕を組んだまま、その光景をじっと見守っていた。


「喋れって言ったのは私だが、まったく気の滅入る話だ。こんな辛気臭い部屋で聞きたい種類の話じゃないね。さっさとこんな部屋は抜け出したいもんだが、リオの奴はまだ来ないのかね……」


 と、身じろぎをしたアラムはふと妙な表情になった。体を捻った拍子に、右腕が何かに当たったのだ――罠の壁から突き出している剣の切っ先だ。右腕は義手なので刺さりはしなかったが。


 しかし、何かがおかしい。アラムは居ずまいを正し、魔導灯を手に剣の壁へと向き直った。右手を伸ばし、壁との距離を測る。先ほど彼女たちは部屋に入り、入り口をふさぐような形で落ちてきた剣の壁をかわして、部屋の中央あたりに横たわっていたペペルへ駆け寄ったはずだ。しかし今、剣の壁は手の届くところにある。

 アラムは何か恐ろしい物でも見つけたかのように顔を跳ね上げ、後ろを振り返った。その視線の先には、部屋の隅に散らばる人骨。掃き集めたかのように積み重なり、固まっている。


「そう、隅に集まっている。あんな隅っこに……考えるべきだったんだ、何故なのか。

 あの量となると、生きてた時は数人分だ。それだけの人数があんな隅っこに固まっていられるわけがない!」


「おい、おい、アラム……さっぱり分からねえぞ」


 困惑するディンゴをよそに、アラムは腰から石膏粉の袋を取り出すと、剣の下をくぐって壁の真下に撒いた。薄く撒かれた石膏粉が壁と平行な一本の線を引く――と、固唾をのんで見守るアラムの眼前で、その線は壁と接し、そこから徐々に細くなっていった。注視していなければ見逃してしまうほどのペースだが、明らかに壁の中へ呑み込まれて行っている。


「やっぱりだ……ヤバいぞ! リオを待ってるヒマなんて、ないかもしれない!」


「な、なんだよ、見えねえよ……何があったんだ?」


 横たわったまま放っておかれ、蚊帳の外になったペペルが不安げな声を上げる。アラムはすっくと立ちあがりながら、切羽詰まった叫びを返した。


「この壁、近づいてきてるんだよ! 見えも聞こえもしないくらいの速さで!

 クソっ、私としたことが、お喋りに夢中になってこんなことにも気づかずにいたなんて……そこの骨になった連中は、壁に閉じ込められて飢え死にしたわけじゃない! 閉じ込められた後、迫ってくる剣の壁に追い詰められて、壁の間に挟まれて刺し殺されたんだ!骨がああして掃き寄せられたようになってるのは、壁に押し付けられて押しつぶされる形になったからだ!


 私らもこのままグズグズしてたら、同じ運命を辿ることになるぞ!」

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