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第47話 鍵師のペペル

 苦心惨憺の末、アラムは上腕骨を切り離すことに成功した。腕の切断面ごと骨の突端を石膏で厚く覆い、創面を保護する。


「皮膚を寄せ集めて塞ぐにも傷が深いし、何より時間もないからね。とりあえずこいつを皮膚の代わりにしとくさ」


「……結局、あんたに尻ぬぐいさせちまったな」


 ディンゴはマントを脱ぎ、汗を拭いながら頭を下げた。アラムは顔も向けぬままにフンと鼻を鳴らす。


「子供の世話をするのが大人ってもんだ。研修っつったのはこっちだしね」


「しっかし、これからどうすッか……出口は塞がっちまったし、壁をブッ壊せるような魔術は使えねえしな」


 ディンゴが途方に暮れたような顔で腕を組むと、アラムはやれやれとばかりに首を振り、何かをポケットから取り出した。


「お忘れじゃないかね、こいつがあることを……ダンジョン内で怪我人が出たら、誰に頼ればいいんだっけ?」


 アラムが振りかざしたのは、指先ほどの三角形――『コール・ピック』だ。ディンゴがぽんと膝を打つ。


「そうか、それがありゃ、位置を教えられるよな!」


 アラムは唇の端を上げ、「外傷」を表す黄色の頂点を地面に突き刺した。


「怪我なら外科医が来るだろう。リオが来てくれりゃ、このくらいの壁に穴開けるのは造作もないことだよ。外にゃガラダも待ってるし、場所を間違う気づかいはない。荒っぽい助け方になるのは覚悟せにゃならんだろうがね。

 はばかりながら、キミと違って後先考えずにどこへでも突っ込んでいけるほど私ゃ若くないんでね」


「す……すまねえ。俺のせいで、とんだことになっちまって……」


 ほとんど喘ぎ声のような、しわがれた声が下から上がった。見ると、腫れあがって塞がりかけた目を懸命に見開いて、患者がアラムたちの方を見上げている。


「ありゃ、気絶できなかったのかね。ホントあらゆる意味で要領悪いんだな」


 アラムはそっけなく言い、隣に座るディンゴの方へ顎をしゃくった。


「何にしても、礼ならそっちの少年に言いたまえよ。私ゃ放っとけっと言ったんだがね、パーティの戦利品に手を出すような奴は」


「そ、それは……」


 男はバツが悪そうに顔をそむけた。ディンゴがたまりかねたように口を挟む。


「おいおい、そう責めないでやってくれよ。一度手掛けたんだから、もうこいつは患者だ。後の事はこいつを助けると決めた俺の責任ってことで、ここは収めといてくれねえかな」


「いっぱしの口を利いてくれるね……まァいいだろ。こんなとこまで来て盗っ人に道徳論説くつもりは、もとより私にもないし」


「本当に、済まねえ……世話になっちまった」


 男は消え入りそうな声で言った。


「つい魔が差したというか、出来心ってやつでよ……もう二度とやらねえ。あんたらに助けられたことも、絶対に喋らねえ。迷惑はかけねえよ。本当だ」


「本当本当と、何度も言うところが信用出来ないってんだよね、逆に」


 眉をひそめるアラムに苦笑を投げつつ、ディンゴは患者の方へにじり寄った。


「右腕の処置は終わったけど、他にもずいぶん痛めつけられてるからな。あいにくとほとんどの道具を外に置いて来ちまったが、出来るだけの治療はしてやるよ」


 薬酒を浸みこませた布で顔を拭ってやると、男の顔色もだいぶマシになってきた。出血は多かったものの、ディンゴの手早い処置が功を奏したようだ。

 ディンゴは魔導灯をくるりと巡らせて、男の体を診察していった。と、その片眉がピンと上がる。


「全身痛めつけられちゃいるが、右腕の他はそんなにひどく傷ついてねえな……顔を殴られて、口ン中を切ってるくれえか? 痣はついてるが、こりゃ道具を使った痕じゃねえ。拳の痕ばっかりだ……」


 ディンゴはちょっと顔を上げて後ろを向き、切断された腕の方を見た。叩き折られた骨が数か所から飛び出しているが、その折れ口はきれいなものだった。ゆっくりとへし折られたようなささくれ立った断面ではなく、重たい凶器で一思いに叩き折られた痕跡である。


「それでいて、右腕だけは道具でこっぴどく叩きのめしてる。私刑にしたって、妙なやり方するもんだな?」


 首をかしげるディンゴに、アラムは何やら心得た表情で男の顔をちらりと見やった。


「そいつの仕事道具だからだろう。お前、『鍵師』だったんじゃないのかね?」


「鍵師?」


 怪訝そうな顔をするディンゴの横で、男はびくりと肩を震わせ、その拍子に襲ってきた傷の痛みに低く呻いた。


「ど、どうしてそれを……」


「単純な足し算さ。この穴倉を見りゃ分かるように、この辺りには隠し墓が眠ってるらしい。加えて、お前の服装――鎧を着てるわけでもなし、銃や大型の魔導杖といった武器を持ってるわけでもない。明らかに戦闘員じゃない。とくれば、何かそれ以外の方法でパーティに貢献してたってことだ。

 隠し墓の副葬品狙いで、戦闘以外の技能職が必要になる場面っつったら、鍵開けが一番最初に思いつくってだけの話さ」


「鍵開け……鍵師ってのはつまり、鍵を開ける仕事ってわけか」


 ディンゴの言葉に、アラムは静かに頷いた。


「普通の物理錠だったら、大地の魔術で変形させるなり単純にぶん殴ってぶち壊すなり方法はいくらでもある。だが、こういう深層の遺跡には、古代の技術で造られた厄介な魔導錠ってのもたまにあってね。

 魔力を通さない魔導合金で出来てるものから、熱だの刃だので触れた者に害をなす魔術が仕込まれてるものまで、種類は色々ある。そういう時『鍵師』の出番が来るんだ。鍵開け用の細い魔導杖を使って、細かな魔力のコントロールで内部の魔導機械を狂わせたり、魔力で合鍵を造ったり……とにかく、錠前を開けるプロフェッショナルさ。冒険産業も発達してくると、そういう一芸特化型の職業が生まれるんだ」


「で、その精密作業の道具が、あの右腕だったと」


 今や魂のない肉の塊となった右腕を、ディンゴはもう一度かえりみた。命を助けるためとはいえ、自分が無造作に切り捨てた肉塊にどのような思い入れがあったものか――ふと目線を落とすと、患者の男も寝転がったまま首をもたげ、腕の方を見つめていた。ディンゴは喉の奥でかすかに呻き声を漏らし、何かを振り払うかのように頭を振った。


「……あんたも、バカだぜ。鍵師を仕事にしてんなら、盗みを働いたらこうなることくらい分かってそうなもんなのによォ」


「返す言葉もねえ。さっきからこればっかり言ってるけど、本当にそんなつもりはなかったんだ。出来心で……」


 ふうッと長い息を吐きだす音がした。アラムが眼鏡の下から厳しい目で2人を見つめている。ディンゴはいたずらを見とがめられた子供か何かのように、思わず体を跳ね上げて背筋を伸ばした。アラムはその様子にちょっと微笑み、肩をすくめた。


「ま、助けが来るまでヒマだしね。カルテを書く都合もあるし、患者の身の上話を聞いとくのも悪くはないさ。差し支えなきゃうちの若いのに教えてやっとくれよ、バカはどうして道を踏み外すのか、ってことを」


「手厳しいなァ、当たってるだけによ」


 男はぐったりと顔を横たえたまま力のない笑みを浮かべた。笑い声を吐き出した拍子に傷が痛んだらしく、体を曲げて軽く咳き込む。ディンゴは自分のマントを丸め、男の頭の下に敷いてやった。呼吸を落ち着けた男は、ぽつりぽつりと語りだした。


「俺の名はペペルってんだ。これって決まった所属ギルドはなくて、いくつかのギルドの御用聞きをして仕事をもらってる。いや、もらってた、かな……この腕じゃあもう、鍵師はやれやしねえ」


「腕の問題にするんじゃないよ。追放を受けた時点で、どうせお前は冒険者としちゃ終わってんだ」


 ディンゴの方を横目で見ながら、アラムが厳しく決めつける。鍵師ペペルは神妙な顔で頷いた。


「どうせあんたらが来てくれてなきゃ、俺は生きてさえいられなかったんだ。そういう意味で言ったんじゃなかった……悪かったな、若い先生。

 俺は、と言うか俺のパーティは、あんたの見立て通り墓荒らし目当てでここまで冒険に来たんだ。ここらに古代の墓があるって噂は、それなりに有名だったからな。何人かが冒険に出てそれきり消息を絶ったんで、どうやら危ねえらしいって話にもなってたんだがよ」


「そこの隅に転がってるような連中のことだろうね」


 アラムは気のない調子で腕を組んだ。


「ここみたいなトラップ・ルームを引き当てたか、或いはモルフォコウモリに骨までしゃぶられたか」


「だろうな。けど、俺たちはラッキーだった。壁の奥に空洞があるらしいことを突き止めて、仲間の魔導士が爆発魔術で壁に穴を開けると、奥には部屋が広がっていた――広さはこの部屋の半分くらいだったが、こんな殺風景じゃなかった。ちゃんと化粧石で覆われて、石の彫刻で装飾も施された、立派な墓所だったんだ。『アタリ』を引き当てたのは誰の目にも明らかだった。


 潜り込んでみると、干物に似た胸の悪くなるような臭いがこもってた。死臭と、その他腐る類の副葬品が腐った臭いさ。供え物の花だとか、壁に掛かった獣皮の宗教画だとかな。そういうもんの風化した屑に混じって、装飾品もいくらか見つかった。奥には金と宝石に飾り立てられた棺も鎮座ましましてた。大収穫さ。

 俺たちは嬉々として収穫を拾い集め、棺から金を剥ぎ取った。流石に棺の中まで見てみるほど度胸のあるやつぁいなかったが」


「……あんまり、気分のいいもんじゃねえな。戦場ですら、死体からモノ盗る奴なんて外道扱いだぜ」


 苦々しげにディンゴは呟いたが、アラムは眼鏡を直して少し首を振っただけだった。


「その辺は価値観の違いってやつさね。外界と違って、冒険者が奪う相手は古代の『うちびと』――生きる時代も文化も、顔かたちすら違う連中だ。ちょいとばかり罪悪感のタガが外れやすいってことさ。褒められたことじゃないがね。

 それで? お前はその黄金でも、ちょいと懐に入れちまったのかね?」


 アラムの質問に、ペペルはふっと自嘲するような笑みを漏らした。


「いや、黄金はしっかり重さを量って袋に詰められ、ギルドの幹部がきっちり数えたうえで管理してた。俺みてえな雇われが触れやしないさ……だが、副葬品の中にひとつ、魔導錠のかかった箱があったんだ。

 大きな箱じゃなかった……ほんの手箱程度のもんでよ。その割には仰々しい魔導錠がついてたもんで、腕ずくでは到底開けられそうになかった。箱ごと叩き潰すんなら話は別だが、それじゃ中のブツまで潰しちまう可能性がある。そこで俺が呼ばれたわけだ。ギルド幹部立ち会いの元、鍵を開けるように命じられた。

 なかなか手こずらされたが、幸いなことに何とか俺の手に負えるものだった。錠を外して上蓋を開けると、中から出てきたのは黄金の短剣だった。


 剣と言っても刃渡りは手のひらほどもなかった。戦いに使うというよりは装飾品だったんだろう。重さから言って、多分金無垢だったしな。柄には色とりどりの宝石がびっしりと埋め込まれていて、まるで眼玉のたくさんある化け物がこっちを見ているようだった。気色の悪い喩えをすると思うだろうが、本当にそう感じたんだよ。何だかキレイすぎて、とてもマトモなもんとは思えなかった。

 そん時ゃもう墓所の外へ出てて、荷車のそばで作業をしてたんだけどな。魔導灯の魔力が邪魔になるから、油を使う物理ランプの下でさ。で、ランプの炎がゆらゆら揺れて、透き通った宝石の奥に灯って見えて……黄金の重たく赤らんだ金色が、いやになまめかしく光って……。


 ギルドの幹部は俺の肩を叩いて、何やかやねぎらいの言葉をかけたと思う。何しろごっそりと金銀を棺から剥ぎ取ったんだ。奴らにとっちゃあの短剣も、数多い収穫の一つでしかなかった。でも、俺にとっちゃもう、そうじゃなかった。自分の手で箱をこじ開けて、自分で取り出した宝だ。


 俺は箱に今一度錠前を掛けて、荷車に積み込んで――出発の前にもう一度こっそりと箱を開けて、短剣を抜き取ってた」

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