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第46話 墓暴きの末路

 ディンゴたちが潜り込んだ先は、妙にじめじめとした明かりのない小部屋だった。ディンゴの魔導杖の先端に灯る魔力の残滓だけが、部屋を照らす唯一の光源だった。


 先に送り込んでおいた患者は、ちょっとうたた寝でもしているかのような格好で部屋の中央に横たわっていた。不規則な呼吸がその肩を小刻みに揺らしている。死んではいない。そちらへ駆け寄ろうとして、ディンゴはふと気配を感じて振り返った。右手を剣に変えたままのアラムが、壁の穴から這い出てくるところだった。


「……!」


 ディンゴはとっさに後ろへ飛びのき、魔導杖を低く構えた。握った杖の先に光が灯る。まだメスと呼べるほど鋭くはないが、その気になればいつでも肉を焼き切るだけの光を放てる構えだ。

 アラムは素早く身を起こすと、剣を振り上げる――かと思いきや、右手の剣を構えもせず無防備にディンゴへと飛びかかってきた。


「ボーッとするな、こんな所で! 危ない!」


 絹を裂くような叫び声とともに、アラムはディンゴの体を突き飛ばして部屋の奥へと跳んだ。わけも分からぬまま、ディンゴは仰向けに床の上を転がる……と、そのつま先辺りをかすめて、何か巨大なものが落ちてきた。


 ずゥん、と、腹に堪える音が響き渡る。ディンゴはバネ仕掛けの人形のように身を起こし、後ろを見やった。土埃の向こうには壁しか見えない。何もない……いや、それがおかしい!


「壁の穴が……無くなってる!?」


 ディンゴは思わず目を剥き、無意識のうちに右手の魔導杖を前へ突き出した。『光のメス』が輝き、前方を照らし出す。途端にディンゴはぎょっとしてのけぞった。暗闇のとばりで見えなかったが、すぐ目の前に血くもりと錆びで黒ずんだ刃が突き出されている。


「な、何だよこりゃ!」


 ディンゴは魔導杖を構えなおし、前方へ巡らせてよくよく目を凝らした――そこにあったのは、無数の刃が突き出した巨大な壁だ。先ほどの地響きは、天井が開いて落とし戸のようにこの壁面が落ちてきた音だったのだ。


「こりゃ、罠か何かか? けど、何だって……」


「そりゃ、あいつに聞いてみるといい」


 アラムの落ち着いた声が横から言った。懐から魔導灯を取り出すと、部屋の奥を照らし出す。魔力の光が暗闇に描いたいびつな円の中に、古びた人骨がひと塊、ばら撒かれたように転がっていた。髑髏の虚ろな眼窩があらぬ方を見つめている。


「今しがた入ってきた『入り口』を開けた連中だろう。宝目当てに墓を暴き、罠にはまって誰にも知られぬままくたばった、ってとこだろうね」


「墓暴き……? ここは、墓なのか?」


 目を丸くして周囲を見回すディンゴに、アラムは手を挙げて「落ち着け」のジェスチャーをしながら続けた。


「正確に言えば、多分『ここは』墓じゃない。

 神殿の中には、時として「隠し墓」が見つかる。遺跡の中に横穴や縦穴を掘って部屋を造り、棺や副葬品を収めるという形の大規模な墓だ。この間ブレードホーンを追っかけてる時に落ちた地下墓地みたいに、地上から参拝する道が繋がっているものもあるが、ここのように外からの目に触れぬよう完全に隠されているタイプのもある」


「けど、ここは空っぽだぜ? 棺もねえし、墓には見えねえな……死体はあるけど」


 辺りを歩き回ろうとするディンゴを、アラムは肩を掴んで止めた。


「だから、無暗にうろつくのは止めなさいって……さっきので罠が終わりとは限らないんだから。ここらはまだ遺跡の機構が生きてンだから、歩き回るのには注意が必要なんだ。ことにこういう穴ぼこン中じゃね。

 さっきも言ったけど、ここは墓地に似せて造られちゃあいるが墓地じゃない。終の棲家にこんな剣呑なもの置いといたら、死者の魂も安らかに眠れないだろう?ここは恐らくダミーの部屋だ。本物の玄室に並べて、いくつかトラップ・ルームを造っとく場合があるのさ。副葬品狙いの盗っ人を片付けるためにね」


「その成れの果てが、あのガイコツか。俺らも一歩間違えば、あいつの仲間入りしてたんだな……おっかねえ」


 ディンゴは身震いしてその場に縮こまり、銃口でも隠れているかのように部屋の中を見回した――と、その眼差しの色が変わる。


「いけねえ……患者だ!」


 叫ぶや否やディンゴは駆け出した。罠の危険を忘れたわけではないらしく、妙にせせこましい足取りだが、その動きは素早かった。たちまち患者の元へ辿りつき、その体を仰向けに横たえなおす。


「意識は、ねェか……とにかく、この腕を何とかしてやらねえと」


 と、ディンゴはふと後ろを見やった。魔導灯の明かりを受け、アラムの細いシルエットが黒々と浮き上がっている。白い光を眼鏡のレンズが冷たく跳ね返していた。


「……こんな状況でも、まだやり合うつもりかよ?」


 押し殺した声でディンゴは尋ねた。アラムは眼鏡の奥から鋭い目でディンゴを睨み、右腕を上げかけるようなそぶりをしたが、やがて深く深く息をつくと、両腕をだらりと垂らして首を振った。


「止しとこう。よりにもよって墓場で知り合いと顔突き合わせてぶっ殺しあうなんて、ぞっとしないもんね。

 それに、どうせキミは殺されたって治療をやめる気ないんだろ? 吸血コウモリの群れに躊躇なく飛び込むくらいだ……私も怖い顔はできるけど、流石に吸血コウモリほどに怖くなる自信はない。そうなると、キミを止めるには本当に殺すしかなくなってくる」


「でも、あんたは俺の命を奪う気にはなれない……さっきはありがとうな、アラム」


 話の続きを引き取って礼を言うディンゴに、アラムはふと渋い顔になった。


「キミねえ、ひょっとして私の助けをアテにしてたのかね? コウモリの時といい、さっきの罠といい」


 言いながら右腕を軽く振ると、途端に腕の剣から魔力が抜け、土の塊へと戻ってゆく。土くれの右腕を手袋に収めて手の形に直したアラムに、ディンゴは軽く肩をすくめて見せた。


「絶対助けてくれると思ってたわけじゃねえけど……まあ、どっかでアテにしてた部分はあるな。

 叩き落されたコウモリ見て気づいたんだ。体が潰れてた――斬れてなかった。俺に向けた剣には、刃がついてなかったんだな」


「気づかなくていいとこにばっかり、よく気づく子だよ、まったく」


 アラムはふいと横を向いて、手袋に入れた右手で髪をかき上げた。


「いくら何だって仲間に刃を向けられるかい。キミの腕を惜しめばこそこんな追放者なんぞに関わるなと言ってるのに、これでキミまで怪我さしたら丸損じゃないかね」


「迷惑かけてるってことは、よく分かってんだよ……あんたの言うことが正しいだろうってことも。でも、これ以外に俺はどうしようもなかった。ごめん」


「謝ったらいいンだから、子供ってのは気楽なもんだよ……ったく」


 アラムは舌打ちをし、ディンゴの辿った道を注意深く踏んで2人のもとへ歩み寄った。


「言っとくが、この始末はいずれつけるからね。こいつはとりあえず治した後、ギルドの手の届かない上層へでも逃がすとして……紅蓮獅子団の内規には、一考の余地ありだ」


「外へ出てから、煮るなり焼くなりしてくれりゃいいさ。今はこいつを生きのびさせることだ。手伝いは、期待してもいいのか?」


「一人でそれだけの大手術をやれるとでも? 思い上がるにも限度ってもんがあらあね、かわいげのない」


 アラムは肩をすくめると、魔導灯の光量を上げて患者を照らした。腕は既に骨が剥き出しとなり、筋肉と腱の幾房かでかろうじて繋がっているというありさまだった。


「血は止まっているようだが……塞栓の不安はないのか?」


「外にいる間に、露出した大きな血管の切り口だけはメスで焼いて塞いでおいた。あんまりスマートなやり方じゃねえけど、まあ急いでたからな」


「おやまあ。相変わらず手の早いこと」


 アラムはかすかに唸り声を漏らしつつ、懐から取り出した布切れで髪をまとめた。


「道具はあらかた外に置いて来ちまったか。無風ランプすらないってのは、ちと辛いんじゃないかね?」


「問題はねえよ。最低限要る道具類は荷物から取り出して持ってきたし、ランプが無くたって手術は出来る。『追いはぎ』の時はそうしてたんだ」


 ディンゴはアラムから魔導灯を受け取って口にくわえ、肩にはおったマントを頭からかぶって傷口の上に屈み込んだ。丈夫なマントがディンゴの体を丸ごと包み込み、即席の手術室に変わる。


「洗浄薬がねえのがちょいと手間だが……流れ出た血を焼きながら出血を抑えてやりゃあ、何とかなるか。麻酔もないことだし、こうなりゃ意識を失ってるのがもっけの幸いだ」


 ディンゴは稲妻のごとく手を走らせ、絡みつく血だまりを焼きつくしていった。腱と肉とを切り分け、みるみるうちに上腕の骨を露出させてゆく。

 ついに骨を断つばかりとなった時――低い呻き声が一声上がった。


「うう……ここは、一体……」


 喉の奥で絡みついているような粘ついた声は、一拍置いて絶叫に変わった。男が目を覚ましたのだ。苦痛に激しく上下する肩を、ディンゴは空いている左手と両膝で押さえにかかる。


「こら、バカ! じっとしてろって、男だろうが……今さら手術をやめるワケに行かねえんだ! 腕は切るしかねえって、言っといたじゃねえかよ!」


 ディンゴは叫んだが、当然ながら男は耳を貸す様子もない。ただ痛みに我を忘れてじたばたともがいている。『光のメス』の刃が骨に触れ、その表面を焼くたび、抵抗はますます大きくなった。


「ええい、じれったいッ!」


 業を煮やしたアラムが、横から石膏粉を投げつける。たちまち粉は患者の体の上に広がり、布状に手足を覆った状態で固まった。石膏の拘束衣だ。


「キミの魔術は、肉を斬るのにはいいが骨みたいに水分の少ない組織に対しては悠長すぎる。ここはもっと荒っぽいやり方でやった方が速いよ」


 言うなりアラムは右手袋を外し、土の義手を剣に変形させた。いや、今度の剣は少々形状が違う。まっすぐに伸びた刃に、鋭い牙のような棘が無数に突き出ている――鋸だ。


「細かい形を作るのは、単純な盾だの刃だのを作るより余計に魔力が要るんだ……とっとと終わらせちまうよ。こっちだって魔力が惜しいんだし」


 アラムはディンゴを肘で押しのけると、右手の鋸を骨に当てながら患者の傍らに屈み込んだ。恐怖におののく患者の口に、髪を束ねたのと同じ布切れを突っ込んで噛ませる。


「それ噛んどけば、少なくとも舌を噛み切ることァないよ。

 さて、こっからは我慢の時間だ。出来ることなら気ィ失っちまった方がいいと思うね。出来ないなら……それも仕方ないよね、元はと言えば自業自得だし、こっちだって楽しい仕事じゃないんだ」


 アラムは言い、深く息を吸い込むと、満身の力を込めて腕を引いた。


 布の奥から凄まじい悲鳴が漏れる。ディンゴさえもが思わず耳を塞いだ。アラムは額に汗の球を浮かべながら、ただひたすら右腕を動かすことに集中しようとつとめた。


「ったく、これだから、『大竪穴に委ねる』方がどれだけ簡単か知れないんだ……!」

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