第43話 エマージェンシー・コール
「おい、リオ! それ……」
アラムが「また何かやらかしたか」とでも言いたげな目を向けながら歩み寄る。キャラバはバツが悪そうな顔で横を向きながら、両肩の大荷物を乱暴に床へ投げ落とした。
『荷物』は硬い床へ叩きつけられて、力ない呻き声を上げたきりぐったりとなった。見ると、それはいずれも冒険者らしい男だった。2人とも革鎧に身を包み、2人とも手ひどくぶちのめされている。死んでいるのか――顔をしかめて屈み込んだアラムは、とりあえず眉間の緊張を解いた。命に別状はない。殴られたような痕が顔じゅうを彩り、半ば人相が変わりかけているが、まあ大したことはないだろう。
「するとこれが、今回の患者かね?」
アラムは片方の眉を上げてキャラバを見上げた。何か隠し事を疑っているかのような口ぶりだ。
「いや、そうだったというか、そうじゃなかったというか……」
キャラバはバツが悪そうに額を掻きながら、床に転がった冒険者に視線を投げた。
「まあ結論から言えば、イタズラだったんだけどよ。マジで来るかどうかちょっと試してみたとか言ってバカ笑いしやがってな、こいつら。こちとら大汗かいて駆けつけたってのによォ……で、あんまりアタマに来たもんだから」
「ついキレて大暴れしてブチのめしちまったと、そう言いたいわけかね」
アラムは冷ややかな声で相手の話を遮った。
「まったく、医者が患者を量産してちゃ、世話ないじゃないか」
「いやァ、俺はホントに、ちょっと撫でた程度のつもりだったんだがよ。ほんのスキンシップというか、じゃれ合いの範疇で……」
ぼそぼそと口答えするキャラバに、アラムも声のトーンが一段上がる。
「ちょっと撫でた、で済むかね! まったく、デリヴァリー医者を始めてこのかた、こんなことばっかりじゃないかね!」
アラムがきつい口調になるのも無理はなかった――マーレとキャラバが苦心の末に緊急信号受信機のチューニングを終えたのが2日前、受信機でのみキャッチできる緊急信号を発信する、携帯型発信機を街角で配り始めたのがつい昨日のことである。安酒場や裏通りの街角など、出来る限り医療ギルドの目につかぬところから配布を始めたのだが、誰も真面目に取りあってはくれなかった。わざわざ遺跡の外から助けに来る医者など過去に例もない。およそ常識外れのヨタ話にしか聞こえないのも仕方あるまい。
疑わしげな冒険者たちに半ば押し付けるような形で発信機を配って回ったものの、まともに受け取った者はやはり少なかったようだ。昨日以来、ベルの音は時たま鳴り響いたものの、その全てがイタズラか、あるいはうっかり発信機を落として作動させてしまったか――要するに本当の救急要請は皆無であった。
「こうイタズラや面白半分の通報が多いんじゃ、商売として成り立たねえよなあ……1コール5万ゾル、魔物やら罠やらがあるところまで呼ぶ場合は危険手当がさらに5万ゾルだっけ?」
机に向かったまま、ディンゴが声をかける。キャラバは深刻な顔で頷いた。
「流石に、何の仕事もしてねえのにカネだけふんだくるってワケにゃいかねえからなあ。『追いはぎ医者』どころか、『医者』が取れてただの追いはぎだ。シャレにもならねえ」
医療ギルドに所属せず独自の料金体系でカネを取って医療行為を働くのは、ギルドの禁ずるモグリ医療行為に他ならない。それでも、かつての『追いはぎ医者』ディンゴがそうであったように、「偶然に遺跡の中で行き会って治療行為を施し、行為として金品を受け取った」という形が出来てさえいれば、医療ギルドも表立っては摘発に乗り出さない。
しかし、暴力によって金を奪い取られたとなれば話は別だ。冒険者ギルド協同組合は、そういった冒険の障害となる行為を許さない。即座に「山狩り」が実施され、摘発の手が伸びてくるだろう。
「いやはや、面白半分の呼び出しも多少は予想していたが、ちょいと予想以上だぜ。みんなコトの重大さを分かっちゃいねえんだ……想像力を働かしてほしいんだがなァ。迷宮ン中で、医者の助けが呼べるんだぞ? くだらねえイタズラでこんなサーヴィスを潰しちまっていいわけがあるか?」
たらたらと愚痴るキャラバをよそに、アラムは2人の冒険者たちの手当てを始めていた。濡らした布切れを持ってきて、腫れあがった顔を拭ってやる。
「で、どうするんだ彼らを……一応言っとくが、問題はこの2人だけに留まらないんだぞ。彼らだってどこかのギルドに所属しているはずだ。
考えてもみろ、深層で突然大男が襲いかかってきてノックアウトされましたなんて話、ギルドの連中が聞いたらどう思う? 『紅蓮獅子団』営業開始早々に、どういう印象を与えることになるか、想像もつかないのかね?」
「分かった、分かってるよ、悪かったって……」
キャラバがたじたじとなったところで、会話をぶった切る形でベルの音がけたたましく鳴り響いた。またもや緊急通報だ。2人は口を閉じ、壁に吊るされた白いキャンバス地を見つめる。白い地図の上にぽつんと1つ、赤い光点がまたたいていた。
「……まったく、こんな時に!」
アラムが大きくため息をつく。
「しゃアねえ。そんな遠い場所でもねえし、また俺がちょっくら行ってくるわ」
「また、話をややこしくしに行く気かねッ!」
立ち上がりかけるキャラバに、アラムはぴしゃりと言った。
「まずは自分でブチのめした冒険者たちの治療が先だろう。気付け薬でも嗅がせてやりたまえ」
「おいおい、じゃあ、こっちはどうするんだよ?」
キャラバは不満げにキャンバスを指さした。赤い光は消える気配もなく、訴えかけるようにスクリーン上で点滅を繰り返している。アラムは少し考え、おもむろに窓際の机へと歩み寄っていった。
「悪いんだけどね、ザイン。生徒を少しの間貸してくれない?」
「え、俺?」
机に向かって書物とにらめっこしていたディンゴが、ギョッとした様子で身を起こす。向かいに座っていたザインも覆面の奥の目を丸くした。
「彼を連れて行くのですか? それはまあ、臨床の腕は確かかもしれませんが、まだ新入りですよ。大竪穴のことにも不慣れですし……何なら、私がご一緒した方が」
「まあ、何事も勉強だよ。実地研修ってヤツ。降りて間がないとは言え、『追いはぎ医者』なんてやってたんだから、そうそうヘマもしないでしょう。
キャラバの他に外科医となったらこの少年しかいないしね。私もちょっとした傷を塞ぐくらいなら出来るけど、念のためさ」
アラムは軽く答えると、早くもアナグラバッファロー革のジャケットに着替え始めた。冒険に出る時の装いだ。
「それに、キミには別にやってもらいたいことがあるからさ。
例の冒険者が起きだしたら、所属ギルドを聞きだして、詫びを入れに行ってほしいんだよね。うちの大バカ大将も連れて。こればっかりは、ユノーにやってもらう訳にもいかないしねえ」
「お、おい、ちょっと待てよ!」
蚊帳の外に置かれた形のディンゴが、ここで慌てて口を挟んだ。
「勝手にチャカチャカ決めやがって! 俺が行くのはもう決定事項かよ!?」
声を荒らげて立ち上がるディンゴに、アラムは頭から臙脂色の布をかぶせて黙らせた。
「そら、キミのマントだ。すぐ支度したまえ。キミはもう『紅蓮獅子団』の一員なんだ。文句は言いっこなしだよ」
「だ、そうですよ、ディンゴ」
ザインは笑みを浮かべながら立ち上がり、床に倒れている2人の冒険者を猫かなにかのようにつまみ上げた。
「気をつけて、あまり無理などしないよう。戻ったらまた勉強の続きですからね」
「……出発前にげんなりするようなこと言うなよなァ、もう」
マントのフードを首の後ろへ下ろしつつ、ディンゴは憂鬱な顔でため息をつくのだった。
* * *
2人は事務所を出、見下ろしてくる『紅蓮獅子団』の看板を見上げてぐったりした気分になりつつ、鉱山跡へと向かった。坑道は遺跡へと通ずる秘密の通路となっている。入り口近くには、前回の冒険で捕らえてきたブレードホーンの住居が作られていた。廃坑の横穴に藁やら水桶やらを持ち込み、簡単な厩を作ってあるのだ。
「キャラバが一回乗ってったけど、まあ近場だし、そうそう重労働にもならないだろう……悪いけど、頼むよ、ガラダ」
アラムはブレードホーンの首を撫でながら声をかける。ブレードホーンは長い角を頷くように振り立て、まるで言葉が分かるかのごとく首を振った。今厩にいるのはつがいのうち牡の方だけである。牝は手術した傷がまだ治りきっていないため、遺跡内の森に残して養生させて、定期的にザインが「往診」に行くようにしている。
「ガラダ」という名前は、ザインがつけたものだ。牝の方は「アドラ」という――それぞれ『うちびと』の古語で、「父」「母」という意味らしい。ほんの数日ですっかり紅蓮獅子団の面々にも馴れ、簡単な命令くらいは聞くようになってくれた。
「じゃ、キミは後ろに乗りたまえ。地図の写しを渡しとくから、時々後ろから道案内しとくれよ」
ざら紙に書き写した地図を押し付けてくるアラムに、ディンゴは少々不満げな目を向けた。
「たまには俺にも手綱を持たせてくれたっていいんじゃねえのか? 「何事も勉強」なんだろ?」
「キミの運転は荒っぽいからねェ……リオといい勝負だよ。練習は仕事以外のとこでやんなさい。医者が事故って怪我をしたなンて、笑い話にもなりゃしない」
アラムはそっけなく応えると、ガラダの背に跨り早々と手綱を握った。ディンゴは小さく舌打ちし、しぶしぶその後ろに乗る。
アラムが手綱を振ると、ガラダは駆け出した――十分に速くはあるが、ブレードホーンとしては全速力ではない。何より、風の魔術での加速も使用していない。鞍に掴まって巻き毛を風になびかせながら、ディンゴがぼやく。
「俺なら、もっと速く走らせられるけどな……あ、そこ、右な」
「速けりゃいいってもんじゃないよ。大体、そんなに急ぐほどの距離じゃないんだ。ガラダが本気になったら、勢いあまって通り越しちまうかもしれないね」
アラムは苦笑しながら応え、その途中でふと真顔になった。
「……そう、『急ぐほどの距離じゃない』。それがどうも引っかかるんだがね……」
「ん、何の話だ?」
屈託なく聞き返すディンゴに対し、アラムは自分で自分に語りかけているような口調で話し出した。
「地図を見てくれりゃ分かるが、発信があった場所は遺跡の入り口近く。冒険者ギルド公認の出入り口まであといくらもないって所だ。そこまで来たんなら、何故出口まで歩いて行かない?
自力で歩けないほどに傷ついていたにしても、あの辺りなら人通りだって無いわけじゃないはずだ。たまたま誰も通りかからなかったのか、それとも……」
「何だ、またイタズラだってことかよ? しょうもねえなあ」
ディンゴは顔をしかめたが、アラムは頷かずまだ何やら考えているようだった。
「そう、かもしれないがね……」
「ん? おい、あれ……!」
と、ディンゴがアラムの後ろから伸びあがり、前方を指さす。見ると、通路の真ん中に倒れた人影が一つ。鎧は着ていないが、どうやら冒険者らしい風体だ。その周囲には、影法師のように黒い染みがじわっと広がっている――血だ。それも、大量の。
アラムはかすかに眉根を寄せ、唇を引き締めた。
「とにかく、今回は患者がいるってワケだ。幸運にも、なんて言ったら彼に失礼だがね」
「あの血の量はヤベえぞ……急ごう!」
「そうね……うん、まあ、行ってみてからだ」
意気込むディンゴに、アラムは少し含みのある視線を投げてから、手綱を握りなおした。ガラダは蹄を蹴立てて加速し、倒れ伏した男の元へ一散にと向かった。




