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第40話 坑道の奥へ

「アレが……?」


 アラムが思わず不興げな声を上げる。確かに、工夫小屋というだけあって建物の造りもその場しのぎの簡素なものであるうえ、打ち捨てられてだいぶ経つが故の経年劣化も甚だしい。遠目に見ても屋根には数か所穴やひび割れがあるし、窓のガラスなどまともなものは一枚もない。


「その分、安く買えたんだ。修理やら掃除やらはこっちでやりゃあ問題ないさ。内見もさせてもらったが、中は外面ほど荒れてもいないぜ。

 そもそも開業医をやるわけじゃなし、ここに患者を入院さすわけじゃないんだから、雨露が凌げりゃそれでいいだろう?」


 キャラバは肩をすくめて言う。が、アラムの表情は晴れない。


「よしんば必要最低限の条件は備えているにしてもだ……少なくとも今のところ、『掘り出し物』っていうあんたの意見にはまったく賛成できないね、リオ」


「まあ、建物だけ見ればその通りだろうがな。アピールポイントはそこじゃねえんだ」


 キャラバは言うと、マーレとディンゴが追いついてくるのを待ち、ボタ山へと続く細道を歩き始めた。見ていると、小屋をあっさり通り越して山の方へと向かっていく。工夫たちが踏み固めて出来たらしい小道である。その行きつく先は当然、工夫の仕事場――かつての坑道だ。壁面にばっくりと開いた亀裂が掘り広げられて、丸い横穴になっている。


「おいおい、どこ行くのさ? 建物見に来たんじゃないのかね?」


 並んで歩きながらアラムが尋ねる。が、キャラバは落ち着いたものだ。穴の前に巡らされた針金と「立ち入り禁止」の札を片腕で引っ張り除けつつ、壁へ手を這わせてスイッチを探る。ほどなくして、壁に仕込まれた魔導灯の明かりが点いてゆき、壁の奥へと続く坑道があかあかと照らし出された。


「実を言うと、この物件の最大のウリは立地の方でな。この坑道に近いのがいいんだ……ま、ついて来てくれや」


 キャラバは涼しい顔で奥へと向かってゆく。アラムは後ろを振り向き、救いを求めるような目でマーレを見た。マーレも特にうろたえることなく、ただ静かに頷いた。それなりの理由があると言いたげな顔だ。アラムは首を振り、仕方なしにキャラバを追って坑道の奥へと歩いていった。


 ろくにメンテナンスもされていないにしては、坑道の魔導灯はきちんと動作していた。数か所断線して消えているところはあるが、ランプ自体はきれいなものだ。外の工夫小屋のように、面白半分にガラスへ石を投げていくような輩も入り込むことはなかったらしい。

 坑道の中には独特の金属臭が漂っていた。少し注意深く嗅げば、コーヒーの香りに似ていないこともないと思える。珈琲石の微細粉末が未だに空気中を漂っているのだろう。天然の状態で掘り出される珈琲石には、不純物として他の金属が混じっている場合が多い。時としてその割合が、鉱石珈琲の味に独特の深みを与えるのである。


「さて、ドクター・デリヴァリーを始めるにあたって、俺の頭に浮かんだ一番の障害物は何だと思う?」


 先頭を行き、時折魔導灯に炎の魔力を注ぎながら、キャラバが尋ねた。最後尾のディンゴが考えながら答える。


「そりゃ、魔物だとか、罠とか、そういう危険じゃねえのか?」


「期待通りの答えありがとよ。違うんだなァ」


 キャラバは振り向いてにやりと笑みを投げた後、言葉を続ける。


「お前さんも一度ぶつかった問題だがね――どうやって、遺跡に入るかってことさ。

 何しろ一刻を争う救命医療だ。通報が入るたんびに遺跡管理局へ出向いて書類書くなんぞやってられやしねえ。と言って、壁面の隠し穴から忍びこむってのも無理がある。近くにゃ冒険者ギルドの出張所があるんだ。一度や二度ならともかく、何度も何度も忍び込んでりゃいずれ盗掘を疑われてしょっぴかれる。

 管理局の目に触れず、かつ誰にも見とがめられない新しい出入り口が必要不可欠ってわけだ」


 無言で付き従っていたアラムが、ここへ来てふと何かに気づいた顔になる。


「待ってくれよ、何だか……あんたの口ぶりからすると、つまり、この坑道があんたのいう『出入り口』だとでも?」


「流石、察しがいいじゃねえのよ」


 キャラバはにんまりとし、懐から大きなざら紙を取り出してアラムらに渡した。どうやら、鉱山開発の際に使われた坑道図のようだ。


「地図を見てみると分かるんだが、この行動は第10大隧道の壁面へ斜めに入って、暗黒壁面(ダーク・ウォール)の方へと伸びている。そいつが記録されたのは暗黒壁面(ダーク・ウォール)発見前だから、図の上には描き込まれてねえが、現在の第10大隧道地図と重ね合わせてみるとどうやら、この道のどんづまりがちょうど神殿の端っこにぶち当たってるらしいんだ……ほれ、ここだ」


 キャラバは立ち止まり、突き当りに現れた坑道の果てを指さした。ツルハシの跡も鮮やかな、ざらついた岩壁が立ちふさがっている。つい今しがた工夫たちが作業を中断して昼飯を食いに行ったばかりといった感じだ。キャラバは壁に歩み寄り、溝の彫り込まれた壁面を撫でた。


「当時の開発記録を読むと、『古代の遺構にぶち当たったため工事を中断、掘削の方向を計画しなおす』という記録が見つかる。そこら中に遺跡が埋まってる大竪穴じゃ、そう珍しいことでもねえ。暗黒壁面(ダーク・ウォール)の冒険が盛んになっちまって、誰一人読み直す者は無かったようだがな。

 この壁の向こうが、遺跡に繋がってるんだ」


「だが……どうするのかね? 冒険者ギルドの許可なくして遺跡への新たな進入路を造るのは、ギルド法に触れるんだぞ」


 アラムが聞くと、キャラバは顔を上げ、何やら辺りをそわそわと見回しはじめた。


「おい、何か見えなかったか? 小さな、ネズミみてえなやつが」


「何?」


 つられてアラムたちも周囲を見回す。魔導灯の光に照らされた坑道は薄暗いが空虚で、特に隠れられるような物陰もない。


「いや、特に何もいないようだけど……」


 困惑顔でアラムが応えたものの、キャラバは聞き入れなかった。


「いいや、確かに居た。そこら辺をチョロチョロと、小さな生き物が……そこだ!」


 叫ぶが早いか、キャラバはコートの内側から魔導杖を引き抜いた。たちまち魔力が渦を巻き、杖の先端に深紅の炎が灯る。アラムたちが声を上げ、後ろへ跳びのきかけたその瞬間、キャラバは力の限り「噴火の魔術」を打ち放っていた。


 どォう……!!


 そのまま坑道が丸ごと崩れて埋まってしまうのではないか、と思うような大音響が響き渡り、岩の壁がガラガラと崩れた。行き止まりの壁面はキャラバの魔術によって跡形もなく崩され、黒くぽっかりと空いた穴が広がるばかりとなっていた――その奥から、冷たく湿った空気が流れ込んでくる。

 向こう側には、暗黒に包まれただだっ広い空間が見えた。


「……おっと、うっかり魔術なんぞ撃っちまった。いけねえいけねえ」


 魔導杖を軽く振り、キャラバはいかにもワザとらしく呟いて笑った。


「ネズミ退治のつもりが、うっかり壁に穴を開けてうっかり遺跡の壁を破っちまったぜ。おまけによくよく考えてみりゃ、ネズミなんてどこにも居なかったわ」


「……呆れて、ものも言えない」


 坑道にひっくり返ったアラムが、身を起こしながら渋い顔で呟く。爆発の拍子に、銀縁眼鏡は額の方までずり上がっていた。


「言い訳じみたサル芝居はいいけどね、せめてそういうことする前にはちゃんと予告したまえよ。危ないじゃないかね」


「大体、そんな理屈で通してくれるほど冒険者ギルドだって甘くねえだろ?」


 ディンゴも、髪やら肩やらに降り積もった埃をはたき落しながら文句を言う。キャラバは頷きながらも、満足げな笑みを崩さなかった。


「ま、こんなのは念のための屁理屈だがよ……ホント言うと、冒険者ギルドから追及される心配はあんまりしてねえんだ。奴らがこだわるのはあくまで冒険から来る収穫だからな。

 盗掘が問題になるのは大抵、盗掘品が大量に市場に出回った時くらいのもんだ。俺たちが医者の仕事にだけ精をだして、連中の獲物を横からさらって行かねえ限り、奴らだって見て見ぬフリさ。

 じゃあ医療ギルドはどうかと言えば、これは外の街で開業する医者には睨みを効かすが、基本的に遺跡の中までは手入れをしねえ。そっちは冒険者の縄張りだからな。治癒魔導士を冒険に派遣するだけで、遺跡内にまで見張りを立たせる余裕はねえってことだ」


「つまり、取り締まりの谷間をくぐるってわけだ……あくどい事考えるよ、この旦那は」


 一人だけいち早く後ろに逃げていたマーレが、腕を組みながらくすくすと笑った。


「僕みたいな模範的医療ギルド構成員には、到底信じられないね」


「よく言いやがら、その「あくどい事」に手を貸そうってェ不良医者がよ」


 キャラバはフンと鼻で笑った。


「さァて、目的はこれで果たしたし、とりあえず外へ戻ろうかい。

 アラム、ここを買った理由については、納得できたかよ?」


「まあ、私たちだけの盗掘ルートを近場に持つってのは、確かに魅力ではあるね」


 アラムは右手の指で顎を掻きながら答えた。キャラバは大げさに眉を跳ね上げ、舌を打ちながら指を振る。


「『盗掘』って言葉は止しな、アラム。俺たちゃ盗っ人じゃねえんだから。

 まあ、納得してくれたんなら何よりだがな」


「とは言え、納得したのはその部分だけだ。この立地を確保するために工夫小屋を買った、ってのはまあ、許してあげてもいい。けど、その工夫小屋があんなにボロボロなのは許せないねえ。

 当然ながら、あんたにはあんな掘立小屋を掴まされてしまったという責任が生じるワケだ……あの建物を住める状態にまで直すという、労働の責任が」


「……おい、なかなかキツい冗談こいてくれるな」


 流石のキャラバも笑みを引きつらせ、慌ててアラムに駆け寄る。


「俺に、たった一人であの小屋を直せと? 屋根も穴だらけで、ガラスも割れてるんだぜ?」


「よォくご理解の上でご購入と見えますね、お客さん」


 アラムはそっけなく言うと、目線も合わさずにすたすたと先へ歩き出した。


「私が立ち会ってりゃ、せめてガラスの入れ替えくらいは売り手側にやらしてたよ。ま、せいぜいガンバってみたら?」


 冷たく言い捨てられ、キャラバは後ろ頭に手をやって呆然とその場に立ち尽くした。マーレが同情的にその背を叩く。


「まあ、気を落とすなよ。なんだかんだ言ってディンゴ君やザイン君は手伝ってくれるさ」


「俺も当然のように頭数に入ってるのな……まあいいけどよ」


 坑道の壁にもたれて成り行きを見守っていたディンゴが、呆れ顔で呟く。


「ンな事より、まだ肝心なことを教えてもらってないぜ。俺の『企業秘密』だ。アレをどうやって患者探しに使うつもりなのか、まだ俺は聞かせてもらってないんだが」


「そう、そうだったな!」


 キャラバは急に元気を取り戻すと、坑道の天井に頭をぶち当てんばかりの勢いで顔を上げた。


「そこも工夫のひとつでよ……俺がエルに頼んで手に入れてもらったものが、もう一つあるんだ。工夫小屋の中に置いてある。そうだったな、エル?」


「新聞屋を口説き落として小屋の中に運び込ませるのに、結構骨が折れたがね」


 マーレは太った顎を揺らして頷いた。ディンゴは怪訝そうな顔をする。


「新聞屋……新聞と遺跡と、何の関係があるんだよ?」


「詳しくは、また外で話すさ。さあ、行った行った! 楽しい我が家が待ってるぞォ!」


 すっかり上機嫌を取り戻したキャラバは、ディンゴの肩を乱暴に叩いて押し出すように歩き出した。あまりの勢いにつんのめりかけながらも、ディンゴはアラムを追って坑道を出口へと辿っていった。

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