第41話 その名は紅蓮獅子
4人は坑道を出て、工夫小屋まで引き返してきた。マーレが進み出て鍵を取りだし、小屋のドアに掛けられた大きな錠前を開く。両開きの扉が開き、埃っぽい空気がふわりと流れだしてきた。長いこと人の手の入らなかった家に特有のカビくさい臭いが一同を出迎える。
「まあ、召使がスミズミまで掃除してくれてます、ってわけには行かねえわな」
キャラバはちょっと眉をひそめながらも、言い訳するように言って肩をすくめた。玄関を入るとそこはちょっとした広間になっており、工夫が椅子やテーブルとして使っていたらしい木箱がそこらじゅうに散乱していた。かすかに饐えたような臭いと酒の匂いが、往時の賑わいを窺わせるよすがとなっていた。
床はむき出しの土を叩き固めただけの簡単なもので、床板どころか敷物さえ敷かれていない。アラムは湿った土をブーツの先で蹴り、顔をしかめた。
「住むとしたらせめて、地面にはタイルを敷きたいな。清潔感のある青か白の……埃が立つのはマズいしね」
「ま、計画は勝手に立ててくれ。俺はそういう事ァ分からねえし」
キャラバは興味もなさそうに言うと、空き箱を蹴り除けて部屋の中央まで進み、ひときわ巨大な箱の前で立ち止まった。高さはキャラバの腰ほどだが、縦にも横にもやたらに大きい。風呂桶にしたら、ザインが2人は入れそうだ。
「こいつが、エルに手配してもらったもんだ。どうだ、なかなかイカすだろう?」
キャラバは得意げに『箱』にもたれかかり、側面をバンバンと叩いた。
「こいつが、って、空き箱じゃねえのかそれ……?」
ディンゴは歩み寄り、キャラバの横からその『箱』を覗き込んだ。蓋は無く、中身がそのまま見下ろせる。なるほど、空き木箱と見えたのは外面だけで、その『箱』の中には何やら金属の部品がぎっしりと詰まっていた。見慣れないあかがね色の金属部品は魔導合金製だろうか。何にしても、魔導機械の一種であることは間違いないようだ。
「ところでエル、運び込んでもらったはいいが、コイツはちゃんと動くんだろうな? それだけが心配だぜ」
首をひねっているディンゴをよそに、キャラバの興味は既にマーレの方へ移っていた。マーレはと言えば、コートのポケットから厚手の作業用手袋を取り出している。機械いじりの支度を万端整えて来たようだ。
「僕を誰だと思ってるんだい。動かないもんを掴まされるようなヘマはしないよ。もっとも、だいぶ旧式なのは否めないが……まあ払い下げ品だからね」
「そりゃ良かった。で、俺たちの仕入れて来た『企業秘密』の方はどうだ?」
「ああ、蓄光機の映像ね。確かに言ってたとおり、なかなか大したもんだ。
魔導回路の配線の具合はざっと見てみたけどね。流石に古代の魔導機械だから複雑だし、冗長なところもあるようだが……ま、お手上げって程ではないよ。充分こいつに組み込める」
マーレは作業用手袋を嵌めた手で、巨大な機械を愛玩動物のように撫でた。アラムはじりじりとした様子で尋ねる。
「だから、そのデカい機械は何なのかね? 見たところ、半分がた引き裂かれたガラクタにしか思えないんだが」
「上半分を剥がしてあるからな。無理もねえ」
キャラバが笑みを浮かべながら、代わって答える。
「紙の差込口や排紙ローラーといった、見覚えのある部分は取り除けてあるが、こいつァ新聞印刷用の魔導印刷機だ。駅前の新聞屋で使ってたのをもらい受けたんだ」
大竪穴の新聞は、炎の魔術で印刷される。他の階層にある新聞社で作成された原稿は、読み取り機にかけられて大地の魔力の信号となり、伝導線を伝って各階層に伝えられる。受け取り手の販売所は、魔導印刷機によってその信号を受け取り、太陽苔の仕組みの応用で大地の魔力を炎の魔力に変換、紙に原稿を焼き付ける。今アラムたちの目の前にあるのは、その新聞を焼き上げる方の機械だった。
「印刷機を? 何でまた……広告ビラでも刷るのかね?」
アラムの問いに、キャラバはちょっと考えた後、印刷機の後ろへ回った。背面から出ている導線をごそごそいじり、指ほどの太さの線を一本引きずり出すと、先端を地面に垂らす。
「くだくだしく説明するより、見た方が早えな。アラム、ちょっとその足元の地面を、右手の指輪で叩いてみてくれ」
「指輪で? ……こう、かね?」
アラムは首をかしげながらもしゃがみこみ、拳を軽く固めて右人差し指の銀の指輪で地面をこつんと打った。
アラムの指輪は、右手の義手に滞留する魔力を放出する蛇口だ。大地を打った瞬間、ほんのわずかながら大地の魔力が土へと流れだし、あるかなきか程度の火花を飛び散らせる――と、少し離れた場所に置かれた魔導印刷機の中で、何やら赤い光がぎらりと灯った。
壁にもたれて眺めていたディンゴが、鋭く口笛を吹く。
「光ったな、今! 炎の魔力だ!」
キャラバは大きく頷き、実験の成功に満足げな笑みを浮かべた。
「見えただろ? 指輪に籠もった大地の魔力は地面を伝わって導線に辿りつき、そのまま受信部へと伝えられる。すると、原稿が送られてきた時と同様に内部の魔導機械が作動し、印刷機の焼きごて部分が炎の魔力を放つってわけだ」
「要するに、印刷機の誤作動だ……別にそんな、取り立てて珍しい現象じゃないと思うがね」
あくまで冷淡なアラムに、キャラバはやれやれといった様子で大げさに首を振って見せた。
「もっと想像力を働かせてみたまえよ、アラムくん。離れた場所から放出されたわずかな魔力を、この機械は受け取ったんだぜ……つまり、遠距離通信が出来るってことだ。
もちろん、それこそ印刷物を送信するような複雑な通信は出来ねえだろう。ノイズが混じりすぎちまう。だが、俺らの仕事みたいに、ただ自分の居場所を知らせるだけの単純な信号だったら、どうだ?」
キャラバは両手を広げ、想像を促すようにアラムとディンゴの方へ体を向けた。
「つまり、こうだ……発信機となる魔道具を、前もって冒険者たちに配っとくんだよ。緊急事態が持ち上がったら、そいつを遺跡の地面へ突き刺して魔力を流し込む。こっちは地面を伝って来た信号をこの印刷機……もとい、受信機で受け取って、その方向と強弱に従って患者の居場所を突き止める、って寸法だ。
信号の減衰度合いによって距離が分かるし、受信機を複数の地点に繋いどけば、時間差によって方角も見当がつく。仕掛けはちょいと複雑になるし、うまい具合に感度を調整もしてやらにゃならんだろうがな」
「だけど、今のは近距離だから感知できただけの話だろう? 遺跡の外から中の信号を捕まえるなんて、いくら何でも無茶だ。とんでもなくドでかい発信機が必要になるよ」
アラムが尚も反論する。が、その反論すら想定の内らしい。キャラバは不敵ににやりと笑い、マーレの持ってきた蓄光機を指さした。
「そのために、『追いはぎ医者』の企業秘密が必要だったわけだよ。
実を言うと、救難信号の受信機に魔導印刷機を使うアイディア自体は結構前から温めてたんだ。ただお前さんの言う通り、遺跡の中で使うことを考えるとどうしても遠くまで届く発信機を作らなきゃならないのがネックだった。
そこへ、ディンゴの魔導回路の話を聞いたんだ……ピンときたね。信号を強くしようとするから、発信機に使う魔力が莫大になるんだ。目の付け所を変えなきゃならねえ。
送る側を強くするんじゃなく、受ける側の感度を上げてやりゃいい……ってな」
「そうか、魔力吸収の魔導回路……!」
ディンゴがぴしりと指を鳴らす。彼の『企業秘密』の正体は、大地の魔力を吸収する魔導機械が誤作動し、地中の魔力変動をキャッチして光るようになった――というものだった。同様の仕組みで、地中に注ぎ込まれた特定の魔力を離れた場所から吸収できるようにしたならば……。
「俺が罠のセンサーとして使ってたように、誰もが自分の場所をこっちへ伝えられるわけか!」
「まあ、まだ机上の空論に過ぎねえけどよ」
そう言いながらもキャラバは、四角い顔をくしゃりと笑み崩した。
「細かい作業はこれから、エルと2人でやっつけるつもりだ。この手の機械にゃ強いからな、この先生は。ヘタしたら人間の体いじくるより得意なんじゃねえのか?」
「あんまり無礼なことを言うと、協力してやらんよ」
マーレは手袋を嵌めた手を握ったり開いたりしつつ、まんざらでもなさそうな顔をした。
「もっとも、別に見返りなしに助けてやるというわけでもないがね……君たちが助けて遺跡から連れ帰った患者は、うちの診療所へ優先的に回してもらう。どの道君たちのところには入院設備もないんだし、損な取引ではないだろう?」
「ああ、商売ってのァそうでなくちゃいけねえ。俺結構、あんた結構、患者も結構ってな具合でな」
「はい、結構ずくめでようござンしたねと。まるであんたの人生みたいだ」
アラムが皮肉な調子で口を挟む。
「そういうことらしいから、後は機械いじりの好きなおっさん2人にお任せして、私らは帰りましょうか、ディンゴ。この建物に合う家具なんかも、早めに見ときたいしね」
ディンゴの肩に手を置き、小屋を出ようとするアラムに、キャラバはふと思いついたように手を挙げた。
「あ、お前さんらにはあと一個だけ、やってもらいたいことがあるんだけどな」
「何だね……言っとくが、私は魔導機械の事ァ分からないよ? 魔導キッチンのコンロも爆発させちまうくらいなんだから」
「俺も、右に同じ。遺跡の魔導回路は間近で見てたけど、まるでチンプンカンプンだったもんなあ」
額を掻くディンゴに、キャラバはじれったそうに首を振った。
「違う、違う。ンなことハナっから期待してねえって。そんな大層なことじゃねえんだけどよ。
実はこの建物と印刷機の他にも、もう一個だけ買ったものがあってな。特注品で、ちょいとしたものなんだが……それを表に掛けてきてほしいんだよ。俺らァこっちの仕事でちょっと手が離せなくなるからな」
「『掛けてきて』? 何を、どこに?」
予想外の頼みにアラムが怪訝そうな顔をすると、キャラバは右手を上げ、部屋の隅を指さした。
「そいつだ。そこに、白い布包みがあるだろ?」
見ると確かに、戸板2枚分ほどもある大きな包みが壁に立てかけてある。厚さはなく、ほとんど板のような形だ。輪郭は何やら複雑なカーブを描いて曲がっているらしい。頑丈そうなロープが幾重にも巻き付けてある。
「表の扉の上に、鉄の杭が打ち込んであるからよ。そのロープをそこに渡して引っ張り上げるんだ。そしたら勝手に吊る下がるようになってっから」
「表に吊るす、看板か何かか……そんなものまで勝手に作ったのかね? まったく」
アラムは処置無しといった顔で首を振りながらも、包みの方へ歩み寄り片方の端に手をかけた。
「キミはそっちを持ってくれ、ディンゴ。さっさと済ませちまおう。あの大将がどんなもんを拵えたのか、ちょっと興味あるしね」
「……俺、なんか早くもイヤな予感がしてきたんだけど」
ぶつくさ言いながらもディンゴは反対側を持ち、看板の包みを扉から外へ運び出した。
本体が擦れたり傷ついたりしないよう、白布でくるんだままロープを鉄杭に引っ掛け、滑車の要領で吊り上げると、看板の裏に打ち込まれた輪型の金具と杭がガッチリ組み合わさり、大看板は杭からぶら下がった――と、白い布がはらりと落ち、看板の意匠が太陽苔の明るい光の下に晒される。
「……」
「……」
ディンゴとアラムは、絶句してその場に立ち尽くした。
巨大な深紅の獅子が、血まみれの牙を剥いて天に向かい咆哮している。逆巻くたてがみは燃え盛る炎だ。そしてその右脚の下には、まぶしいほどに白い人間の頭蓋骨。
吠え声すら聞こえてきそうな迫力ある図案の下には、踊るような書体でデカデカと、キャラバの名付けた『医師団』の名前が書き込まれていた――『紅蓮獅子団』。
しばらく、2人はお互いの息遣いの音を聞くばかりだった。ややあって、ディンゴが先に口を開く。
「やっぱり俺、着いてく相手を間違えたんじゃねえかな……」
「遅いな、少年。私なんかもう十年以上前から、ずっとそう思ってるよ」
ディンゴとアラムは顔を見合わせ、深く深くため息をついた。




