第39話 ウベル=ベル=レグリキカの鉱山跡
ごとり、と音を立てて金色の球体が机の上に置かれた時、エルクラップ・マーレは意外にも穏やかな声で呟いた。
「へえ、こいつは驚いたね。原型を留めてるじゃないか。破片の2つ3つでも戻ってくれば万々歳だと思ってたんだが」
傷だらけの携帯型蓄光機を持ち上げ、マーレは感心したように頷いて見せた。キャラバは太い眉をしかめる。
「そう嫌味ったらしく言わなくったっていいじゃねえかよ。そりゃ、新品同様とは行かねえが、こうして無事に帰ってきたじゃねえか」
マーレは禿げあがった額を撫で、ため息をついた。
「『新品同様』じゃない。新品だったんだよ。お前さんが持ち出すまでは。
まあ、別にいいけどね……こうなることは予測してたし。リオンナード・キャラバにモノを貸して、まともに戻ってくると信じるほど僕もウブじゃないよ」
「至言だね、マーレ先生。石に彫って暖炉の上にでも置いとこうかしらん」
脇からアラムが茶々を入れると、キャラバの顔がまた一段と渋くなった。
「どいつもこいつも、今日はやたらと辛辣じゃねェか。そりゃ確かに、今度の冒険じゃあ余計な労働をさんざんしちまったけどよ」
遺跡から帰ったキャラバ一行は、マーレの営む診療所へと立ち寄っていた。どうにかこうにか取り返した蓄光機を返すためというのが第1の理由――他にも理由はあったが、キャラバは未だそれを他のメンバーには話していなかった。
マーレの事務室に集まったのは、主のマーレに加えてキャラバとアラム、そして所在なげに部屋の隅の椅子に寄り掛かっているディンゴの3人だ。
ザインは2頭のブレードホーンを飼いならすべく、もう一晩洞窟に泊まることにした。傷を塞がれ歩けるようになったのがディンゴらのお陰と知っているからか、あるいは夫婦が再び引き合わされ危険がなくなったからか、2頭のブレードホーンは見違えるほどに穏やかさを取り戻していた。
ユノーはと言えば――3人と一緒にマーレの診療所にまでは辿りついたのだが、着くなり空きベッドへ跳び込んで着替えもせずに眠ってしまった。まあ、魔力が尽きるまで働いて疲れているのだろうから、今日の所は寝かしといてやろう――というのは、アラムの弁である。
「帰り道にちょっと確認してみたが、魔導回路はバッチリ撮れてたぜ。多少は合金線が要るだろうが、例の機械にも問題なく繋げるだろう。
で、そっちの方はどうだ? 頼んでたものは手配出来たのかよ?」
キャラバが聞くと、マーレは蓄光機を懐に押し込みつつ立ち上がった。
「問題ないよ。新聞屋に聞いてみたら、ちょうど一台壊れたのがあってね。それとなく覗いてみたが、使えそうだ。使えないからってンで、二束三文の値で買い取ってきた」
「そいつァ上出来だ。で、物件の方は?」
「そっちも、話はつけてある。前々からの打ち合わせどおり、小屋ごとの買い取りでよかったよな?」
「おうとも。1人と2匹増えはしたが、まあ、スペースだけは十分にあるからな。問題はねえだろう」
「ちょ、ちょっと! さっきから話についてけてないんだけどね。一体何の話? 新聞屋って……私に内緒で、何か買ったって話かね?」
早口に言葉を交わすキャラバとマーレの間に、たまりかねたアラムが割って入る。財務担当としては聞き逃せない話だけあって、眼鏡の奥の瞳は鋭く厳しい。キャラバはたじたじとなりつつも、恐るおそる答える。
「悪いな、アラム……お前さんに教えたら絶対反対すると思ったんでな。だけど、必要なもんであることは間違いねえんだ。いやしくも「医師団」として営業を始めるなら、俺たちだけの事業所が必要だ。そうだろ?」
話が進むに従い、アラムの表情がどんどん強張っていく。ディンゴは離れた場所からその顔色を窺い、大仰に肩をすくめて身を縮こまらせた。我関せずを貫くつもりのようだ。
キャラバはごくりと唾を飲み込み、息をひとつ吸い込んだ後、意を決して言葉を吐き出した。
「あれだ、つまり……ちょっとした家を、その、一軒アレしたと言うか……」
「そ……そんなデカい買い物を、私に黙って!?」
アラムは思わず椅子を蹴って立ち上がった。響き渡るけたたましい音に、マーレがつつましやかに眉をひそめる。
「診療所ではお静かに願いたいね、アラム。うるさいことァあんまり言いたくないけれど」
マーレの静かな声を聞き入れる様子もなく、アラムはさらにまくしたてる。
「大体、どっからそんなカネ手に入れて来たのかね! 私は毎日毎日、薬やら消耗品やら揃えるだけでピイピイだってのに……」
「そ、それは……」
「ああ、それなら僕が一筆書かしてもらった」
マーレが再び、けろりとした顔で口を挟む。
「医療ギルドのコネを使って、ギルド協同組合銀行からカネを融通してもらったんだ。鉱山開発の事業を始めるって名目つけてね」
「マーレ先生……!」
アラムは何と言っていいやら分からぬという顔で、ただ口をぱくぱくと動かすばかりだった。
「何でまた、このバカにそんな真似を!」
「まあ、そう悪くもない投資だと思ったからね。見てもらえば分かると思うが」
マーレはヒョイと肩をすくめ、部屋の隅のコート掛けから薄桃色の外套を取った。
「どうせみんなを案内するつもりだったんだろう、キャラバ? 何だったらこれから鳥力車を飛ばして、見に行けばいい。現物を見せた方が、説得もしやすいだろう」
「そ、そうだな! それがいいや!」
待ってましたとばかりに、キャラバは椅子から跳びあがった。椅子に掛けてあったドクイバラのコートを引っつかむと、立ちはだかるアラムをくるりとかわして事務室のドアへと駆けていく。
「ホントに掘り出しものなんだからよ……見てくれりゃ、それが分かるんだ! なあ、アラムよォ……」
アラムはふと当惑した。キャラバの自信はひとかたならぬものがある。いつも自信満々の男だと言えばそれはそうだが、それにしてもいわくありげな口ぶりだ。黒手袋に包まれた右手人差し指を唇に当てて数秒思案したのち、アラムはゆっくりと尋ねる。
「……それで、その『物件』とやらはどこにあるのかね?」
キャラバは一度まばたきをし、たちまちぎらりと笑顔を顔中に広げて答えた。
「ウベル=ベル=レグリキカ――名前くらいは知ってるか? 打ち捨てられた、郊外の遺跡さ」
* * *
4人を乗せた鳥力車は、細く曲がりくねった裏道を通って郊外へと向かった。暗黒壁面からは逸れ、第10大隧道の横壁へと向かう道だ。冒険者ギルドの威勢のいい雰囲気は薄れ、古びた裏町のうらぶれた空気が漂ってくる。
「この辺りの方が本当は、町としての歴史は古いんだけどね。開発が進む前に暗黒壁面が発見されちまったもんだから、そっちにばっかり投資が進んで、今じゃすっかり見放された地域になっちまった」
4人がけの座席に腰かけたマーレが、隣に座るディンゴに語って聞かせている。ディンゴは通り過ぎてゆく景色を窓から眺めつつ、聞くともなしに聞いていた。
「暗黒壁面が一番デカいってだけで、第10大隧道に遺跡がそれだけってワケじゃない。今から向かう場所は、そういった辺境遺跡のひとつさ……もっとも、冒険者が向かうような遺跡を想像してたら、ちょいと予想を裏切られるだろうが」
「旦那がたァ! そろそろ着きやすぜ。路が悪いンでちょっと注意しといてくださいよ」
マーレの解説を断ち切って、御者台から鳥力車の御者が声をかけてきた。ディンゴの真向かいに座るアラムは、まだ疑わしげな顔で眼鏡を上げた。
「言っとくが、納得できなかったら何としてでも契約を破棄してもらうからね。多少の違約金がかかったって、価値のないものを掴まされるよりはマシなんだから」
「心配性だな、お前さんも……大丈夫だって、俺を信じられないのか?」
隣から笑いかけるキャラバに、アラムは凍り付きそうな視線を一瞬投げた。
「あんただから信頼できない、と、ハッキリ言ってもらいたいかね? リオ……」
流石に返す言葉もなく、キャラバが座席の上で居心地悪げに後ずさりしたところで、ちょうど良く鳥力車は停まった。手綱を振って車を曳くオオツチドリを落ち着けつつ、御者が叫ぶ。
「はい、お疲れ様で! ウベル=ベル=レグリキカの鉱山跡でごぜえやす! 道中お気をつけて……っつったって、何しにいくやら存じませんがね」
ドアを開け運賃を受け取る時も、御者の顔には何やら不思議がるのと面白がるのを半々につき混ぜたような表情が浮かんでいた。それも、仕方ないだろう――ディンゴは車から降りるなりそう考えた。目の前に広がる光景をひと目見れば、こんなところに好きこのんで来るような奴は相当のもの好きだと分かる。
その場所を率直に形容するならば、「瓦礫の掃きだめ」という言葉がしっくりくる。それも巨大な掃きだめだ。ちょっとしたボタ山くらいの規模で、大小の岩がごろごろと積まれている。一抱えほどのものから、大きなのになると鳥力車よりもなお大きなものもある。積み方に規則性はなく、ただ誰かがそこへ放り捨てたままになっている、とでもいった様子だった。
「なるほど、確かに遺跡にゃ見えねえな……それとも、古代『うちびと』文明の美的感覚からすりゃ、なんか前衛的な良さがあンのかね」
ディンゴが山の頂上を眺めながら呟くと、アラムは鼻で笑った。
「ンなことはないよ。ここは正真正銘、ただの瓦礫の山さ。ちょっと前、空中市場の大乱のころにデカい落盤があったんだ」
アラムの言葉に便乗し、ここぞとばかりにマーレが歩み寄ってきて解説を引き継ぐ。
「伝承によれば大昔、この辺りには蜥蜴人種の集落があったという。大竪穴の『うちびと』の中でも気難しい種族でね。純粋人類どころか他の『うちびと』種族の前にもめったに姿を現さない連中だ。
その村は比較的最近――ほんの数十年前まで存続していたそうだが、ある時集落は一夜のうちに滅び、蜥蜴人種たちはふっつりとその姿を消したという。少なくとも、近くの『うちびと』集落に残る話によればそういうことらしい。
で、時代は流れ数年前の空中市場動乱期、反乱を企てる『うちびと』邪教団がこの辺りを根城にして、攻め込んだ外界軍と戦いを繰り広げた――詳しいことはよく分からんが、その戦いが引き金となって大規模な落盤が起こったらしく、それでここら一帯はもう一巻の終わり。今やかつての集落の名残さえ残ってないというわけさ(冷血探偵『一なる根より生ずる』参照)」
「歴史の授業も結構だけどね、マーレ先生。結局『物件』とやらはどこに?」
アラムが不満げに口を挟む。と、既にずんずん歩き出していたキャラバが、振り返って手招きする。
「エルがご親切にも語ってくれた歴史は、まだ半分だ! 崩れた後のウベル=ベル=レグリキカがどうなったのか、話してねえだろう?」
「後……ったって、こんな完膚なきまでに潰されちまったんじゃ、その後どうにもなりゃしないだろ?」
後を追いながらディンゴが首をかしげると、キャラバはニヤニヤ笑いながら首を振った。
「それが、違うんだな。こりゃあ第10大隧道の開発史に結構深く関わることなんだけどよ。歴史のテストでも受ける気なら覚えときゃ、他の奴らに差が付けられるぜ。
いいか、崩落は確かにかつての遺跡を埋め尽くしたが、代わりに壁の崩れ目からは新たな地層が顔を出した。珈琲石を含む地層が、な」
珈琲石は、その名のとおりコーヒーのような味と香りを持った鉱石である。表面の酸化した部分を湯に溶けば鉱石珈琲となる。コーヒー豆の育ちにくい大竪穴で、手軽にコーヒーの味を再現できると広く愛飲されている鉱物だ。
「第10大隧道の開発は、まずその鉱脈の開発から始まったんだ。鉱脈は小さかったが、安定した収入が得られた。珈琲石を掘り出しちゃあ上の階層へ売り、そのカネで竜列車駅やらメインストリートやらを整備していったわけだ。
だが、一年もすると鉱石が枯渇しだし、同時に暗黒壁面の奥の複合遺跡も見つかったことで、鉱山開発はすっかり投げ出されちまった。この界隈の街と同じく、打ち捨てられた場所ってわけだ。
今回俺が買ったのは、その鉱山の工夫が暮らした詰所なんだ――ほら、見えて来たぞ」
キャラバは太い指で行く手を指さした。見ると、砂と埃に半ば埋めつくされたような見すぼらしい2階建ての小屋が一軒、立っているのがやっとといった風貌で佇んでいる。




