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第38話 生きてりゃあ勝ちよ

「何だい何だい、男同士で通じ合ってる感出しちゃってさあ」


 苦笑いしながら、アラムが声をかける。その右腕は既に黒手袋の中に納まっていた。キャラバとザインは顔を見合わせ、目を丸くする。


「なんだ……居たのか、アラム。どこに隠れてた?」


「居たのか、って、そりゃないでしょうよ。ここへ辿りついたのは私らが先なんだからさ。

 ディンゴもユノーも無事だ。あんたらとは別ルートでここを見つけてね、奥でちょっとしたものを見つけたんだが……」


「すげェな、あんた……深層にはそんな魔術もあるのか?」


 話に割り込んできたのはディンゴだ。ザインの巨体に走る契約印を、畏敬の念のこもった視線で見つめている。まるでその中から、ブレードホーンを屈服させた秘密を読み取ろうとしているかのようだ。ザインはちょっと困惑の体で、貫頭衣の裾を掻き合わせた。


「実を言いますと、今のは魔術でもなんでもないんです。私の生まれた村に伝わる、スキッパーを落ち着かせるためのちょっとしたコツのようなものでして……。

 スキッパーというのは、攻撃するときにはまず頭を下げて角を向けてきます。この状態から突き上げて、掬い上げるのが基本の動きなのですが……こう、首が上がってしまうと、もう攻撃することができません。ブレードホーンとは言っても、本当に刃がついているわけではありませんからね。

 実際に、野生のスキッパーの牡同士が戦う際には、相手の角の下に自分の角を差し入れようとするのがパターンなんです」


「で、首を下からカチ上げられたら、喧嘩はそこまでで終わり、勝負あったとなるわけだ。ヒトの喧嘩よりゃよっぽど文明的だァな」


 キャラバが腕組みをしつつ横から口を挟むと、ザインも頷いて先を続ける。


「それで、まずは足を止めて首を上げてもらう必要があったわけです。習性上、ああして首を押さえた時点で、半分がた戦意を失いますから。

 と言っても、私はそんなに早く動けませんし、キャラバさんに体を張ってもらうことになってしまいましたが……」


「でも、その後の呪文みてえなのは何なんだよ? 古代魔術かなんかじゃねえのか?」


 ディンゴが尋ねると、ザインは覆面の奥の目を細め、少し照れたように頭を掻いて答えた。


「あれも、言葉自体に意味はないんです。巨猪人オークの村に古くから伝わる「鎮め歌」というものでして、家畜として飼っているスキッパーが暴れた時などに歌って聞かせる、おまじないのようなものなんです。

 別に魔力のようなものがあるわけではないんですが、これを聞くとスキッパーの仲間は不思議と落ち着いてくれるんですよ。多分、スキッパー同士が求愛に使う泣き声に音階と節回しが似ているからじゃないかと、私は推測していますが」


「結構付き合い長いけど、キミがそんなに魔物の扱いに慣れてるとは思わなかったね、ザイン。深層出身だから、知識があるのは知ってたけどさ」


 アラムは、ふと思いついたという調子で口を挟む。


「なんというか、もっと学究肌で本の虫みたいなイメージがあったけど、意外と野育ちなんだ」


巨猪人オークの村で育った子には、言葉遣いや挨拶よりも早く仕込まれるわざでしてね」


 ザインは幅広い両手を挙げて、小声で応えた。自分のことを得々と語ることに慣れていない、といった風だ。


巨猪人オークというのは元来、獣を操るのに長けた種族なんです。この身体を維持していくためには、牧畜で肉を作る必要がありますから」


 ザインはブレードホーンの首筋を叩き、その目を自分に向けさせた。大羚羊の黒い瞳と、覆面の奥から見据えるザインの瞳がぶつかりあう。ブレードホーンはそのまま、何か物思いでもしているかのようにじっとザインの目を見つめていた。相手から目を逸らすことなく、ザインが説明する。


「スキッパーにはこうして目を合わせてやると、相手を落ち着かせる効果があるんです。賢い動物なので、目線を切るとこちらが何か企んでいると察して警戒してしまうんですよ。

 本当に、元来は穏やかな魔物なんですがね。何しろ体が大きいですから、天敵らしい天敵も居ないし、この辺りは餌の植物も潤沢ですしね。さっきのように荒れている姿は私も見たことがありません。少々驚きました」


「ああ、それなら、実はこの奥にね……」


 アラムが訳を話しはじめたその時、伏していたブレードホーンが不意に首を跳ね上げ、ザインの手を払いのけた。


「これは……ッ」


「野郎、また暴れる気か?」


 たちまちザインは身をこわばらせ、ディンゴも『光のメス』を威嚇的に構えながら前に出る。が、その動きをユノーが制した。


「待って! 聞こえるでしょ?」


 その言葉に、一同は反射的に動きを止めて耳を澄ませた。はたして、洞窟の奥から何やらコツコツと音がする。不規則な、硬いもので地面を叩いているような音――ほどなくして、その正体が姿を現した。


「なるほどねェ……」


 キャラバがひゅうと口笛を吹く。前脚をすこし引きずるようにして奥から歩み出たのは、ディンゴたちが手術した牝のブレードホーンだった。麻酔の効力が時間と共に薄れてきたところへ、牡のブレードホーンとキャラバたちが大騒ぎを演じたために、目を覚まし起き上がってきたのだ。


 角の長い牡はザインの元を離れ、飛ぶように牝の方へ駆けていった。牝も麻酔の残るおぼつかない足取りでつがいの元へと急ぎ、その首元へ己の首をすり寄せた。低く優しい唸り声が、睦言のようにお互いの喉からこぼれ出る。


「こりゃ、俺たちの方が悪者だったな……巣に残したつがいを守ろうって男に、散々ちょっかいをかけちまってよ」


 キャラバはすっかり感心の体で首筋を掻いていたが、ふと牝の右脚に巻かれたギプスに目を留めた。その視線を、横で魔導杖を仕舞っているディンゴの顔へ向ける。しばらく両者を見るともなしに見比べていたが、やがてその角ばった顔が笑みに崩れた。


「そうか……お前さんらの見つけた『ちょっとしたもの』ってのァこれか、アラム。まあ確かに、こんなバカでかい患者ってのはそうそう居るもんじゃねえな。しかも、一文の儲けにもならねえ奴はよ」


 アラムは軽く肩をすくめた。


「お人よしだと思うンなら、そう言ってくれて構わないよ。何しろあんたに付き合ってやってるんだ、人がいいのは分かり切ったことさ。

 それより、実際にメスを執ったのはそこの坊ちゃん嬢ちゃんらさ。そっちは褒めてやってくれよ。見りゃわかるけど、いい腕だよ」


「ああ、分かってるさ」


 キャラバは大きな手をディンゴとユノーの肩にそれぞれどすんと置き、豪快な笑みを浮かべた。


「お前ら、よくやったな。こんな場所で魔物の手術をするなんて、お前らが人類初かも知れねえぜ」


「褒めてんだか何なんだか、分かんないわよ」


 ユノーはそっけなく言うと、あっさりとキャラバの腕を振り払った。が、ディンゴは、キャラバの顔をまともに見ることもなく、急に物思いに沈んだような顔で頷くだけだった。


「……俺ぁ、どうだか分からねえ」


 ディンゴはかすれた声でそれだけ言った。キャラバは肩の手を動かさぬまま、片方の眉を少し上げただけでディンゴの続く言葉を待った。ややあって、ディンゴは少し大きな声で続ける。


「ブレードホーンを治してやると決めた時は、自信があったんだ。それが正しいことなんだと……だけどその後、牡が戻ってきて、暗い洞窟の中で魔物と真っ正面からぶつからなきゃならなくなった時――だんだん実感が湧いてきた。これは俺が招いたことだ、って。それで、怖くなったんだ、正直言うとよ。

 アラム、あんた言ったよな。命を賭けるに値することなのかって……俺の命だけだったら、まだ、捨てられたかもしれねえ。けど、他の連中、アラムやユノー、それにこれから助けられるはずだった連中、そういう命全部と引き換えだとしたら、どうだろう?

 そういうことは考えたこともなかった……俺ぁ、分からなくなっちまったんだよ」


 一同は黙って、ディンゴの絞り出すような言葉を聞いていた。共に手術を主張したユノーは、何か声をかけたいのだが言葉が見当たらないという風に、唇に指を当てて押し黙っている。アラムは静かに腕を組んで、キャラバの方を見た。


 キャラバはディンゴの肩を掴んだまま、岩のように無言でうっそりと立っていた――と、おもむろにその背を曲げ、ディンゴの方にぐっと顔を近づけると、真剣な表情で口を開く。


「いいか、これもまた、俺からお前さんに授けられる大事なレッスンのひとつだ。よく覚えとけ――医者にとって、最大の正義は「生きてること」だ。生きてさえいりゃ勝ち、何がどうなろうが最終的に生きてさえいりゃ万々歳だ。

 なるほど、今回お前さんは多少危ない橋を渡った。仲間も危険に晒したかもしれねえ。本当だったら、取るべきじゃないリスクだったかもしれねえ。……けどお前さんは生き残った。誰一人、ブレードホーンさえもくたばらなかった。だったら大儲け、大成功だ。充分に胸を張る権利があるってもんだ」


 キャラバは大きな手のひらを広げ、ディンゴの背中を思い切り叩いた。咳き込むディンゴをよそに、キャラバはさらに全員に向かって語り続ける。


「いいか、お前ら! 俺たちの団において、まず何より優先して守らにゃならんルールはそれだ。今決めた。

 とにかく生き延びろ! 生き延びちまえばこっちのもんよ。どんなしくじりも、その場を乗り切って生き残ったら帳消しだ。間違っても、医者が患者より先にくたばるなんてことがあっちゃならねえんだからな!」


「……やれやれ、あんなこと言ってら。これだからあんたについてくのはしんどいってンだよ、リオ」


 アラムは苦々しげな口調でそう言った――が、その口元に浮かぶ笑みは、口調を裏切っていた。ザインもユノーも、目を見かわして唇を緩めている。


「デタラメにも程があるわよね。切っても叩いても死なないキャラバだから言えるようなことよ」


「ですが、それもまたキャラバさんらしいと言えます……そうでなかったら、私たちのついて行くキャラバさんではありませんよ」


「ま、おおむね好評と考えておくか。この反応は」


 キャラバは歯を見せて大きな笑顔を作り、まだ咳き込んでいるディンゴの方へくるりと向き直った。


「そう言えば……まだハッキリとは聞かしてもらってなかったな。そろそろ決心がついたかよ?

 俺たちと一緒に来るか、来ねえか……来て、また今日みてえな危ない目に遭って、大してカネにもならねえ仕事をこなしてみるかどうか、お前さんの答えは?」


 ディンゴはやっとのことで息を整え、ぎろりとキャラバを睨みつけてから、一同を順に見渡して口を開いた。


「……つーかよ、この流れで「やっぱり行かねえ」なんて言えるってのかよ……。

 分かった、分かった。とりあえずあんたの下についてやるさ、キャラバ。ちょうど俺は今、苦労をさせられたい気分なんだ――ちょうど、ここんところはな」


 キャラバの笑みが、四角い顔いっぱいに広がった。ユノーはことさら澄ました顔をして横を向き、アラムはそんなユノーを後ろから眺めて笑いをこらえている。ザインは――覆面とターバンで表情は窺えなかったが、大きく頷くその目は笑っていた。


「よォし、それでこそ男だぜ!」


 キャラバは叫び、右手を思い切りディンゴの背に叩きつけた……と思いきや、流石に慣れてきたディンゴに素早くかわされ、団扇のような平手はくるりと宙を切った。


 やや鼻白みながらもキャラバは立ち直り、また意味合いの違った笑みをにやりと浮かべた。今度のは、何やら妖しい雲行きを感じさせる不吉な笑みだ。


「さてそこで、新入団員ディンゴにプレゼントだ。新入団キャンペーンとしてこのたびは、本来一番下っ端のはずの新入団員にもれなく後輩ってやつがついてくる」


「後輩……?」


 ディンゴの口がぽかんと開く。アラムたちも、今度ばかりは大将が何を言っているのか分からず、てんでに首をかしげている。ザインだけがやや複雑な表情で、一人畏まって立っていた。


「新しい仲間がさらに出来るって言ってんのさ。俺たちにゃ――救急隊にゃ必要なパートナーだ。

 デリヴァリー式の医師団ってのァ、呼ばれたら素早く駆けつけなきゃならねえ。1週間の大冒険旅行の果てに辿りつく、なんてやってたら、この深層じゃ患者なんてホネも残ってねえだろう。平たく言って、アシが必要なのよ。遺跡の中だろうと自由に駆けまわれるアシが、よ」


「アシ、って、まさか……」


 ユノーの表情はこわばり、アラムは頭を抱えていた。当のキャラバはと言えば元気はつらつといった様子で、大股に歩を進めると、その「仲間」の傍らに立った。


「お取込み中失礼、まずはこいつを返してもらうぜ……と」


 キャラバは腕を伸ばし、「仲間」の元から金色の球体をもぎ取った。土やら葉っぱのかけらやらでだいぶ薄汚れたが、魔導合金の外殻に大きな傷や凹みはない。これなら内部の機構は無事であろう。

 そう、それは携帯型蓄光機だった。つまり、それを持っていた「仲間」というのは……。


「ブレードホーンはこのまま連れて帰る。俺とザインで何とか仕込んで、救急隊の移動機関として活用するんだよ……今さっきのザインの手際を見てりゃ、不可能じゃないと思わねえか? なあ?」


 キャラバは子供のように弾んだ口調で訴えかけた。ユノーは首を振り、ザインを見上げて恨めしげに呟いた。


「……ねえ、あの人、ブレードホーンを追ってる間ずっとああいうこと考えて、ワクワクしてたわけ?」

「……私の口からは、何とも。すみません」


 ディンゴは巻き毛の渦巻く頭を無意識にくしゃくしゃと掻きむしりながら、暗い声でアラムに尋ねた。


「なあ、ひょっとしてだけどさ。もしかして俺を仲間に入れようと考え付いた時も、あのおっさんあんな風にハシャいでたわけ?」


 アラムは答えかけ、少し考え、静かに首を振った。


「……答えるの、止しとこうか。あまりにも哀れだもんね、キミが」

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