第32話 親睦ハイキング
「キャラバさァん!!」
ザインは叫び、貫頭衣の前垂れを広げて走った。キャラバの落下点に滑り込み、前垂れの布と自らの巨体をクッションにして落ちてきた巨漢を受け止める。
「ぐ……ッ!」
どちらのものともつかぬ声が上がり、キャラバは何とか五体満足でザインの体の上に着地した。息を切らして喘ぐザインに対し、同じく息も絶え絶えのキャラバは顔を振り向け、にやりと笑う。
「……どォだ、計算通りだぜ」
「……ええ、まったく、その通りですね」
ザインは覆面越しに笑顔を返した。とはいえ、いかに善良なザインでも、今度ばかりは一言付け加えずにいられなかった。
「その代わり、ブレードホーンは逃げていってしまいましたけど。蓄光機をぶら下げたまま……」
「なァに、『逃げた』ってンなら上等だぜ」
キャラバはザインの腹の上から飛び降りると、コートの裾をはたきつつ悠然と答えた。ザインは怪訝そうに顔をしかめる。
「上等、とは?」
「今までブレードホーンの奴は、追ってくる俺たちから逃げるんじゃなく、かえって俺たちを始末するつもりで向かってきた。丘から岩を落としたり、神殿の罠に誘い込んだり、地の利を活用してな。
それが今、とりあえずはこれ以上の追撃を諦めて逃げようとしている。疲れたせいか、それとも俺が今の爆発でヘバったと思ったのかは分からねえけどな。となると当然、「どこへ」逃げようとしてるのかが気になってくる」
「敵に追われたブレードホーンが最後に逃げ込む場所……つまりそこが、「棲み処」だということに?」
ザインが問うと、キャラバはさも嬉しげに頷いた。
「流石、付き合い長いだけあってよく察してくれるぜ、ザイン。さあ、立ち上がったら追跡再開だ。もうゴールが近いぜ、この俺さまの勘によればな」
キャラバが朗らかに差し出す手を、ザインは静かに笑みながら取った。キャラバのように楽観的になるには、ザインは余りにも賢すぎた――しかし、表向きだけでも明るくしていた方が、得てして良い結果を産みやすい。それを充分に理解できるほど、また、ザインは賢かった。
~ ふたたび、落とし穴から抜け出したアラムたち一行は…… ~
「今、なんか音がしなかった?」
ユノーが立ち止まり、耳をそばだてた。ディンゴも顔を上げ、真剣な顔で頷く。離れた場所で地鳴りのような音が響いたのだ。小鳥や虫たちがにわかに騒ぎ出し、木々の葉をそよがせた。
「爆発音みたいな、地震みたいな……遠いけど、かなり大きな音よ」
「うん、私にも聞こえた。かすかだが、魔力らしい気配も感じるな。右腕が震えてる」
アラムも応え、黒手袋を嵌めた右の義手を持ち上げた。が、目線は上げなかった。その目の先には相変わらず、食い荒らされた薬草の茂みがあった。
「原因の推測はつく。物が壊れるだの大地が裂けるだの、デカい騒ぎが持ち上がった時にゃ大抵その中心にリオンナード・キャラバ大先生がいるもんだ。
大方癇癪でも起こして、お得意の噴火魔術を使ったんだろう」
アラムは眉を上げ、やれやれとばかりに首を振った。
「蓄光機が巻き添えで壊れてないことを祈るばかりだな!」
「キャラバのおっさんが今の爆発を起こしたんなら、その方向へ進めばおっさんが居る……合流できるってことだな」
言うなり歩き出そうとしたディンゴを、アラムは落ち着いた身振りで止めた。
「『その方向』ったって、どの方向だね?
まあ、そう慌てるなよ、少年。爆発は一発切り出し、だいぶ離れてもいた。こっからじゃおおよその方角の見当しかつかない。だが、おおよその見当で森の中を歩き回るほど危なっかしいこともないんだ。こうも樹の生い茂った場所で、何の目印もなしにまっすぐ歩くってのは、実のところ至難の業だからね。
結構時間が経ってるってのに、2発目がぶっ放される様子もなし……大先生も、一発撃つほどのバカではあるが、二発撃つほどの大バカじゃないってところかな」
「じゃあ、どうしようってんだ? このままここで遊んでろとでも?」
じりじりしながらディンゴは言う。アラムは、銀縁眼鏡の奥からちらりと視線を返しただけだった。
「合流自体は、いつでも出来るんだ。魔導信号弾の残りがまだあるからね。こいつを本来の用途に使えば、リオたちにこちらの居場所を知らせることは出来る。
だがそれまでの間、ブレードホーンの捜索は撃ちきりだ。リオが今さっきの一発で大羚羊を仕留めて蓄光機を取り返してくれてりゃいいが、それも怪しいもんだ。
私としては、このまましばらく別行動を取りたい。こっちはこっちで別の手がかりを追うんだ。保険をかける意味でもね」
「手がかりって言うと……その『ジュタルェカエカ』のことよね?」
ユノーが首を突っ込んでくると、アラムは立ち上がりながら笑みを返した。
「2人とも、周りを見てみたかね? ちょっと見ただけでも、同じような状態になっている茂みが見つかるだろう」
なるほど、改めて見回してみると、木々の陰に見覚えのある波型の葉が突き出している。そしていずれも、根元の部分から乱暴に引きちぎられていた。アラムがさらに辺りを指さして続ける。
「それにここらの下草は、他の所より丈が低い。種類も偏っているだろう。ユノーほど薬草には詳しくないが……ほら、これなんかは私にも分かる。オオバコの一種だ。しばしば人やら獣やらに踏みしだかれる路にも生える草だよ」
アラムは、食いちぎられた茂みの手前あたりに生える平たい葉を持った雑草を指さした。ユノーも確認し、大仰に頷く。
「確かに。ちなみにオオバコは、『うちびと』の言葉では『ジュテアウラク』。「平たい葉」という意味で、効能は利尿・整腸など。葉を煎じて飲んだりするのが一般的ね」
「そこまでは聞いてねえだろが、誰も」
ディンゴがぼそりと言うのを無視し、ユノーはアラムに向かって続けた。
「要するに、この辺りは人か獣がよく通る路だ、ってこと?」
アラムは頷き、先ほど見つけた石の上の蹄跡を靴先で示した。
「さっきも見せたが、この蹄跡は明らかにスキッパーのものだ。葉の切れ端に残っている歯型の大きさと形状も、草むらを荒らしたのが大型草食獣であることを示している。この道を通っているのはスキッパー……それも、例のブレードホーンである可能性が高い」
「まだ、あいつと決まったわけじゃないだろう。こんだけ大きな森だ、他にもデカい魔物がいたっておかしくねえ」
異を唱えるディンゴに、アラムはゆっくりと首を振った。
「キミが言ったんじゃないか、ディンゴ。『理由もないのにわざわざ乾燥室へ入ってきたのはおかしい』って。
そう、乾燥室の中にブレードホーンの興味を引くようなものが無いのなら、奴がわざわざ入り込むはずもない――つまり、あの部屋の中にはブレードホーンを惹きつける『何か』があったことになる」
「それが『ジュタルェカエカ』だと?」
ユノーが結論を先取りして口を挟むと、アラムは頷いて食い切られた歯の切り口に手をやった。
「ほとんど根元から食い切られてるから、この株がまた充分な長さまで伸びるには結構な時間がかかるはずだ。つまり、一度漁った「苅場」は2度とは使えない。
奴は恐らくこの近辺で薬草を刈りつくしてしまったんだろう。それで新しい群生地を探してくうちに森を抜け、遺跡の通路まで下りてきた。
ディンゴ、キミも遺跡の中に生えていた薬草を摘み取ってアジトへ運び込んだんだろう? 多分その時に、通路に匂いの痕跡が残ったんだ。その見えない道しるべを辿ってブレードホーンは進み、目当ての薬草がぎっしり詰まった部屋に入り込んだ……多分、そんなとこじゃないかな」
「でも、何だってそこまでして『リュウノカモジ』が欲しいんだよ?」
食い切られた茂みの近くにしゃがみ込み、まじまじと眺めながらディンゴが言う。
「まさか、偏食ってわけでもあるまいし……」
「さて……この説はそこが弱いんだ」
アラムは右手で髪をかき上げた。
「傷薬になるとはいえ、あの個体に傷があるようには見えなかった。どころか、十分すぎるほどにピンピンしてたもんね。見えないところに病気でもあるのか、それとも……」
「何だっていいわ。とにかく、あいつが『ジュタルェカエカ』を集めてるってことはどうやら確からしいもの」
ユノーが議論を打ち切ろうとするかのようにぴしゃりと言った。
「その仮定のもとに動くってことで、私はいいと思うわ。この食い散らかされた茂みを追っていけば、あいつの棲み処に辿りつく……それでユノー、具体的にはどっちへ進んだらいいと思う?」
「無論、食い切られた茂みはあちこちに点在してるから、ハッキリとした方角を示してくれるわけじゃない」
アラムは言いながらおもむろに屈み込み、目線を低くして右手を地面に当てた。
「……しかし、推測の手掛かりにはなる。奴はねぐらの近くから収穫を始めて、それから次第に範囲を広げていった結果、森の外にまで下りてきたはず――つまり、住処は坂の上の方に位置しているはずだ。
坂の傾斜は……向こうに向かって登っている」
アラムはけもの道が続く先を指さした。
「加えて、下草の中にオオバコ類が多い場所が奴の通り道であるはずだ。基本的にはそれを追いながら、道端に食いちぎられた茂みがあることを定期的に確認していく」
「『ジュタルェカエカ』の、ね」
「『リュウノカモジ』のな」
同時に口走ったユノーとディンゴに、アラムはちょっとの間目をぱちくりさせていたが、やがてふうっとため息をついた。
「実はさっきから気になってたんだが……張り合ってるだろ、キミら。しょうもないことで」
「え、何が?」
「……知らねえな」
そ知らぬ顔で答え、示し合わせたようにつんと横を向く2人を前にして、アラムは眉を高く上げ額を掻いた。
「……ま、どうでもいいけどね。ともかく2人とも、計画は呑み込めたろう? 軽いハイキングだ。親睦を深め合うためもかねて、さ。仲良くやろうよ」
あやすような笑みを浮かべたアラムに、ディンゴもユノーも取りあうことなく、一言も口を利かずにすたすたと上を目指して歩き出した。アラムはもう一度長いため息をつくと、2人の後を早足に追いかけた。




