第30話 食い切られた薬草
背中越しに投げられた言葉を咀嚼しきれぬまま、ディンゴはユノーの後からとぼとぼと歩いた。唇が時折引きつるように動くのは、何か声をかけようとして逡巡しているためか――その顔を横目で見守りながら、アラムは物語の終わりを語った。
「ユノーが8つの時だったかね、鳥人の隠れ里にまで冒険者がやって来たのは。
徐々に冒険が進み、冒険者が下の階層へ降りてくるようになって、『隠れ里』も隠れたままではいられなくなった。別段財宝があるわけでもなかったから略奪は受けなかったものの、食糧難化を求めて入り込んでくる冒険者を完全に遮断することもできなかった。鳥人の村も、変わらなきゃならなくなったんだ。
鳥人たちは冒険者や近くの階層に居ついた移住者たちと取引をするようになった。特産物のドクイバラ織や、部族に伝わる薬なんかを街に持ち込み、代わりに外界からの品物や上の階層で取れる作物なんかを手に入れるようになっていった。そうやって関わりが出来てくると、当然ユノーの存在も冒険者たちの目に留まるようになる。亜人の村にいるたった一人の純粋人類だからね。
それで、可哀想な子供を亜人から取り返そうだのなんだの、まあひと悶着あったらしいんだけど……私らはその頃もう少し深い階層に居たから、そのあたりの経緯はよく知らない。結局鳥人部族の方が折れるというか、まだ幼いうちに同じ種族の元へ返してやる方がいいだろうってことになって、円満に冒険者村へ引き取られたんだけどね。
さっきも言ったように、この娘はえらく人見知りの気難し屋でね。里親のとこを何軒か飛び出した後、まだ冒険者やってた頃のリオに見込まれて、それから後はまあ、ずっとこんな感じでやってきたわけさ」
アラムは肩をすくめ、適当に話を結んだ。ユノーは振り返ることもなく、ただ足早に先を目指して歩いている。洞窟の暗がりでは、その表情は窺いようもなかった。
「俺は……」
ややあって、ディンゴがおずおずと口を開いた。アラムもユノーも口を開かず、ただ黙って歩きながらその先を待った。
「その……確かに俺ぁ、あんたらの言うところの『そとびと』だよ。実際、大竪穴には出稼ぎにきただけのつもりだった。所詮あんたらからしてみりゃ観光気分に見えるのかも知れねえ。
けどよ、俺だって、医者のはしくれとして……」
「あっ、今、風が動いた。そこ曲がったとこが出口よ」
「ホントかね!?」
ユノーが声を上げて前方を指さすと、アラムもディンゴの横をするりと抜けて前へ出た。置いてけぼりとなったディンゴは、口を半開きにしたまましばしその場に立ち尽くしていた。
「……聞いてねえのかよ!」
ようやくのことでそれだけ叫んだディンゴに、アラムは眼鏡を直しながら振り返って微笑みを投げた。
「悪い、悪い……いや、そう気負わなくったってさ、ユノーもきっと分かってると思うんだよ。キミが悪い奴じゃないってことくらい」
アラムは、知らぬ顔で奥へ進んでいこうとしていたユノーの肩を捕まえて、にッと歯を見せた。
「ホントのホントはさ、多分、接し方がよく分からないってとこじゃないのかね。歳の近い、まるで知らない異性が不意に現れて、さ」
「アラムっ!」
ユノーは肩に置かれた手をはたき除け、ムキになってアラムを睨んだ。
「無駄話はしないの! 早いとこ、外に出たいんでしょッ!?」
「はいはい、そうでしたっと」
アラムは広げた両手をヒラヒラと振って笑った。
「確かに、まずはここを抜け出してからだ。行こうか、ディンゴ。うちのお嬢様は、閉じ込められて気が立っとるようだから」
クスクス笑いを漏らしながら歩いていくアラムに、ディンゴは呆れたようなため息を1つつきながら低くぼやいた。
「なんか俺ばっかり、いい道化になっちまってる気がすンだよなあ……」
ともあれ、一行は再び洞窟を進みだした。曲がりくねった道を少し歩くと、ユノーの言う『出口』がディンゴらの眼にも見えてきた。
そこは、数十歩で一周できる程度の小さな円形ホールになっていた。地面は古びた敷石で舗装されているが、年月のためか石の並びは激しく波打っていた。ホールの中央からは、ブドウのような樹の幹が敷石を押しのけて上へと伸び、天井を突き破ってそびえていた。屋根の破れ目から、太陽苔の光がこぼれて敷石を照らしている。
「……えらく斬新な出入り口もあったもんだな」
ディンゴが気を見上げ、感心したような口調で呟いた。アラムはゆっくりと樹に近寄り、幹を手で撫でまわして調べる。
「元々は、上から梯子かなんか垂らして上り下りしてたんだろう――ほら、ここ。幹に半分呑み込まれてるが、こりゃ鎖の一部だ」
アラムは黒い手袋をした右手で、幹の半ばほどを指さした。
「太古の昔には、天井から下まで鎖梯子が垂らしてあったんだ。それを伝わってこの樹の幹は伸びていき、いつしか鎖を丸呑みにして天井まで突き破っちまった。鎖が錆びついて風化しきった後も、樹だけは残って堂々とここに立ち続けている、というところだろう」
「どうやら、ここには水も豊富らしいし」
ユノーが部屋の端から口を挟む。彼女の足元には濁った水たまりがあった。水は壁の奥から染み出してきているようだ。
「どこか奥の方で、魔導機械が故障して暴走してるんでしょう。ここは多分、水の魔神の神殿だったんでしょうね――暗黒壁面の向こう側に出来る森は、元々そういう場所だったことが多いのよ。太陽苔だって植物だから、水なしでは生きていかれない。
水の魔神の神殿が打ち捨てられて、魔導機械が過剰に水を生み出しはじめると、そこへ太陽苔が生えだす。その光がさらに多くの植物をはぐくみ、長い年月をかけてとうとう森が出来上がる……深層では、たまにある話よ」
「……とんでもねえな、改めて」
ディンゴがしみじみと呟く。アラムも頷き、誇らしげに佇む樹の幹を見上げた。
「一説には、『命』というのは魔力の一変形であるとも言われるが……命に勝る魔術なしとつくづく思わされるね、こういう光景を見てると」
「……命がスゴいのはいいけど、それで、ここからどうやって出よう?」
ユノーの無粋な言葉が、2人を現実の問題へと引き戻した。アラムは額を掻きながら、樹を手のひらでぽんぽん叩く。
「ちょうど掴まりやすそうなものがあるし、こいつを伝って登っていくのが一番手っ取り早いかな。ただ、今のままじゃ樹の幹と石積みが邪魔で潜り抜けられない。最初の誰かが樹を登って、天井の裂け目をこじ開けるんだ。
で、外へ出られるようになったら、後の2人も登っていく、と」
「まあ、別に異論はねえよ」
ディンゴは言い、肩をすくめた。
「で、その最初の1人が誰かってことなんだが……」
ディンゴの言葉は途中で尻すぼみになり、宙へと溶けた。2人が――ユノーまでもが、意味ありげな笑みを浮かべながら自分の顔を見ていることに気づいたからだ。ディンゴはもつれた赤毛をくしゃっと掴み、舌打ちをし、そして諦めたように長い息をついた。
「……分かったよ。俺に行けって言うんだろ?」
「なァに情けない顔してんの。男の子でしょ」
さらりと言うユノーに、アラムはとりなすような笑みを浮かべた。
「まあまあ……気を悪くしないでくれよ。なんだかんだでキミが一番、筋力はあるはずなんだからさ。
そうだ、何だったら多数決にしてもいいけど」
「『何だったら』じゃねェよ! どうせ1対2じゃねえか!」
吐き捨てるようにディンゴは言い、ぷいと2人に背を向けると、ブーツを高く響かせて大木の幹へと歩いていった。
* * *
しばらく後。ディンゴはヒイヒイ言いながら重たい敷石を取り除けて天井の出口を広げた。通りやすくなった出入り口をくぐって、アラムとユノーが悠々と姿を現す。
「お疲れさん。流石に男の子だな、少年」
アラムの言葉にも、ディンゴは反発する気力さえ失くした様子で地面に座り込み喘ぐばかりだった。
「畜生、しんどい……こういう仕事ばっかりやってッからあんなバカでかい身体になるんだろ、キャラバのおっさんは」
「分かってるね、少年」
ニヤリと笑ったものの、アラムはすぐに表情を引き締め、考え込むそぶりになる。
「しかし……これからどうするかねえ。ブレードホーンにはもうだいぶ離されちまっただろうし、リオたちもどこにいるやら。大体、ここがどのあたりなのかも分からないんじゃ動きようがないよね。
……うん? ユノー、どうかした?」
アラムはふと、穴を出たあたりに屈み込んでいるユノーへ目をやった。ひょろひょろと伸びた下草の茂みを何やら指でひねくり回している。
「その草が、どうかしたのか?」
「ほら、ここ……噛みちぎられてるのよ。一本残らず」
ユノーの指さす先を見てみると、確かに、波打った帯のような形の葉はどれも途中から食いちぎられたようになって、茶色く枯れた断面を晒していた。不思議なことに、周囲に生えている他の種類の草には傷ひとつなく、その帯状の草ばかりがきれいに食い切られている。
「誰かが目的を持って、選んで摘み取ったとしか思えないが……これはどういう種類の植物なんだね?」
アラムが尋ねる。ユノーは答えかけ、ふといたずらっぽい笑みを浮かべると、顔を上げてディンゴの方に向き直った。
「それじゃ、テストしてあげるわ。この植物の名前を答えてごらんなさい、『追いはぎ医者』さん」
「ンだよ、何でまた俺が……」
ディンゴはぶつくさ言いながらも体を起こし、食い切られた植物を見た。
「何だ、『リュウノカモジ』じゃねえか。すぐに分かるよ、これくらい。もっと上の階層にだって生えてらァ」
ディンゴが答えると、ユノーは勿体ぶって頷く。
「ま、その答えでも正解ね。波打った葉がまとまって生えることから、竜にかぶらせる鬘をイメージして外界人のつけた名前。けど、階層がもっと下がると『バードマンズウィッグ』、「鳥人の鬘」と呼ばれるようになるわ。鳥人がこの草を薬用として使うことから付いた名よ。
鳥人流に『うちびと』語で言えば、「波打った葉」という意味の『ジュタルェカエカ』となるけど……」
「何だい、勝ち誇っちゃってまあ」
アラムがニヤつきながら茶々を入れる。
「薬草学のことに関してなら、ちゃんとディンゴとも口が利けるんじゃないか。安心したよ、お姉さんは」
「……余計なこと言わないでって、言ってるでしょ!」
ふと顔を赤らめながらユノーは言い返す。アラムは怒らせたその肩を優しく叩きながら、話の続きを促した。
「ごめんってば……それで、その草は結局、どういう薬効があるのかね?」
「……主に止血、鎮痛。傷薬の材料よ。乾燥させたものを軟膏に練り込んでもいいけど、表皮に傷をつけてそのまま巻けば、成分が浸み出して傷を包んでくれるから、天然の包帯としても使われるわ。
薬草としては、大竪穴全域に生えるありふれたものだけど……」
「それこそ、俺の住処の乾燥室にゃゴマンと干してあるぜ。使い勝手がいいからな」
ユノーに対抗するかのように、やや自慢げな調子でディンゴは口を挟んだ。話の腰を折られたユノーは、さも気に入らぬといった顔つきでディンゴを見据える。ディンゴも負けじと睨み返し――と、その間へアラムの静かな声が割って入った。
「乾燥室……というと、ブレードホーンが飛び出してきた、あの部屋かね?」
「え? ああ、そうだけど……」
ディンゴは頷き、それからふと考え込むような顔になった。
「しかし、今さら言うことでもないけど、何だってあいつはあんなとこから出てきたんだろうなァ……エサになるような草なら、この森の方がどう考えたって豊富だし。わざわざ俺の住処に押し入る理由なんて、なさそうなもんだけど」
「理由、か……ひょっとしたら、ここに理由の痕がついてるかもしれないよ」
アラムは先ほどまでとはうって変わって真面目な顔で、リュウノカモジの茂みの傍を指さした。そこには手のひらほどの小さな白い石が落ちていた。かつての神殿の名残だろうか、鑿で加工した跡がうっすら残る、四角い石だ。
そしてそのてっぺんには、大きな蹄に削られた痕が白くはっきりと刻まれていた。




