第29話 ユノー・リステッロという娘
穴の中に取り残されたアラムたちは、とにかく上へ通じる出口を探そうと歩き出した。
壁の一角の、ちょうど丘の真下に当たる辺りに、どうやら奥へと続いていそうな洞穴があった。キャラバだったらちょっと背を曲げなければ頭をぶつけてしまう程度の高さだ。太陽苔も照明のたぐいもまったく見えず、中は真っ暗闇だった。が、他に経路は見当たらない。
「どこに繋がってるかも分からないが……少なくともここよりはマシだろう。行ってみようか。ユノー、先に行ってくれないかな? 風を感じて、外へ通じる空気の流れがないか探してほしいんだけど」
「ええ……まあ、仕方ないか」
ユノーはしぶしぶといった顔つきで洞穴をくぐった。
「でも、あんまり急げったって無理よ。足元が不安定だし、あたしも散々走って魔術も使って疲れてるんだから」
ぶつくさ言いながらも携帯型魔導灯を取り出し、明かりを灯す。照らし出された洞窟の内壁の表面は、植物の根と地虫に侵されて皮膚病を思わせる有様に荒れ果てていた。じめついた空気のせいか、魔導灯の光までがどこか弱々しく淀んで見える。
「やっぱ、墓場かなんかなのかね、ここは」
『光のメス』を灯しながら、ディンゴが辺りを見回す。すかさず、後ろからアラムが茶化すように笑いながら声をかける。
「何だ、怖いかね?」
「怖かねェよ、バカバカしい!
ただ……ちょっと心配になったんだよ。こんな場所で万一魔物にでも襲われたら、ヤベえだろうなって」
ディンゴの答えに、アラムもふと真顔になって周囲を見回した。
「見たところ足跡やら糞やらも見えないし、多少虫がいるくらいで、大きな動物は棲めそうもないが……確かに、万が一にでも狂暴なやつと出くわしたら、逃げ場がないな。
ユノー、何か感じ取れるかね?」
「気づいたら、言ってるわよ」
先を行くユノーの返事はそっけなかった。
「空気の動き方から見て、前方にはかなり広い空間が存在する――要するに、この道はしばらく続くわけね。空気をかき乱すような存在はなし。気が滅入るくらいに淀みきってるわ。
まったく、あとどれだけ歩いたらいいのかさえ……」
ユノーはそこまで口にして、ふと言葉を切った。アラムとディンゴは怪訝な顔で足を止める。
「どうか、したか?」
「確かじゃないけど今、ずっと先で風が動いたような気がする……ちょっと、かすか過ぎて分からなかったけど。
ちょっと動かないでいて。もっとよく調べてみるから」
ユノーは足を止めると、両手の籠手を外し、両手の指を開いて腕を突き出した。ぎゅっと目を閉じて集中すると、服の袖越しに白い光がじわりと漏れ出す。契約印から魔力が滲みだしているのだ。
「……うん、間違いない。ほんの少しだけど、この先に風の流れる場所がある。外の空気と繋がっている場所が」
目をつぶったまま、ユノーは囁くように言った。アラムが唇の端を吊り上げ、ユノーの肩をぽんと叩く。
「つまり、出口発見ってわけだ。お手柄じゃないか、ユノー」
「へぇ、よく分かるもんだな。外界の魔導士じゃ、専用の魔道具でもない限り感じ取れないだろうが……やっぱり違うもんなのか、契約印ってやつは?」
何の気なしに軽い口調で言ったディンゴに対し、ユノーは爆ぜるような勢いで振り向くと、憤りにぎらりと光る眼で睨みつけた。
「そりゃ、お珍しいでしょうよ、『そとびと』にとっては……見世物じゃないの。あんまり構わないでくれる?」
ぴしゃりと撥ねつけるようにユノーは言う。たじたじとなるディンゴに対し、アラムは何やら納得したような顔で独り頷いた。
「……なるほどね。『そとびと』に見られるのはイヤかね、ユノー?」
アラムの言葉に、ユノーはわずかにぎくりとしたような様子を見せた。が、それを無理に押し隠してツンと前を向き、歩き出す。
「……誰だって、面白半分の観光客にあれこれつつき回されるのは嫌なものでしょ。
『そとびと』っていうのは、いつだってそう……この土地で暮らすわけでもないくせに、私たちのことを何だかんだと批評して、偏見まみれのくだらない意見を吐いて」
「お、おいおい、ちょっと待て。何のことだよ? 話が急に飛びすぎて、ワケ分かんねえんだけど」
ディンゴが困ったような声を上げた。アラムは額に手を当て、やれやれとでも言いたげな身振りをした。
「ユノーがそう言う気持ちも分からないではないけどさ、この場合は少年の言い分が正しいね。何も話してやらなかったら、キミが何を思ってるかなんて伝わりっこないんだから。
『そとびと』の偏見について言ってたけど、偏見にとらわれてるって点ではキミも同じだ。どうせ、何を言っても通じるワケがないと思ってるんだろう?
何も難しいことァない、ひと言で言い表すなら――『人見知り』だ」
「アラムっ!」
ユノーは思わず声を上げた。振り返った頬は魔導灯の乏しい光の中でも心持ち紅潮して見えた。アラムは微笑んだまま、諭すように指を振る。
「難しい言葉を使って難しく考えると、問題はどんどん難しくなってしまうものだ。難しい顔して角突き合わせてたって、何にもならないよ。
この際、伝えといた方がいいと思うんだ。キミ自身のことについて、さ」
「……」
ユノーは口をつぐみ、考えているようだったが、やがてそのままふいと振り返り、再び洞窟の奥へと歩き始めた。アラムはため息をつき、片目をつむった。
「返事はなし……ということは、ダメとも言われてないわけだ。お許しが出たと解釈して良さそうだね。
じゃ、歩きながらちょいとばかし昔話をしてあげようか。とりあえず聞いていてくれ、ディンゴ。色々考えるのはその後だ」
アラムは肩をすくめ、語りはじめた。
「もう、10年以上前になるかね。第6大隧道をちょっと下ったあたりのところで、大規模な竜列車の脱線事故があった。
大竪穴の歴史に残るくらいひどい事故でね、4頭の竜と一緒に、曳いていた12両の客車が残らず穴の底へ落っこちた。深層への開拓者を乗せた列車だったんだがね。当然、生存者なんて一人もいやしない――と、思われていた。
だが、奇跡的に客車の一部が大竪穴の内壁に引っかかり、転落を免れていたんだ。ちょうど第7と第8大隧道の間あたりでね。衝突時の衝撃で乗員のほとんどは息絶えていたけれど、ただ一人、開拓者の連れていた女の赤ん坊だけがまだ生きていた。
彼女を発見したのは、近くの隠れ里に住む鳥人たちだった。鳥人は見たことあるかい? 鳥の顔と羽毛を持った、『うちびと』の一種族さ」
ザインのような巨猪人をはじめ、鳥の顔を持つ鳥人、猿のように体毛を生やした猿人など、大竪穴には外界の人類と異なった姿を持つ先住民・『うちびと』が古くから暮らしている。
彼らは外界のそれとはまったく異質な魔導技術と文明を持つ旧い一族だ。大竪穴の各所には、彼らの先祖が残した古代遺跡が秘宝と共に眠っており、往時の栄華を偲ばせるよすがとなっている。しかし遺跡を造り上げた古代『うちびと』文明は何らかの理由で衰退し、その子孫たる現代の『うちびと』は大きく数を減らして、深層のあちこちに小さな集落を作って暮らしている。
外界からやって来る冒険者が大竪穴に植民するにつれ、『うちびと』との遭遇と衝突が至る所で起こってきた――ある時は冒険者が『うちびと』集落を略奪し、ある時は迷い込んだ冒険者を『うちびと』部族が排除した。しかし、衰退しかけた大部分の『うちびと』部族は外界人との共存共栄の道を選び、植民者たちが築き上げる都市の中へ加わってその住人となっていったのである。
「今じゃ『うちびと』だって結構街中にも暮らしてるが、自分らの里を離れずに昔ながらの生活を続けてる連中もいる。生き残りの赤ん坊を見つけたのは、そういう古い鳥人の一族だった。
彼らは赤ん坊を隠れ里に連れ帰ると、自分たちの子供として育て始めた」
「異種族の子供をか?」
ディンゴが驚いた声を上げる。アラムはちらりとユノーの方を見た後、重々しく頷いた。
「君ら『そとびと』にはピンとこない話かもしれないが……『うちびと』はおしなべて、外見へのこだわりが少ない。『うちびと』同士で結婚もするし、混血ってことに関して抵抗があんまりないんだ。進んでやろうとするワケでもないから、結局は同じ種族で集まって暮らすことが多いんだけどね。
とにかく、鳥人たちはその娘を育て上げ、自分たちの知識を教え込み、自分たちの流儀で『力』も授けてやった。部族に受け継がれてきた風の魔人の契約印を刻み込み、大竪穴の草木を様々な薬として用いる秘伝も分け与えた。
ここまで言えば、もうだいぶ前から分かってると思うが、その娘の名は……」
「ユノー・リステッロ」
ぽつり、と、呟く声がした。前を行くユノーが、振り向きもせずに続ける。
「正確に言うと、その名が本当にその娘の名前なのかも分からないのよね。鳥人たちが見つけた竜列車の残骸のうち、後々まで残っていたのは、娘の体をくるんでいたボロ布だけ。ユノーって名は、その布に刺繍されてたの。
でも、それが娘の名前だったのか――親の名前、あるいは別の誰かの名前、それとも単にそれを売った小間物屋だとかの名前なのかもしれない。それはもう、分からない」
かすかに震える声でそこまで言うと、ユノーは口をつぐんだ。アラムも口を開くことなく、見るともなしにディンゴを見守っている。ディンゴはというと、しばらくは唇をもぐもぐと動かしながら口もきけずにいた。
「そうか……それはまた、その……何とも……」
「何とも可哀想な、とでも言うつもりかね?」
アラムの声が割って入った。静かだが、逃げ場を塞ぐような厳しさもはらんだ声だった。
「い、いや、そんな! ただ俺は、何て言ったらいいか……」
しどろもどろになるディンゴに、アラムは目元の緊張をふっと解き、唇を緩めた。
「悪かったね。別に責めるような言い方をするつもりはなかったんだが……要するに、今までのユノーはそういう目に晒されてきたってことさ。
特に深層での冒険になんか縁のない、外界人よりの連中に多い考え方なんだが……両親も何もかも失い、野蛮な亜人に育てられた娘。なんと哀れな娘だろう――って寸法。分かるだろう、その手の無責任な同情がどんなものかってのは」
「……ああ」
ディンゴは低く答え、頷いた。
彼自身も、幼いころにふた親とも亡くしている。ほんの幼いころから軍医の徒弟暮らしで、硝煙と血の臭いの中を駆けずり回って働いた。しかしそんな日々でも、頭ごなしにひどい環境だの哀れだの言われたら、頭に血が昇るだろうことは予想できた。
「また、ユノーはそういう扱いが昔っから嫌いでねェ……見下されてるような気になるッてさ。私たちと出会った頃なんか、もっと尖ってたんだから。ま、今でも丸くなりすぎてるとは言えないけど」
「アラム! 余計なことまで言わないの!」
ここでたまりかねたユノーは振り向き、その拍子にディンゴとまともに顔を合わせた。唇が何かの言葉を作りかけ、わずかに震えた後、閉ざされた。ユノーはゆっくり向き直ると、ディンゴらに背を向けて歩き出してからようやく言葉を続けた。
「別に、鳥人に育てられたことが嫌だとか、恥ずかしいとか、そういうことを言ってるんじゃないのよ……むしろその逆。そうやって気を使われるのが、何より嫌い。
あたしはこうして生き延びられてることを幸運だと思ってるし、育った村も村の人たちも好き。だから、そういうあたしの過去を外から来た連中に勝手に値踏みされたくないだけ。あたしの暮らした日々の価値は、あたしが一番よく知ってるの。
見下されるのは嫌いなのよ、あたし……ただ、それだけ」




