第25話 人間さまの知恵
魔物が現れた時とはうって変わって、キャラバはひどくうろたえた様子で辺りを探し回った。広げた荷物をたたみ、岩をどかし、部屋の中を見回す。穴を撮るために蓄光機をぶら下げていた竿は、吹き飛ばされて岩場の陰に転がっていた。しかし、肝心の携帯型蓄光機だけが無い。
「あの騒ぎで、裂け目ン中に落としたか? いや、流石に落ちてたら音で分かるよなァ……」
「何かお探し?」
鈴のような声と共に、ユノーがカーテンの陰から現れた。後ろからアラムも、乱れた髪を直しながら続く。
「なんだお前ら、そんなとこに居たのか。何だったんだ、あのスキッパーは?」
キャラバが聞くと、アラムは銀縁眼鏡を治しながらため息をついた。
「こっちが聞きたいよ。薬草の乾燥室から急に出てきてさ、おかげで髪型がメチャクチャだ。貯蔵室もひどい有様だよ、スキッパーが起こした風のせいで、ビンは倒れるわ薬草は飛び散るわ……」
「ンなことより、蓄光機だ。お前ら例の蓄光機がどこ行ったか見てないか? 吹き飛んだ荷物ン中には見当たらねえしよ……アレ失くしたら、エルの奴どんな顔するやら」
「あの、キラキラしたボールのこと?」
飛び散った小石を戯れに蹴飛ばしながら、ユノーが何でもないような調子で口を挟んできた。キャラバはたちまち顔を上げ、彼女の方へ詰め寄っていく。
「見えたのか、蓄光機がどこへ飛んでったか? どっちへ転がってった!?」
「転がってった、って言うか……風に巻き上げられて宙に舞い上がったのよね。で、あのスキッパーの立派な角に当たったと思ったら、どこがどう引っかかったのかそのまま取れなくなっちゃったみたいで。多分、竿に括りつけた時の針金が絡まったのね。
そんで、キレイなアクセサリーをぶら提げてそのまま羚羊さんは出ていったワケ……」
「あのシカ野郎、持ってったってのか! 蓄光機を!」
キャラバはマホガニー色の髪の毛を掻きむしりながら叫んだ。
「何で早く言わねえんだ、それを!」
「そんなこと言ったって、そこの人があんまり面白く転がるもんだから、そっち見物するのに忙しくて」
ディンゴを指さしてユノーはしれっと言った。むっとして立ち上がりかけるディンゴを、キャラバはぞんざいに手を振って押しとどめた。
「分かる、分かるぞ。このクソガキにムカつく気持ちはよく分かる……だが、今は時間が惜しい。何より蓄光機だ。
あれが無きゃ、魔導回路の映像を持って帰れない。すなわち、今回の冒険が全てムダになる」
「どころか、20万ゾルの大損だ」
アラムが飛び切りの渋面を作ってキャラバを小突く。
「どうするんだね? いくらマーレ先生相手だからって、あれだけ高価なものを弁償しないじゃ済まされまい。しかし経理を預かる者として言わせてもらうが、20万なんぞ逆立ちしたって到底払えないぞ。「闘う医師団」は営業開始を前にして破産だ」
「分かってる! 取り返しゃいいだけの話だ!」
キャラバは叫び返してから、こめかみの辺りの髪の毛を握りしめ、自分に言い聞かすような調子で作戦を立て始めた。
「スキッパーの脚だ、今頃はかなり離れた場所まで走って行っちまってるだろう……闇雲に追いかけて走り出しても仕方ない。
ディンゴ、あの裂け目の向こうはどこへ繋がってるんだ?」
キャラバはスキッパーが先ほど出ていった裂け目を指さして尋ねた。ディンゴはちょっと考えるそぶりをしながら答える。
「どこったって……普通に、遺跡の中へ出る道だよ。壁の向こうはもう直に、ギルド後任の正規ルートに繋がってるんだ。俺はあそこを通って『追いはぎ』に出かけてたんだから」
キャラバは頷いた。考えてみれば納得できる話ではある。壁の状態からしてこちらが「裏通路」なのだから、一つ壁をまたいだ向こう側は表に決まっている。
「よし。数え切れねえ裏道のどれかに入られちまったらもうお手上げだが、正規ルートの方向へ行ったならこっちにも土地勘がある。何とかなるかもしれねえ。
ザイン、さっきのスキッパー、どんな種類だったか分かるか? 生態が知りたい。何かのヒントになるかも知れねえ」
「なにぶんあっと言う間のことでしたし、注意して見ていたわけでもありませんしねえ……」
ザインは腕を組んで考え込みながらも、ぽつりぽつりと語りだした。
「一瞬でしたが、ツノの形が見えました。ちょうど身幅の広い片刃剣のような形の角が2本。あれはシャグニグラトゥ――あなた方の言葉に直せば、刀角獣といったところでしょうか。
スキッパーの中でも体が大きく強い種類です。こんなところに居るとは思いませんでしたが」
「こんなとこに、というと、普段はどういうとこに居るんだ?」
「あそこまでサイズの大きいスキッパーは、必要とする食物の量も多いですからね。植物の豊富な、太陽苔の密集地帯に棲むのが普通ですね」
先に述べた通り、暗黒壁面を潜り抜けひとたび内部に入れば、太陽苔は再びその勢力を取り戻す。遺跡そのものが地中に埋まっており、積み重なった階層が常に上から影を落とすため、迷宮のほとんどの場所はいかにも穴倉と言った薄暗さなのだが、魔力バランスや土中の栄養素などの影響で太陽苔が密集している地点もそこかしこにある。
そういった場所に限っては、苔や野草が生い茂って草むらを作り、そればかりか外界にも負けないほどの大木が森を形成することもある。遺跡に暮らす生き物や魔物にとっても憩いの場だが、冒険者にとっても水や食料を得られる貴重なオアシスだ。
「正規の入り口から近いオアシスってえと、方向は限られてくるな」
キャラバは頷き、やおら顔を上げた。
「よし、そんだけ分かりゃあ十分だ。こうしてる間にも、標的は遠ざかっていく――今こそ行動の時だ。
みんな、早いとこ荷物をまとめて準備しろ。観光気分は終わりだ。冒険の心構えを作れ。ここまではディンゴの先導があったが、こっからは予定外のエリアへの踏査となる可能性が高い。何が起こるか分からねえぞ!」
「何だ、大将イキイキしちまってるじゃないの」
地面から背嚢を拾い上げて埃を払いつつ、アラムは皮肉に微笑んだ。
「昔っから、トラブルに巻き込まれるほど張り切りだすんだ、あんたは。こっちはいい迷惑だよ」
「いつもこんな具合なのか、あんたらと居ると?」
少々げんなりした様子でディンゴが尋ねる。アラムが何やら答えようとしたところに、キャラバが大声で割って入った。
「だあッ、無駄話してねえで支度しろ! 俺の生き方に対する苦情だったら帰ってからいくらでも聞いてやる! 今のうちに簡潔なレポートにでもまとめとけ!」
「……だとさ、少年」
アラムはディンゴの赤毛をくしゃっと撫で、早くも遺跡の主通路へと続く裂け目へ歩き出したキャラバを追って足を急がせた。ディンゴは何か言い返しかけ、一瞬のためらいの後に思い直すと、マントを掻き合わせながらキャラバたちを追って駆け出した。
裂け目から外に出るとまず、キャラバは大きな体を地面にべったりとつけて這いつくばった。石畳に目を凝らし、何やら探しているらしい。
先行したキャラバを追って出てきたディンゴは、這いずりまわるバカでかい身体に危うくけっつまずきそうになった。
「うわッ……おっさん、何やってんだよ?」
「見りゃ分かるだろ。地面を調べてるんだよ」
キャラバは顔も上げずに答える。
「やっぱり思った通り、風を使って跳ねたとは言え、蹄の跡は残ってるな。間隔はだいぶ広いが……アラム、ちょいと見やすくすることは出来ねえかな?」
「難しいね。スキッパーの「風」の魔力がどれだけ残ってるかによる。ま、やるだけやってみるかね」
キャラバの指示に応え、アラムは腰に提げた小袋を取り出した。石膏粉だ。
アラムは粉を少し右手の黒手袋に取り、少しの間目を閉じて集中する。と、手袋の人差し指に嵌められた銀の指輪が白く輝き、その光がほのかに粉へと移っていく。大地の魔術だ。
やがてアラムは目を開き、先ほどまでキャラバがうずくまっていた床の方へと右腕を振るった。白く輝く石膏粉が、レースの布を広げたように薄い膜となって広がりながらゆっくりと床の上へ落ちてゆく。
と、床に触れた膜の一部が、小さな火花を上げて弾け飛んだ。通路を覆う白い膜のそちらこちらに、まるで目に見えぬ何かが踏み荒らしていったかのような穴が点々と空いていく。
「うん、『見えた』ね。流石に大物の刀角獣だけあって、魔力の強さも桁違いだったらしい」
アラムは歯を見せて笑い、「足跡」の向かう方向を黒い右手で指さした。
強い魔力が一点に吹きつけられた場合、魔力の主が離れた後にも残留魔力はその一点に滞留しているものである。アラムはわざとかすかな魔力を石膏粉末に込めてばら撒き、スキッパーの足跡に残留した風の魔力の反発作用が石膏を吹き飛ばすことで、薄い痕跡が白い石膏膜の上に浮かび上がるようにしたのである。
「見たところ、足跡はスロープの方へ向かってるね。上の階層へ向かう道だ」
アラムの言葉に、キャラバも納得した様子で頷いた。
「太陽苔は基本、高いとこに這える植物だからな。ちょうどこの真上の階層にゃ、確かかなり大きな密生地帯があったはずだ。行先は、多分そこだ」
「しかし……追いつけるかな? 向こうの脚の方が断然速いワケだし、森ん中に隠れられたらちょっと手間取るぜ。山狩りでもするのか?」
ディンゴが思案顔で口を挟むと、キャラバはニヤリと唇を吊り上げた。
「まあ、任しとけって。確かに向こうの方が脚は達者だが、人間さまには知恵ってもんがあるんだ。さ、行くぞ!」
言うや否や、キャラバは駆け出した――足跡が示すのとは、まるで見当違いの方向へ。
「お、おい! 行くって、どこへ……」
ディンゴは言いかけて口をつぐんだ。自分を除く一行が全員、何も言わずにキャラバの後へ続いたからだ……ユノーなどは少々面倒くさげな顔をしていたが。ディンゴは小さく舌を鳴らすと、置き去りにならぬよう一行の後を追って駆け出した。
迷宮の通路を外の街で言う1ブロックほど進んだところで、キャラバは不意に足を止めた。
「そう、ここだ……いよッ、と!」
キャラバはおもむろに壁の石積みに手を当て、ぐっと押し込んだ。と、積まれた石のひとつがじわじわと奥へ入り込んでゆく。あっけに取られて見守るディンゴをよそに、キャラバは奥に突き当たるまで石を押し込むと、そこを取っ手代わりにして横へぐっと力を込めた。
すると、ゴロゴロという重たい音を立てながら、壁の一部が引き戸のように横へずれていくではないか。
「すげえ、こんな仕掛けが!」
思わず叫ぶディンゴに、アラムがやれやれといった具合に微笑みかける。
「遺跡に仕込まれてる仕掛けの中じゃ、こいつはそこまで複雑な仕組みじゃないけどね。魔術も絡んでないし。この手の仕掛けは、ある程度経験を積んだ冒険者の間じゃ常識みたいになってるもんさ」
「タネ明かすこたねえだろ、アラム。素直に感心させときゃいいんだよ!」
軽快に叫び返すと、キャラバは魔導灯を片手に開いた扉の向こうへ歩を進めた。
「さあ、行こうぜ。近道を通って先回りして、長ツノの先生を驚かしてやるんだ」
一行は扉をくぐり、薄暗い部屋の中へ入っていった。中は円形の狭い部屋になっている。天井はやたらと高く、その天井を目指して石積みの構造物が壁を伝って螺旋状に上って行っている。つまり、これは――
「螺旋階段か……!」
ディンゴが呟くと同時に、一番最後に入ってきたユノーが素っ頓狂な声を上げる。
「ちょっと! まさかここ、登るなんて言い出さないわよね!?」
「他にどうしようがあるってんだ? 向こうは上の階を目指してる。俺達も、どうにかして登らなきゃならない」
キャラバは厚い肩をすくめながら、既に階段の登り口へ足をかけようとしていた。
「スキッパーにこの扉を開けるのは無理だし、向こうが辿ったスロープは傾斜が緩いぶん大回りして上へ向かうルートだから、急いで階段を駆け上がって最短距離で上の階に出れば、俺たちの脚でも先回りできる可能性があるわけだ。
どうだ、合理的だろう?」
「……なァにが『人間さまの知恵』だ。結局体力勝負じゃねえか」
冷めた口調でチクリと刺すディンゴに、キャラバは照れ隠しの混じった笑みを投げた。
「そう、医者ってやつに一番大事なのは体力、ってワケだ。また一つ勉強になったな。
さ、グチ垂れるのはそのくらにして、急いで登るぞ! まごまごしてたら、向こうさんが先に森へ着いちまう」




