第24話 剣の角持つもの
「何だ、まだ部屋が奥にあったのか。気づかなかったな……何だって隠してたんだね?」
ディンゴのまくり上げたカーテンをくぐり、アラムが「部屋」の中へ首を突っ込んでくる。ディンゴは小さく舌打ちを漏らしたが、別段入ってくるのを拒絶する様子も見せなかった。
「別に隠してたわけでもねえよ。あんたらの目当てはどうせ外の魔導回路とやらなんだし、わざわざ案内する必要もねえだろうと思ったまでだ。どうせ興味もねえだろ?」
「なァんて言って、やましいものでも隠してんじゃないの? ホントは」
などと言うユノーは、既に部屋の奥へとずかずか歩き始めている。慌ててディンゴはカーテンをくぐり、ユノーの肩を掴んだ。
「待てっての! 何だ、人んちの部屋を勝手に……どういう育ちしてんだお前は!」
「人んちだなんて、遺跡の一部を勝手に占拠してるだけじゃないの」
小鼻をツンと上向け、ユノーは肩にかけられた手を振り払った。
「それより、奥には何があるの? 風が動いたような気がしたんだけど」
「話聞く気もナシかよ……ま、いいけどな」
ディンゴはようやく諦めた様子で、魔導杖を再び取り出して光を灯した。先ほどの広間と比べて、こちらの小部屋は天井の面積も狭く、それだけに太陽苔の量も少なく薄暗い。
「ここはストックルームだ。手術に必要な薬とか、当座の食料とかを貯めてある」
「ほう……なるほど」
アラムは部屋をぐるりと見回し、感嘆の声を漏らした。
土の壁を所々深くえぐり抜いてハチの巣状にし、戸棚の代わりにしてあるらしい。中には自家製らしい薬酒の瓶や、街で売られている常備薬のたぐい、あるいは野生のものを採取して干したらしい薬草の束までがぎっしりと詰め込まれていた。
「なかなか……思ったより充実してるじゃないか。大変だったろう、ここまで集めるのは?」
「麻酔も投薬も全部一人でやらにゃならないからな。必要になった時、ちょっとひとっ走りして薬屋へ行くってワケにも行かねえし」
ディンゴは肩をすくめてみせた。
「傷薬とか酒とか、一部は『追いはぎ』の収入を使って街で買ったもんだ。薬草に関しちゃ、上の階層で薬効のある深層の野草の知識は仕入れてたから、暇があったら探して保存するようにしてた。使えるものは何でも使わねえとな」
「まあ、手際はあんまり良くないみたいだけど」
ユノーが横から、こまっしゃくれた調子で口を挟む。
「ほら、このシビレスズランなんて、つぼみをつけたまま干してあるじゃないの。
植物っていうのはねえ、摘み取られてからもしばらくは生長を続けるの。花のつぼみをそのままにしておいたら、開花にエネルギーを使って成分の変質が速くなるのよ。常識でしょ?」
「うるせェな……独学なんだから仕方ねえだろ! なんだったらてめェがここに住んでみろってんだ」
売り言葉に買い言葉で食って掛かるディンゴを、アラムは苦笑いしながら押しとどめた。
「まあまあ……ユノーはうちの薬草部門責任者だからね。薬草の扱いにかけてはうるさいんだ。
キミもキミだ、ユノー。彼は後輩になるかもしれない人間なんだぞ。そうやたらに喧嘩を吹っかけるようじゃ困るね」
「さ、どうかしらね」
アラムのとりなしも鼻であしらい、ユノーは小部屋の奥へと歩を進めた。突き当りにはまたボロ布のカーテンで作られた仕切りが巡らされている。
「ああ、そっちは薬草の乾燥室にしてある。隣は便所と洗い場だ。廃品の魔導泉を設置して、岩の裂け目に排水するように水路を引いたんだ」
ディンゴは先手を取って、魔導杖で指し示しながら説明する。が、聞いているのかいないのか、ユノーは歩みを止めずにカーテンの方へと歩いていった。
「確かに、こっちの方で風が動いたと思ったのよねえ……音も聞こえた気がするし」
「だから言ってるだろ。ここは俺の隠れ家で、俺以外に誰も知らねえし誰も入っちゃ来ねえ。部屋ン中には乾きかけの薬草以外何も……」
説いて聞かせるようにディンゴが言い、実際にカーテンを開けて中を見せてやろうと手を伸ばした時――その指先がまだ布地に触れもしないうちに、吊るされたカーテンがゆらりとはためいた。
ディンゴはぎくりとして手を止め、ゆっくりと後ろを振り返った。答えを求めるかのように、アラムとユノーの顔を代わるがわる見る。目線を向けられた2人も、困ったような顔でかすかに首を振るのがやっとだった。
と、更にカーテンが大きく揺れた。今度は布地の隙間から、地面を硬いもので引っ掻くような音と、荒い息遣いも漏れ聞こえてきた。
間違いない――なにかが居る。
「……畜生め、留守の間に入り込みやがったな」
ディンゴは潜めた声で呟き、懐から魔導杖を取り出した。今まではランプ代わりに使ってきたが、彼の魔導杖は元々『光のメス』だ。出力を上げれば、敵の肉を焼き切る凶器ともなる。
「魔物か、それとも食い詰め冒険者か……いずれにしろ、断りもしねえで隠れてやがる根性が気に喰わねえ。叩き出して……」
ぶつぶつ言いながら、ディンゴが『光のメス』を構えてカーテンへにじり寄った時だった。
そのカーテンが、あっと言う間に引きむしられた。いや、吹き飛ばされたと言うべきだろうか。部屋の中からどうとばかりに飛び出してきた巨大な「何か」に跳ね飛ばされて、岩壁からもぎ取られ、天井付近まで飛んで行ったのだから。
何か――クリーム色の長い毛に覆われ、ふいごのような唸り声を発する何かは、そのまま太い後足を蹴りだし、目の前に立ちはだかるディンゴに向かって身を躍らせた……。
* * *
「……よォし。ま、こんなトコでいいだろ。上げてくれ……ああ、腰が痛てえ」
呻きながらキャラバは身を起こし、魔導灯の光を消して腰を叩いた。その横ではザインが、壁面から突き出た岩にぶつからないようそろそろと、慎重に竿を引き上げている。やがて、黄金色の魔導蓄光機は無事に引き上げられ、ザインの巨大な手のひらにすっぽりと収まった。
「これで、とりあえず目的は達成だな。本当はこっからが大変なんだが、そりゃ帰ってからだ」
キャラバは意味深な笑みを浮かべると、ザインの手から蓄光機を受け取り、巻きつけた針金をほどき始めた。ザインは太い首をぐるりと回し、ふと顎を捻る。
「妙ですね。皆さん、どこへ行ったんでしょう?」
「あァ? そう言や、誰もいねえな」
キャラバも針金から一旦顔を上げて、きょろきょろと周囲を見回す。
「退屈になっちまって、外の遺跡へ探検にでも出ちまったか? ユノーならやりそうだが、アラムまで着いてくとも思えねえしな……ったく、年寄りを働かせといて、敬老精神のねえ奴らだぜ」
愚痴っぽく呟き、キャラバは再び針金の相手に戻ろうとした。と、その時。
「うっ……うおあああああッ!」
部屋の奥から悲鳴が聞こえたかと思うと、奥の壁が突然布のようにひるがえり――壁に見せかけた布カーテンなのだから当然だが――小柄な影が文字通りごろごろと転がり出てきた。
弾かれたビー玉のような勢いで転がった人影は、そのままキャラバたちが撮影していた地割れへと、ビー玉遊びのようにはまり込んだ。
「おッ、おい、大丈夫か!?」
流石にキャラバも目を丸くし、蓄光機を放り出して裂け目の方へ向かう。人影は深い裂け目の底へ真っ逆さま……には、なっていなかった。握りしめていた魔導杖を壁面に突きさし、それに捕まってどうにか落ちずにこらえている。
「なんだ、お前さんか、ディンゴ。ビックリさすなよ……どうした? 急に運動でもしたくなったってか?」
一転して呑気に声をかけるキャラバに、ディンゴは必死に這い上がろうとしながら叫んだ。
「バカかっ……魔物だよッ! 魔物が来る!」
その言葉にキャラバとザインの表情が変わる暇もなく、壁のカーテンが再び激しくはためき、その「魔物」が蹄の音とともにのっそりと姿を現した。
頑健な肩と首、全身を覆う白い毛は長く垂れさがり、天然の防具の役割を果たしている。房のような筋肉にくるまれた長い脚は、蹄のところで靴でも履いているかのごとく膨れている。そして、すっくりと伸ばした首と、高貴ささえ覗えるような頭に頂く長い角。
巨大な羚羊は、金色の目を静かに見開き、キャラバたちを卑しむかのように傲然と見下ろしていた。
「おい、聞こえてンのか? 魔物がもう、そこに居るだろ!」
何とか顔だけでも這い出して外の様子を窺おうと悪戦苦闘しているディンゴをよそに、キャラバは感心したように額を掻くばかりだった。
「なるほど、“スキッパー”だな……デカいぞ」
「言ってる場合かよッ!」
喚いているディンゴを、ザインは巨猪人の腕力で引きずりあげてやる。
「大丈夫ですか? 災難でしたね、どうも。でも、問題ありませんよ。こちらが敵意を見せなければ、スキッパーはごく大人しい魔物ですから」
ザインの言葉を裏書きするかのように、羚羊は不審げに首を振り立てながらとことこと部屋の半ばまで歩み出で、突っ立っているキャラバを横目で睨んだかと思うと、やおら両前脚で大地を強く蹴った。
と、蹄のあたりが強い光を放ったと見るや、蹴った部分から猛烈な風が吹き出す。大風、などという生ぬるいものではない。空気そのものを砲弾として飛ばしたかのようだ。辺りの小石や、放り出してあった竿、雑嚢までが木の葉のように乱れ飛ぶ。
その猛風に乗り、スキッパーは身を躍らせた。空気の爆発が羚羊の巨体を押し上げ、水切り石のように宙を舞わせる。そのまま大羚羊は2,3度蹄を躍らせると、壁の裂け目から遺跡の外へ駆け出していった。
再び、部屋の中には静けさが戻った――地割れから引き揚げられて呆然としているディンゴに、ザインが説明してやる。
「スキッパーというのはあの通り、深層の岩場を飛び跳ねて移動するヤギやカモシカの魔物類の総称です。蹄の付け根についた魔力器官で風を作り、その風に乗って岩場を自在に跳ね回るんです。
遺跡内に自生している樹の葉やコケを食べるので、大抵はもっと奥の水場近くに生息しているんですが……あれだけ大きな個体がこんな外縁部にいるというのは珍しいですね」
ザインの言葉に、キャラバは頷きながら、獣が駆け出ていった壁の裂け目をしみじみ眺めた。まるで飛び跳ねていった巨獣の行く先を見定めようとでもするかのように。
「ああ……いいモン見たな」
「何だよ、そりゃ」
未だ心臓が落ち着かぬ様子のディンゴは、胸に手を当てて荒い息をつきながらそう言うのが精いっぱいだった。その顔を見てキャラバは笑い――不意に、その笑顔が固まった。中途半端な表情のまま顔を右へ、左へとせわしなく動かす。
「……おい、蓄光機どこ行った?」




