第21話 盗掘者志願
第10大隧道の表通りをやや外れ、郊外へと続く道。
遺跡管理局の認める神殿への公式ルートからも離れ、普段は辿る者とて稀な細道を、珍妙な一行がとぼとぼと歩いていた。
先頭を行くのは、臙脂色のぼろマントを羽織った赤毛の青年。ぶすっとした顔で、裏通りに立ち並ぶ冒険者小屋を面白くもなさそうに眺めている。そのすぐ後ろから、ドクイバラのコートを着た大男。何が嬉しいのやら上機嫌に、前を歩く青年にしきりと話しかけてはうるさがられている。
さらにその後から続くのは、派手派手しい深層紋様の衣をまとった巨猪人だ。背中には大きな包みを背負っており、ひと目でこの一行の荷物持ちだと分かる。最後尾には黒髪の女性と、金髪に旅行用マントを羽織った少女が連れ立ってついて行く。
「表通りと違って薄汚ねえ街並みだと思うかも知れねえが、これでこの辺も昔に比べりゃ随分開けてきたんだぜ」
大柄な男――キャラバは、前を歩くディンゴの肩へ肘を乗せながら、極力無視して歩こうとするディンゴの耳に馴れ馴れしい口調で語り続けた。そう、言うまでもなく、『奇妙な一行』はキャラバ率いる「闘う医師団」である。
遺跡外周部でのクレイジースミスとの死闘、そして『追いはぎ医者』ディンゴ・アールメールとの会話からさらに一夜明け、キャラバたち一向は再び遺跡に向かうべく病院を出発していた。先頭を行くディンゴは、『追いはぎ医者』の企業秘密があるという場所までの道案内役である。
「俺らが来た頃にゃ、竜列車の駅から下りるともう大隧道の突き当りまで素通しで見渡せたもんだ……なあアラム?」
キャラバは振り向いて最後尾のアラムへ同意を求めた。アラムはキャラバの問いに、黒手袋を顎に当てて少し考え込んだ。
「そうね、少なくとも、こんなに小屋が建て込んだりしてはいなかったね……この辺りは冒険者がねぐらにしてるベッドタウンだから、観光客にとっちゃそれほど面白いとこでもないけど」
「あんたら、元々は冒険者なのか?」
ふと、釣り込まれるようにしてディンゴが尋ねる。アラムは軽く肩をすくめた。
「元々は、というか、今でも肩書上は『冒険者』って言うのが一番適当だよね。一応医者は名乗っているけど、医療ギルドにはワケあって入ってないし、ここんとこは遺跡外縁部での魔物退治や薬用植物採取なんかが主な収入源だしね」
「いつも言ってんだろ。そりゃ、計画を次の段階へ移すまでの一時しのぎだ。準備期間なんだよ」
この議論は何度も繰り返されているらしく、キャラバはうんざりしたと言いたげな顔で両手をひらひらと振った。
「そのためにも、例のもんが必要になってくるわけだ……『追いはぎ医者』先生が自分の棲み処に隠してる『例のもん』さえあれば、俺たちは晴れて前代未聞の、デリヴァリー式医師団となれるわけだ」
「『例のもん』なんて言ってるけど……あたしたち、その『例のもん』が何なのかさえ聞かされてないのよ」
ユノーが横から、面白くもなさそうな調子で混ぜっ返してくる。
「何を探しに行くのかも分かってない冒険団なんて、聞いたことないわよ」
「オッサンを擁護するわけじゃねえけど、まァ、それはちょっと仕方ねえんだ」
ディンゴが、どことなく煮え切らぬ口調で答える。
「何というか、口ではちょっと説明しづらいもんでさ。実際に見てもらった方が話は速いと思うけど……ただ、期待しすぎないでくれよ? あんたらの目的に使えるかどうかは俺も分からねえンだから。
大体、俺はずっとそう忠告してるってのに、このオッサンが無理やり……」
「ええ、男がいつまでもグチグチ言うんじゃねえや!」
キャラバはディンゴの後ろ頭を軽くはたいた。軽く、と言ってもキャラバの力加減である。ディンゴは危うく前へつんのめりそうになった。
「痛てェな! 巨猪人みてえな腕で軽々しくぶっ叩きやがって……」
「本物の巨猪人ならこんなもんじゃ済まねえや。ザインに聞いてみな。つってもアイツは優しいから、よほどのことでもなきゃ叩いちゃくれねえけど。
それよりそろそろ静かにしとけよ。ぼちぼち『暗黒壁面』が近いぜ」
にわかに声を潜め、キャラバは前方を指さした。
立ち並ぶ粗末な冒険者小屋の屋根屋根が、うす灰色にぼやけたギザギザの線を描いている――その向こうに、目指す目的地はうっそりと待ち受けていた。
それは巨大な壁であった。視界一杯に広がる、まっ平な黒ずんだ壁。両端は大隧道の果てに突き当たり、上端は天井を摩して聳え立っている。崖を横向きに削って造った大隧道という穴に、無造作に黒い粘土でも詰め込んだかのような、巨大な障害物。それが彼らの目指す場所、第10大隧道の暗黒壁面である。
「一体どこのどいつが、何を考えてこんなもんを造ったんだろうな」
遥か天井付近を見上げつつ、ディンゴはしみじみと呟いた。
暗黒壁面は、第10大隧道の突き当りに存在する巨大な壁面である。遠目に一見すると、他の壁面と同じく単に岩肌が広がっているだけにしか見えない。が、近づいていくにつれ、少しずつその異様さが分かってくる――まず、太陽苔がまったく生えていない。
主に大隧道の天井付近に生育し、その名の通り太陽に代わって大竪穴を照らしている太陽苔だが、この壁面一帯に限っては不自然なほどに一かけらも生えていないのである。代わりに、光をあまり必要としない種の黒っぽい地衣類が岩肌にへばりつき、陰鬱なまだら模様を描いている。「暗黒壁面」の名の由来である。
壁の模様が闇を通して見えるくらいの所まで近づいたなら、目の前に立ちふさがる「壁面」が単純な土壁でないことにも気づくだろう。のっぺりとした壁面が天井から下り、ゆるやかなカーブを描いて地面に接するその根元には、蛹の殻を破りかけた虫かなにかのような按配で、神殿の白い要石がこぼれ出ている。
見回せば、あちらには砕けて倒れた柱の断面、あちらには崩落して土に埋もれたアーチの痕跡と、ところどころに太古の神殿の遺構が垣間見える。
「埋まった遺跡や地質なんかの分析によれば、遥か昔にこの箇所の天井が大規模に崩落したか何かして、奥へ続く遺跡が栓をされたみたいに塞がっちまった、ってのが有力な説らしいけどね」
アラムがため息交じりに呟く。彼女もそれなりにキャリアの長い冒険者ではあるが、この威容をつくづくと目の当たりにするとやはり感嘆を禁じ得ない。この向こうに、未だ完全な踏査さえ完了していない底なしの大神殿都市が眠っていると思えばなおさらだ。
そう、暗黒壁面が第10大隧道を「途中で塞いでいる」ということは、暗黒壁面を越えた奥には、太古の昔に封印された遺跡が手つかずのまま保存されているのである。いわば第10大隧道はそれそのものが巨大なビン詰めなのだ。滅びた文明と財宝のビン詰め。
第10大隧道に入植した冒険者たちが、この暗黒壁面の向こうに存在する複合遺跡のことを知ったのは比較的最近のことである。永い年月の末に堆積した土砂が壁面を隙間ない土壁のように見せていたが、内部は岩石が積み重なった間に空洞が出来ていて、ちょうどパイ皮のような構造になっている。
壁面に埋まった遺跡の研究をきっかけにこの空間の存在が判明してから、特産物もなく地味な大隧道であった第10はにわかに冒険者景気に沸いた。自然の裂け目を利用したものから埋もれた遺跡の通路を補強して造りあげたものまで、大小さまざまな攻略ルートが開発され、今や第10大隧道の複合神殿は深層冒険産業の最前線となっていた。
キャラバ達はなおもしばらく裏通りを進み、やがて暗黒壁面の真ん前まで辿りついた。壁沿いに舗装もされぬ道が延々と続いており、壁の前には申し訳程度の板柵が巡らされている。とはいえ、別段厳重に立ち入りが禁じられているという雰囲気でもない。柵は腰ほどの高さにすぎず、越えようと思えば容易に跨ぎ越すことが出来た。
柵の向こうには、風になびく分厚い毛織のカーテンのごとくにひだを成しながら波打ち広がっている暗黒壁面が高く聳え立つ。遠目には隙間なくのっぺりとした土壁だが、ここまで近づくと無数の裂け目やヒビが目に付く。半ば埋もれかけた神殿のエントランス・アーチは、支柱の半分を失いながらも天井を支えて土壁から突き出し、招き入れようとでもいうかのようにぽっかりと口を開けている。
そういった裂け目や穴倉の大半は途中で塞がっているが、中には暗黒壁面を貫いて内部の遺跡にまで通じているものもあり、ギルドの認証を受けずして遺跡に侵入しようとするもの――冒険者ギルド協同組合からすれば「盗掘者」たちの通り道となっている。
壁面の起伏に阻まれ、キャラバたちが居る場所からは見ることが出来なかったが、そのまま左方向へ道なりに進めば、ギルド協同組合が定めた正式の「入り口」である踏査管理所に行き当たったはずだ。何重かのゲートを持った大規模な建物で、踏査許可証の確認や所持品の検問、冒険結果の報告をする査定所まで併設してある。前回の冒険に際しても、そういった管理所を経てキャラバたちは遺跡に出入りしたのだった。
だが今回は、少々事情が異なる――何しろ、正規ルートを通らぬ『追いはぎ医者』の案内で挑む冒険なのだ。
「それにしても……何もてくてく歩いて来なくたって、鳥力車でも雇ったらよかったのに。冒険前から疲れちゃうわよ、これじゃ」
ぶつくさ言っているユノーの背を、アラムがなだめるように叩く。
「節約、節約! いい若いもんが無精なこと言いなさんな。遺跡に潜るにあたっては、いい準備運動にもなるしね」
「大体、鳥力車などで堂々と乗り込むわけには行きませんよ。私たちは一応、不法侵入しに行くのですから」
ザインが生真面目な調子で口を挟むと、前を行くキャラバがクルリと振り向いて反論する。
「『不法』ってのは当たらねえぞ、ザイン。ギルド法の中にゃ、ギルド協同組合が『認める』公式ルートは定められてるが、『認めない』禁止ルートがどこかなんて書いちゃいねえんだからな」
「それは言葉遊びというものですよ、キャラバさん」
ザインは不満げに、覆面の奥の目を細めた。
「半ば黙認されたこととはいえ、非公認ルートを通っての『盗掘』にギルド協同組合がいい顔をしないのは、分かり切ったことですからね」
第10大隧道は、底知れぬ神殿都市だ。大竪穴の壁面に穿たれた巨大な横穴は、暗黒壁面の奥へ進むにつれ階層に分岐して、時にお互い同士再び交わりあいながら縦横に果てしなく広がっている。地下室の中に入れ子構造のようにして別の建造物が建ち、さらにその中に別の地下道への入り口が――といったような、迷宮じみた造りもざらにある。
その上、暗黒壁面そのものにもほころびが多く、崩落して塞がった箇所もあれば、逆に壁だった場所が裂けて天然の道を造り出している箇所もある。そういう状況なので、いかに冒険者ギルド協同組合の遺跡管理局が盗掘を防ごうとしても、遺跡に通ずるすべての通路や脇道を警備するのは物理的に不可能なのだった。
そこで協同組合は次善の策をとった。すなわち、無数にある遺跡への経路のうち、とりわけ大きいものを正式の冒険ルートとして大々的に拡張整備し、その他の経路を新たに開拓することは一切禁ずるというものだ。
日数をかけた大規模な冒険には食料など大きな荷物が要るし、戦利品を持ち帰ることも考えなければならない。となれば、ギルドに金を払ってでも公式の整備されたルートを通った方が、結局は得になるのである。
逆に言えば、整備されていない非公認ルートから忍び込むような冒険者――否、盗掘者は、深みへ潜れるような装備を整えることは出来ず、ギルドも見過ごしていいと考えるくらいのわずかな収穫しか持って帰れないというわけだ。
にもかかわらず、わざわざ盗掘などをしようというのは余程の食い詰め者か酔狂人、あるいは何らかの理由で冒険者ギルドから爪弾きにされた者。いずれにしろ、まともとは言い難い連中だった。
例えるなら……そう、「リオンナード・キャラバなみに」まともではない。




