第22話 暗黒壁面の彼方へ
「“トラッシュ・ワゴン”の次は盗掘かァ……なんだか、落ちるトコまで落ちたって感じよね、あたしたちも」
「別について来てくれなんて頼んじゃいねえぞ、俺は」
これ見よがしに嘆息するユノーに、ディンゴは歯を剥きだして応酬した。
「お前らの大将が頼んできたことだ。俺のねぐらへ案内しろってな……そら、言ってる間に着くぞ。この辺りだ」
ディンゴは足を止め、前方を腕で適当に示した。一行は立ち止まり、そちらに目をやって、しばらくの後少々困惑気味に顔を見合わせた。ディンゴが示した方向には、一見すると何の変哲もない壁面が聳え立っているだけのように思えたからだ。
「この辺りだ、と言われても、どの辺りだ?」
一行を代表して、キャラバが疑問を投げかける。ディンゴは口の端を少しばかり持ち上げ、やおら壁の手前に巡らされた柵をひらりと飛び越えた。
「ちょっと待ってくれよ。確かこの辺に……ああ、あった」
柵の裏側へ回ったディンゴは、少しの間壁面を手でなぞりながら何やら調べていたが、不意に口元をほころばせて壁の一部分を叩いた。見ると、土の中にキャラバの背丈ほどもある大岩が埋まっている。大きな岩と言っても遺跡の石組みになるような切り出された石ではなく、あくまで自然の岩らしく粗い肌といびつな形を備えている。
まだ訳が分からず無言で見守る一同を前に、ディンゴは岩の横に回り、土にうずもれた横腹の部分を軽く手のひらではたいた――と、土の塊がごそりと音を立てて崩れ、岩の裏側にぽっかりと黒い裂け目が出来る。ちょうど人ひとりが入り込めそうな大きさだ。キャラバ達は思わず小さく声を上げた。
「布を張ってあるんだ。土を塗ったくっただけのボロきれだけど、けっこうカムフラージュになる。わざわざこんな岩の陰をじっくり見る奴なんかいないしね」
反応に気をよくしたのか、ディンゴはにやりと笑いながらボロ布を脇へ片づけた。
「ついて来なよ。俺のねぐらはこの奥だ」
一向はちょっとためらい、その場でお互いに顔を見かわした――と、最初に動いたのはキャラバだった。
「ここまで来て今更、盗掘がどうだこうだとガタガタ言っても仕方ねえ。行こうぜ。何だか面白そうだしよォ」
巨体を躍らせてひらりと柵を飛び越えるキャラバに、ユノーが首を振りながら続く。
「ちっとも面白くはなさそうだけど……ま、早く行った方が早く終わるのは確かよね。多分」
「グズグズしてて、誰かに見とがめられても面倒だしねえ……おっと」
アラムも後を追って岩陰に入りかけ、ふと立ち止まって両腕で裂け目の幅を測った。
「参ったな……これじゃ、ザインは入れないんじゃないか?」
物思わしげな顔で振り返った先には、柵を蹴倒さぬよう恐るおそる丸太のような脚を上げるザインの姿があった。巨猪人の体は、縦にも横にもキャラバより遥かに大きい。ざっと見たところ確かに、縦にはともかく横幅はとても収まりそうになかった。
「ああ、そういや忘れてたな……どうする? 待たしとくのもなんだしな」
奥へ進みかけたキャラバが引き返してきて、ちょっと思案の体でザインを見つめる。当のザインは少々気まずそうにしながら、岩の裂け目へと近づいてきた。
「多少無理やりでもよろしければ、問題なく入れると思いますが……ただ、少し脇へ避けていていただけませんか。すぐ済みますので」
あくまで穏やかな口調で言い、ザインは大岩に両腕を伸ばした。キャラバたちは訳も分からぬまま、とにかく言われるがままに裂け目の奥へと退く。と、ザインは両腕をおもむろに岩の隙間へ掛け、腰を軽く沈めて渾身の力で大岩を引っ張った。
さほど間を置かず、ごぼッという重たい音が響き、土の中から大岩が引きずりだされた。付近には土砂や小石のかけらが雨あられと降り注ぎ、岩と土壁の間の裂け目は倍ほどにまで広がっていた。
「これで、私の体でも通れますね。お待たせして申し訳ありません」
汗ひとつかかずにあっさりと言ってのけ、広がった隙間をくぐったザインに、一同はしばらく返す言葉もなかった。
「……な、言っただろ、ディンゴ? 巨猪人の腕力ってのは、モノが違うんだって」
ややあってキャラバが、ディンゴを肘でつつきながら呟く。ディンゴはちょっと身震いし、肩をすくめるばかりだった。
「……ま、全員入れたンならいいや。とにかく、奥へ進もう」
とにもかくにも、一行は裂け目をくぐり暗黒壁面の中へと入っていった。
内部は細い洞窟状になっており、左右の壁は上へ行くにしたがって間隔を狭め天井でほぼ1つに重なっている。断面図にすると、楔の先端を上に向けたような形だ。道には大小の岩が所嫌わず転がっており、率直に言って「けもの道」とすら言いかねるような状態だった。
先頭に立ち、ディンゴは例の魔導杖『光のメス』を懐から取り出すと、ほのかに魔力の光を灯して松明代わりとした。後ろに続くキャラバたちもそれぞれ携行型魔導灯を取り出して周囲を照らす。
「これは……!」
アラムはふと呟き、照らし出された通路の壁にそっと手を這わせる。軽く土を払うと、古びた石積みの壁面が青白い肌をあらわした。土の壁ではなく、人工の石壁なのだ。
「暗黒壁面に呑み込まれた、太古の遺跡の一部か……土やら岩やらにあんまり浸食されてるから、分からなかった。自然に入った亀裂が、埋まっていた遺跡の一部を掘り起こしたんだろうな」
「遺跡のことァ、俺はよく分からねえからなあ。冒険者でもねえし」
足元の大岩を乗り越えながら、ディンゴは軽く肩をすくめた。
「ここを見つけたのは、単なる偶然だったんだ。
第10へ来て、最初はいつも通り遺跡の入り口辺りでモグリ医者をするつもりだったんだよ。他の階層でやってたようにさ。だが、ここにゃこの暗黒壁面があるだろ。表の入り口にはガッチリ検問が張られてるから、俺みたいなモグリ医者が遺跡に入るには壁面のほころびか何かを探して潜り込むしかねえ。
幸い、しばらくこっちで暮らすうちに、壁面にも結構穴ぼこが開いていて、食い詰めた盗掘者がしょっちゅう行き来していることを知った。そこで俺もよさそうな穴をどこか見つけようと嗅ぎまわってるうちに、ここを見つけたんだ。ちょっと見は埋もれた岩が突き出てるだけに見えるが、こうして隙間から中に入ってくと、石造りの基盤が奥まで続いてるとすぐ分かった。
欠点はこの道だった――見りゃ分かるだろうが、こうしてくねくね曲がってるし坂や地割れだらけだ。とても冒険者のパーティが通れるような道じゃない」
「言われなくっても、しっかり体験してるわよ」
荒い息の下から、不満げにユノーが混ぜっ返す。折しも大きな岩を乗り越えようと、両腕で岩肌に抱きつき必死によじ登っているところだ。起伏が大きく障害物だらけのこの道は、身長の低い彼女にはことさら堪えるようだった。重たくて邪魔になるからか、籠手は取り外して背嚢に入れているらしい。
「こんな不便な道をわざわざ通り道に選ぶ気が知れないわよ、ホント……」
「それがかえって気に入ったんだ。確かに、食料やら水やらを大量に持った冒険者のパーティならとてもじゃないがこんな道進めやしない。盗掘だろうがそれは同じことだ。つまり、盗掘目的で入ってくるやつと鉢合わせするようなことがねえってことだ。
医者だったら、冒険者ほどの大荷物は必要ねえし、宝物を持って帰ってくるってわけでもねえしな」
ディンゴの言葉に、キャラバとアラムは顔を見合わせて頷き合った。深層に出没する『追いはぎ医者』の噂が広まっても、そのねぐらが杳として知れなかった理由もこれで分かる。冒険者とてヒマではないのだ。冒険にも盗掘にも使えないようなルートをわざわざほじくり返したりはしない。
道なき道をしばらく行き、ユノーのみならず流石にキャラバの額にも汗がにじみ始めた頃、ディンゴはふと腕を上げ、行く手を指さした。
「ほら、見えてきただろ。あれが入り口だ」
指の示す先には、ほの白い壁が暗闇の中に浮き上がっていた。キャラバは眼を凝らし、怪訝そうに顔をしかめた。
「……行き止まり、みたいに見えるがなァ。白い壁になってて」
確かにキャラバの言う通り、裂け目によって作られた道は行く手の白い壁によって塞がれ、どこへも通じていないように見える。しかし……妙だ。キャラバは立ち止まって数秒考え、その違和感がどこから来るのかに気づいた。「白い」壁――光のない洞窟の中で、なぜ?
「議論するより行った方が早ぇだろ。もうすぐだぜ」
何でもないことのようにそう言うディンゴに先導され、一行はさらに「白い壁」を目指して進んだ。近づくほどに、壁の全容がだんだんとはっきり見えてきた。確かに、壁の一部は白い切石を規則正しく積み重ねて造ってある。しかし、暗闇の中で白く浮き上がって見えるのはそればかりが理由ではない。
石積みの壁は中央で大きく裂け、そこから白い光が漏れ出しているのである。
「この裂け目をくぐった先が、俺の根城だ……今度は通れるよなァ? 別に俺の作った石垣じゃねえから、崩すのは構わねえけど、あんまり派手にやらないでくれよ。ヘタすると天井が崩れてきそうだから」
ディンゴは振り向いてザインを心配そうに一瞥すると、白壁の崩れた部分をヒョイと乗り越えて足早に奥へと向かった。キャラバたちも、ひとまず疑問は後回しとして急ぎディンゴの後を追う。最後尾のザインも、壁にぶつからないよう体を縮こまらせながらなんとか隙間をくぐり抜けた。
一歩踏み込んだとたん、降り注ぐ光にキャラバは思わず腕を上げて目をかばった。白い光が洞窟の天井から降り注ぎ、遺跡の石積みに反射してあたり一面を白く染め上げている。暗闇に慣れきった眼には、突き刺さるほどに強烈な刺激だった。
「これは……?」
涙のにじむ目をしばたかせながら、キャラバは天井を見上げた。明るさに目が順応していくにつれ、光を降り注がせているものの正体もはっきりと見えてくる。天井を太陽苔が覆っているのだ。
太陽苔の生えぬ暗黒地帯となっているのは暗黒壁面の表面付近だけで、ひとたび内部に入り込んでしまえば苔の群生地がそこかしこに点在している。遺跡が埋もれる前の名残だろうと考えられているが、中には外と変わらぬほど明るく繁茂している区域もあり、そういった場所には草木が生い茂って時には森すら形成されることもある。体の大きな魔物が閉鎖された迷宮の中を跋扈しているのは、そうした森林地帯が小動物を養い生態系を支えているからである。
キャラバたちが入り込んだ場所は、ちょっとした酒場ほどの広さの部屋になっていた。迷宮内の森ほどは明るくないにしろ、そこはありふれた遺跡の通路などよりははるかに明るい。横幅は人ふたりが両腕を広げたら一杯になるほどだが、奥行きはかなり広い。先ほどまで辿ってきたけもの道とは違い、地面にもきっちりと白い敷石が幾何学模様に敷かれ、壁も半ば土に埋もれかけてはいるものの石造りのようだ。今までの道のように自然にできた空間ではなく、明らかに人の手のかかった場所――遺跡の一部に出たのだ。
「へえ……暗黒壁面内部にしちゃ、結構明るいな。天井も高い。なかなかの好物件じゃないの」
アラムは辺りを見回しながら、洞窟の内部へと歩を進めていった。土の壁の合間から覗く白い石積みの壁に歩み寄り、手袋を嵌めた右手でそっと撫でる。
「石造りの壁面が残ってるとこを見ると、遺跡の内部であることは間違いない――でも、表面に磨いた形跡がないね。少なくとも見えてる範囲内じゃ装飾もなさそうだし、神殿の壁にしちゃあまりにも地味すぎる。
多分ここは、参拝に使う「表」のルートから見たら「裏側」なんだ。主通路の壁と外壁との間に存在して、本来は罠や魔導機械のためのスペースなんだろう。例えるなら神殿のバックヤードと言うか、舞台裏と言うか……。
それが、暗黒壁面が出来た時の土砂崩れで外壁が破れて、直接入り込める裂け目が出来ちまったんだろうね」
「だから、そういう話には弱いんだって、俺」
やや辟易とした調子でディンゴは言い、胡麻化そうとするかのように一行を奥へ差し招いた。
「でも、ひょっとしたら俺の『企業秘密』も、遺跡の裏側ってことと何か関係があるのかも知れねえな。もう少し奥まで来てくれよ。例のもんは、そら、ここにある」
ディンゴは魔導杖を腰辺りに掲げ、自らの足元付近を指さした。キャラバを筆頭に一行はぞろぞろとそちらへ近寄り……首を傾げた。
ディンゴの指さす先には、部屋を半ばほどまで横切る深い地割れが広がっていた。幅は半歩分ほどだろうか。底はかなり深く、魔導杖の光を差し掛けられても測り知れない。そして――それだけだった。単なる地面に開いた自然の裂け目で、取り立てて注目に値するような何かがあるようには思えない。




