第20話 キャラバのやり方
「また、冒険、だって?」
アラムは半ば椅子から腰を浮かし、思わず叫んだ。
「おいおい……つい昨日クレイジースミスに出くわして、ギリギリ命を拾ったとこだってのに。もう次の冒険の算段なんて、あんまりゾッとしないねえ」
「仕方がねえだろうが。『追いはぎ医者』の企業秘密を手に入れるためにゃ、現物をこの目で見てみないとならないんだ」
キャラバはこともなげに肩をすくめ、そこでふと何かを思い出したような顔をした。
「そうだ。エル、ちょいとお前さんに相談したいことがあるんだが、いいか?」
「相談?」
振り向いたマーレに、キャラバはちょっと辺りを見回した後、壁際に置かれた書き物机に目を止めた。椅子を引いてどっかと腰を下ろすと、机の上からペンとカルテ用紙を手に取る。
「クチで言うより、図にした方が分かりやすいな。ちょっと来てくれ」
言われるままに近寄っていったマーレに対し、キャラバはペンで複雑な図形を描いてみせながら、熱の入ったひそひそ声で説明を始めた。じきにマーレも何やら夢中になり、2人してささやきを交わしては興奮した様子で肩を叩きあっている。
「……なんだ、こっちのことなんてすっかり忘れたッて様子だね」
取り残された形のアラムは一人嘆息し、カップに残ったコーヒーを飲み干した。
「これだから、男ってやつは……キミもこれから苦労するよ、少年」
その一言が、あっけに取られていたディンゴを我に返らせた。座っているアラムにつかつかと歩み寄ると、硬い赤毛の眉をぐっと吊り上げて相手の顔を見下ろす。
「言っとくけどな、俺はまだあんたらに雇われてやると決めたわけじゃねえ。それと、俺を「少年」扱いするのはやめろ」
「そんな怖い顔しないでくれよ。お姉さんは疲れてんだからさ。ホラ、キミも座って、コーヒーでも飲むかね? ポットにまだあったはずだが」
アラムは言い、脇に置かれたキャビネットの上からポットとカップを手に取った。遺跡内の姿とはうって変わって呑気そうな様子に毒気を抜かれ、ディンゴは気づくと空いたベッドの上へ腰を下ろしていた。
「砂糖はどうする? ミルクは新鮮なのがなくてね……空中市場が落ちてからこっち、まだまだ深層の流通は混乱してるんだ」
「いらねェよ、ンなもん」
うるさそうに手を払い、ディンゴは眉間に皺を寄せた。
「馴れ馴れしく仲間ヅラすんじゃねえや。確かに、助けられたことは認めるがよ、だからってあんたらのボスが言うみてえに、仲間入りするってワケじゃねえんだ」
「うん、そりゃまあ、それもいいんじゃないかと思うよ」
鼻息荒くぶつけられた言葉に、アラムはごくあっさりと答えた。あまりにそっけない返しにぽかんと口を開けたディンゴに、ちらりと視線を投げてからさらに続ける。
「リオは強引だからね。何でもかんでも自分の思うとおりに運ぼうとする。しかもあいつには、それで世の中渡っていけるだけの実力と勢いがある。そこが厄介なとこでね。
あの勢いに押し流されて付き従ってるだけで、自分もけっこう何かやってる気になって生きられちまう。ホントのところは渡される仕事をこなしてるだけなのに、自分自身が何かを考えてやってるような気になってさ。
あいつについて行く気なら、自分の中にしっかりしたものを持ってなきゃ、見誤るよ――あいつの持ってる火が、ロウソクの火を移すみたいに君に移ったってんならいい。自分の炎を大事に抱えていればいいんだから。だけど、火にあぶられてただ温まってるだけってんなら……ま、苦労するのはキミだから、私には関係ないんだけどね」
「……じゃあ、あんたは持ってるってのか? その『自分の炎』ってやつをよ」
ディンゴが低い声で聞くと、アラムは自嘲するような胡麻化すような笑みを浮かべた。
「さて、どうだかね……そのあたりは自分でだんだんに確かめたらいい。どうせ、次の冒険はキミが先導するんだろう?」
ディンゴは言い返しかけ、ふと考え込むようにおし黙った。鋭かった瞳は徐々にその色を落ち着かせ、頭の中で様々な物思いが去来している様子である。
と、ちょうどそこへ、キャラバが笑みを浮かべながら戻ってきた。どうやらマーレとの話し合いは上首尾に終わったらしい。マーレの方はといえば、いそいそと上着を着こみ、外出の支度を始める様子だ。
「あれ、先生、どっかお出かけ?」
アラムが尋ねると、キャラバが横から代わりに答える。
「エルにゃ、ちょっと用事を頼んだんだ。晩には戻ってくるだろう。患者の容体は落ち着いたし、イザとなりゃ俺達もいるしな。
そういうワケだ、先生がいなくなっても心配する必要はねえよ」
言いながら、キャラバはマーレの座っていた診療用椅子に腰かけ、脚を組んで斜めにクラフと相対した。クラフは恐縮した様子で、肩を縮こまらせながら小刻みに何度も頭を下げる。
「遺跡では、本当にありがとうございました……その、それで、お礼のことなんですけど」
クラフは心なしか顔を赤らめながら、ためらいがちに切り出した。
「手術までしていただいて、お代を払わなければいけないのは分かってるんですけど……私たち、そんなに持ち合わせがないんです。ここの入院費だって、冒険者保険でやっと払えるかどうかってところで。
あの、1万ゾルくらいだったら、今すぐ出せるんですけど」
大竪穴で使われる通貨の単位は「ゾル」という。外界王国のような「国家」があるわけではない大竪穴の状況から、統一されたゾル通貨というものはない。ギルドの私鋳銭から手形や債券証書、外界から流れ込んでくる外王国通貨に果ては古代の魔導合金インゴットまで、雑多な貨幣がごたまぜに「ゾル」として市場を流通しているのが現状だ。
相場で言うと、例えばツメナガイタチ一頭分の駆除奨励金は5百ゾルといったところである。貯金を1万ゾルと言えば、駆け出し冒険者としてはかなり奮発した金額だろう。
それを知ってか知らずか、キャラバは考え込むような身振りをしてみせた。
「そうよなァ、カネの問題は大事だわな」
腕を組んで顎を掻き、その間にちらりとディンゴの方へ目線を送る。こっそりと合図をしているような仕草だ。
「医は仁術とは言うものの、カネがなけりゃあ続けていけねえ仕事であるのもまた確かだ。特に遺跡に潜りながら医者やるとなりゃ、危険も消耗も普段とは段違いだ。
その危険手当も含めて、まァ正規料金1人5万ゾルの合計10万ゾル……と言いたいとこだが、今回はこっちの開業祝いってこともあるからな。半額の5万ゾルってとこでどうだ?」
キャラバは持ち前の豪快な笑顔を弾けさせた――クラフは目を見開いて両手で口を覆い、横で聞いていたディンゴも椅子からずり落ちかける。
「5万、ですか? 今すぐに? そ、それは……」
「いくら何でも、限度ってもんがあるだろう! 追いはぎにだって、払える額と払えねえ額の区別くらいつくぜ」
「おいおい、人の話は最後まで聞くもんだ」
鷹揚に笑いながら、キャラバはクラフの震える肩を厚い掌で軽く叩いた。
「こっちだって、払えねえもんを無理に絞ろうなんて思やしねえよ……エル、あれ出来てるか?」
「ああ、とっくの昔にね。何しろ鮮度が命だから」
マーレは頷き、机の横の棚から何やら黒く大きなものを取り出した。三角の頭に、鋭い牙。流線形の体を躍動させた姿勢のまま固まっているその姿は――
「あの、壁から出てきた魔物じゃねえか!」
「ツチザメってんだ。ディンゴ、覚えときな」
叫び声を上げたディンゴに、キャラバは会心の笑みを向けた。
「こいつもギルドが報奨金を掛けてる特定害獣の一種だ。加えて、この姿かたちにはファンが多くてな。五体満足のまま剥製に出来りゃ、結構な値段で売れる。報奨金と合わせたら、まあ1万ゾルは下らねえだろうな」
「しかし、一体いつの間に捕まえて来たんだ? 蜘蛛に追っかけられて逃げてる間にゃ、とてもそんなヒマは……」
「別に、捕まえたわけじゃねえんだけどな。実を言うと、左腕にかじりついてたのをすっかり忘れててよ、そのままにしてたんだ」
キャラバはしれっと言い放ち頭を掻いた。ディンゴは思わず横のアラムと顔を見合わせ、力なく首を振った。
「呆れて物も言えねえ。なんか間違ってるよ、このオッサン。存在自体が」
「……それでも、5万ゾルにはとても足りませんよね」
弱々しい声で、クラフが口を挟んだ。ディンゴは「まあ待て」とでも言いたそうに手のひらを突き出す。
「だから、話はしまいまで聞けって……アラム、例の記録は清書出来てるんだろうな?」
「当たり前だよ。何のせいでこんなに疲れてると思ってるんだい」
アラムは欠伸を噛み殺しながら、懐から折りたたんだ紙片を取り出して差し出した。
「ツチザメの遊泳痕と、遺跡の地図を重ね合わせた見取り図だよ。赤線で描いたのが、予測される回遊航路だ。
ツチザメは群れで一定のコースを回遊する魚だ。コースを逸れて勝手にあちこち動き回ったりはしない。巣穴をグルグル回るモグラみたいなもんだね。さらにその回遊コースは、遺跡の壁がある場所に限定される。それを計算に入れて、壁に残された遊泳痕の角度と数を分析すれば、ある程度はコースが数学的に予測できるってワケ」
「へえ……」
ディンゴは思わず感心の声を漏らし、見取り図に見入った。
「よく出来てるのは分かるけど……で、これがどうしたんだよ?」
「想像つかない? ツチザメの群れってのは、冒険者にとっちゃ脅威のタネだ。特に遺跡の石壁を泳ぎ回るツチザメってのは、少なくともこの第10じゃ稀でね。対策も講じられてないことが多いんだ。
そこへ、この地図を見ればその危険のある場所がひと目で分かるとくる。冒険者ギルドだったらどこも、ちょいと金を積んででも欲しがるんじゃないかね」
ディンゴとクラフは、ほぼ同時にあッと口を開けた。
「つまり……カネになるってことか!」
「実際いくらの値で捌けるかは、ギルド協同組合との交渉次第だろうがな。いくらに付いたところで、残った4万の負債もそんなには残らねえだろう。
さて、こいつはあんたらが冒険した結果、手に入ったもんだ。あんたらの手に渡るのが一番自然だろうと、俺はそう思うがな」
口を挟みながらキャラバはアラムの手から紙片をもぎ取り、無造作にクラフの膝の上へ放った。目を見開くクラフに豪快な笑みで応える。
「それに、こいつを冒険の成果として届け出ればギルドからの評価も上がる。多少は身になる冒険仕事も回ってくるようになるだろ。それからだな、治療費のことを考えるのは」
「……はい! ありがとうございます、本当に……!」
クラフは涙声になりながら何度も何度も頭を下げた。少々面映ゆそうな、辟易としたような様子で手を振るキャラバの姿を、ディンゴは少し離れた椅子の上からじっと見つめていた。
「……ああいうのが、あいつの――リオンナード・キャラバのやり方なのか?」
「ま、あんまりアタマのいいやり方じゃないわねェ」
アラムは肩をすくめ、ポットから2つのカップにコーヒーを注いだ。
「しかし、大体があんな具合だと思ってもらって間違いないかな。さて、『追いはぎ医者』クンはどうするのかね。アレを見て、着いて行こうと思うかね? じっくり考えるといい。コーヒーでも飲みながら、ノンビリと……さ」
アラムの差し出すカップを、ディンゴは一瞬の逡巡ののちに受け取った。
「言われなくとも……とにかく、次の冒険は一緒に行くさ。それが奴との約束でもあるし、助けてもらった恩もあるしな。後のことは、その後のことだ。
せいぜい厳しく評価させてもらうとするさ」
ディンゴは言い切るとコーヒーを一口含み、たちまちむせ返った。
「まッず! 何だよ、こりゃあ!!」
言われてアラムも一口啜り、途端に眉をひそめる。
「ああ、いけないな。ポットをほったらかしにしといたもんだから、珈琲石が溶けすぎてるよ。金属臭がひどいや」
「……とりあえず、減点1だな、この場合」
文字通り苦々しげにディンゴは呟き、カップをキャビネットの上に置いた。




