第19話 追いはぎの企業秘密
ディンゴは、どう答えていいか分からないといった顔で目を2,3度しばたいた。
「……なんだ、おだててやったってのに、あんまり感動してもいねェみてえだな」
「何言ってやがる、バカバカしい」
キャラバがいかにも心外といった様子で首を振ると、ディンゴもむきになって言い返す。
「俺は誰に雇われる気もねえ。恩を着せたつもりにでもなってンなら、安く見すぎだぜ。
大体、『買う』ってのは代金を払える奴の言うセリフだろ。俺の腕の代金を払えるのか、あんたらによォ」
「おォ、ついこの前は穴倉ン中でくたばりかけてたってのに、喋ることだけは一丁前じゃねえか。いいぜ、そういうとこが気に入ったってんだ」
キャラバはニヤつきながら椅子をベッドに寄せ、気安げにディンゴの肩を叩いた。
「無論、この申し出はお前さんにとっても得になるはずだ。
まず、雇うからにゃカネは払う。診療代は働いた分だけ、歩合制で給料にするつもりだ。その辺はまだ細かく決めてねえが……そういう話をするんなら、後でアラムとしてくれ。あいつがウチの財布を握ってるからな。
が、カネだけじゃねえぞ……お前さんは俺達と一緒に来ることで、もっと高価なものを手に入れることが出来る」
「何だよ、そりゃ?」
眉をひそめるディンゴに、キャラバは得たりとばかりに輝く笑みを投げた。
「『経験』だよ、若いの。分かるか?
お前さん、外界で素人ながら軍医をやってたってだけあって、確かに手術の手際やら何やらは大したもんだ。だが、この大竪穴で冒険者相手に医者をやってこうってんなら、医者の腕があるってだけじゃ半人前だ。
魔物のあしらい方が分からなきゃあ患者と一緒にコース料理として食われちまうのがオチだし、ギルドやらタチの悪い冒険者パーティやらといった食えねえ連中を相手する腹芸が使えなきゃ、『追いはぎ』にまで落ちぶれることになる。お前さんも、分かっちゃいるんだろ? 今みてえな暮らしが、そう続くもんじゃねえってことを」
ディンゴはぐッと言葉に詰まった。キャラバの言うことは腹立たしいが、確かに真実だ。自分がこうして病院のベッドに横たえられていること自体が、否定できない証拠として突き刺さってくる。
しかし――ただ認めてしまうのも癪に障り、ディンゴは尚も抗おうとした。
「じゃあ、あんたらの『闘う医師団』は長続きするってのかよ? 医療ギルドの後ろ盾もなく、冒険者ギルドから仕事も回してもらえねえってのに、どうやって医者稼業を続けてこうってんだ?
……いや、もっと根本的な問題があるぞ。つまり、どうやって患者を探すのかって問題だ。
ちょいと呼ばれりゃ駆けつける、なんて簡単に言うけどよ、この広い迷宮の中でどうやってあんたらを『呼ぶ』ってんだ?」
「さあ、そこだ」
キャラバはやおら居ずまいを正した。
「お前さんを探してたのは、その腕に惚れたってのもあるがもう1つ、大事なことを聞いときたかったからでもある。
お前さんが――『追いはぎ医者』が、どうやって獲物を見つけてたのか、ってことだ」
「……うん?」
きょとんとした様子のディンゴに、キャラバは苛立った様子で手を揉みながら続ける。
「言っただろ、お前さんの患者は調べたって……お前さんの診た患者はみんな、魔物でも同業者でもなく罠にやられた奴だった。今回のバナーとクラフにしてもそうだ。
俺は、どうやってその手の「患者」を的確に見つけていたのかが知りてえんだ。呼びもしない医者が、タイミングよくひょっこり現れる。そこにゃ何かカラクリがあるはずだ。まさか、罠にかかったバカと偶然ばったり出くわすことを期待して、迷宮じゅうを延々と歩き続けてたってことはあるまい?」
「ああ、そういうことね」
ディンゴは納得顔で頷いた。
「カラクリ、って言うほど立派なことでもねえんだけど……まあお察しの通り、方法があるにはあるよ。あんたの役に立つかどうかは分からねえけど」
「その『かどうか』の所の判断は、俺に任せとけ」
キャラバは太い腕を伸ばしてディンゴの首っ玉を捕らえ、その体をベッドからずり落ちそうになるほどにぐっと引き寄せた。
「なぁ、いいじゃねえか……命を救ってやったんだ。救助料ってことでよ、『追いはぎ医者』の企業秘密くらい、教えてくれたっていいだろう?」
「……今、あんたに雇われたくねえ理由をもう一個思いついた。あんたのそういうノリ、めちゃくちゃ嫌いだわ、俺」
顔をしかめながらディンゴは肘でキャラバを押しやろうとした。が、キャラバはへこたれない。
「嫌ってくれるのは別段結構だが、で、どうなんだ? 教えてくれるのか?」
「ああもう、分かった! 教えるよ、教えるから、放せよ……ったく」
* * *
4つのベッドが四角く並ぶ診療室。診療所の主、エルクラップ・マーレは出口側のベッドの脇に椅子を出して座り、患者の腕の包帯をやたらと華々しく結びあげていた。
包帯を巻かれているのは、昨日運び込まれた女剣士・クラフだ。隣に並ぶ壁際のベッドには、片割れのバナーが静かに眠っている。矢の摘出手術の術後処置も終わり、経過はどうやら良好だった。
向かいの壁際に並べられた2台のベッドのうち、窓に近い方には何故かユノーが横たわり、白い布団にくるまってぐっすりと眠っている。流石に籠手と革鎧は外しているが、着ている服はそのままだ。
その横で背もたれのない丸椅子に座り、疲れた顔でコーヒーを啜っているのはアラムだ。黒い手袋に包まれた右腕でカップを持っている。土の義手は既にその形と機能を取り戻していた。
さて、ザインは、と言えば――ドア近く、ベッド横の衝立の陰に隠れるようにして佇んでいた。巨体を持て余すかのように心持ち背を曲げ、どことなく申し訳なさそうに立っている。
「さて、包帯の交換も済んだ、と……傷が膿みそうな様子もないし、君の方はじきに退院できるよ」
マーレは丸っこい顔に笑みをたたえ、不安げに腕を見つめているクラフに語りかけた。
「お連れさんの方は、何しろデカい手術をやってるから、ちょっと時間がかかるだろうな。最低でも2,3日は入院してもらって、経過を見なきゃならない。いいね?」
「あ……ありがとうございます」
クラフがおずおずと頭を下げた、ちょうどその時だった。
「いよう! お客さんの様子はどうだ、エル!」
診療所の壁をぶっ倒しそうな勢いで扉が開き、胴間声とともにキャラバが入ってきた。後ろから、渋い顔をしたディンゴも続いてドアをくぐる。馴れっこになっているアラムとマーレはヤレヤレといった調子で眉をひそめただけだったが、クラフの方はすっかり驚き、縮み上がってしまった。
「病院でそんな大声を出すんじゃないよ。お里が知れるぞ」
アラムが眠たげな眼をしょぼつかせながら叱りつけたが、キャラバは聞く耳を持つ風もなく、ずかずかとマーレの方へ歩み寄っていった。
「その様子だと、患者の方は大丈夫そうだな。そりゃ、俺達が診たんだから当然だけどよ。
ああ、まだ正式に紹介はしてなかったな。こいつが3人目の患者にして、今回の冒険の戦利品、『追いはぎ医者』ことディンゴ・アールメールだ」
「誰が「戦利品」だよ!」
すかさず食って掛かろうとしたディンゴの右腕を、さりげなく立ち上がったマーレが素早く取って握る。
「どうも、エルクラップ・マーレです。この診療所の所長をやっとります。済まんね、このキャラバという男、根はいい奴なんだがガサツな所があって……」
「まるでガサツじゃない所があるかのような言い方だね、マーレ先生」
椅子に座ったままアラムがチクリとやると、キャラバは思い出したようにそちらを振り向き、ディンゴの肩に両手をかけてグルリと体を反転させた。
「そうそう、これから一緒に仕事をする仲間なんだ、ウチのスタッフの紹介もしとかないとな。
こいつが副団長のアラム・ヴィランダン。ボーッとしてるようでいて、怒ると怖ーいお姉さんだ。使うのは大地の魔術で、石膏やら砂やらを集めて固める魔術を得意としてる。ギプスなんかを作るのに便利なんだ。あと、俺たちの団の経理もやってるな。カネを借りたい時は、俺じゃなくてこいつに頼め。サイフはこっちが握ってる」
「なんだ、結局キャラバに引きずり込まれたのか、少年。ご愁傷様……ま、よろしく頼むよ」
気のない様子で言いコーヒーを啜るアラムに、ディンゴは何か言い返そうとしたが、両肩に乗っかったキャラバの分厚い掌がその動きを押さえた。
「それと、そっちのデカいのはザイン。巨猪人って連中と付き合うのは初めてか? じゃ、慣れとくことだな。幸いなことにザインは理知的で温厚、巨猪人初心者にもやさしいお試し版の巨猪人と言える。
使う魔術は水の魔術全般、体じゅうに契約印を持ってて、水をあらゆる形に変えられる血液のエキスパートだ。それと、座学の方も大したもんだ。俺なんかよりずっと物覚えもいいし、頭も回るんだ」
「よろしくお願いします、ディンゴさん」
なめらかなテナーの声でザインは言い、丁重に腰を折った。威圧的な巨体からは想像もつかない礼儀正しさに、ディンゴは返す言葉を失ってもごもごと口の中で何やら呟いた。そんな様子に構わず、キャラバはもう一度ディンゴの肩を掴んで後ろを向かせた。
「で、そこでスヤスヤと眠りこけてる娘っ子がユノー・リステッロ。
一見するとクソガキだが、クソガキだ。しかしなかなか優秀なクソガキではある。深層のあらゆる毒物に通じた、薬学と麻酔のスペシャリストにして調香師。こいつの籠手は、遺跡ん中で見たよな? 大したもんだろう。薬効を持った香を状況に応じて調合し、放出した煙を風の魔術で包み込んで「投与」するってのが得意技だ。
……しかし何だって、患者用のベッドで寝てるんだ?」
「疲れたから、と言ってね。目にもとまらぬ早業で鎧と籠手を放り出して、布団に滑り込んじゃったんだよな。まあ、ベッドは余ってるし、当座の所無理に引っ張り出す必要もないしね」
マーレが愛想よく答える。と、横からアラムが口を挟んだ。
「本当だったら、私もベッドに潜り込みたいとこだよ……あんたを待ってるんじゃなかったらね、キャラバ。『追いはぎ』先生と話がしたいってんで個室に入ったっきり、出てこないんだもの」
「なんだ、お疲れだな、アラム。そんなことじゃあ先が思いやられるぜ。じきにまた、遺跡に潜るんだからよ」




