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第六章 二人の距離(4)

夏泉の法要は予定されていた通りに行われ、龍時もスーツ姿で出席した。ただ、ネクタイは黒のものを着用している。


天候はあいにくのみぞれで、出席者は肩や足の裾を濡らしながら到着していた。ただ、龍時が移動していたときは降っていなかったため、龍時には大きな被害はなかった。


法要の間、龍時は一人端の方で過ごし続けた。通夜や葬式のとき、龍時の心身は衰弱しきった状態だったため、龍時は周りの雰囲気を捉えられていなかった。しかし、この日の龍時は、夏泉の死を悼む人間が非常に多いことに気がついた。


それを見た龍時は、自分がその中の一人となって良いのか分からなくなる。


法要が龍時の意思に関係なく進んでいき、刻一刻と夏泉との別れが近づいてくる。四十九日の法要をもって死者は行き場が決まると言われており、それに従えば夏泉がこの世界にいるのは今日が最後だった。


龍時が宗教的な考えに興味を示したことは一度もなかったが、今の龍時はそればかりを気にしていた。龍時は、見えないはずの夏泉の姿を探していたのだ。ただ、虚空を見据えたところで夏泉の姿は現れない。


大多数の人間は、夏泉の死を不幸な事故だと認識している。そのため、会場内で龍時を責める人間は一人としていない。ただ、龍時にとってそれが苦しかった。夏泉を死なせてしまった責任は、間違いなく龍時自身にもあるはずなのだ。


しかし、龍時がそう思ったところで夏泉は帰ってこない。せめて最後の別れのときくらいはそんなことを考えないようにと、龍時は心がけることにした。


龍時は法要の後の納骨にも参列し、夏泉が埋葬される様子を目に焼き付けた。その時に摩耶の姿を見つけるも、龍時は声をかけなかった。


摩耶はハンカチで口元を押さえて涙を浮かべている。先日龍時と会った摩耶というのは無理をしていただけであり、龍時は自分が最後の最後まで迷惑しかかけていないことを悟った。


ただ、龍時が悲しさに涙を流すことはなかった。


その日、龍時ら参列者が解散していったのは夕方のことだった。ほとんど全員が暗い顔をして帰宅していく。


しかしながら、そのうちのほとんどの人間は、一週間もすれば夏泉の死を忘れてしまう人々である。龍時はそう考えると寂しさを感じた。


帰り際に摩耶と会話を交わした後、龍時も一人で歩いて帰路についた。今日で全てが終わりである。龍時と夏泉の関係において最後の日だった。


龍時は駅に向かってゆっくりと歩く。その間、龍時は夏泉のところへ行くことばかり考えた。ただ、それは誰も望んでいないと気付き、龍時は強引にでも何か違うことを考えようとする。


そのとき、龍時は一つやり忘れたことに気がついて立ち止まることになった。今日が最後なのであれば、心残りを残すわけにはいかない。龍時はネクタイを握りながらそう考える。


そして、その考えが浮かんだと同時に、龍時は準備を行いつつ夏泉がいる墓地へと走った。


墓地に着くと、龍時はゆっくりと夏泉の墓に近づいていく。幸いなことに、夏泉の墓の近くには誰もいなかった。


龍時は墓の目の前までやってくると、そこにしゃがみ込む。そして、夏泉からプレゼントされたネクタイをつけた姿を夏泉に見せた。


「似合ってるかな。さすがに法要中はこの色のネクタイつけられなかったから、見せるの遅れた」


一体夏泉がどんな反応を見せているのか、そもそも夏泉が今の龍時の姿を見ているのか、龍時には何も分からない。ただ龍時は、自身の心残りを潰すことができた。


欲を言えば、龍時は自分が渡したプレゼントに、夏泉がどのような反応を示すのか知りたかった。しかし、それは叶うはずもなく、渡せただけでも良かったと考えるしかない。


数分に渡って、龍時は夏泉に姿を見せる。そして気が済むと、龍時は潔く立ち上がって再び一人で歩き出した。龍時にとって本当の別れである。


帰宅した龍時は、着替えを済ませるなりそのままベッドに横になる。そして、夏泉と過ごした記憶を蘇らせて、夏泉が居なくなってからの一瞬の時間と比較させた。


夏泉が居なくなってから変わったことは、数えきれないほど多かった。夏泉が側に居ないだけで龍時は孤独になっている。しかも、以前はそれに耐えることができたはずの龍時が、今は耐えられなくなっている。


夏泉がどれだけ龍時に影響を与え、また龍時がどれだけ夏泉を必要な存在と認識していたか。夏泉が死んだ後になって、初めて龍時はそれを知ることが出来ていた。


時間が経てば、夏泉の死を受け入れられるかもしれない。龍時はそう思って夏泉のいない世界で生きているが、今になっても夏泉がいないことに苦しみを感じている。時間というのは、それほど問題を解決してくれるわけではない。


龍時は夏泉が残していったものを強く噛み締める。そして、龍時が夏泉への想いを抱き締めつつ眠りについたのは、午後九時前のことだった。

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