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エピローグ・2

「――もう大丈夫なのか?」


 晴れ空の広がる早朝。宿屋の前に佇むソーマが、アージェットに問いかけた。ミュリエラは今日もいつもと変わらず、抱き付きたそうにちらちらとソーマを見ながら彼の傍に控えている。


 アージェットと、その隣に立つトウカは、既に出立の準備を整えていた。ソーマとミュリエラはまだしばらく滞在するらしいが、アージェットたちはこれから町を出る予定だ。


「ああ。オレはお前と違って身体的な怪我は少なかったから。これだけ休めば十分だ」


 ――アウラストルとの戦いから数日が経って。


 戦闘が終わった直後、右腕を戻されるなりそのまま精神疲労で倒れたアージェットは、今はトウカから魔力を補給してもらって完全に回復している。トウカとミュリエラは元より魔族で回復力が桁外れなので、こちらも特に問題はない。


 一方で今回最も重傷を負ったソーマはまだ若干辛そうだったが、大人しく養生していれば遠からず治癒するだろうとの診断を受けていた。彼らはソーマの体調が戻ったらあのオアシスに戻って、もう一度封印を点検しておくらしい。


「そうか、それならいいが。お前ら、この後は予定はあるのか?」

「ああ、ある」


 普通に頷いたアージェットに、トウカが首を傾げた。


「……何かあったか?」

「何を言ってる。瓜を食いに行くと言っただろう」


 当然のようにアージェットが言えば、すっかり忘れていたらしいトウカは、ああ、と思い出して僅かに頬を緩めた。どうやら嬉しかったようだ。相変わらずトウカはアージェットのことでしか感情を動かさない。綻んだ表情をうっかり直視してしまったミュリエラが、物凄く嫌そうな顔になった。


「じゃあな。魔族には気をつけろよ」

「過保護も程々にしときなさいよね」


 ソーマとミュリエラの挨拶に、アージェットは軽く頷いて踵を返しかけ、それから思い直したようにトウカを見上げた。


「……トウカ、少し先に行っていろ」


 急な言葉に、トウカは訝しげにアージェットを見た。どうしてだと言いたげに見下ろされ手、アージェットは「すぐに追いつく」と短く告げる。不服そうなトウカだったが、それでも不承不承頷いて、そのまま先に歩いていった。


 トウカが角を曲がって見えなくなるのを確認してから、アージェットはソーマを見た。


「コーンフィード。お前は、その徽章を選んだ理由は過去を忘れないためと、奪う者のそれより強い牙を持つためだと言っていたな」

「……ああ」

「オレは、あいつに出会ったあの夜に全てが始まった」


 けぶるような睫毛をほんの少し伏せて、アージェットは言った。


「初めて会った時の、オレを見下ろして助けてやろうかと言ったあいつの金色の瞳が、まるで真っ暗な道に二つだけ灯った小さな灯し火のように見えたんだ。あいつと出会い、生き延びたことが、オレにとって良かったのか悪かったのかはまだ分からない。――だが間違いなく、オレの始まりはあいつだった」


 淡々としていながらも一切の迷いのないアージェットの言葉に、ソーマは片目を細めて笑った。


「……なるほどな、だから『灯火(ランプ)』か」

「……あんたらって、聞けば聞くほどムカつくのはなんでかしら?」


 納得したように頷くソーマの隣で、ミュリエラがうんざりしたように頭を振る。トウカだってやばいくらいアージェット一筋だったが、アージェットの方も大概だ。見ているだけで面倒臭くて、そして妬ましい。


「……ひょっとしてその口調や一人称も奴の影響か? いくらなんでも真似すぎだろう、それは」

「……うるさい、仕方がないだろう。気が付いたらもうこうだったんだ」


 アージェットが決まり悪げに視線を逸らし、そのまま身を翻す。


「もう行く。トウカが待っているから」

「ああ。――死ぬなよ」

「お前らもな」


 最後に短く言葉を交わして、アージェットはその場を後にした。ソーマとミュリエラは一度も振り返らない少年の姿にそれぞれ肩を竦め、それから二人で宿屋の中に戻っていった。


「――アージェット」


 トウカを追って早足で歩いていたアージェットは、頭上から声をかけられて仰向いた。民家の塀の上に微笑を浮かべたトウカが立っているのを見て、彼は一目で察した。


「……どこで聞いていた」

「屋根の上で」


 悪びれずに言ってくるトウカに、アージェットは溜息をついた。こいつのこういうところは本当に苦手だ、と思う。


「アージェット」


 音もなく隣に降り立ったトウカにもう一度名前を呼ばれて、アージェットは自分の契約獣を見た。


「少なくともオレにとって、お前と出逢えたことは幸運だったぞ。お前といるようになってから退屈しなくなった。小さくて抱き心地が良いし、お前の容姿も気に入っている。お前の言葉は、まあ時々返答に迷うが、大体楽しい」


 そう言ってから、トウカは思い出したように付け加える。


「あと、珍しい瓜も食えるしな」


 アージェットは少し黙って、それからぼそりと言った。


「……心底どうでもいい理由だな」

「そうか」


 怒りもせずにただ笑うトウカに背を向けて、アージェットは無表情で促した。


「行くぞ。急げば今日中に、次のオアシスに辿り着けるかもしれない」

「ああ」


 トウカが頷いて、アージェットに並んだ。


 歩幅の違う二人は、それでも同じ速度でゆっくりと歩んでいく。


 背後に伸びた影が一瞬だけ交わって、そしてすぐに離れた。


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