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氷の女神は魔法が使えない ―忘れられた神の物語―  作者: mom
静まり返る森

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第25話 予行

作戦の初日、支部は朝から人の出入りが絶えなかった。


ルルの机の前には、冒険者たちの列ができていた。別部隊の持ち場への緊急依頼、その受付と契約が彼女の持ち場だった。縁と入り口、合わせて六つの持ち場。


誰をどこへ組むかの編成は冒険者運用の仕事で、担当の作った編成表が、朝のうちに回ってきていた。既存のパーティーが名乗りを上げてくれたのは、そのうち二つだけだった。


「残りは、寄せ集めになります」


リオネルが、名簿を抱えて横に立った。倉庫の物資の仕分けと並行して、人の手配も彼の仕事だった。


「分かってる。……契約の形、どうするの」


ルルは編成表と名簿を見比べ、組ごとに契約の書類を揃えていった。既存のパーティーなら、代表者との一括契約で済む。だが、今日初めて顔を合わせる者同士の寄せ集めは、一筋縄ではいかない。


代表は誰にするのか。報酬はどう分けるのか。事故があったときの扱いまで、口頭でなく紙に残さなければならなかった。


編成の条件も、今回は一つ多かった。非常魔法を使える者を、各組に必ず一人。


「俺たち、面識もないのに大丈夫かよ」


列の後ろで、若い冒険者がぼやいた。隣に並んだ年配の剣士が、短く答える。


「持ち場は固定だ。動かなければいい。……組の顔と名前くらいは、今日のうちに覚えとけ」


ルルは、そのやり取りを聞きながら、淡々と手続きを進めた。不安も文句も、出発前に出るだけましだった。


臨時編成の組には、顔合わせの時間も取った。回復役の若い娘が、組の年長者に恐る恐る挨拶する。弓の男が、自分の持ち場の希望を言いかけて、ルルの顔を見て引っ込めた。


「編成は運用が決めてます。文句は、生きて帰ってから聞くわ」


言い方はきついが、そのほうが場は締まった。


今日の別部隊は、本番ではなかった。持ち場の確認と、合図の運用確認のための予行だった。取り決めは、全組に同じ文面で渡してある。


持ち場に着いたら、定時に非常魔法の光を一回上げる。それが、小屋の受け口から見えるかどうか。確認が済んだ組から、順に帰ってくる。


本番は明後日の夜明けで、そのときも定時の光一回が「異常なし」。もし群れに遭遇したら、光は二回。戦わずに逃げることに集中し、一人を伝令として走らせる。


非常魔法は、本来は付近の危険を知らせるものだ。今回はそれを逆に使う。だからこそ、取り決めの文面は、誰が読んでも迷わないように書かれていた。


昼までに、組はすべて決まった。馬の手配がついた組から、持ち場の確認へ順に出ていく。


ゼインが、依頼管理の窓口に顔を出した。


「ベルローズさん、別部隊のほうは」


「済みました。最後の組が、午後に発ちます。本隊は明日の午後、小屋へ前進で合っていますか」


「はい。……王都のほうへは、支部長がそれとなく伝えてあります。軍が動くことはありませんが、街道の警戒は上がるはずです。支部周辺でも、人の出入りに目が増えます」


(そこまで大事になってきた、ということね)


ルルは頷いて、名簿の最後の欄に印を付けた。


夕方、支部を発つ組はすべて出揃った。あとは、持ち場からの光が、小屋の受け口に見えるかどうかだった。


(あとは、あの子の机次第)


小屋の受け口を任された幼なじみの顔を思い浮かべ、ルルは次の書類を引き寄せた。


*


エレノアが入口の小屋に受け口を開いたのは、初日の昼過ぎだった。


小屋の前の広場では、伝令用の替え馬が何頭も繋がれ、支部から届いた物資の木箱が行き先ごとに積み分けられていた。詰める職員の数も、いつもの定期確認とは比べものにならない。


広場は森の入口で切り拓かれていて、空の見通しがよかった。今日の彼女の仕事の半分は、その空を見ることだった。


彼女は机に大きな見取り図を広げ、記録の束と筆を並べた。持ち場の組が上げる光を、ここで見て、図に落とす。見えなければ、明日のうちに打ち上げる場所を直させなければならない。


定時は、夕方だった。


最初の光は、南の入り口のほうに上がった。木立の上へ抜け、高いところで弾けて、細かな光をこぼしながら留まる。以前の調査の帰りに、タリアが上げたのと同じ光だった。


エレノアは見取り図の持ち場に印を付け、時刻を書き込んだ。


二つ目、三つ目。縁の持ち場からも、順に上がっていく。上がるたびに、図の印が増えた。


四つ目が、なかった。


北西の縁の持ち場だった。時刻を過ぎても、空は静かだった。エレノアは、すぐに騒ぎにしなかった。まず記録を確かめる。あの持ち場までの距離。間に立つ山の端と、高い木立の向き。


光が上がっても、ここから見えない角度がありうる。


組が帰ってきたのは、日が落ちてからだった。何事もなく持ち場に着き、定時に光も上げたのだという。


だが持ち場の上は枝に覆われていて、少し戻った場所から上げ直したため、時刻がずれ、しかも低い位置で弾けていた。


「明日、もう一度だけ確認しましょう。上げる場所を先に決めて、印を付けてきてください」


非常魔法は、枝の切れている場所からでなければ上げられない。打ち上げ場所の確保まで含めて、持ち場の確認だった。予行をやってよかった、とエレノアは記録に書き添えた。


組の報告は、口頭で受けて、その場で紙に残す。持ち場までの道の状態、周囲の様子、水の有無。


職員が持ってきた食事を合間にきちんと食べながら、彼女は六組分の報告を図と記録に落としていった。


二日目。沢の手前の中継点が、予定どおり置かれた。確認に行ったフィンとガレスが戻り、馬と職員の待機場所、沢までの道の状態を報告する。本隊が来れば、そのまま使える段取りだった。


北西の組も、午前中に再確認へ出た。昼過ぎ、約束の時刻に、今度は光が上がった。昨日より高い位置で、はっきりと弾けた。エレノアは見取り図の印に、二重丸を付けた。


午後、本隊が小屋に着いた。


広場が、急に狭くなった。四刃の四人に、ゼイン、カイル、ガレス、護衛のロイとタリア。出発は明日の夜明けだが、今夜は全員が小屋の周りに詰める。


エレノアは、完成した見取り図を示して、ゼインに状況を報告した。


「別部隊の持ち場と合図は、全組確認済みです。沢の中継点も、使えます」


「分かりました」


ゼインは、図を一通り見て、短く言った。


「後ろのことは、全部あなたに任せます」


それだけ言って、本隊の詰めるほうへ戻っていった。確認も、念押しも、なかった。


見取り図の上では、六つの持ち場に印が揃っていた。中央の沢の北だけが、まだ空白だった。軽い偵察は、出さないと決まっていた。あの空白は、明日の朝、本隊が自分の足で埋めるしかなかった。


小屋の外は、暗くなり始めていた。竈の火が、小さく燃えている。


夜明けまで、あと数時間だった。

お読みいただきありがとうございます。

次回、夜明けとともに本隊が沢を渡ります。静まり返る森の奥で、一行を待っているものは――。

次話は11月7日19時にアップ予定です。

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