【第5話】新たな一歩
異世界に転生してしまった元社畜の主人公が、特別な力を持ちながらも英雄や勇者を目指すことなく、平凡で穏やかな「村人B」としての人生を送ろうとする。
何気ない日常の中で経験値を獲得し、少しずつ成長していく主人公。 しかし、本人はあくまで平穏な生活を望んでいるようで……?
果たして彼は、望み通りののんびりした人生を送ることができるのでしょうか。
どうか、主人公、ミナモ・アステルの第二の人生を温かく見守っていただければ幸いです。
それでは、異世界で始まる彼の物語をお楽しみください!
転生してから更に数日が過ぎた。
俺、ミナモ・アステルはこの人生で最大の難題に直面している。
それは―――。
「ふんっ!!」
立てない。
いや、正確に言うと立ち上がろうとしているのだが、上手くいかないのである。
目の前にはベッドの柵。両手を伸ばせば届く距離にある頼もしい木製の柵だ。
俺はその柵を両手で掴み、必死に身体を持ち上げようとしていた。
「ふんんんんっ!!」
腕に力を入れ、腰を浮かせ足を踏ん張る。
………よし!
後少し…いける。いけるぞ!
そう思った瞬間、俺は「ぺたん!」と尻餅をついた。
……………。
…うん。まぁ知っていた。
立つなんてそんなに簡単に出来るような事ではないことは分かっていた。
そもそも、ついこの前までハイハイしていた赤ん坊なのだ。
いきなり立ち上がろうと言うのが無謀だったのかもしれない。
しかし、俺には立ち上がりたい明確な理由があった。
それは、自由に動き回る為。
そして何よりも、ベッドの上からでは見れない景色を見たいのだ。
今の俺は床、ベッドや家具の脚など低い位置から見れるものばかりだった。
きっともう少し視線が高くなったら、部屋の中をもっと見渡せるはずだ。
…別に経験値を稼ぎたいとは思っていない。
本当だ。
俺はただ、「普通」に成長したいのである。
「ふぅ、よし。もう一回。」
俺はまた再び柵を掴み、両手に力を入れた。
先程と同じ様に足を床につけ腰を浮かせる。
そして…―――
「ふんっ!!」
ようやく身体が持ち上がった。
おっ!い、いける!いけるぞ!!
俺は必死に柵を握りしめる。
膝に力が上手く入らず足元が揺らぐ。
それでも何とか身体を起こしていく。
そして……
すくっ!た、立った…。
………。
…………。
た、立てた……。
ベッドの柵につかまりながら、自分自身の足で立っていた。
視界がいつもよりずっと高い。
今まで見上げることしか出来なかった家具達が少しだけ近くに見える。
本棚も、母さんが使っている机も、いつもとは違って見える。
たったこれだけの事なのに、何だか世界が少し広がったような気がした。
その瞬間だった。
『条件を達成しました』
『新しい動作を確認しました』
『スキル【つかまり立ち】を獲得しました』
『経験値を獲得しました』
『身体操作の訓練:経験値+5』
……またか。
と言うか進化するんだ。ハイハイって…
俺は、そっと天井を見上げた。
この世界のシステムは何なんだろう…
母さんとかもこうなのか…?
赤ん坊として当たり前の成長をしているだけなのに何故かスキルが手に入る。
いや、まぁ有難いことではあるのだが…
俺は心の中で溜息をついた。
しかし次の瞬間。
「……あらぁ?」
部屋の入り口から聞き慣れた声が聞こえてくる。
振り向くと母さんのセリアが立っていた。
洗濯物を抱えた母さんは、俺の姿を見て目を丸くした。
「ミナモ…?」
母さんは洗濯物を落としそうにしながら、
慌てて近づいてきた。
「あ、あなた立ってるの?」
……はい。立ってます。
まぁ正確に言えば柵につかまっているのだが。
「あらあら、まぁまぁ!
凄いわぁ!もう立てるようになったのねぇ!」
……まぁさっき立てるようになったのだが。
それでも母さんは嬉しそうだった。
「タイゾー!あなた、ちょっと来てぇー」
母さんが廊下に向かって声を上げた。
「ミナモが立ったのよぉー!」
……ん?ちょっと待て。
父さんまで呼ぶの?
いや、別に悪いことではない。
悪いことではないのだが。そんなに大騒ぎする程の事だろうか。
赤ん坊がつかまり立ちをする。
ごく普通の成長ではないか。
俺がそんな事を考えていると、廊下からドスドスとした足音が聞こえてくる。
「どうしたんだ?セリア!」
父さんのタイゾーだった。
日に焼けた顔に、ガッチリとした身体。
普段は口数が少ないが、家族の事になると少しだけ表情が柔らかくなる。
そんな父さんが俺を見た。
そして…
「…ぬぉぉぉ!確かに立っているなぁ!
よく頑張ったなぁ…ミナモ!」
……。
………何だかムズムズする。
照れくさい。
前世では何かを頑張ってもそれが出来て当たり前のように扱われる事が多かった。
だが今は違う。
立ち上がっただけでこんなにも喜んでくれる。それが妙に嬉しかった。
俺は父さんの指をぎゅっと握った。
「ガハッ!元気なやつだなぁ。」
父さんは笑った。
その顔を見て俺は思った。
……うん。やっぱり今世はいい人生を送れそうだ。
このまま家族と平和に暮らしていけばそれで十分だ。
英雄なんかにならなくていい。
強くならなくて良い。
普通に成長して、普通に働いて、普通に生活をする。
それこそが、俺の望む人生なのだから。
……ただ。
俺は視界の端に浮かぶステータスを見て少しだけ眉をひそめる。
経験値がまた増えている。
しかもレベルアップまで後少しだ。
……まぁ、いいか。
レベルが一つ上がったところで、別に困る事はないだろう。
この時の俺は、そう思っていたのだか…
読んでくださりありがとうございました。
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