【第13話】波乱
目立たず、騒がず、平穏に…
それが、俺――ミナモ・アステルの人生における最大の目標である。
前世の記憶を持ったまま異世界に転生した俺は、今度こそ平凡な人生を送ろうと心に決めていた。英雄になんてならなくていい。世界を救う必要もない。できれば村人Bくらいの立ち位置で、のんびり暮らしていきたい。
はぁ、……なのに。
日常生活を送るだけで経験値が入り、気づけば勝手にレベルが上がる。何をするにも妙にうまくいき、十歳になって受けた適性鑑定では、まさかの全職業適性あり。
おまけに能力値まで規格外だったらしい。
結果、俺はバーデンセリア学園に首席で入学することになってしまった。
どうしてこうなった。
しかも、幸いなことに幼なじみのダンマ、カミル、フォートも同じ学園に進学することになった。
気心の知れた仲間が一緒なのは心強い。
……うん、心強いはずだ。
ただし、三人とも学園生活への期待に胸を膨らませている一方で、俺の願いはただ一つ。
どうか、普通の学園生活を送らせてください。
授業を受けて、友達と話して、昼飯を食べて、放課後にはのんびり過ごす。そんな何でもない毎日を送りたいだけなのだ。
ところが、俺には一つ厄介な問題がある。
固有能力――【日常成長】。
新しい動作を覚えるたびに経験値を獲得し、一定量に達すれば、俺の意思などお構いなしにレベルアップするという、とんでもない能力だ。
剣を振るえば強くなり、魔法を覚えれば成長し、日々の何気ない動作でさえ、俺を少しずつ規格外へと押し上げていく。
……頼むから、普通に成長させてくれ。
そんな俺が足を踏み入れたのは、勇者を目指す子どもたちが集うバーデンセリア学園。
個性豊かな生徒たち。厳しい授業。実技訓練。そして、俺の平穏を脅かす数々の出来事。
果たして俺は、無事に目立たない学園生活を送ることができるのだろうか?
…いや、送らせてほしい。
これは、平凡を望む少年が、望んでもいない成長と周囲の期待に振り回されながら、それでも自分らしい日常を守ろうとする物語…
村人Bを目指す少年の、ちょっと騒がしい学園生活が今、始まる。
「さて、ミナモ君。
まずは入学、おめでとう。」
学園長は穏やかな笑みを浮かべながら、
机の上に置かれた書類を閉じた。
「ありがとうございます。」
俺は礼儀正しく頭を下げた。
正直なところ、首席での入学を喜んでいいのかは微妙なところだ。
俺としては、できるだけ目立たずに学園生活を送りたかったのだから。
「君の適性鑑定の結果については、既に報告を受けているよ。
あらゆる職業に適性があり、能力値も同年代の基準を大きく上回っているそうだねぇ。」
「はい、そうみたいですね…」
「実に興味深い男だ。
無論、適性や能力値だけですべてが決まるわけではないがな…
実際に学んで、経験を積み、どのように成長していくかが大切なのだからね。」
学園長の言葉に、俺は内心で少しだけホッとした。
少なくとも、鑑定結果だけを見て何でもできる人間だと思われているわけではなさそうだ。
「だからこそねぇ…君には首席入学者として、是非頑張って欲しいと思っているのだよ。」
「……はい。出来る限り頑張ります。」
そう答えるしかなかった。頑張りたいかどうかと聞かれれば、正直なところ、あまり頑張りたくない。
いや、勉強や訓練を怠けたいわけではないのだ。ただ、頑張った結果、周囲から注目されるのが嫌なのである。
(勝手にレベルが上がっちまうからなぁ…)
そんな俺の胸中を知ってか知らずか、学園長は話を続けた。
「それでねぇ。
今日は君に一つお願いがあってねぇ。」
……ん?お願い?早速嫌な予感がする。
「実は、一か月後に『新入生対抗武闘大会』が開催されるんだよ。」
「し、『新入生対抗武闘大会』ですか…?」
「ああ。一年生たちが互いの実力を競い合う大会でね。
剣術や魔法など、それぞれが学んできた力を披露する機会でもある。」
なるほど。新入生向けの大会か。
入学したばかりの生徒たちが競い合うというのなら、きっと盛り上がるのだろう。
……俺には関係のない話だけどな。
「君にはねぇ、その大会に参加してもらいたいと思っているのだよ。」
「…………え?」
思わず聞き返してしまった。
今、何と言った?
大会に参加してほしい?俺が?
「もちろん、無理に優勝しろと言うつもりはないよ。君以外にも優秀な一年生は何人もいるからねぇ。」
学園長は楽しそうに笑っている。
「だからこそ、私は君の実力をこの目で見てみたいんだ。
適性鑑定の結果が素晴らしいものだったことは間違いない。
だがねぇ、実際に君がどのような戦い方をするのか、どんな力を発揮するのか。
それは、鑑定結果を眺めているだけではわからないからねぇ。」
――ふぅむ、なるほど…
学園長が俺を大会に出したい理由は理解できた。俺以外にも優秀な新入生がいる。
その生徒たちと競い合うことで、俺の本当の実力を確かめたいというわけだ。
理屈は分かる。分かるのだが……。
「あのぉ…参加は必須なのでしょうか?」
俺は恐る恐る尋ねた。学園長は少し考えるような仕草を見せてから、にこりと笑った。
「学園としては、ぜひ参加してもらいたいと思っているよ。
首席入学者である君が出場してくれれば、大会もきっと盛り上がるだろうからねぇ。」
質問に対する答えになっていない。
いや、これは遠回しに参加してほしいと言われているのだろう。
――はぁ、困った…
一か月後に武闘大会。
しかも、学園長が俺の実力を直接見たいと言っている。これでは、適当に手を抜いて終わらせることすら難しいかもしれない。
「もちろん、君にはこれから授業や訓練を通して、しっかりと準備をしてもらう。
ほかの新入生達も、この大会に向けて努力することになるだろうからねぇ。」
「……分かりました。」
俺は曖昧に頷いた。
こうなってしまった以上、参加すること自体は避けられないのかもしれない…。
だが、まだ諦めるのは早い。
大会まで一か月あるのだから、目立たずに済む方法を考えればいい。
適度に戦い、適度なところで負ける。
――それなら、きっと…。
うん。大丈夫だろう。
……そう、うまく手を抜けばいいのだ。
「ところで、ミナモ君。」
「はい?」
帰る方法を考え始めた俺に、学園長が声をかけた。
「大会ではくれぐれも油断しないようにね。」
「ゆ、油断ですか?」
「ああ。新入生の中には、幼い頃から剣術や魔法の訓練を積んできた者もいる。
中には、実戦経験を持つ者もいるだろう。
大会だからといって、相手が手加減してくれるとは限らないからねぇ。」
学園長は真剣な表情で続けた。
「武闘大会は、ただ勝敗を決めるためだけのものではないのだよ。
自分の実力を知り、相手の強さを学ぶ機会でもある。だが、戦いである以上、危険はつきものだ。下手に手を抜いたり、相手を侮ったりすれば、思わぬ大怪我に繋がる事もあるからねぇ。」
「――お、大怪我…」
思わず復唱してしまった。
いやいや、ちょっと待ってほしい。
俺はただ目立たずに過ごしたいだけなのだ。大会で勝ち上がりたいわけでも、誰かと本気で戦いたいわけでもない。
それなのに、手を抜けば大怪我をする可能性がある?
つまり目立たない為に適当に戦うという作戦は、最初から積みだということか…
「もちろん、必要以上に恐れることはない。学園側も安全には十分配慮するし、
審判も試合を見守っている。
だがねぇ、自分の身を守るためにも真剣に取り組んで欲しい。」
「……分かりました。」
俺は何とか返事をした。
学園長の言っていることは正しい。
正しいのだが、俺の計画がどんどん崩れていく…
手を抜けば怪我をするかもしれない。
かといって、本気を出せば目立ってしまうのかもしれない…
――はぁ、どうすればいいんだ…。
「君がどこまで成長するのか、どこまで勝ち上がるのか。私も楽しみにしているよ。
では幸運を祈る。」
学園長は再び穏やかな笑顔に戻った。
俺は笑顔を返しながら、心の中で深いため息をついた。
目立ちたくない。
でも、手を抜けば大怪我をするかもしれない。
流石の俺も怪我をするのは嫌だ。
はぁ…どうやら俺の平穏な学園生活は、
始まる前から思い描いていたものとは違う方向へ進み始めているらしい。
読んでくださりありがとうございました。
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