【第12話】望まぬ物語の始まり
目立たず、騒がず、平穏に…
それが、俺――ミナモ・アステルの人生における最大の目標である。
前世の記憶を持ったまま異世界に転生した俺は、今度こそ平凡な人生を送ろうと心に決めていた。英雄になんてならなくていい。世界を救う必要もない。できれば村人Bくらいの立ち位置で、のんびり暮らしていきたい。
はぁ、……なのに。
日常生活を送るだけで経験値が入り、気づけば勝手にレベルが上がる。何をするにも妙にうまくいき、十歳になって受けた適性鑑定では、まさかの全職業適性あり。
おまけに能力値まで規格外だったらしい。
結果、俺はバーデンセリア学園に首席で入学することになってしまった。
どうしてこうなった。
しかも、幸いなことに幼なじみのダンマ、カミル、フォートも同じ学園に進学することになった。
気心の知れた仲間が一緒なのは心強い。
……うん、心強いはずだ。
ただし、三人とも学園生活への期待に胸を膨らませている一方で、俺の願いはただ一つ。
どうか、普通の学園生活を送らせてください。
授業を受けて、友達と話して、昼飯を食べて、放課後にはのんびり過ごす。そんな何でもない毎日を送りたいだけなのだ。
ところが、俺には一つ厄介な問題がある。
固有能力――【日常成長】。
新しい動作を覚えるたびに経験値を獲得し、一定量に達すれば、俺の意思などお構いなしにレベルアップするという、とんでもない能力だ。
剣を振るえば強くなり、魔法を覚えれば成長し、日々の何気ない動作でさえ、俺を少しずつ規格外へと押し上げていく。
……頼むから、普通に成長させてくれ。
そんな俺が足を踏み入れたのは、勇者を目指す子どもたちが集うバーデンセリア学園。
個性豊かな生徒たち。厳しい授業。実技訓練。そして、俺の平穏を脅かす数々の出来事。
果たして俺は、無事に目立たない学園生活を送ることができるのだろうか?
…いや、送らせてほしい。
これは、平凡を望む少年が、望んでもいない成長と周囲の期待に振り回されながら、それでも自分らしい日常を守ろうとする物語…
村人Bを目指す少年の、ちょっと騒がしい学園生活が今、始まる…
「学園長が俺をですか……?」
俺は思わず聞き返した。
目の前の男性は、穏やかな笑顔で頷いている。
「そう。君が到着したら、学園長室まで案内するように言われているんだよ。」
……おかしい。
まだ入学手続きすら始まっていないはずなのに、どうして学園長直々のお呼び出しなんだ?
……いや、理由はわかっている。
10歳にして全職業適性あり能力値も規格外。
おまけの首席…か。
うん。
こうして並べると、呼び出されないほうがおかしい気もする。
でも、だからといって納得できるわけではない。
「ミナモ、すっげぇじゃん!
いきなり学園長に会えるなんてよ!」
隣でダンマが目を輝かせている。
「首席入学者だから、
何か特別な説明があるのかもしれないねー。」
「学園長が直接会うほどなんだ。
入学前に何か確認しておきたいことがあるのかもしれないねー。」
カミルもフォートも興味津々だ。
はぁ、頼むから誰か一人くらい俺の胃痛を心配してくれ。
「それでは、こちらへ。
お友達は入学受付の場所を案内してもらえるよう手配するよ」
男性が歩き出す。
俺は幼なじみ達を振り返った。
「じゃあ、またあとでな!」
「面会、頑張ってね!」
「何か面白い事があったら教えてくれよな!」
ダンマは元気よく手を振り、
カミルは笑顔で応援し、
フォートは軽く手を上げた。
――はぁ…みんな、他人事だと思って。
俺は小さく溜息をつき、男性の後を追った。
学園の敷地内は、外から見た以上に広かった。整えられた石畳の道の両側には花壇が並び、その先には校舎や訓練場が見える。
遠くからは、生徒たちの掛け声や剣を打ち合わせる音が聞こえてきた。
ここで、これから学園生活を送ることになるのか。
そう考えると、少しだけ楽しみになってくる。忘れるところだったが元々俺はRPGは好きなのだ。
……いやいや、油断するなよ俺!
俺の目標は平穏な学園生活だ。
授業を受けて、友達と過ごして、普通に卒業する。
それだけでいい。
そんなことを考えながら歩いていると、案内役の男性が校舎の入口で足を止めた。
「では、まずはこの建物の中へ。
学園長室は三階にあるんだ」
「はい、分かりました。」
俺は頷き、建物へ入る。
目の前には長い廊下が広がっていた。
壁には歴代の学園長らしき人物の肖像画が飾られ、所々に案内板が設置されている。
案内役の男性について階段へ向かい、俺は三階まで上がった。
【日常成長:経験値を獲得しました】
……はぁ、やれやれ。まぁいつもの事だ。
日常生活で動作をするたびに経験値が入る。それが俺の固有能力、【日常成長】である。
初めての動作だろうが、すでに慣れた動作だろうが関係ない。
経験値が必要量に達すれば、俺の意思などお構いなしにレベルまで上がってしまう。
普通に考えれば便利な能力なのかもしれない。
でも!平穏に暮らしたい俺にとっては、なかなか厄介な代物だった。
まあ、今さら気にしても仕方がない。
最近面倒くさくなって自分のステータス画面も確認してないしな。
俺は案内役の男性について廊下を進み、突き当たりの扉の前で足を止めた。
「学園長!ミナモ・アステル君をお連れしました。」
男性が扉をノックする。
「うむ、入りたまえ。」
中から、落ち着いた声が返ってきた。
案内役の男性が扉を開く。
その先には、書類が並ぶ大きな机と、窓から差し込む柔らかな光。
そして、机の向こうに座る一人の男性がいた。
年齢は五十代くらいだろうか…
白髪の男性で落ち着いた雰囲気をまといながらも、その目には確かな鋭さがある。
男性は俺を見ると、穏やかに微笑んだ。
「君がミナモ・アステル君だねぇ?
ようこそ、バーデンセリア学園へ」
「は、はい。よろしくお願いします。」
俺はできる限り丁寧に頭を下げた。
学園長は満足そうに頷き、向かいの椅子を手で示した。
「まぁ、座りなさい。
今日は君に、入学に関する説明をしておきたくてね」
……ふぅ、良かった。
どうやら、いきなり世界の命運を背負わされるわけではなさそうだ。
俺は少しだけ安心して、椅子に腰を下ろす。
【日常成長:経験値を獲得しました】
……座っただけでも経験値か。
我慢をしてきたがここまで来ると邪魔だな…
俺は心の中で小さくため息をつき、
学園長に向き直った。
「さて、ミナモ君。
まずは君の入学について、いくつか話しておきたいことがあるのだよ。」
学園長は机の上の書類を手に取った。
俺は背筋を伸ばす。
……頼むから、これ以上面倒な話になりませんように。
そんな俺のささやかな願いが叶うかどうかは、まだ分からない。
とりあえず今は学園長の話に集中するべきだ。
俺は気持ちを切り替え、学園長の言葉を待った。
こうして俺の学園生活は、学園長との面会から始まった。
―――目立たず平穏に過ごすという目標が、
すでに怪しくなっている気がするのは、きっと気のせいだろう…
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